ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦   作:ボルメテウスさん

58 / 63
寺の来客者

 境内には箒の音がして、炊事場の方からは湯気と味噌汁の匂いが流れてくる。昨日まで彷霊界で剣だの怨霊だのとやり合っていたはずなのに、こうして雑巾を絞る音や戸を開ける音が混じると、全部が少し遠い出来事みたいに思えてくるから不思議だった。

 

 その中心で、禽次郎は妙に馴染んでいた。

 

 今は卵を食っていないので、姿は完全に猛原譲二の方だ。毛髪の薄い老人の姿で、腰に手ぬぐいを下げ、境内の隅に積まれていた荷物をひとつずつ運んでいる。見た目だけなら近所の手伝いに来た爺さんなのに、動きは妙に軽いし、口を開けば相変わらず調子がいい。

 

「いやあ、働ける場所があるってのはありがたいもんだな。卵代も稼がんといかんし」

 

「そこを労働理由の頭に持ってくるなよ」

 

 俺が箒を持ったまま返すと、禽次郎はけらけら笑った。

 

「若返りにも生活費がかかる時代だからな、吠君」

 

「知らねえよ、そんな時代」

 

 陸王は縁側の方で座布団を干しながら、面白そうにこっちを見ている。竜儀はなぜか帳面を広げ、禽次郎の働きぶりを確認するように頷いていた。

 

「いやさか。労働とは尊い行いです。テガソード様も、真摯に働く者を見守っておられるでしょう」

 

「それ、寺のバイトに言う言葉か?」

 

「場所は関係ありません。志の問題です」

 

「お前の志は毎回テガソードに寄りすぎなんだよ」

 

 そんなやり取りをしていると、門の方から足音がした。

 

 振り向くと、西園寺が立っていた。きちんと整った服装で、境内を見回す目にも隙がない。寺に来ても周囲から浮かないのは、育ちの良さなのか、単に本人の空気が強いのか分からない。

 

「おはようございます。こちらに用があって来たのですが……あなたが、ここの手伝いを?」

 

 西園寺の視線は、真っ先に禽次郎へ向いた。

 

 まあ、そうなる。昨日までゴジュウイーグルとして空を飛んでいた男が、今日は老人の姿で雑巾を干しているのだから、事情を知らない側からすれば反応に困るだろう。

 

「手伝いというより、バイトかな。卵代も稼がんといかんし」

 

「卵代?」

 

 西園寺が目を細める。

 

「そこは深く聞かない方がいい」

 

 俺が横から言うと、西園寺は少しだけ間を置いてから、納得したのかしていないのか分からない顔で頷いた。

 

「分かりました。こちらには、そういう説明を後回しにした方がよい事情が多いようですし」

 

「理解が早くて助かる」

 

「理解ではなく保留です」

 

 きっぱり返されて、陸王が小さく笑った。

 

 その時、門の外でもう一つ足音が止まった。

 

 今度は西園寺とは全然違う空気だった。だらりと肩を落とし、長い髪を下ろした少女が、いかにも面倒そうに境内を眺めている。年は俺たちと近いか、少し上くらい。顔立ちは整っているのに、目元の気怠さが全部を投げやりに見せていた。

 

「ここ、楽して暮らせる方法とかある?」

 

 開口一番がそれだった。

 

 俺は箒を持ったまま固まった。陸王も座布団を抱えたまま目を瞬かせる。竜儀の眉が分かりやすく動いたので、俺は少しだけ嫌な予感がした。

 

「怠惰を願いと呼ぶのは感心しません」

 

「説教とか、だる……」

 

 少女は竜儀の言葉を最後まで聞く気もなさそうに呟いた。

 

「寺って、そういう願いを叶えてくれる場所じゃないの。神頼みとか、そういうやつ」

 

「寺を都合のいい受付窓口みたいに扱うな」

 

 俺が言うと、少女はこっちを見た。眠そうな目なのに、視線だけは妙に鋭い。

 

「あんたたち、ここの人?」

 

「居候みたいなもんだ」

 

「じゃあ、偉い人ではないんだ」

 

「いきなり失礼だな」

 

「取り繕うのもだるいから」

 

 西園寺が一歩だけ前へ出た。

 

「あなた、名前は?」

 

「七斑葉香」

 

 少女は短く答える。名乗ることすら面倒そうな声だった。

 

「十八。高校は出た。進路は未定。実家は追い出された。今はだいたい詰んでる。以上」

 

「情報を出す速度だけは妙に早いな」

 

 陸王が苦笑する。

 

 葉香は肩をすくめた。

 

「何回も聞かれるのが面倒だから、先に言っただけ。働くの、だるい。進路とかも、考えるだけ無駄だし」

 

「ずいぶん率直ですね」

 

 西園寺の声は冷静だったが、少しだけ棘があった。

 

「そういう家の人っぽい言い方」

 

「どういう意味ですか」

 

「ちゃんとしてる人の言い方。苦手」

 

 西園寺の目が細くなる。竜儀はまた何か言いたそうに口を開きかけたが、その前に禽次郎が笑いながら割って入った。

 

「まあまあ。そう言いたくなる日も、あるにはあるさ」

 

「おじいちゃん、説教するなら短めでお願い」

 

