ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
寺へ戻ってきた時、空気が違った。
門をくぐる前から分かる。いつもの静けさじゃない。騒ぎがあった後のざわつきとも違う。もっと張りつめていて、誰かが息を殺して次の一手を待ってるような、嫌な静けさだった。
足を速める。
境内へ入った瞬間、まず目に入ったのは芹亜の強ばった顔だった。その視線の先を追って、俺は息を止める。
朱莉が座っていた。
縁側に浅く腰かけて、片腕を押さえている。血がべったり流れてるわけじゃない。けど、分かる。あれはただ転んだ傷じゃない。身体の芯まで響くような一撃を、まともにもらった顔だ。
「朱莉」
雪庭が呼ぶ声は落ち着いていた。落ち着いているくせに、いつもより少しだけ低い。
青木はすでに手当ての道具を広げていて、陸王も珍しく余計なことを言わずに壁際へ寄っていた。
朱莉は顔を上げる。いつもみたいに睨むでもなく、笑うでもなく、ただ短く息を吐いた。
「死んでない」
それが最初の一言だった。
強がりだ、と思うより先に、腹の奥が重くなる。こいつがこういう言い方をする時は、思った以上に押されてる時だ。
「何がいた」
雪庭が問う。
朱莉は少しだけ目を閉じて、それから言葉を絞るみたいに口を開いた。
「怨霊の群れ。それと……奥に一人」
「一人?」
陸王が聞き返す。
「最初から変身してた」
朱莉の指先が、押さえていた腕へ少しだけ力を込める。
「斬月」
その名が落ちた瞬間、空気がまた一段重くなる。
斬月。名前は分かる。姿も想像はつく。けど、それだけだ。誰が変身してるのかも、どうしてそこにいるのかも、何も分からない。ただ、その一言だけで、朱莉を押し返した相手の輪郭が少しだけ濃くなった。
「最初から変身済み……厄介ね」
青木が静かに言う。
「厄介なんてもんじゃない」
朱莉はすぐに返した。
「剣が、重かった」
強かった、じゃない。重かった。
その言い方が妙に残る。斬られた痛みの話じゃない。もっと別の、剣そのものに乗っていた何かの話だ。
朱莉は悔しそうだった。
分かりやすく顔を歪めるわけじゃない。けど、膝に置いた手がほんの少し強く握られていて、歯を食いしばる音が聞こえそうなくらい静かに怒っていた。さっきまで正則さんの家で見た、家族を支える時の朱莉の顔が頭に残ってる。だから余計に分かる。こいつにとってこの戦いは、ただの任務じゃない。守りたいものの先にある戦いだ。
「……まだやれる」
朱莉が言う。
「今は下がれ」
雪庭の声は容赦がなかった。
「でも――」
「無理すんな」
気づけば、俺が口を挟んでいた。
朱莉がこっちを見る。目つきだけならいつもの朱莉だ。けど、その奥にある悔しさの色までは隠せていない。
「お前が削られたまま行っても、向こうが喜ぶだけだ」
慰める気はなかった。そんなの、こいつには逆効果だと思ったからだ。ただ見たままを言っただけだった。
朱莉はしばらく黙って、それから小さく息を吐く。
「……じゃあ、あんたが行って」
「は?」
「芹亜を連れて」
そこで初めて、芹亜が自分の名に肩を揺らした。
「私も……?」
朱莉は頷く。
「あいつ、剣だけで終わる相手じゃない」
その言い方で分かる。こいつは戦ってる最中に見たんだ。剣の向こう側に、もっと別のものがあるってことを。歌で触るべき何かが、たぶんあの斬月の奥にある。
俺は少しだけ黙った。
押しつけられた、とは思わなかった。託されたんだと思った。こいつが一度噛み砕けなかったものを、今度は俺たちが持っていく。そういう受け渡しだった。
「勝手に負けるなよ」
朱莉が言う。
「お前もな」
俺はそう返した。
それで十分だった。こいつとの間では、たぶんそれで足りる。
