ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
昼の寺は、少しずつ夏に慣れ始めていた。
境内の石は陽を吸ってぬるく、木陰を抜ける風だけがわずかに涼しい。軒先では風鈴が細く鳴り、遠くで蝉が試し鳴きみたいに声を震わせている。騒がしいわけじゃない。けれど、春の頃より確かに音が増えた。匂いも、光も、全部が濃くなっている。
そんな中で、寺の中も前よりずっと回るようになっていた。
炊事場の片づけは早い。帳面の整理は見やすい。境内の掃除も、来客への応対も、気づけば誰かがきちんと手を入れている。
その中心にいるのが、どう考えても似合わない神官じみた礼服の男だというのが、いまだに腑に落ちないだけで。
「……助かってんだよな、実際」
廊下の雑巾がけをしながら、俺は小さく呟いた。
少し先では、竜儀が座卓の上へ帳面を広げている。丸眼鏡を指で押し上げ、実に真面目な顔で数字を追っていた。その横では陸王が竹箒を片手に、半分は見物みたいな顔をしている。
「認めたくないけどな」
陸王が笑う。
「寺の雑事に、あそこまで本気を出せるのは才能だよ」
「その才能の向き先が妙なんだよ」
「でも、雪庭さんはだいぶ助かってるだろ」
言われて、視線を動かす。
境内の隅では、雪庭がいつもより少し楽そうな顔で書類をまとめていた。青木さんはその横で供花を整えていて、芹亜は洗い終えた器を布で一枚ずつ拭いている。日常、ってやつだ。騒がしいくせに、最近はそれなりに形になってきている。
その時だった。
寺の門の方で、石畳を踏む足音が止まる。
俺は反射で顔を上げた。
日差しの向こうに、ひとりの女が立っていた。俺たちとそう変わらない年頃。制服姿のまま鞄を肩へ引っかけ、けれど、その立ち方には学生らしい遠慮がまるでない。境内を見回す目にも、敬う感じは薄かった。
「ここ、願い叶うとかある?」
開口一番がそれだった。
ずいぶん雑な言い方だな、と顔に出たんだろう。相手は気にした様子もなく、石段を上がってくる。陽に焼けた地面の匂いと一緒に、どこか刺々しい空気まで近づいてきた。
雪庭が立ち上がる。
「ずいぶん率直だね」
「受験近いし」
女は肩をすくめた。
「神頼みでもして、さっさと合格できたら楽かなって」
言い方の軽さに、場の空気が少し止まる。
芹亜が困ったように瞬きをして、青木さんは穏やかな顔のまま様子を見た。陸王は俺の方をちらりと見て、露骨に「来たな」という顔をする。
そして竜儀だけは、はっきりと眉を寄せた。
帳面を閉じる音が、やけに静かに響く。
「神仏へ願うこと自体は否定しない」
竜儀は立ち上がり、女の前へ一歩出た。声は柔らかい。物腰も丁寧だ。けど、そこに混じる硬さはすぐに分かる。
「だが、願いとは己の歩みの果てに託すもの。怠惰の近道として扱うのは、不敬だ」
女が露骨に顔をしかめる。
「は?」
「努力を嫌い、祈りだけで果実を得ようとする。その姿勢は看過できない」
「うるさいな」
即座に返ってきた声は、思った以上に鋭かった。
「神頼みくらい、別にいいでしょ」
近くで聞くと、軽いだけじゃない。棘がある。普段から人を刺す言い方に慣れてる奴の声だ。
「始まったな……」
陸王が小さく呟く。
「止まる気しねえな」
俺も同じように返す。
女は竜儀を睨んだまま、さらに続けた。
「努力がどうとか、説教とか一番いらないんだけど。受かればいいの。卒業できればいいの。真面目に苦労するとか、あたしにはだるいし」
開き直っている。けど、ただ投げやりなだけじゃない。そこにあるのは、妙にひりついた焦りだった。受験を軽く言ってるくせに、軽く流せてない顔をしている。
「その願いの軽さが――」
「軽くないし」
女はぴしゃりと言い返した。
「こっちにはこっちの都合があんの」
竜儀の目が細くなる。
こいつは信仰を馬鹿にされると本気で怒る。今の言い方は、かなり危ない線を踏んでいた。
俺が口を挟むより先に、女の手が制服のポケットへ入る。
次の瞬間、取り出されたものを見て、息が止まった。
ライドウォッチ。
紫を帯びたその輪の気配は、見間違えようがない。
「やっぱりそう来るか」
俺が低く言うと、雪庭の顔も引き締まった。
「ユニバースライダーか」
女は鼻で笑う。
「文句あるなら、力づくで止めてみれば?」
その言い方に、ぞくりとした。
ただ荒っぽいだけじゃない。人を痛めつけることへの躊躇が薄い。そういう匂いが、もう滲んでいる。
「こっちはそのつもりだから」
ライドウォッチが光る。
芹亜が息を呑んだ。
「ライドウォッチ……!」
女――深原海は、ためらいなくそれを使った。
『ライダータイム!仮面ライダーデルタ!』
空気が変わる。ひりついた圧が一気に濃くなって、夏の湿り気さえ弾かれるみたいに張りつめる。デルタの力が呼び起こされる瞬間、海の顔からわずかに浮ついた雑さが消えた。代わりに出てきたのは、短気で危うい、本来の刺だ。
「やるならさっさとやるよ」
変身の気配が広がる。
鋭く、冷たく、どこか人を削るみたいな力だった。俺は無意識に足を踏み込みかけて、止まる。気に入らない。見ているだけで嫌な感じがする。デルタって力そのものが、装着者の中の荒いもんを前へ引きずり出してくるようだった。
「嫌な感じね……」
青木さんが穏やかな声のまま言う。
「単に粗暴なだけじゃないな」
雪庭も低く続ける。
俺は海を睨んだ。
「人をいたぶるのに慣れてる匂いがする」
こっちの言葉に、海は口元だけで笑う。否定しない。
その時、竜儀の空気も変わった。
さっきまでの説教じみた調子じゃない。怒鳴りもしない。ただ、あいつなりに線を越えたと判断した時の、静かな硬さがそこにあった。
「……ならば、もはや言葉だけでは届かぬか」
「暴神」
俺が呼ぶと、竜儀はわずかに顎を引く。
「いやさか」
その一言のあと、声が低くなった。
「その在り方、テガソード様の御前で看過はできん」
金の気配が立ち上がる。
「エンゲージ!」『ウォーオオッオー!オー!ゴジュウティラノ!ウォーオオッオー!オー!オー!』
竜儀が変身へ入る。重い。荒々しいというより、巨大なものが地面へ根を張るみたいな力の出方だ。海のデルタが持つ危うさと、竜儀のゴジュウティラノの直線的な力が、真っ向からぶつかるのが見えた。
「本当に、日常が長続きしないな」
陸王が苦笑する。
「今さらだろ」
俺は返しながら、いつでも動けるように手をかける。
雪庭は一歩前へ出ていた。
「巻き込まれる前に、抑えるよ」
「ええ。これ以上、寺を荒らされても困るもの」
青木さんも静かに続く。
芹亜が不安そうに声を上げた。
「気をつけて……!」
夏の風が境内を抜ける。
さっきまでの日常の匂いは、もう薄い。代わりにあるのは、戦いの前の張りつめた空気だけだった。
デルタとゴジュウティラノが向き合う。
その一歩目が始まる寸前、俺は小さく息を吐いた。
面倒な来客だ。ほんとにな。