ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
ギーツが最初に動いた瞬間、俺は撃ち合いになると思った。
白い狐の面がこちらを向き、マグナムシューター40Xの銃口がわずかに持ち上がる。だが葉香は、そのまま引き金を引かなかった。赤い装甲を纏った脚が石畳を蹴り、境内の端へ向かって低く走る。鳥居の脇を抜け、その向こうに続く木立へ飛び込むまでの動きには、戦士らしい気迫というより、面倒な正面戦闘を避けるための迷いのなさがあった。
「開けた場所で戦うの、だるい」
走りながら投げられた声に、俺は思わず箒を投げ捨てる。
「逃げる気かよ!」
「有利な場所に移動するだけ。ゲームなら普通でしょ」
返事は軽い。けれど、その選択は間違っていなかった。境内で真正面からゴジュウイーグルと戦えば、空へ出られる禽次郎に上を取られる。だったら、空を潰せる場所へ入る。働きたくない、面倒だと言いながら、戦う場所を選ぶ判断だけはやけに早い。
「なるほど、戦う場所を選ぶのは悪くない」
ゴジュウイーグルへ変身した禽次郎は、どこか楽しそうにそう言った。
「褒めてる場合か!」
「褒めるところは褒める。叱るところは後で叱る。それが年寄りのやり方だ」
「若い姿で年寄り面すんな!」
言い返している間にも、禽次郎は翼を広げて飛び上がった。緑の装甲が朝の光を弾き、背中の翼が境内の空気を大きく叩く。イーグルシューター50を手にした姿は、開けた場所ならそれだけで圧がある。上空へ出て、敵の位置を見つけ、矢を撃ち下ろす。普通なら、それで優位に立てるはずだった。
だが、葉香が飛び込んだ森は、その普通を許さなかった。
俺たちが追って鳥居を抜ける頃には、境内の明るさは背後へ遠ざかり、頭上を覆う枝葉が光を細かく砕いていた。石畳は途中で土の道に変わり、踏み込むたびに湿った落ち葉が靴の下で潰れる。風が吹くと、葉擦れが頭上で広がり、境内では聞こえなかった虫の声と、湿った土の匂いが一気に濃くなる。
西園寺も少し遅れて森の入口まで来たが、彼女は無理に前へ出ず、木々の隙間を冷静に見つめていた。
「姿が見えない……」
「ああ。木に紛れてやがる」
俺は目を細める。白いギーツの装甲なら目立つはずなのに、森の中では葉香の姿がぱたりと消えていた。走った音も、踏みしめた落ち葉の音も、途中から木々のざわめきに混じって分からなくなる。
上空から禽次郎が回り込もうとした。
けれど、翼を大きく広げるには枝が多すぎた。少し高度を上げようとすれば、頭上の枝葉が邪魔をし、横へ流れようとすれば幹と幹の間隔が狭い。境内では自由だった翼が、森の中では大きすぎる荷物みたいに見える。
「こりゃあ、思ったより飛びにくいな!」
禽次郎は冗談めかして言いながら、枝を避けて高度を下げた。その手に構えたイーグルシューター50が展開され、弦を引く動作と共に光の矢が形を成す。だが、狙うべき白い姿が見えない。上から見ても緑の層ばかりで、葉香がどこにいるのか掴めない。
その時、乾いた銃声が森を裂いた。
弾は禽次郎の横を掠め、背後の木の幹に突き刺さる。木片が弾け、鳥が一斉に飛び立った。俺は音の方向へ目を向けたが、そこに葉香はいなかった。銃声だけが残り、白い狐は次の木陰へ消えている。
「撃った瞬間には移動してるのか」
ゲームでやっていただけ、と昨日は葉香が言っていた。だが、あれはただの遊びの延長ではない。隠れる場所、撃てる角度、逃げるための道を、あいつは森を見た瞬間に探していた。木を木として見ているんじゃない。遮蔽物、射線、退避ルート。まるでこの森全体を、画面の中のマップみたいに扱っている。
「隠れるのは上手いな」
禽次郎が森の奥へ声を投げる。
「見つけるのが下手なだけじゃない?」
葉香の声は、左から聞こえたようで、すぐ右から返ってきたようにも聞こえた。声の位置までずらしているのか、森に反響しているのか判断できない。
「耳は痛いが、年寄りには年寄りの探し方がある」
「その見た目で年寄りって言うの、ずるくない?」
「中身はしっかり年季が入っとるよ」
禽次郎は笑いながら、イーグルシューター50の矢を放った。光の矢は木々の隙間を抜けようとしたが、葉香のいる場所へ届く前に太い幹へ突き刺さり、白い火花を散らして消える。射線が通らない。空から狙えるはずの武器が、森そのものに受け止められていた。
また銃声が鳴る。
今度は二発。片方は禽次郎の足元を狙い、もう片方は移動先を塞ぐように先回りしていた。正確だ。けれど、どこか機械的でもある。相手がこう動けばここへ撃つ、という予測は鋭いが、禽次郎が枝を蹴って急に低く潜ると、次の弾がわずかに遅れた。
