ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
昼の寺は、もう夏の匂いがしていた。
境内の石は陽を吸ってぬるくなっていて、木陰に入るとようやく風の冷たさが分かる。蝉はまだ本気では鳴いていない。けど、軒先を抜ける風に混じる青い匂いと、じわじわ肌へ張りつく湿り気が、季節の変わり目を嫌でも知らせてきた。
竜儀が居候みたいな顔で寺へ出入りするようになってから、雑事は妙に回るようになった。
炊事場の片づけは早い。帳面の整理も無駄がない。来客があれば物腰だけはやたら丁寧に応対するし、掃除をさせれば隅まで手が届く。喫茶店をやっていた、って話はどうやら本当らしい。雪庭がひとりで抱えていた面倒のいくつかは、目に見えて軽くなっていた。
助かってる。助かってはいる。
だからこそ、余計に調子が狂う。
俺は縁側の近くで積み上げられた木箱を運びながら、少し先にいる竜儀の背中を見た。礼服じみた格好のまま、あいつは庭へ干す布を几帳面に伸ばしている。動きに迷いがない。ひとつひとつの所作だけ切り取れば、どこぞの名家の跡取りみたいに見えなくもないのがまた面倒だった。
その横では、陸王が箒を肩にかけて、半ば見物みたいな顔をしている。
「なあ」
木箱を下ろしながら、俺は声をかけた。
「お前は、これからどうするんだ?」
竜儀の手が止まる。
布の端を指先で整えたまま、少しだけ首を傾げた。
「どうするとは、一体、何をだ?」
「とぼけるなよ」
陸王が横から笑う。
「これからの戦いを、どうするのかって話だ」
俺も短く続けた。
「このまま一緒にやるのか、そうじゃねえのか」
風が吹いて、干しかけの白い布がひとつ揺れた。竜儀はそれを押さえてから、小さく息を吐く。大げさじゃない、静かなた め息だった。
「この世界において、テガソード様賛美歌を歌えないのは、私にとっては辛い事」
「そこ基準なんだな」
俺は即座に返した。
「ぶれてないのは分かった」
陸王が肩をすくめる。
竜儀はその軽口を流した。怒りもしない。ただ、少しだけ目を細める。
「そして、私は見極めたいと考えている」
その言い方が、少し意外だった。
俺は眉を寄せる。
「考えるって、何をだよ?」
竜儀は、今度は真正面から俺たちを見た。丸眼鏡の奥の目は、いつもの信奉一色の熱じゃなく、妙に静かだった。
「MiucSが、本当に倒すべき相手かどうかをな」
その一言で、境内の空気がほんの少し変わる。
すぐ近くでは、雪庭が帳面に何かを書き込み、青木が水を撒いた石畳を見ている。芹亜は日陰で洗った器を拭いていた。誰も大声で話していない。風と、遠い蝉と、箒の先が地面を掠める音だけが、間を埋めていた。
その静けさの中で、竜儀の言葉だけがやけにはっきり残る。
「それは、お前も同じではないのか」
返事が出なかった。
俺は木箱の上へ片手を置いたまま、少しだけ視線を逸らす。陸王も、箒を肩から下ろしながら黙った。
戦うべき相手だとは思う。
それは本当だ。歌を奪い、人を縛り、あの世界の息苦しさの中心にいる。放っておいていい相手じゃない。
けど。
簡単に「倒せば終わる」と言い切れない何かが、ずっと胸の奥に引っかかっている。
「……さぁな」
先に口を開いたのは、俺だった。
ぶっきらぼうに吐き出した声は、けど否定じゃない。
「戦うべき相手ではあると思う」
そのあとを、陸王が少しだけ柔らかい声音で継ぐ。
「そうだね。けれど、もしかしたら説得出来るかもしれない」
竜儀は何も言わない。ただ、静かにその言葉を待っている。
陸王は視線を少し遠くへ向けた。寺の屋根の向こう、白く霞む夏の空の方へ。
「同じAIでも、全部が全部、壊すしかない相手じゃなかった」
ブライダン。
名前にしなくても、俺たちは同じものを思い出していた。
敵だった。けど、それだけで終わらなかった。戦った先に、和解の余地があった。理解しきったとは言えなくても、少なくとも刃だけが答えじゃなかった相手。
「……ああ」
俺も短く頷く。
あれがあったからだ。MiucSだって、最初から全部を切り捨てていい相手だと決め切れない。面倒だし、気に入らないし、戦う覚悟だってある。けど、もしかしたら、って可能性が消えない。
「ならば、なおさら見極めるべきだな」
竜儀が言う。
その声音は静かだった。信仰に酔っている時の熱さとは違う。むしろ、こういう時の方が、あいつの芯の硬さがよく見える。
「……面倒な話だな」
俺が吐き捨てるように言うと、陸王が小さく笑った。
「だからこそ、簡単には決められないんだろ」
「いやさか。答えは、願いの先にある」
竜儀はそう言って、また布へ手を伸ばした。
話はそこでいったん途切れた。誰かが気の利いたまとめを言うわけでもない。納得したとも言い切れないまま、ただ、それぞれが自分の考えを抱えたまま手元の作業へ戻る。
雪庭は変わらず帳面をつけている。青木は穏やかな手つきで柄杓の水を撒き、芹亜は濡れた器の縁を一枚ずつ拭いていた。寺の日常は、そういう小さな動きの積み重ねで出来ている。
俺はもう一度木箱を持ち上げる。
ずしりとした重みが腕に乗る。身体を使ってる間は、余計なことを少し忘れられる。
それでも、さっきの言葉は頭のどこかへ残ったままだった。
MiucSが本当に倒すべき相手かどうか。
答えはまだ出ない。
たぶん、今すぐ出せるものでもない。
風が吹き、軒先の風鈴が小さく鳴る。夏の寺は騒がしいようでいて、考え事をするには向きすぎていた。