ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦   作:ボルメテウスさん

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浄化の歌

 斬月の装甲が砕けるみたいに消えた、その直後だった。

 

 終わった、とは思えなかった。

 

 禽次郎が拾い上げたライドウォッチの光はもう弱い。白い甲冑の気配も薄れている。なのに、戦場の空気だけがまだ張りつめたままだった。むしろ、鎧という器を失ったぶん、中に押し込められていたものだけが剥き出しになっている気さえした。

 

「……まだ、終わってない」

 

 芹亜の声が小さく落ちる。

 

 俺も同じものを感じていた。返事は短くなる。

 

「ああ」

 

 少し先、吹き飛ばされた場所で、黒い靄が揺れた。

 

 人の形をしている。けれど、もう斬月の整った輪郭じゃない。剣だけを握った怨霊。無念と執着だけでどうにか形を保っているような、危うい影だった。顔は見えない。だが、そこにいるのがただの雑霊じゃないことだけは、嫌でも分かった。

 

 ゆらり、とそいつが立ち上がる。

 

 その手にはまだ剣があった。

 

「ライドウォッチは剥がせた」

 

 雪庭が低く言う。

 

「だが、怨霊そのものは沈んでいない」

 

「ここからは別の段階ね」

 

 青木さんの声も静かだった。

 

 次の瞬間、怨霊――沖田総司が、声にならない呻きを漏らした。

 

「……ァ、あ……ッ!」

 

 言葉じゃない。ただ、喉の奥から搾り出したみたいな音。なのに、そのまま振るわれた剣は鋭かった。

 

「っ!」

 

 反射で前へ出る。受ける。重い。さっきまでの斬月みたいな完成された剣じゃない。もっと荒れている。荒れているのに、芯のところだけはまだ恐ろしく鋭い。

 

 ぐしゃぐしゃに壊れているのに、剣筋だけが消えていない。

 

 それが余計に痛々しかった。

 

「今のこいつ、さっきまでと違う……!」

 

 少し離れたところで、朱莉が息を呑む。

 

「戦ってるんじゃない」

 

 陸王が言う。

 

「暴れてるだけだ」

 

「魂が、悲鳴を上げている」

 

 竜儀の声が、いつになく重い。

 

 その言葉の通りだった。目の前のそれは、敵意というより、どうにもならない苦しみそのものみたいに見えた。斬らなきゃ止まらない。けれど、斬ったところで終わる感じもしない。

 

 俺と陸王、竜儀、それに禽次郎まで入って抑えにかかる。押さえる。弾く。囲む。けど、駄目だ。剣を叩き落としてもすぐ拾う。押し返しても、また起き上がる。勝ち負けの型に乗らない。

 

「ちっ……止まりゃしねえ!」

 

 吐き捨てた声に、禽次郎が眉をひそめた。

 

「ライドウォッチ抜いたのに、まだ燃えてるってか」

 

「燃えてるっていうより……残ってる、だな」

 

 陸王が低く言う。

 

「残った未練が暴れている」

 

 雪庭のその言葉で、胸の奥に何かが引っかかった。

 

 未練。

 

 歌を忘れたくないと言っていた正則さんの顔が、ふっと頭に浮かぶ。歌っていた頃の気持ちごと、忘れたくない。あの静かな声。朱莉が守ろうとしていた家。守りたい相手がいる時の顔。

 

 目の前のこいつも、たぶんそうなんだ。

 

 上手く言葉にならないまま、どこにも置けなくなったものだけを抱えて、壊れたまま立っている。

 

「私が……やります」

 

 その声で、全員の視線が動いた。

 

 芹亜だった。

 

 細い肩が少しだけ震えている。怖くないわけがない。けれど、その目は逸れていなかった。

 

「芹亜」

 

 思わず呼ぶ。

 

「この人、まだ終わってません」

 

 芹亜は沖田から目を離さずに言う。

 

「終われないまま、ずっとそこにいる」

 

 朱莉がじっと芹亜を見る。

 

「行けるの」

 

「怖いです」

 

 芹亜は正直にそう言った。強がらない。それでも次の言葉ははっきりしていた。

 

「でも、今ここで歌わなかったら、たぶん届かない」

 

 短い沈黙。

 

 朱莉が小さく頷く。

 

 それで十分だった。前に立ってきた朱莉から、今度は芹亜へ。役目が渡るのが見えた。

 

「前、開ける!」

 