「実戦経験は浅いな」
俺は小さく呟いた。
射撃の腕は確かだ。隠れ方も上手い。だが、こちらが予想外の動きをした瞬間、ほんの少しだけ反応が遅れる。画面の中ならリスポーンできる。だが、ここでは一発の失敗が次に響く。その違いに、葉香の身体がまだ慣れていない。
禽次郎もそれを見抜いたのか、無理に上を取るのをやめた。
翼を畳むようにして低空へ降り、幹を蹴り、枝を足場にして、森の中を滑るように移動する。飛ぶというより、森そのものの形に合わせて跳んでいた。イーグルシューター50を構える角度も変わる。上空から撃ち下ろすのではなく、木々の隙間を縫うように矢を置き、葉香の逃げ道だけを少しずつ狭めていく。
それでも、追い詰めきらない。
撃てる場面があった。今の一瞬なら、矢を放てば葉香の隠れた木を貫けたはずだ。それなのに禽次郎は撃たず、わざと半歩分の道を残す。
「なんで追ってこないの」
葉香の声に、苛立ちが混じった。
「追い詰めたら、話が聞けんだろう」
「戦ってるんじゃないの」
「戦っとるよ。けど、倒すだけが戦いではない」
その言葉を聞いた時、俺はようやく禽次郎のやり方が分かった気がした。
こいつは葉香に勝とうとしているんじゃない。葉香がどこへ逃げるのか、何を避けているのか、それを見ている。攻撃を捌きながら、隠れ方を見て、撃ち方を見て、言葉の返し方を見ている。子供や孫を育てた人間が、拗ねた若者の顔色を見るみたいに。
戦いの最中にそんなことをするなんて、普通なら悠長すぎる。だが、禽次郎はその悠長さを武器にしていた。
「働きたくないなら、それでもいい」
禽次郎の声が森へ落ちる。
「じゃあ放っといて」
「だが、お前さんは何から逃げてる」
返事の代わりに銃声が響いた。
その弾はさっきより荒かった。幹の端を削り、落ち葉を巻き上げ、狙いが少しだけ高く逸れる。白い影が木陰から一瞬見えた。ギーツの装甲の周りに、苔のような模様が薄く広がっている。葉香の創造能力だ。木の幹に似せた色と影が彼女の輪郭をぼかし、森に溶け込ませている。
だが、よく見れば不安定だった。
擬装の模様は呼吸に合わせるように揺れ、端から細かくひび割れる。長く維持できるものではないらしい。ギーツⅨのように世界を作り替える力ではなく、今ある景色へ薄い布を重ねる程度の創造。使い方は厄介だが、焦りが混じると形が崩れる。
禽次郎がその隙を逃さず、枝を蹴って一気に距離を詰めた。
葉香はすぐにマグナムシューター40Xを向ける。だが、近い。遠くから狙う時の正確さは薄れ、銃口がほんのわずかに迷う。その一瞬で、禽次郎のイーグルシューター50の矢が葉香の足元へ突き刺さり、土と落ち葉を大きく跳ね上げた。
「っ……!」
ギーツが後ろへ跳ぶ。
倒すなら、今だった。
けれど禽次郎は追撃しなかった。代わりに、矢を番えたまま、葉香が立ち上がるのを待った。
「図星なら、もう少し撃ち方が荒くなる」
「ほんと、面倒なおじいちゃん」
「よく言われる」
「それも、もう聞いた」
葉香の声は怒っていた。けれど、その怒りの奥に別のものが混じっている。見られたくない場所へ踏み込まれた時の、どうしていいか分からない音だった。
俺は木の陰から二人を見ていた。
不思議な戦いだった。銃声も矢の音も本物で、油断すれば怪我では済まない。それなのに、禽次郎の戦い方はどこまでも葉香を殺さない形をしている。追い詰めすぎず、逃がしすぎず、相手が口を開く距離を保っている。
俺なら、たぶんできない。
止めると決めたら踏み込む。危ないと思えば叩き落とす。そういうやり方しか浮かばない俺には、禽次郎が今やっていることが少し眩しくも、少し面倒にも見えた。
「……うるさい」
葉香が低く言った。
その右手の指が、マグナムシューター40Xを握る手元で小さく動く。引き金を引く動きじゃない。昨日と同じ、見えない鍵盤を叩くような指の動きだった。
禽次郎はそれを見逃さなかった。
「その指、まだ覚えとるんだな」
葉香の動きが止まる。
「何も知らないくせに」
「知らんよ。だから聞いとる」
「聞かなくていい」
ギーツの装甲に重ねられた擬装が、今度は一気に広がった。周囲の幹や落ち葉と似た色が白い装甲の上を覆い、輪郭が森の暗がりに紛れていく。だが広げすぎたせいか、足元の影が不自然に揺れ、創られた景色の端がざらついていた。
それでも葉香は逃げた。
銃声が一発だけ鳴り、土煙が俺たちと禽次郎の間に立ち上がる。その隙に、白い狐の姿は森のさらに奥へ消えた。追えば追えたかもしれないが、禽次郎は翼を広げたまま動かなかった。
「追わないのか」
