ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
寺の空気は、夕方になると少しだけ重くなる。
昼間の柔らかさが引いて、障子の向こうの光も薄くなるせいかもしれない。あるいは、この世界じゃ日が落ちるたび、どこか別のものが近づいてくるからかもしれない。どっちにしろ、気が抜ける時間じゃなかった。
雪庭の部屋に集められた時点で、ろくな話じゃねえだろうとは思っていた。
「クレオパトラの件が終わってから、妙な動きが増えてる」
雪庭はいつも通り穏やかな顔でそう言った。だが、声の底は少し固い。
「怨霊だけじゃない。人の動きもだ。芹亜の周囲で、揃いすぎる瞬間がある」
「揃いすぎる?」
陸王が首を傾げる。寺の座敷にまだ完全に馴染んでいないくせに、こういう時の反応は妙にまっすぐだ。
青木が腕を組んだまま、露骨に嫌そうな顔をした。
「糸で吊られてるみたいなのよ。振り返る方向も、立ち止まる間も、気持ち悪いくらい一緒」
「操られてるってことか」
「その可能性は高い」
雪庭が頷く。
部屋の真ん中で、芹亜が少しだけ肩を縮めた。
「……また、グレートゴーストですか」
「たぶんね」
雪庭は芹亜を見たまま続ける。
「次に来るなら、ニコラ・テスラの可能性が高い。クレオパトラとは違うタイプだ。あっちは引き込むような圧だったが、こっちはもっと、冷たく整えてくる」
「整える?」
俺が聞き返すと、雪庭は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「自分の都合のいい形へ、だよ。霊も、人も、場の流れも」
面倒な匂いしかしねえ。
「また厄介なのが来たな」
「この世界、本当に面倒じゃない時がないな」
陸王がため息混じりに言う。俺は鼻で笑った。
「今さらだろ」
「今さらでも、うんざりはするさ」
そう言う顔はわりと本気だった。
話が終わったあと、部屋の空気が妙に詰まってる気がして、俺は一人で外へ出た。廊下を抜けて、寺の門のそばまで行く。夕方の風はぬるい。けど、人間の世界の匂いの奥に、別のものが混ざっていた。
すぐ後ろで足音が止まる。
「一人になりたい顔してるな」
振り向かなくても分かる。陸王だ。
「分かるなら放っとけよ」
「吠君の“放っとけ”は、だいたい放っておけない時のやつだろ」
「便利な解釈してんな」
「そうでもないさ」
そのまま隣へ来る。少し間を空ける辺りは、こいつなりに気を遣ってるんだろう。そういうとこが妙に腹立つ。
「やっぱり、変だ」
陸王が門の向こうを見ながら言う。
「何が」
「人がいるのに、人の空気が薄い」
その言い方に、俺は少しだけ目を細めた。
陸王は続ける。
「歌がないだけじゃない。生活のざわめきまで、どこか削られてるみたいだ」
「今さらだな」
「今さらでも変なものは変だよ」
その返しが、前にも聞いたような調子だったから、少しだけ口元が緩みそうになってやめた。
そこへ、廊下の方から芹亜が小走りで来る。
「二人とも、外にいたんですね」
「何だ、恩人」
「雪庭さんが、あまり離れないでって」
「見張られてるみてえだな」
「実際、そうだろうね」
陸王が肩をすくめた、その瞬間だった。
鼻の奥に、冷たい匂いが引っかかった。
怨霊じゃない。もっと細くて、乾いていて、金属みたいに温度のない匂いだ。けど、そこに生き物の執念だけは混じってる。嫌な匂いだった。
「来る」
俺が言うと、芹亜がびくりと肩を揺らした。陸王の顔からも軽さが消える。
「匂いか」
「ああ。怨霊だけじゃねえ。もっと嫌なやつだ」
その時にはもう、雪庭と青木も廊下から出てきていた。二人とも俺たちの顔を見て、何が起きたかすぐに察したらしい。
「やっぱり、来たか」
雪庭が低く言う。
「彷霊界だね。根っこを叩く」
次の瞬間には、景色が一枚剥がれるみたいに揺れた。
寺の輪郭が薄れ、空気が別のものへ切り替わる。彷霊界。何度見ても気持ちのいいもんじゃない。色の浅い街並み、湿り気のない風、遠くまで続くくせにどこか閉じてる空気。そこへ足を踏み入れた途端、さっきの匂いが一気に濃くなる。
「本当に、空気まで違うな」
陸王が辺りを見回す。
「ようやく慣れたか?」
「慣れたくはない」
答えながらも、もうレオンバスター50へ手が伸びていた。こいつもこいつで、切り替えが早い。
路地の奥で、霧がうごめく。
怨霊だ。
だが出てき方がおかしい。普通なら、勝手気ままに湧いて、勝手気ままに襲ってくる。なのに今、目の前の連中は並んでいた。左右へ二列、さらにその後ろにもう一列。まるで誰かが、そこへ立てと命じたみてえに。
「見て」
青木が低く言う。
「あれ、自然発生の動きじゃない」
「隊列を組んでるな」
雪庭の声も固い。
「怨霊に隊列なんてあるのか」
陸王が言う。
「誰かが並ばせてるってことだろ」
俺が吐き捨てると同時に、路地の奥で青白い光が走った。
