ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
「昨日の奴、また来ているな」
寺の門の方を見て、俺は箒を持つ手を止めた。
朝の境内には、いつも通りの掃き清められた石畳と、木々を抜ける湿った風があった。戦いが続いているとはいえ、寺の雑事は待ってくれない。落ち葉は落ちるし、埃は溜まるし、誰かが手を動かさなければ、日常はすぐに形を崩す。
だから今日も、禽次郎は寺のバイトとして働いていた。
昨日より少し若返っている。厚焼き卵を食べたらしい。見た目はまた高校生くらいの姿に戻っていたが、荷物を運ぶ手つきや、境内を眺める目の落ち着きは、やはり老人のそれだった。子供も孫も育てた人間が、今さら若者の顔をしている。そのちぐはぐさにも、だいぶ慣れてきた。
西園寺も、今日は寺に来ていた。用件はあったはずだが、今は俺と同じ方を見ている。
「けれど、なんというか……」
西園寺は言葉を選ぶように、門の前に立つ少女を見た。
七斑葉香は、昨日と同じく気怠そうだった。ただ、今日は昨日以上にひどい。長い髪を下ろしたまま、肩を落とし、目元にはやる気というものが一切浮かんでいない。寺へ来たというより、歩いていたらここで力尽きたような顔をしていた。
「……むっちゃ面倒臭そうな表情をしていやがる」
「だって、私は、そもそも働くのも面倒だと考えていたのだから」
葉香は、悪びれもせずにそう言った。
その言い方に、俺は妙な引っかかりを覚えた。怠けている、というだけなら腹も立つ。だが、こいつの声には怒る気力すら削がれているような乾きがあった。面倒だと言いながら、面倒を避ける元気さえあまりない。
「……働くのが面倒か」
「ふむ、それはなんというか、贅沢な悩みだな」
俺と禽次郎の声が、ほとんど同時に重なった。
葉香が少しだけ眉を寄せる。
「贅沢?」
「あぁ、僕が若い頃には、働く場所なんて限られていたからな。今みたいに、嫌だから選ばない、なんて言えるほど器用な時代ではなかった」
禽次郎は軽い調子で言ったが、その声の奥には妙な重さがあった。若い姿のまま言っているせいで、言葉と見た目が噛み合わない。それでも、その場にいた誰も笑わなかった。
「……俺も、働く場所なんて選べる程の贅沢はなかったからな」
口に出してから、少しだけ苦くなる。
別に、昔話をするつもりはなかった。ただ、葉香の言葉を聞いた時に、胸の奥で勝手に何かが引っかかった。働きたいとか、働きたくないとか、そんなことを選ぶ前に動くしかなかった時期がある。選べないまま、目の前のものを掴むしかなかった感覚がある。
だから、葉香の「面倒」という言葉は、贅沢にも聞こえたし、同時に、どこか空っぽにも聞こえた。
「なんというか、お二人共、苦労していたんですか」
西園寺が静かに聞いた。
「まぁな」
俺はそれだけ返した。
禽次郎も肩をすくめる。
「苦労というほど大げさに言う気はないが、働ける場所があるのはありがたいもんだよ。人間、何かしら役目があるうちは、足が前に出るからな」
「役目とか、重い」
葉香はうんざりしたように言った。
「そういうの聞くと、余計に働きたくなくなる。人に必要とされるとか、頑張れば報われるとか、そういう言葉って、だいたい言う側が気持ちよくなるだけでしょ」
「随分と刺さる言い方をしますね」
西園寺の声が少し低くなる。
葉香は西園寺をちらりと見た。
「お嬢様っぽい人には分かんないかもね」
「決めつけるのは感心しません」
「じゃあ、そっちも私を怠け者って決めつけなければ?」
空気が少しだけ固くなる。
俺は箒を地面に立てた。葉香の言い方は気に入らない。けれど、その苛立ちをそのままぶつければ、こいつはたぶん何も話さなくなる。昨日、禽次郎が言っていた「止まっているだけ」という言葉が頭に残っていた。
「それでもお前は、働かない為に戦うのか」