 俺は叫ぶ。

 

「長くは持たない、急げ!」

 

 陸王が横から走る。カリスの刃が、沖田の剣筋をずらす。真正面から勝とうとはしない。歌のための一瞬を作るためだけに動く。

 

「いやさか、今のうちに!」

 

 竜儀が前へ出る。重く踏み込み、怨霊の前進を押し止める。剣を受けるんじゃない。身体ごとぶつかって、芹亜への軌道だけを逸らす。

 

「芹亜ちゃん、こっちは任せろ!」

 

 禽次郎の射撃が頭上を走る。沖田の逃げ場を潰し、こっちへ向き直るしかない空間を作る。

 

 俺は真正面で受ける。

 

 重い。

 

 剣を受けるたび、こいつの中に残っているものの重さまで腕へ入ってくるみたいだった。叫びたいのか、悔しいのか、守りたかったのか、何ひとつ整理できないまま暴れている。

 

 だったら。

 

 届くしかない。

 

「今だ!」

 

 その声で、芹亜が前へ出た。

 

 剣の届く距離だった。怨気の中心。普通なら、立つだけでも足が竦みそうな場所だ。けれど芹亜は止まらない。一度だけ目を閉じて、息を吸う。

 

「……届いて」

 

 その小さな声のあと、歌が始まった。

 

 最初の一音で、空気が変わる。

 

 戦場の真ん中へ、剣じゃなく歌が立つ。そんな感じだった。静かなのに、逃げ場がない。芹亜の声は細いのに、怨気の奥までまっすぐ伸びていく。

 

 沖田がなおも剣を振るおうとする。

 

 だが、刃の軌道がぶれた。

 

 さっきまでの荒々しさが、ほんのわずかに鈍る。怨気が揺らぐ。黒い靄の輪郭が、歌へ引かれるみたいに崩れていく。

 

「……っ、ぁ……」

 

 今度の声は、さっきまでと違った。

 

 暴走の唸りじゃない。苦しみを吐き出すような声だった。

 

「……効いている」

 

 雪庭が低く言う。

 

「届いてるわ」

 

 青木さんの声も柔らかい。

 

 芹亜は歌い続ける。

 

 何かを責める歌じゃない。奪う歌でも、勝つ歌でもない。そこに置き去りになったものへ、ちゃんと触れようとする声だ。怒りの奥にあるもの。誠の奥にあるもの。言えなかったこと、守りたかったもの、そういう全部に手を伸ばすみたいな歌だった。

 

 沖田の剣先が下がる。

 

 また上がる。だが、さっきほどの勢いはない。歌に引かれて、振り上げる理由そのものを失い始めているみたいだった。

 

 朱莉が、小さく零す。

 

 俺も息を止めたまま見ていた。

 

 剣が、ついに手から滑り落ちる。

 

 金属音は、驚くほど静かだった。戦いの最中ならかき消されていたはずの音が、今はひどくよく響く。

 

 沖田が膝をつく。

 

 その姿から、ようやく力が抜けていく。戦うための形じゃない。ただ、立ち止まるための沈黙へ変わっていく。怨気も少しずつ薄れて、彷霊界の空気からあの刺すような剣気が抜け始めた。

 

「すげえな……」

 

 思わず声になる。

 

 陸王が小さく息を吐いた。

 

「今のは、勝ったって感じじゃないな」

 

「いやさか。魂に届く歌だった」

 

 竜儀の声も、今は静かだ。

 

「これが“届く”ってやつか」

 

 禽次郎が珍しく軽口を挟まないで言った。

 

 やがて芹亜の歌が終わる。

 

 余韻だけが、しばらく空気の中に残っていた。誰もすぐには動けない。剣戟のあとに来る静けさとは違う。もっと柔らかくて、けれど深い沈黙だった。

 

 芹亜が小さく息を吐く。

 

「……届いた」

 

「ああ」

 

 俺は短く返す。

 

 朱莉が芹亜を見る。ぶっきらぼうなまま、けれどちゃんと伝わる声で言った。

 

「ありがと」

 

 芹亜は少しだけ目を見開いて、それから小さく笑う。

 

 雪庭が戦場を見回しながら言う。

 

「これで終わりじゃない。でも、確かに一歩届いた」

 

「ええ。ここから先へ繋がる一歩ね」

 

 青木さんが頷く。

 

 静まり返った彷霊界の真ん中で、沖田総司はようやく剣を下ろしていた。

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