ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
買い出しに行く、と朱莉が言った時点で、俺は荷物持ちになるのを覚悟していた。
この世界で俺は、まともに買い物をする手段がない。金もなければ、支払いの仕組みも分からない。寺や神社で飯を食わせてもらっている身で、必要なものを好き勝手に買えるわけもないので、結局、街へ出る時は誰かに同行してもらうしかなかった。
その誰かが、今日は村山朱莉だった。
「……なんか、俺ばっか持ってねえか」
両手に提げた袋が、歩くたびに腕へ食い込む。野菜、調味料、日用品、ついでに青木さんに頼まれた細々したものまで入っているせいで、見た目より重い。
朱莉は横を歩きながら、こっちを見ようともせずに答えた。
「買う手段ないんでしょ。持つくらいしなさいよ」
「それ言われると何も返せねえんだよな」
「じゃあ黙って持って」
「お前、遠慮って言葉知ってるか?」
「必要な時だけ使う」
「今がその時じゃねえのかよ」
「違う」
即答だった。
商店街は昼過ぎの明るさで、店先からは揚げ物の匂いや、魚を焼く匂いが流れてくる。人の声も多い。ここだけ見れば、MiucSだのユニバースライダーだのとは無縁の、普通の街にしか見えなかった。
だからこそ、その音は不自然だった。
路地の奥から、何かが壁へ叩きつけられる鈍い音がした。続けて、金属が地面を転がるような音。通りを歩く人間の何人かは気づいたようだったが、すぐに自分の用事へ戻っていく。騒ぎになるほど大きくはない。けれど、俺には聞き流せない種類の音だった。
「……今の音、何だ」
俺が足を止めると、朱莉も同じ方向を見た。
「普通の音じゃない」
「ああ」
袋を持ったままでは動きにくい。俺は周囲を見て、通行人が少ないのを確認してから、路地の入口へ向かった。朱莉も黙ってついてくる。荷物を置いていくわけにもいかず、俺は腕に食い込む重さをそのまま抱え直した。
商店街の明るさは、路地へ一歩入ると薄くなる。
建物と建物の間に挟まれた細い道は、昼間なのに影が濃かった。室外機の低い唸り、水の溜まった地面、壁に貼られた古いポスター。生活の裏側みたいな場所を進んでいくと、奥の曲がり角から、人の荒い息が聞こえた。
「くそ……俺は、俺の願いのために……!」
声の主は、地面に倒れていた。
見たところ、変身は解除されている。ユニバースライダーだったのだろう。服は裂け、腕には擦り傷があり、息はあるが立ち上がれる状態ではない。顔には痛みよりも、負けを認めたくない苛立ちが浮かんでいた。
そして、その男の前に立っている人物を見た瞬間、俺の背筋が少しだけ冷えた。
頭一つ分どころじゃない。背が高い。金色の長い髪は背中を越えてふくらはぎのあたりまで流れ、髭のない顔には妙な余裕があった。筋肉で威圧するだけの男ではない。そこに立っているだけで、周りの空気が勝手に一段下がるような存在感がある。
男は、手の中のライドウォッチを見下ろしていた。
「願いは悪くない。だが器が足らん」
「何だと……!」
「己の欲だけで力を振るう者は、家臣には向かん。まして、我らの戦の邪魔になるなら排除するしかない」
倒れた男が歯を剥く。だが、金髪の男は怒りもしない。哀れむでもない。必要な処理を終えたような顔で、ライドウォッチを指先で転がした。
「これは預かる。お前には重すぎた」
朱莉が俺の横で、声を落とした。
「あれ、ライドウォッチ?」
「ああ。しかも今、奪った」
「面倒な相手っぽい」
「見りゃ分かる」
俺は買い物袋をそっと地面へ置いた。中の野菜が潰れないように壁際へ寄せてから、倒れた男と金髪の男の間へ半歩踏み出す。
その前に、男が振り返った。
