ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
寺の門前に立つ少女は、妙にまっすぐだった。
まだ若い。俺たちとそう年も変わらないはずなのに、向けてくる視線には妙な迷いのなさがあった。敵意はある。だが、それは喧嘩を売る時の軽さじゃない。もっと切羽詰まった、後がない奴の目だ。
「ここじゃ人目があるでしょ」
少女はそう言って、境内の奥ではなく外の方へ顎をしゃくった。
「場所、変えたい」
寺の石畳は夕方の湿り気をわずかに残していて、門柱の影が長く地面へ落ちている。どこか遠くで鳴いていた蝉の声が、今は少しだけ弱い。そんな静かな時間の真ん中で、そいつだけが場違いなくらい張りつめていた。
「ずいぶん真っ直ぐだな」
陸王が肩の力を抜いたまま言う。
「逃げる気はない、と」
雪庭の問いに、少女は即座に頷いた。
「ない。戦うなら、ちゃんと向き合いたいだけ」
青木さんが柔らかい声で言う。
「律儀な子ね。そういうところは嫌いじゃないわ」
俺は少女を睨んだまま、鼻を鳴らした。
「勝負って、いきなり何だよ」
「……行けば分かる」
短く返して、少女は踵を返した。
結局、俺たちはそいつに促される形で寺を出た。夕暮れの町は、人の気配こそあるのに、どこか音が遠い。商店街の明かりも、通りを流れる車の音も、ここまで来ると薄い膜を一枚隔てたみたいにぼやけている。
少女は振り返らず、ただ先を急いだ。
古びた倉庫街の外れ。使われなくなって久しい広場へ出たところで、ようやく足を止める。ひび割れた地面の隙間から草が伸び、風が吹くたび、錆びたフェンスがかすかに鳴った。人の目はない。戦うなら、確かに都合のいい場所だった。
少女はそこでようやくこちらを振り向く。
空の端が赤から群青へ変わりかけていて、その色が横顔へ薄く差していた。
「まず聞こうか」
雪庭が一歩前へ出る。
「君は何のために戦う」
少女は一瞬だけ目を伏せた。けれど迷ったのはそこだけだった。
「幼馴染を救うため」
風が抜ける。
遠くで電車の音がした気がした。
「ずっと病気で入院してる」
少女はまっすぐ俺たちを見たまま続ける。
「最近、容態が悪くなった。治したい。だからライドウォッチ争奪戦に参加した」
芹亜が小さく息を呑んだのが分かった。陸王も、さっきまでの軽さを少し引っ込める。
「それが、君の願いか」
「うん」
少女は頷く。
「笑いたければ笑えばいい。でも、私は本気」
「笑わねえよ」
俺は即座にそう返していた。
少女の目が、ほんのわずかに揺れる。
けど、それで何かが解けるわけでもなかった。
言われた内容が軽くないのは分かる。分かるからこそ、俺も陸王も、すぐに構える気になれなかった。
「……正直」
陸王が珍しく真面目な声で言った。
「今の話を聞いたあとで、喜んで戦う気にはなれないな」
「俺もだ」
短くそう言うと、少女――御剣マコの顔が、はっきり歪んだ。
強く見せようとしていたもんが、一瞬だけ剥がれた顔だった。
「あなた自身も迷っているのね」
青木さんが穏やかに言う。
責める口調じゃない。けれど、逃がしもしない声音だった。
「……迷ってるよ」
マコは拳を握る。
「迷ってる。こんなやり方しかないのかって、何度も思った」
雪庭が静かに口を開く。
「なら――」
「でも、やるしかないんだよ!」
叫びは、ほとんど悲鳴に近かった。
赤くなりかけた空へ、声がまっすぐ突き抜ける。
「助けたい人がいるのに、迷ってる暇なんてない!」
マコの肩が震えていた。
「私が勝たなきゃ、あいつは助からないかもしれない! だから……だから、ちゃんと戦ってよ!」
その言葉のあと、あたりは妙に静かになった。
風が吹く。倉庫のトタン壁が、かすかに軋む。誰もすぐには口を開かなかった。
重い、と思った。
笑える願いじゃない。正しいとも間違ってるとも簡単に言えねえ。ただ、必死だということだけは嫌になるほど伝わってきた。