準備は早かった。
雪庭は彷霊界の入口を開く段取りに入り、青木は最低限の注意だけを短く伝える。陸王は今回は残るらしい。別の導線で支えるつもりなんだろうが、今はそこまで聞く余裕がなかった。
「相手は剣士だ。真正面から付き合うな」
雪庭が言う。
「でも、逃げるだけでも駄目」
青木が続ける。
「芹亜が届く距離までは持っていかないと」
「つまり、今回も面倒ってことだな」
陸王が肩をすくめる。
「今さらだろ」
俺が返すと、芹亜が小さく息を吸った。
「……朱莉さんの分まで、ちゃんと見てきます」
その声は震えていなかった。怖くないわけじゃないだろう。それでも逃げる気はない。俺は一瞬だけ芹亜を見て、それから前へ向き直る。
彷霊界へ足を踏み入れた瞬間、肌が粟立った。
空気が違う。いつもの嫌な湿り気じゃない。もっと鋭い。風の代わりに、目に見えない刃が頬のそばを通り過ぎていくような感覚だった。景色も妙に静かだ。建物の輪郭、道の曲がり方、遠くに立つ影、その全部が張りつめている。
「……空気が違う」
芹亜が小さく言う。
「ああ」
短く返す。
ここは最初から、斬るための場所だ。そう思った。
少し進むと、怨霊が現れた。
けど、ただの群れじゃない。並んでいる。統率されている、ってほど整ってはいないのに、こっちへ襲いかかるより先に、まず道を塞ぐように配置されている。奥へ進ませないための壁だ。
「前は俺が取る」
「はい!」
芹亜を背にして踏み込む。怨霊の一体目を斬り裂く。二体目を蹴り飛ばし、三体目の腕を払って道を開ける。数は多い。けど、一体一体の強さそのものはそこまでじゃない。厄介なのは、こいつらが“奥へ行かせないためだけに”機能していることだった。
道をこじ開けるたび、すぐに別の怨霊が差し込まれる。
「しつこいな……!」
舌打ちしながら前へ出る。数を抜けた、その先。
そこにいた。
『ライダータイム!仮面ライダー斬月』
最初から変身したまま、まるでそこに立って待つこと自体が当然みたいに、静かに佇んでいた。無双セイバーを手にしたその姿は、怨霊たちの後ろにいるってだけで妙に浮いて見える。いや、違う。怨霊たちの方が、この一人のための前座みたいに見えるんだ。
「あれが……」
芹亜の声がかすれる。
「斬月」
名前を口にしただけで、喉の奥が少し乾く。
正体は分からない。誰が変身してるのかも、何のためにここへいるのかも知らない。ただ、その場に立ってるだけで、朱莉が押し返された理由は嫌でも分かった。
重い。
姿じゃない。剣の気配がだ。
俺が一歩踏み込んだ瞬間、斬月はもう動いていた。
速い、って感じじゃなかった。無駄がない。最初からそこへ落ちることが決まってた刃みたいに、まっすぐ一太刀が来る。反射で受ける。火花が散る。腕が痺れる。
「……っ!」
「吠さん!」
芹亜の声が遠く聞こえる。
踏みとどまる。踏みとどまったけど、その一撃だけで分かった。ただ強いんじゃない。剣そのものに、何か別の重さが乗ってる。怒りか、執念か、未練か。そんな曖昧なもんじゃ足りないくらい、深い何かだ。
斬月は追撃してこなかった。
ただ、値踏みするみたいにこっちを見ている。無言のまま。怨霊たちがその左右を埋めるみたいに再び動き、俺たちを囲い込んでいく。
「この人……ただ戦ってるんじゃない」
芹亜が呟く。
「分かってる」
剣を構え直す。朱莉から受け取ったものが、まだ腕の中に残っている気がした。悔しさも、託された重みも、全部ひっくるめて今は前へ出るしかない。
斬月はまだ正体を見せない。
けど、それで十分だった。この戦いが、ここから本番なんだと分かるには。
無言のまま、斬月がもう一度剣を構える。
彷霊界の空気が、さらに細く鋭く張りつめた。