ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
この世界に来てから、もう数日は経っていた。
最初のうちは、時間の感覚なんてほとんどなかった。腹が減ったら食えるものを探して、喉が渇いたら水場を探して、日が落ちたら寝られそうな場所を見つける。ただそれだけで一日が終わる。朝と夜が来るたびに、ようやく一日過ぎたのかと分かるくらいだった。
街では長くいられない。
戸籍もない。身分を示すものもない。金だって、持ってるだけじゃ意味がなかった。こっちの連中は手首だの端末だのをかざして当たり前みたいに生きていて、俺だけがその輪から外れてる。店に入っても落ち着かないし、長くうろつけば目立つ。結局、人の目が少ない場所へ戻るしかなかった。
だから、寝床は森の縁や使われていない物陰になる。
木の根元は固いが、風を避けるには悪くない。倒れた幹の裏は湿ってることが多いが、上から葉を寄せればまだましだ。雨の気配が濃い日は、岩の張り出しの下を探す。枝の鳴り方、土の匂い、風の向き。そういうものを見ておけば、朝まで濡れずに済む場所はだいたい分かる。
こういう時、自分でも嫌になるくらい身体が覚えていた。
ノーワンワールドで暮らしてた時間は、無駄じゃなかったらしい。
あっちでも、何もかもがまともに揃ってたわけじゃない。知らない場所で、知らない連中に囲まれて、生きるために動くしかなかった。食えるものと食えないものの見分け方。危ない匂いの避け方。人のいない場所で朝までやり過ごす方法。そういうのは頭で考えるより先に、もう身体の方が知っている。
情けねえ話だ。
役に立ってほしくない時ほど、こういう経験はちゃんと残ってやがる。
今朝も、目が覚めた時には葉の裏に露が溜まっていた。服の背中に土の冷たさが移っていて、肩には細かい葉屑がついていた。払えば済む程度だが、街にいた頃よりずっと森の匂いが染みついているのは自分でも分かる。洗えないわけじゃない。けど、落とした端からまたつく。そういう生活だ。
腹は減っていた。
空っぽ、ってほどじゃない。昨日のうちに拾った木の実と、酸味の強い赤い実を少し食って、水も飲んでる。動けないほどではないが、満たされてるなんて口が裂けても言えない。
俺は腰を上げて、湿った空気を鼻から吸い込んだ。
青い草の匂い。土の匂い。水気を含んだ木の皮の匂い。その奥に、甘い匂いが混じっている。熟れた果実だ。少し離れた場所に、獣の通り道らしい生臭さもある。あとは、水場。浅い流れのあるところの空気は、少しだけ冷たい。
「……まだいけるな」
誰に言うでもなく呟いて、歩き出す。
足元の落ち葉が沈む音は軽い。数日こうして動いているだけで、どこを踏めば音が小さいかも分かってきた。枝を踏み抜くと無駄に響く。土が柔らかい場所は足跡が残る。人に見つかりたくないなら、そういうのも気にするしかない。
木の幹に手をかけ、斜面を下る。鼻先の甘い匂いは確かで、しばらく進めば低い枝に小ぶりの実がまとまっていた。見た目だけなら毒もありそうだが、匂いに尖った嫌な感じがない。指で一つ潰して、果汁の粘りと香りを確かめる。
「……大丈夫そうか」
一粒、口に放る。
酸っぱい。少し渋い。けど食えない味じゃない。これなら数を集めれば腹の足しにはなる。
俺は持っていた袋代わりの古い包みに、実を幾つか落としていく。こういう時、買い物袋一つまともにないのが面倒だった。だが無いものは無い。使えるものを使うしかない。
少し離れた場所には、若い葉の匂いもある。水気の強い地面の近くに生えるやつだ。苦味の少ないものだけを摘めば、それなりに食える。小動物の気配もあるが、今の手持ちじゃ確実に仕留めるには少し足りない。無理に追って逃がすより、拾えるものを拾う方がいい。
生きるだけなら、これで何とかなる。
そう思えてしまう自分に、少しだけ乾いた笑いが出た。
「慣れたくねえな、こんなの」
けど、慣れてる。
腹が減っても、寝る場所が変わっても、今日を凌ぐやり方を考えられる程度には。ノーワンワールドでの長い生活が、こういうところでしつこく役に立つ。
ありがたくはない。
けど、助かってるのは確かだった。
俺は包みを握り直し、もう一度、森の空気を深く吸い込んだ。次に探すのは水か、それとも別の食える匂いか。そんなことを考えながら、木々の奥へ視線を向ける。
森の匂いを辿っていた俺の鼻に、草や土とは別の、人の気配を隠し慣れた匂いが混じった時点で、ただの通行人じゃないと分かった。
先に姿を見せた女は、黒髪も姿勢も妙に整っていたが、いちばん目についたのは立ち方で、細い体のくせに一歩で間合いへ入れる張りがあった。
「そこを動かないでください」
その声は高くも低くもないのに妙に通り、命令口調でも感情を荒らさないせいで、余計にこっちの足を測られている感じがした。
少し遅れて現れた男は、僧侶みたいな格好に柔らかい顔を乗せていたが、笑っているのは口元だけで、目の奥は最初から俺を値踏みしていた。
「君、こんな森で何をしているのかな」
楓と呼ばれた女は刃物みたいに無駄がなく、雪庭と名乗った男は布を被せた針みたいで、前に立つ方と後ろで見る方にきれいに役が分かれていた。
「食えるものを探してるだけだ」
それでも二人の視線は俺の手の中の実より、服の土汚れや袖の擦れ、逃げ道を探す癖まで拾っていて、数日野宿してきた痕跡ごと見抜こうとしているのが分かった。
「それで、何者だ?」
その言葉と共に、俺はその名を告げる。
「遠野吠」