「重いな」
陸王がぽつりと言う。
「そういう願いを笑えねえのが、余計にな」
俺が吐き捨てた、その時だった。
腰の奥で、テガソードが脈打った。
「……何だ?」
反射で柄へ手をかける。陸王も同時に顔を上げた。
「今のは……」
空気が変わる。
地面に、金色の線が走った。ひび割れたコンクリートの上へ、まるで最初からそこに刻まれていたみたいな紋様が浮かび上がる。円が重なり、直線が交差し、光の筋が門の形を描いていく。
芹亜が目を見開いた。
「門……?」
マコも息を呑む。
「なに、これ……」
金色の光は一気に立ち上がった。夕闇の中へ縦に伸び、空間そのものを押し開く。眩しいのに、熱はない。ただひたすら神々しい。いや、神々しすぎて逆に胡散臭い。
そして、黄金の門が開いた。
最初に見えたのは、ぬらりとした黒い艶だった。
次に、丸い眼鏡。グラスコード。きっちり撫でつけられたオールバック。神官みてえな礼服。
そこまで見えた瞬間、嫌な予感がした。
だが、本当におかしいのはその次だった。
そいつは、グランドピアノを片手で持っていた。
「……」
一瞬、全員の頭が止まる。
黄金の門の向こうから、暴神竜儀はあまりにも当然みたいな顔で、そのでかすぎる黒いピアノを軽々と提げたまま現れた。礼服の裾が風に揺れる。丸眼鏡の奥の目はいつも通り穏やかだ。なのにやってることだけがどう考えてもおかしい。
俺と陸王の声が、ほぼ同時に出た。
「いや、なんで今、それを持っているんだよ」
雪庭、青木さん、芹亜、マコの声も重なる。
「ピアノを片手で持っている!?」
竜儀はそこでようやく、少しだけ首を傾げた。
そして、巨大なピアノを当然のような所作で地面へ下ろす。ごとり、と重い音が広場へ響いた。片手で運んでいたくせに、置き方だけは妙に丁寧なのがまた腹立たしい。
青木さんが、困ったように、それでも穏やかな声で言った。
「……あの、まず確認したいのだけれど」
竜儀が青木さんへ顔を向ける。
「どうして、そんな大きなものを片手で運んでいらっしゃるの?」
もっともな疑問だった。
芹亜が呆然と呟く。
「本当に持ってきたんですね……」
雪庭も珍しく少し眉を上げている。
「驚くべきところが多すぎて、整理が追いつかないな」
俺は額を押さえたくなった。
「いや、竜儀。お前、ほんと何してんだよ」
陸王も苦笑いを浮かべる。
「登場の仕方としては、過去一で意味が分からないな」
だが竜儀は、こっちの総ツッコミなんて最初から想定していないみたいに、いつもの落ち着いた声音で口を開いた。
「いやさか。少々遅れたようだな」
「いやさか、じゃねえよ!」
思わず怒鳴ると、竜儀は不思議そうに瞬いた。
「何をそんなに荒ぶっている、吠。テガソード様の導きにより、ここへ至っただけのこと」
「その前にピアノだろうが!」
「必要だったのでな」
必要だった、で済むサイズじゃねえだろ。
マコは完全に呆気に取られていた。さっきまでの張り詰めた空気が、一瞬で別の意味でおかしくなっている。
「……何、この人」
青木さんが、小さくため息をつく。
「説明が難しい方ね」
「それでも、知ってる気配ではあるな」
陸王が肩をすくめると、俺は顔をしかめたまま吐き捨てた。
「面倒が増えたな」
「同感だけど」
陸王が少しだけ口元を緩める。
「少しだけ面白くもなってきた」
「お前はそういうとこだぞ」
言い返しながらも、視線はマコからも竜儀からも外せなかった。
必死な願いを抱えた少女。
そこへ黄金の門から、グランドピアノ片手の暴神竜儀。
状況がめちゃくちゃすぎる。
夕闇はもうほとんど夜へ変わっていて、広場の端からじわじわと影が濃くなっていく。金色の門の残光だけが、まだ空気の中へ薄く漂っていた。
竜儀が静かに一歩前へ出る。
礼服の裾が揺れる。丸眼鏡の奥の目は穏やかだ。なのに、その背後に置かれたグランドピアノが、どうしようもなく場違いだった。
この先、静かに済む気がまるでしなかった。