ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
境内には箒の音がして、炊事場の方からは湯気と味噌汁の匂いが流れてくる。昨日まで彷霊界で剣だの怨霊だのとやり合っていたはずなのに、こうして雑巾を絞る音や戸を開ける音が混じると、全部が少し遠い出来事みたいに思えてくるから不思議だった。
その中心で、禽次郎は妙に馴染んでいた。
今は卵を食っていないので、姿は完全に猛原譲二の方だ。毛髪の薄い老人の姿で、腰に手ぬぐいを下げ、境内の隅に積まれていた荷物をひとつずつ運んでいる。見た目だけなら近所の手伝いに来た爺さんなのに、動きは妙に軽いし、口を開けば相変わらず調子がいい。
「いやあ、働ける場所があるってのはありがたいもんだな。卵代も稼がんといかんし」
「そこを労働理由の頭に持ってくるなよ」
俺が箒を持ったまま返すと、禽次郎はけらけら笑った。
「若返りにも生活費がかかる時代だからな、吠君」
「知らねえよ、そんな時代」
陸王は縁側の方で座布団を干しながら、面白そうにこっちを見ている。竜儀はなぜか帳面を広げ、禽次郎の働きぶりを確認するように頷いていた。
「いやさか。労働とは尊い行いです。テガソード様も、真摯に働く者を見守っておられるでしょう」
「それ、寺のバイトに言う言葉か?」
「場所は関係ありません。志の問題です」
「お前の志は毎回テガソードに寄りすぎなんだよ」
そんなやり取りをしていると、門の方から足音がした。
振り向くと、西園寺が立っていた。きちんと整った服装で、境内を見回す目にも隙がない。寺に来ても周囲から浮かないのは、育ちの良さなのか、単に本人の空気が強いのか分からない。
「おはようございます。こちらに用があって来たのですが……あなたが、ここの手伝いを?」
西園寺の視線は、真っ先に禽次郎へ向いた。
まあ、そうなる。昨日までゴジュウイーグルとして空を飛んでいた男が、今日は老人の姿で雑巾を干しているのだから、事情を知らない側からすれば反応に困るだろう。
「手伝いというより、バイトかな。卵代も稼がんといかんし」
「卵代?」
西園寺が目を細める。
「そこは深く聞かない方がいい」
俺が横から言うと、西園寺は少しだけ間を置いてから、納得したのかしていないのか分からない顔で頷いた。
「分かりました。こちらには、そういう説明を後回しにした方がよい事情が多いようですし」
「理解が早くて助かる」
「理解ではなく保留です」
きっぱり返されて、陸王が小さく笑った。
その時、門の外でもう一つ足音が止まった。
今度は西園寺とは全然違う空気だった。だらりと肩を落とし、長い髪を下ろした少女が、いかにも面倒そうに境内を眺めている。年は俺たちと近いか、少し上くらい。顔立ちは整っているのに、目元の気怠さが全部を投げやりに見せていた。
「ここ、楽して暮らせる方法とかある?」
開口一番がそれだった。
俺は箒を持ったまま固まった。陸王も座布団を抱えたまま目を瞬かせる。竜儀の眉が分かりやすく動いたので、俺は少しだけ嫌な予感がした。
「怠惰を願いと呼ぶのは感心しません」
「説教とか、だる……」
少女は竜儀の言葉を最後まで聞く気もなさそうに呟いた。
「寺って、そういう願いを叶えてくれる場所じゃないの。神頼みとか、そういうやつ」
「寺を都合のいい受付窓口みたいに扱うな」
俺が言うと、少女はこっちを見た。眠そうな目なのに、視線だけは妙に鋭い。
「あんたたち、ここの人?」
「居候みたいなもんだ」
「じゃあ、偉い人ではないんだ」
「いきなり失礼だな」
「取り繕うのもだるいから」
西園寺が一歩だけ前へ出た。
「あなた、名前は?」
「七斑葉香」
少女は短く答える。名乗ることすら面倒そうな声だった。
「十八。高校は出た。進路は未定。実家は追い出された。今はだいたい詰んでる。以上」
「情報を出す速度だけは妙に早いな」
陸王が苦笑する。
葉香は肩をすくめた。
「何回も聞かれるのが面倒だから、先に言っただけ。働くの、だるい。進路とかも、考えるだけ無駄だし」
「ずいぶん率直ですね」
西園寺の声は冷静だったが、少しだけ棘があった。
「そういう家の人っぽい言い方」
「どういう意味ですか」
「ちゃんとしてる人の言い方。苦手」
西園寺の目が細くなる。竜儀はまた何か言いたそうに口を開きかけたが、その前に禽次郎が笑いながら割って入った。
「まあまあ。そう言いたくなる日も、あるにはあるさ」