驚きはなかった。まるで俺たちが来ることを最初から知っていたみたいに、余裕の笑みを浮かべている。目が合った瞬間、こいつはただ強いだけじゃないと分かった。戦う前から場を支配する側の目をしている。
「そう睨むな、遠野吠。俺はただ、戦場に不要な駒を片づけただけだ」
名前を呼ばれて、朱莉がこっちを見る。
「吠、知り合い?」
「知らねえ。向こうが勝手に知ってるだけだ」
俺は男から目を離さないまま答えた。
「……何で俺の名前を知ってる」
「王が戦場を見る時、目立つ駒を知らぬままにはしない」
「王だと?」
男は笑う。馬鹿にしている笑いではない。自分がそう名乗ることを当然だと思っている人間の笑いだった。
「銭山願之介。MiucSリベンジャーズを率いる者だ」
「MiucS……リベンジャーズ?」
朱莉がその名を繰り返す。
銭山は手の中のライドウォッチを握り込むと、倒れた男を一瞥した。
「MiucSに奪われた者達の国、とでも言えば分かりやすいか。我らは奪われた。ならば奪い返す。奪い返すだけでは足りぬなら、次は我らが管理する」
言っていることだけを拾えば、MiucSと戦う連中に聞こえる。
けれど、違う。
こいつの言葉には、守るために戦う人間の熱とは別のものが混じっている。怒りもあるのだろうし、失ったものへの痛みもあるのだろう。だが、その奥にあるのは、奪われた世界を自分の手で支配し直そうとする欲だった。
「お前達もMiucSと戦っているのだろう。ならば同胞だ」
「同胞って顔で、人を倒してライドウォッチ奪ってた奴を信用しろってか」
「奪ったのではない。預かった。戦の意味を理解せぬ者に力を持たせる方が危険だ」
「勝手に決めてるだけじゃない」
朱莉の声は低かった。
銭山は朱莉へ視線を移す。見下しているわけではないが、対等に話している感じでもない。そこにいる者を、自分の盤上に置けるかどうか見定めているような目だった。
「村山朱莉。家を、家族を重んじる娘だと聞いている」
「……私のことも知ってるわけ」
「知らずに声をかけるほど、俺は浅くない」
朱莉の表情が険しくなる。
俺は一歩、朱莉の前へ出た。銭山の視線が戻ってくる。威圧は強いが、今すぐ戦うつもりはなさそうだった。それが余計に厄介だった。
「統治とはそういうものだ。すべての声を聞いていては、国は前に進まん」
「随分勝手な理屈だな」
「理屈ではない。秩序だ」
銭山が一歩近づく。
俺は体重を前へ乗せた。買い物袋は足元に置いてある。動ける。朱莉も横で身構えた。だが銭山は、こちらの警戒を楽しむように笑うだけで、手を上げることもしなかった。
「遠野吠。村山朱莉。お前達にもいずれ選ばせよう。守られる側でいるか、我が家臣となり世界を変える側に立つか」
「家臣になる気なんてない」
朱莉が即座に返す。
「俺もだ。誰が家臣になるかよ」
「今はそれでいい。吠える狼も、牙を持つ娘も、飼い慣らし甲斐がある」
「……てめえ」
胸の奥で何かが跳ねた。
その言い方が気に入らない。仲間を、朱莉を、自分の下に置けるものみたいに言ったことも。MiucSと戦うという言葉を使いながら、倒れた人間から力を奪うことを当然みたいに語ることも。
だが、俺が踏み出すより先に、銭山は手の中のライドウォッチを軽く鳴らした。
「今日のところは挨拶だ。ここで買い物帰りの荷物まで台無しにしては、王の品位に関わる」
「ふざけた余裕見せてんじゃねえ」
「余裕は見せるものではない。あるものだ」
銭山はそう言って、路地裏のさらに奥へ歩き出す。
倒れた男は呻いているが、命に別状はなさそうだった。銭山は振り返らず、金色の長い髪を揺らして影の向こうへ進んでいく。
「また会うぞ。次は、お前達の仲間も交えてな」
その声だけが、路地の壁に残った。
「ちっ」
それを見て、俺は舌打ちしながら、倒れている男を運ぶ事にする。