雷みてえだった。けど、空から落ちるんじゃない。霧の中を横へ滑るように走り、すぐに消える。短いのに、妙に嫌な残り方だった。
「本体か」
陸王が構える。
「たぶんな」
「なら、まずは前を片づけるぞ!」
次の瞬間には、怨霊どもが一斉に動いていた。
ばらばらじゃない。前列が詰めて、後列が回る。気味が悪いくらい統率されてる。俺は舌打ちして飛び込んだ。
「前は俺が食う!」
「なら、僕は崩れたところを取る!」
吠えると同時に、テガソードを振るう。先頭の怨霊を真っ二つに裂く。さらに横へ流して二体目。普通ならここで崩れる。けど、今日は崩れない。後ろの列がすぐ穴を埋める。まるで俺の剣筋を知ってるみたいに。
「ちっ!」
その横を、陸王の射撃が通る。レオンバスター50の弾が中列を吹き飛ばす。俺が開けた場所を、陸王が正確に広げていく。だが、それでも流れが止まらない。
怨霊の群れが、左右から同時に押し寄せる。
「気持ち悪いくらい揃ってるわね!」
青木が後ろで叫ぶ。
「本体が近い!」
雪庭の声も飛ぶ。
俺は一体の首を刎ねながら、無理やり前へ出る。奥だ。匂いの中心はもっと先にある。怨霊なんざ、ただの壁だ。
その時、不意に芹亜が息を呑んだ。
「……違う」
その声が妙に耳へ引っかかった。
俺が怨霊を蹴り飛ばして振り向くと、芹亜は霧の奥を見ていた。俺たちじゃない。もっとずっと先の、青白い光が走った辺りだ。
「何がだ」
「前の人と違う」
芹亜の声は小さい。けど震えてはいなかった。
「冷たいんです。ただ見てるんじゃなくて……並べてるみたいな」
その言葉と同時に、怨霊の群れが一斉に動きを変えた。
左右へ開く。中央が空く。そこから何かが出てくる――そう見せるための動きだった。誰かが、こっちの反応を確かめるように、わざとそうしたのが分かる。
「おいおい……」
陸王が苦く言う。
「見せつけてるのか」
霧の奥に、人影めいたものが立っていた。
はっきりとは見えない。輪郭だけ。細い。長い。人の形に近いのに、温度がない。そこへ青白い光がまた走る。今度は人影の周囲を、指先で空間をなぞるみたいに。
「……ニコラ・テスラ」
雪庭がその名を落とす。
霧の向こうの影は、返事をしない。
ただそこに立ち、こちらを観察している。触れたら操られそうな、冷たい圧だけを漂わせながら。
「正面から出てこない気か」
陸王が低く言う。
「だったら引きずり出すだけだ」
俺は前へ出ようとした。だが、肩へ雪庭の声が飛ぶ。
「待て。今はまだ相手の土俵だ」
「知るかよ」
「お前が土俵ごと壊せるなら止めないさ。けど、今は見られてる」
その言い方に、思わず足が止まる。
確かにそうだった。戦ってるつもりが、こっちの動きを測られてる感じが強い。怨霊の出し方も、隊列も、全部こっちの反応を確かめるためみてえだった。
「今回は聞いた方がよさそうだ」
陸王が言う。
「見えてる敵より、見えない手の方が厄介だ」
「お前がそう言うのか」
「言うさ。こういうのは、派手に暴れる前に相手の癖を見た方がいい」
珍しくまともなことを言う。
「今のは録音しておきたかったわね」
青木が皮肉っぽく言う。
「失礼だな」
「事実でしょ」
軽口が飛ぶ。なのに空気は少しも緩まない。
霧の奥の人影が、ゆっくり薄れていく。
逃げるんじゃない。最初から、ここでやり合うつもりがない。そういう消え方だった。怨霊たちも動きを止める。糸を切られたみたいに、その場でただの濃い霧へ戻っていく。
「……挨拶代わりってわけか」
俺が吐き捨てる。
雪庭が短く頷く。
「そんなところだろうね」
その時、芹亜がまた胸元を押さえた。
顔色が少し変わる。嫌な汗が浮いてるのが見えた。
「恩人?」
俺が呼ぶと、芹亜はこっちを見る。目は合ってるのに、まだどこか別のものを見てる感じがした。
「歌が、来る」
小さい声だった。
「何?」
「次は……もっと近くで来る気がします」
その言葉の意味を、すぐには飲み込めなかった。
けど雪庭だけは、妙に納得した顔をした。
「そうか」
「本番はこれから、ってこと?」
陸王が言う。
「ああ」
雪庭の声は静かだ。
「今回は観察だろうね。次はもっと深く来る」
「最悪の挨拶ね」
青木が嫌そうに言う。
霧の奥で、もう一度だけ青白い光が走った。
細く、冷たく、指先が空間をなぞるみたいな光だった。そこにいる、そう示すだけ示して、今度こそ完全に消える。
彷霊界の路地に、妙な静けさだけが残った。
俺はテガソードを握ったまま、その消えた先を睨む。
ニコラ・テスラ。
クレオパトラとは違う。
あっちは引きずり込むような嫌さだった。こっちはもっと、頭の芯へ冷たいものを差し込んでくる感じがする。
気に入らねえ。
だが、それ以上に。
恩人の言った「歌が来る」って言葉が、胸の奥へ変に残っていた。
次はもっと近くで来る。
それが何を意味してるのか、まだ分からない。
けど、ろくでもないことだけは、はっきりしていた。