俺が聞くと、葉香は黙った。
昨日と同じように、指先が小さく動いている。見えない鍵盤を叩くような動き。本人は気づいていないのか、気づいていて無視しているのか分からない。
「……そうだね」
やがて、葉香は顔を上げた。
「他人からどんなに言われようとも、結局は私自身が働きたくないという気持ちは変わらない。だから」
葉香の手が、ポケットへ入る。
次の瞬間、取り出されたのはライドウォッチだった。
白と赤の意匠が、朝の光を受けて鈍く光る。昨日ちらりと見せられた時とは違い、今ははっきりと戦う意志がそこにあった。怠そうな顔は変わらない。だが、手元だけはまったくぶれていない。
『ギーツ』
音声が響いた。
葉香は腰に現れたドライバーへライドウォッチを装填し、そのままこちらへ身体を向ける。だらけた立ち方のままなのに、銃口を向けられる前のような緊張が走った。
「私は私の夢の為に戦わせて貰う」
「夢って、楽して暮らすことかよ」
「そう。少なくとも、今のところは」
葉香は短く息を吐いた。
「変身」
『ライダータイム!仮面ライダーギーツ』
白い光が葉香の身体を包み込んだ。
まず現れたのは、狐を思わせる鋭い頭部だった。白い面に浮かぶ赤のラインが目元を引き締め、耳のように立ったシルエットが、静かな獣の気配を作っている。上半身には白を基調にした装甲が重なり、胸から肩にかけては銃撃戦を前提にしたような軽さと硬さが同居していた。
下半身には赤い装甲が走る。バイクの外装を思わせる滑らかな曲面と、加速を連想させる朱の色が脚を覆い、ただ立っているだけでも踏み込めば一気に距離を詰めてきそうな圧がある。白い狐の頭部、白い上半身、赤いブーストの脚。だらけた葉香の気配とは噛み合わないほど、姿は鋭く完成されていた。
手には小型の拳銃のような武器が握られている。マグナムシューター40X。今はハンドガンモードらしく、葉香の手に収まるサイズで構えられていた。銃を握った瞬間、さっきまで気怠かった立ち方が少しだけ変わる。
肩の力は抜けたままだ。けれど、手首の角度と銃口の向きだけは異様に正確だった。
ゲームをやっていただけ、と昨日は言っていた。だが、あの構えはそれだけで片づけられるものじゃない。少なくとも、狙いを定めることに慣れている人間の手だった。
「……ふむ、ならば、ここは僕がやろう」
禽次郎が一歩前へ出た。
「禽次郎」
俺が呼ぶと、彼は振り返らずに手を上げた。
「若者を導くのも、僕の役目! 吠っちは手出し無用!」
「相手はユニバースライダーだぞ」
「分かっとるよ。だからこそ、最初に話す役目は年寄りが引き受ける」
若い姿でそれを言うのは、やっぱり少しややこしい。けれど、その背中には妙な説得力があった。
子供と孫を育てたことがある。働くことも、失うことも、また未来へ歩き出すことも知っている。そんな禽次郎だから、葉香の投げやりな言葉を真正面から受け止められるのかもしれない。
俺は舌打ちを飲み込んで、半歩下がった。
「勝手にやられんなよ」
「そこは任せてくれ」
禽次郎は笑った。
「エンゲージ!」
『ゴジュウイーグル!』
音声と共に、禽次郎の身体を光が包んだ。
軽い足取りで地を蹴るように変身が始まり、背中に翼の輪郭が広がる。緑の装甲が重なり、鳥の羽ばたきを思わせる鋭いシルエットが形になっていく。老人の芯を持った若者が、空を翔ける戦士へ変わる。その光景を見ながら、俺は葉香の方を見た。
ギーツは銃を構えたまま、動かない。
ただ、その白い狐の面の奥で、葉香が何を見ているのかは分からなかった。働きたくないと言った少女が、本当に楽をしたいだけなのか。それとも、何かを諦めたまま、自分の未来を撃ち落とそうとしているのか。
今の俺には、まだ分からない。
けれど禽次郎は、分かろうとして前に立った。
境内の空気が、ゆっくりと戦いの形へ変わっていく。