ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
「それで……やっぱり、聞いてもいいですか」
寺に戻ってきて、ようやく腰を下ろしたところで、芹亜が遠慮がちに口を開いた。
戦いの疲れは、まだ全員の身体に残っている。畳の上に座るだけで、肩の力が少し抜けるのが分かった。外では風が木を揺らしていて、境内の音はいつも通りなのに、さっきまでの剣戟の響きがまだ耳の奥に残っている。
禽次郎は、そんな中でもいつもの調子で湯呑みを持っていた。
「ん? 何かな、お嬢ちゃん」
「時音さんって……」
その名前が出た瞬間、禽次郎の動きが少し止まった。
ほんの一拍だ。けど、分かる。さっきまで軽く流していた空気が、そこで少しだけ変わった。
雪庭も湯呑みを置く。
「私も気になっていた。あれだけ全力で叫ぶ名前なら、ただの掛け声ではないだろう」
「まあ、そこは気になるよな」
俺が言うと、陸王も頷いた。
「勢いで流すには、少し強かったからね」
「いやさか。名には魂が宿るもの」
竜儀まで真面目な顔で言う。
「お前はそういう時だけまともに乗るな」
「常にまともだが?」
「そこは揉めるからやめて」
青木さんが穏やかに止めた。
禽次郎は苦笑いを浮かべて、何か言おうとした。けど、その前に不意に胸を押さえた。
「うっ……」
「猛原さん!?」
芹亜が慌てて身を乗り出す。
雪庭の顔つきも変わった。
「まさか、さっきの戦闘で何か」
「おい、禽次郎」
俺も立ち上がりかけた。
陸王もすぐ横へ寄る。
「無理してたのか?」
「うぅ……」
禽次郎は苦しそうにうつむいている。
芹亜の顔が青くなる。朱莉も眉を寄せた。だが、少しして俺は気づいた。陸王も、竜儀も同じだったらしい。
これはたぶん、戦闘の後遺症じゃない。
「卵を食べて、結構経ったから……そろそろ……」
「……卵?」
芹亜が固まる。
雪庭も珍しく、返答に困った顔をした。
「なぜ、そこで卵が出てくる」
「あら……もしかして」
青木さんだけが、何か察したように瞬きをした。
「ああ、そういうことか」
俺は息を吐く。
「そういうことって何ですか!?」
芹亜がこっちを見る。
「説明するより、見た方が早い」
「それ、説明を放棄してない?」
朱莉がぼそっと言った。
その間にも、禽次郎の身体はゆっくり変わり始めていた。
服装はそのままだ。だけど、顔つきが変わる。張りのあった肌が年相応に落ち着いて、髪も薄くなり、背筋の雰囲気まで変わっていく。さっきまで高校生みたいな見た目だった男が、あっという間に老人の姿へ戻っていった。
「えっ、えぇ!? 猛原さんがお爺ちゃんに!?」
芹亜が本気で驚く。
雪庭は目を細めて、禽次郎をじっと見ていた。
「変身解除……ではなさそうだな」
「少し違う」
俺は言う。
「より正確に言うと、戻った」
「戻った?」
芹亜と雪庭の声が重なる。
老人の姿になった禽次郎は、少し咳払いをしてから、ゆっくり前へ出た。さっきまでの軽さは残っている。けど、声の底に年輪みたいなものが混じっていた。
「どうも、お騒がせしました」
そう言って、禽次郎は軽く頭を下げる。
「猛原禽次郎こと、本名は猛原譲二。以後、よろしくお願い申す」
「……情報量が多いな」
雪庭が正直に言った。
「最初は大体そうなる」
陸王が妙に慣れた顔で頷く。
「いやさか。若さとは、時に借り受けるもの」
「お前が言うとややこしくなる」
「吠。私は真理を述べている」
「今は黙ってろ」
俺が言うと、竜儀は少し不満そうにした。
芹亜はまだ禽次郎を見ている。目の前で若者が老人になったんだから、無理もない。
「あの、つまり……卵を食べると若返るんですか?」
「まあ、ざっくり言えばそういうことだな」
禽次郎が軽く答える。
「ざっくりで済む話なんですか……?」
「俺たちも最初はそう思った」
俺は言った。
「慣れると、そういうものだと思えてくるよ」
陸王がさらっと続ける。
「慣れるのもどうかと思う」
朱莉がもっともなことを言った。
「でも、本人が元気なら何よりね」
青木さんはにこやかだ。