「おじいちゃん、説教するなら短めでお願い」
「説教は長い方が効く、とは限らんからな」
葉香はそこで少しだけ禽次郎を見た。意外そうでもあり、警戒しているようでもあった。
「変なおじいちゃん」
「よく言われる」
「褒めてない」
「分かっとるよ」
禽次郎は笑って、縁側の端に腰を下ろした。葉香は帰るでもなく、かといって近づくでもなく、境内の真ん中でだるそうに立っている。けれど、その指先だけが変だった。
膝の横で、右手の指が小さく動いている。
最初は退屈で動かしているだけかと思ったが、規則があった。親指、人差し指、中指、それから少し遅れて薬指。見えない鍵盤を叩いているみたいな動きだった。
禽次郎も、それに気づいたらしい。
「子供も孫も育てたがな、若い者が“何でもない”って顔をしてる時ほど、案外何かある」
「人生経験トーク、ほんと苦手」
「苦手なら聞き流せばいい。年寄りの話なんて、半分くらいはそういうものだ」
「半分は無駄ってこと?」
「残り半分が残れば十分だ」
葉香は少しだけ黙った。
それでも、指は止まらない。
「過去がある人はいいよね。何か語れるものがあって」
ぽつりと落ちた声は、さっきまでより少しだけ低かった。
禽次郎はすぐには返さなかった。軽口を挟まず、湯気の消えた湯呑みを手に取るみたいに、その言葉を一度受け止める。
「過去があるからこそ、未来を諦める理由にもならんのだよ」
「未来とか、重い。そういうの考えるのがだるいから、楽して暮らしたいって言ってるのに」
「本当に楽をしたいだけなら、そんな目はしない」
葉香の指が、そこで止まった。
「何それ。見ただけで分かった気になってる?」
「全部は分からんよ。ただ、何かをやめた人間の指は、案外まだ覚えているもんだ」
空気が一瞬だけ変わった。
葉香は笑わなかった。怒ることもしなかった。ただ、目元の気怠さの奥に、触られたくないものを触られた時の色が見えた。
「……だったら何」
「何でもない。今はな」
禽次郎がそう言うと、葉香はつまらなさそうに視線を逸らした。
西園寺は二人を黙って見ていた。竜儀も今回は口を挟まない。陸王が俺の横へ来て、小さく言う。
「ただの怠け者、って感じではないな」
「だな」
俺も短く返す。
葉香はしばらく境内を眺めていたが、やがてポケットへ手を入れた。
「まあ、今日は確認だけでいいや」
「確認?」
俺が聞くより先に、葉香は小さなものを指で挟んで見せた。
ライドウォッチ。
その瞬間、空気が固まる。
「ユニバースライダーですか」
西園寺の声が低くなる。
「関係者っぽいとは思ったけど、やっぱり反応するんだ」
葉香は面倒そうに笑う。
「戦うのはだるいから、今日はやめとく」
「こっちが見逃すと思ってんのか」
「追いかけてもいいけど、寺壊れるよ」
言いながら、葉香は足元の小石を軽く蹴った。
小石はまっすぐ飛んで、境内の端に吊るされていた木札の角をかすめる。落とすでも壊すでもない。ほんの端だけを鳴らす、妙に嫌な精度だった。
射撃の動きじゃない。けれど、狙う感覚は分かる。あれは偶然じゃなかった。
「ゲームやってただけ」
葉香は俺たちの視線に気づいたのか、先に言った。
禽次郎が目を細める。
「それだけで済む腕じゃなさそうだ」
「おじいちゃん、ほんと面倒くさい」
「よく言われる」
「それ、さっきも聞いた」
葉香はライドウォッチをしまうと、だるそうに門の方へ歩き出した。
「じゃ、また気が向いたら来る」
「来る前提なのかよ」
「他に行くとこもないし」
最後の言葉だけが、妙に軽くなかった。
葉香の背中が門の外へ消えるまで、誰もすぐには動かなかった。戦いが起きたわけじゃない。けれど、何かが始まった感じだけは残っている。
西園寺が静かに口を開く。
「あの人、危険ですね」
「ああ」
俺は頷いた。
「でも、それだけじゃないだろ」
そう言うと、西園寺は少しだけこちらを見た。否定はしなかった。
禽次郎は、葉香が去った門の方をまだ見ていた。
「止まっているだけだな、あの子は」
「分かるのか?」
俺が聞くと、禽次郎は小さく笑った。
「子供も孫も見てきたんでな。足が止まってる若い者は、だいたい似た顔をする」
「また人生経験か」
「今回は当たってると思うぞ、吠君」
冗談めかして言っているのに、その目は少しも笑っていなかった。
寺の境内には、葉香が鳴らした木札の音がまだ残っている気がした。軽いはずなのに、耳の奥へ妙に引っかかる音だった。