俺が近づいて聞くと、禽次郎はイーグルシューター50を下ろした。
「今日のところは、あれで十分だ」
「十分って、逃げられたぞ」
「逃げた先が見えたからな」
禽次郎はそう言って、葉香が消えた森の奥を見た。
西園寺も静かに歩み寄ってくる。彼女は葉香の消えた方向を見つめたまま、いつもの整った声で言った。
「あの戦い方は、臆病というより、慣れすぎていますね。隠れることと、距離を取ることに」
「逃げるのだけは上手いってことか」
俺が言うと、禽次郎は少しだけ首を横に振った。
「逃げるのが上手い子はな、本当は逃げたくない場所を知っとることも多い」
森の葉が風に揺れ、さっきまでの銃声を隠すようにざわめいた。
葉香が何から逃げているのかは、まだ分からない。
けれど、マグナムシューター40Xを握る指が、鍵盤を叩くように動いたことだけは妙に頭に残っていた。あいつは働きたくないと言った。楽して暮らしたいとも言った。けれど、その言葉の奥で鳴っている音は、たぶん別のものだ。
禽次郎も、それに気づいていた。
森の奥へ逃げようとしたギーツの背中へ、イーグルシューター50の矢は飛ばなかった。代わりに、禽次郎は翼を広げたまま低く息を吐き、足元へ視線を落とす。追いかけるのではなく、待つための沈黙だった。
「逃げるのは上手いな、お前さんは」
その声に、葉香の足が止まった。
白い狐の面が、木々の影の中でわずかに振り返る。完全にはこちらを向かない。すぐにでも逃げられる角度を残したまま、銃口だけがゆっくりと禽次郎へ向く。
「……だから何」
「だから、今度は正面から受け止める」
禽次郎はそう言って、懐からひとつのライダーリングを取り出した。
俺は思わず息を止める。
斬月のライダーリング。
あの剣豪の怨霊が握っていた、重い剣の記憶を宿した力だ。沖田総司の未練を纏っていたそれを、禽次郎は戦いの後で拾っていた。使うにはまだ早いと思っていたし、そもそも使えるのかも分からなかった。けれど、禽次郎の手にあるライダーリングは、森の暗がりの中で静かに光っていた。
「禽次郎、それを使う気か」
俺の声に、禽次郎は振り返らない。
「逃げ道を残すのも大事だ。だがな、逃げる相手の前に立たないと届かん言葉もある」
「無茶すんなよ。斬月は……」
「分かっとる」
短い返事だった。
軽さはない。さっきまで葉香を追い詰めないように笑っていた男ではなく、誰かの痛みを正面から受けると決めた大人の声だった。
葉香がマグナムシューター40Xを構える。森に溶けるように広がっていた擬装が、彼女の装甲の上で揺れた。逃げるか、撃つか。迷っているのが、銃口のわずかな揺れで分かる。
「何それ。今さら別の力使って、説教でもする気?」
「説教は短めがいいと言ったのは、お前さんだろう」
禽次郎はライダーリングを起動する。
『ライダーリング!斬月』
低い音声が森に沈む。
ゴジュウイーグルの翼が光にほどけ、禽次郎の周囲へ緑の粒子が舞った。鳥の羽ばたきのような輪郭が消え、その代わりに、重く硬い装甲の気配が立ち上がる。逃げる相手を追う翼ではない。目の前の一撃を受け止め、そこから一歩を踏み出すための鎧。
「エンゲージ」
禽次郎が静かに告げる。
ライダーリングの光が、彼の身体を包み込んだ。
『ライダーリング!仮面ライダー斬月!』
銀と緑の装甲が重なり、武者を思わせる影が森の中に形を取る。肩口から胸にかけて硬質な緑が走り、頭部には鋭い角のような意匠が浮かぶ。先ほどまで軽やかに空を舞っていたゴジュウイーグルとは違う。そこに立っていたのは、逃げず、避けず、ただ正面から相手を受けるための仮面ライダー斬月だった。
葉香は動かない。
銃口は禽次郎を捉えている。だが、撃たない。白い狐の面の奥で、何かを測っているように見えた。
「撃てばいい」
禽次郎が言った。
「お前さんがそれで逃げられると思うなら、撃て」
「……ほんと、面倒なおじいちゃん」
「よく言われる」
「それも、もう聞いた」
葉香の声が震えたのか、森の葉擦れがそう聞かせたのかは分からなかった。
次の瞬間、マグナムシューター40Xが火を噴く。
銃声が森の奥まで響き、弾丸が斬月の装甲へ向かって走った。禽次郎は避けない。斬月の力を纏った身体で真正面から受け、衝撃に足元の土が抉れる。だが、倒れない。逃げる葉香の弾を、逃げずに受け止めるためだけに、そこに立っている。
俺は拳を握った。
あれは勝つための変身じゃない。
葉香がずっと避けてきたものを、正面から見せるための変身だった。
逃げてもいい。隠れてもいい。だが、それでも受け止める人間がいると、禽次郎は身体ごと示していた。