禽次郎はうむ、と頷く。
「厚焼き卵があれば、なお元気になる」
「そこは変わらねえのかよ」
「大事なことだぞ、吠君」
「大事なのは分かるけど、優先順位がおかしい」
陸王が笑う。
場の空気が少し緩んだ。
だからこそ、雪庭はその隙間にもう一度、話を戻した。
「それで、時音さんというのは?」
今度は誰も茶化さなかった。
禽次郎は湯呑みに手を添えたまま、しばらく黙っていた。老人の姿になったせいか、その沈黙がさっきよりずっと長く見える。
やがて、小さく笑った。
「……昔の女房だよ」
「奥さん……」
芹亜が呟く。
「ああ。もう、ずいぶん前の話だ」
禽次郎の笑い方は、いつものものとは違っていた。
軽く見せようとしている。けど、視線は少し遠い。そこには、俺たちには見えない誰かがいるみたいだった。
「若い頃にな。よく一緒に歌を聞いた」
部屋の中が静かになる。
外の葉擦れだけが聞こえた。
「別に、大げさな思い出じゃない。飯の支度をしながらとか、掃除をしながらとか、何でもない時に、流れてた歌を二人で聞いていた」
「何でもない時間ほど、残るものね」
青木さんが静かに言う。
「そうなんだよ」
禽次郎は頷く。
「だから、歌が聞けないってのはな……案外、きつい」
その言葉に、芹亜が少しだけ目を伏せた。
正則さんのことを思い出したんだろう。俺も同じだった。歌そのものじゃない。そこにくっついていた時間がある。誰かといた記憶がある。それを奪われるのは、ただ音が消えるのとは違う。
「歌そのものより、そこにくっついてる時間が消えるみたいでな」
禽次郎は、湯呑みの中を見たまま言った。
「最初は、吠君たちが大変そうだから来ただけだった」
「それでも十分だろ」
俺が言うと、禽次郎は首を横に振った。
「けどな、違った。この世界で歌を聞けない人たちの顔を見たら、他人事じゃなくなった」
「猛原さん……」
「時音と聞いた歌を、今も覚えてる」
その声は、静かだった。
「もしそれを、誰かに奪われたらって考えたらな。俺は、黙って見ていられん」
誰もすぐには言わなかった。
今そこにいるのは、軽い調子の禽次郎じゃない。猛原譲二という、一人の老人だった。長く生きて、失ったものもあって、それでも忘れたくないものを持っている人間だった。
俺は湯呑みを置く。
「なら、戦う理由は十分だな」
禽次郎が顔を上げる。
「だろ?」
そこで陸王が少し笑った。
「らしくないくらい真面目だったな」
「失礼だな、俺はいつでも真面目だぞ」
「そういうことにしておくよ」
「いやさか。大切な記憶を守らんとする志、見事です」
竜儀が深く頷く。
「お前もたまに普通にいいこと言うよな」
「たまにとは何だ、吠」
「今の流れで怒るな」
芹亜が少し笑った。
その笑いで、部屋の空気がようやく少し軽くなる。
禽次郎は老人の姿のまま、背筋を伸ばした。
「というわけで、しばらく俺も手伝う。歌を取り戻すってんなら、乗らない理由がないからな」
「ありがとうございます」
芹亜が頭を下げる。
朱莉は腕を組んだまま、少しだけ視線を逸らした。
「無理はしないでよ。お爺ちゃんなんだから」
「おっと、そこを突くかい」
「事実でしょ」
「まあ、否定はできんな」
陸王が笑う。
「卵さえあれば大丈夫なんだろ?」
「厚焼き卵なら、なお良し」
「では、あとで作りましょうか」
青木さんが言うと、禽次郎の顔が一気に明るくなった。
「ありがたい!」
「そこだけ元気だな」
俺が呆れると、禽次郎は胸を張った。
「食は活力だぞ、吠君」
「急にそれっぽいこと言うな」
雪庭が静かに湯呑みを持ち直す。
「歌を取り戻す理由が、また一つ増えたわけだ」
「はい」
芹亜が頷く。
禽次郎は少しだけ遠くを見るようにして、それから芹亜へ笑った。
「頼むよ、お嬢ちゃん。俺も、もう一度ちゃんと聞きたい歌があるんでな」
「だったら、取り戻すしかねえだろ」
俺が言うと、禽次郎は老人の顔で笑った。
若い姿の軽さとは違う。長く生きた人間が、それでもまだ終わっていないものを見ている笑い方だった。
外で風が木を揺らす。
歌のない世界に、まだ聞こえない歌を探すみたいに。