ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
暴神竜儀が寺へ出入りするようになってから、日常は妙な意味で落ち着いた。
朝の炊事場では、湯の沸く音より先に包丁の小気味いい音が響く。帳面を開けば、雑費の記録がやけに見やすく整理されている。来客があれば、あの神官じみた礼服のまま妙に丁寧な所作で応対し、掃除を任せれば隅まできっちり終わらせる。喫茶店を回していた経験がある、という話は伊達じゃないらしい。寺の雑事から細かい経営めいたことまで、雪庭が一人で抱えていた面倒のいくつかは、確かに目に見えて軽くなっていた。
だからこそ、余計に困る。
「……助かっているんだが」
朝の境内に立ち、雪庭は頭へそっと手を置いた。
夏はもうすぐそこまで来ていた。強くなり始めた日差しが瓦の端を白く照らし、木々の葉は朝の風に擦れ合って乾いた音を立てている。寺の石畳は夜の冷たさをまだ少し残しているのに、空気の匂いだけはもう青い。そんな朝の光の中で、吠と青木は揃って同じ方向を見ていた。
「あらあら、これは」
青木が穏やかな声で言う。
「相変わらずだな」
吠は呆れを隠そうともせず、鼻で息を吐いた。
視線の先、寺の中心に据えられた御神体の傍らに、見覚えのありすぎるものが堂々と立っている。
テガソード像だった。
しかも妙に立派だ。磨かれた金属めいた光沢まで帯びて、朝日を受けるたび神々しく反射しているのがまた腹立たしい。寺の落ち着いた空気の中で場違いなはずなのに、なぜか妙な存在感でそこへ居座っていた。
「暴神、これは一体」
吠が問うと、当の竜儀は振り返りもせず、像の前で満足げに頷いた。
「テガソード様を知らしめる為に必要な事です」
「必要、で押し切るにはずいぶん大きいな」
陸王が苦笑混じりに言う。
「寺の景観に自然に馴染みかけているのが、少し悔しいわね」
青木も穏やかな調子のまま続ける。
芹亜は像を見上げ、目を丸くした。
「朝からすごく目立っています……」
雪庭は、像と竜儀を交互に見て小さく息を吐いた。
「誰に許可を取ったんだい」
「テガソード様の御心に」
「聞いていないのは、こちらの方なんだがね」
言われても竜儀は動じない。むしろ、その問いを待っていたみたいに懐から一枚の紙を取り出した。
「あと、こちらも準備を進めています」
広げられたチラシは無駄に出来が良かった。祭りらしい鮮やかな色合い、妙に整った文字、無駄に本気の装飾。中央に大きく書かれていたのは、
――いやさか!テガソード様祭り
だった。
一瞬、境内の風まで止まった気がした。
「……もう題名の圧が強いな」
陸王が肩を竦める。
「夏祭りを私物化しようとしているように見えるのだけれど」
青木がやんわりと言う。
「しているね、完全に」
雪庭は苦笑いすら隠さなかった。
「うわぁ……」
吠が素で声を漏らす。
芹亜だけが、少しだけ感心したようにチラシを見ていた。
「すごく本気で作ってあります……」
「寺の近くで行われる夏祭り。人が集う祝祭の場。ならば、そこへテガソード様への敬意と感謝を織り込むのは自然な流れ」
竜儀は至って真面目だった。真面目だからこそ余計に厄介だ。
「かなり苦しい理屈だが、君の中では綺麗に繋がっているんだろうね」
雪庭が言うと、竜儀は静かに頷く。
「いやさか」
頷くな、と吠は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「テガソード様礼賛屋台、奉納演奏、導きの抽選会……子ども向け信仰体験角も考えています」
「最後の何だよ」
「行動力だけは本当にすごいな」
吠と陸王がほぼ同時に言う。
その時、境内の石畳を軽い足音が渡った。振り向くと、瑠衣が少し首を傾げながらこちらへ来るところだった。いつもと違う境内の様子に気づいたのだろう。夏の光の中で、テガソード像はひときわ目立っている。
「……これが、神様?」
瑠衣の素直な疑問に、竜儀の目が一瞬で輝いた。
「テガソード様に興味がおありですか?」
「え?」
「では、語りましょう」
「やらんで良い」
吠は即座に言って、瑠衣の腕を軽く引いた。
竜儀は本気だった。礼服の裾を揺らしながら一歩迫り、眼鏡の奥の目を静かに燃やしている。
「まず、テガソード様とは願いの結晶にして――」
「だからやらんで良い」
「え、ちょっと」
瑠衣が戸惑う声を上げるが、吠はそのまま半歩、二歩と距離を取る。陸王が苦笑しながら竜儀の肩へ手を置いた。
「その辺にしておけって。導入で逃げられたら意味ないだろ」
「む……確かに、導きにも段階は必要か」
「妙に納得しないでほしいわね」
青木が穏やかにたしなめる。
そのやり取りを、雪庭は少し離れた場所から静かに見ていた。
木漏れ日が石畳へ揺れている。風が吹くたび、葉の影がテガソード像の足元を横切っていく。滑稽だ。場違いだ。なのに、そこに立つ像はどこか真っ直ぐでもあった。人の願いが形になった神。その象徴として見るなら、あの妙な神々しさも、竜儀の信仰も、まるきり笑い飛ばせるものでもないのかもしれない。
「……人の願いから生まれた神か」
雪庭がぽつりと呟いた。
それは誰に向けた言葉でもなかった。独り言みたいに、ただ自分の中へ落とした声だった。
「確かに、こんな神様だったら良かったのにな」
その目は、像ではなく、その向こうのどこか遠い場所を見ているようだった。
誰もすぐには何も言わない。夏へ向かう風だけが、静かに境内を抜けていく。
吠は瑠衣を連れたまま、まだ少し離れた場所にいた。竜儀は相変わらずチラシを広げ、祭りの計画を真剣に語っている。陸王と青木が半ば呆れ、半ば流しながら付き合い、芹亜はそんな騒がしさを見て小さく笑っていた。
寺の日常は、確かに変わった。
面倒も増えた。騒がしさも増えた。だが、賑やかさも増えた。
「……助かってはいるんだよな」
吠がぼそりと言う。
「そこが一番厄介なんだよ」
陸王が即座に返す。
「ええ。本当に」
青木も柔らかく頷いた。
「いやさか!」
竜儀の声が、夏の空へ抜けていく。
少しうるさくて、少し妙で、でも確かに生きた日常の音だった。