「説教は長い方が効く、とは限らんからな」

 

 葉香はそこで少しだけ禽次郎を見た。意外そうでもあり、警戒しているようでもあった。

 

「変なおじいちゃん」

 

「よく言われる」

 

「褒めてない」

 

「分かっとるよ」

 

 禽次郎は笑って、縁側の端に腰を下ろした。葉香は帰るでもなく、かといって近づくでもなく、境内の真ん中でだるそうに立っている。けれど、その指先だけが変だった。

 

 膝の横で、右手の指が小さく動いている。

 

 最初は退屈で動かしているだけかと思ったが、規則があった。親指、人差し指、中指、それから少し遅れて薬指。見えない鍵盤を叩いているみたいな動きだった。

 

 禽次郎も、それに気づいたらしい。

 

「子供も孫も育てたがな、若い者が“何でもない”って顔をしてる時ほど、案外何かある」

 

「人生経験トーク、ほんと苦手」

 

「苦手なら聞き流せばいい。年寄りの話なんて、半分くらいはそういうものだ」

 

「半分は無駄ってこと?」

 

「残り半分が残れば十分だ」

 

 葉香は少しだけ黙った。

 

 それでも、指は止まらない。

 

「過去がある人はいいよね。何か語れるものがあって」

 

 ぽつりと落ちた声は、さっきまでより少しだけ低かった。

 

 禽次郎はすぐには返さなかった。軽口を挟まず、湯気の消えた湯呑みを手に取るみたいに、その言葉を一度受け止める。

 

「過去があるからこそ、未来を諦める理由にもならんのだよ」

 

「未来とか、重い。そういうの考えるのがだるいから、楽して暮らしたいって言ってるのに」

 

「本当に楽をしたいだけなら、そんな目はしない」

 

 葉香の指が、そこで止まった。

 

「何それ。見ただけで分かった気になってる?」

 

「全部は分からんよ。ただ、何かをやめた人間の指は、案外まだ覚えているもんだ」

 

 空気が一瞬だけ変わった。

 

 葉香は笑わなかった。怒ることもしなかった。ただ、目元の気怠さの奥に、触られたくないものを触られた時の色が見えた。

 

「……だったら何」

 

「何でもない。今はな」

 

 禽次郎がそう言うと、葉香はつまらなさそうに視線を逸らした。

 

 西園寺は二人を黙って見ていた。竜儀も今回は口を挟まない。陸王が俺の横へ来て、小さく言う。

 

「ただの怠け者、って感じではないな」

 

「だな」

 

 俺も短く返す。

 

 葉香はしばらく境内を眺めていたが、やがてポケットへ手を入れた。

 

「まあ、今日は確認だけでいいや」

 

「確認?」

 

 俺が聞くより先に、葉香は小さなものを指で挟んで見せた。

 

 ライドウォッチ。

 

 その瞬間、空気が固まる。

 

「ユニバースライダーですか」

 

 西園寺の声が低くなる。

 

「関係者っぽいとは思ったけど、やっぱり反応するんだ」

 

 葉香は面倒そうに笑う。

 

「戦うのはだるいから、今日はやめとく」

 

「こっちが見逃すと思ってんのか」

 

「追いかけてもいいけど、寺壊れるよ」

 

 言いながら、葉香は足元の小石を軽く蹴った。

 

 小石はまっすぐ飛んで、境内の端に吊るされていた木札の角をかすめる。落とすでも壊すでもない。ほんの端だけを鳴らす、妙に嫌な精度だった。

 

 射撃の動きじゃない。けれど、狙う感覚は分かる。あれは偶然じゃなかった。

 

「ゲームやってただけ」

 

 葉香は俺たちの視線に気づいたのか、先に言った。

 

 禽次郎が目を細める。

 

「それだけで済む腕じゃなさそうだ」

 

「おじいちゃん、ほんと面倒くさい」

 

「よく言われる」

 

「それ、さっきも聞いた」

 

 葉香はライドウォッチをしまうと、だるそうに門の方へ歩き出した。

 

「じゃ、また気が向いたら来る」

 

「来る前提なのかよ」

 

「他に行くとこもないし」

 

 最後の言葉だけが、妙に軽くなかった。

 

 葉香の背中が門の外へ消えるまで、誰もすぐには動かなかった。戦いが起きたわけじゃない。けれど、何かが始まった感じだけは残っている。

 

 西園寺が静かに口を開く。

 

「あの人、危険ですね」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「でも、それだけじゃないだろ」

 

 そう言うと、西園寺は少しだけこちらを見た。否定はしなかった。

 

 禽次郎は、葉香が去った門の方をまだ見ていた。

 

「止まっているだけだな、あの子は」

 

「分かるのか?」

 

 俺が聞くと、禽次郎は小さく笑った。

 

「子供も孫も見てきたんでな。足が止まってる若い者は、だいたい似た顔をする」

 

「また人生経験か」

 

「今回は当たってると思うぞ、吠君」

 

 冗談めかして言っているのに、その目は少しも笑っていなかった。

 

 寺の境内には、葉香が鳴らした木札の音がまだ残っている気がした。軽いはずなのに、耳の奥へ妙に引っかかる音だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。