ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦   作:ボルメテウスさん

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小さな魔法使いと、名探偵の違和感

 寺の午前は、見た目よりもずっと忙しい。

 

 朝の片づけが終われば終わり、というわけではないらしい。本堂の扉を開け、縁側を拭き、庭の落ち葉を掃き、台所では湯が沸く。人の出入りが多い場所には、それだけ細かな用事が積もる。角乃は縁側に腰を下ろし、出された茶へ口をつけながら、その流れを眺めていた。

 

 観察するものは多かった。

 

 吠は手伝っているつもりで物を動かすが、置く位置が雑だった。竜儀は力仕事を任せれば文句なしに早いが、いちいち所作が厳かで、ただ木箱を運ぶだけでも何かの儀式めいて見える。陸王は人当たりよく動きながら、要領よく疲れる仕事を避けている。禽次郎は軽口を挟みつつ、気づけば誰かの手が足りないところへ回っていた。

 

 そして、市川瑠衣。

 

 彼女はほとんど喋らない。

 

 それなのに、寺の中の流れは彼女を中心に整っていた。雪庭の湯呑みの中身が減れば、言われる前に新しい茶が置かれる。芹亜が重そうな盆を持つ前に、小さな縫蘇霊獣が足元をすり抜けて手伝いに向かう。吠が廊下の端に置きっぱなしにした布巾は、次に角乃が瞬きした時にはきちんと畳まれていた。

 

 目立たない。だが、抜けがない。

 

「……なるほど。ここは、思ったより彼女で回っているのね」

 

 角乃が呟くと、隣でのんびり茶を飲んでいた陸王が顔を向けた。

 

「瑠衣ちゃんのこと?」

 

「ええ。無口だけれど、視野が広いわ。家事というより、寺全体の管理に近い」

 

「名探偵はお茶を飲みながらでも観察するんだね」

 

「当然よ。ハイクラスだから」

 

 そこへ、廊下の向こうから吠が通りかかった。両手に座布団を抱えている。どうやら運ぶ場所を間違えたらしく、眉間に皺を寄せていた。

 

「またそれかよ」

 

「事実は何度述べても事実よ」

 

「はいはい、すげえ探偵様で」

 

「言い方に品がないわね。あなたらしいけれど」

 

「褒めてねえだろ、それ」

 

「半分くらいは」

 

 陸王が小さく笑い、吠は露骨に面倒くさそうな顔をする。そこへ瑠衣が来て、角乃の前に茶菓子を置いた。皿の位置は、箸を置く手と湯呑みを取る手の邪魔にならない距離だった。

 

「ありがとう、市川さん」

 

 瑠衣は小さく頷くだけだった。

 

 その沈黙は、拒絶ではない。言葉を節約している。角乃にはそう見えた。必要なことを必要なだけ行い、それ以外は空気へ溶け込ませる。無口というより、声を使わないで済むように生きている。

 

 角乃は茶菓子へ手を伸ばしかけ、ふと止めた。

 

 畳の上で、紙の擦れる音がした。

 

 ほんの小さな音だ。普通なら、風か鼠で済ませる。けれど、今日の寺は風の通りが一定で、障子の隙間から入る気流では机の上の紙だけを動かすことはできない。角乃は視線だけを動かした。ライドウォッチの管理用に置かれていたメモが、わずかにずれている。

 

 次に、茶菓子がひとつ消えた。

 

 角乃は湯呑みを置く。音を立てないように。

 

「何だ、今の音」

 

 吠が座布団を抱えたまま振り返った。

 

「ネズミかねえ」

 

 禽次郎が庭先から顔を出す。

 

「ネズミにしては、足音に迷いがなさすぎるわ」

 

「足音に迷いって何だよ」

 

 吠が怪訝そうに眉を寄せる。

 

「逃げ場を探す動物の足音じゃない。目的地を決めて走る人間の足音よ」

 

「小さい人間?」

 

 陸王の目が少しだけ楽しそうに細くなる。

 

「ええ。あるいは、人間を小さくする何か」

 

 瑠衣の足元にいた縫蘇霊獣が、ぴくりと耳を立てた。獣は低く身を伏せ、棚の下へ向かって小さく唸る。角乃は立ち上がり、棚の前へ歩いた。

 

 棚の下から、やけに焦った声がした。

 

「うわ、見つかった!?」

 

 角乃は膝をつき、棚の影を覗き込む。

 

「出てきなさい。逃げ道は三つあるけれど、今から全部塞ぐわ」

 

「げっ、何で分かんの!?」

 

「左奥の隙間は縫蘇霊獣が塞げる。右は吠君の足元。正面へ出れば私。残念だけれど、手品としては出口の管理が甘いわ」

 

「手品じゃねえし!」

 

 その声と一緒に、小さな影が棚の下から飛び出した。

 

 少年だった。手のひらに乗りそうなほど小さい。だが動きは速い。赤茶けた髪を揺らし、机の脚を蹴って跳ぶと、布の影へ潜り込もうとする。角乃はその前に布を押さえた。

 

「へへーん、オレを捕まえられるかな!」

 

「右に逃げるふりをして、左の布へ潜る。三流ではないけれど、癖が出ているわ」

 

「うわっ、何で分かるんだよ!」

 

「観客の視線を誘導するなら、自分の視線も管理しなさい」

 

「探偵ってズルくない!?」

 

「マジシャンほどではないわ」

 

 少年は小さな身体のまま、指輪をかざした。淡い光が走り、腕がにゅっと伸びる。伸びた腕は柱へ向かい、そこを掴んで一気に身体を引き寄せようとした。

 

 だが、その腕の先を縫蘇霊獣が押さえた。

 

「うわっ、何このぬいぐるみ!?」

 

「……縫蘇霊獣」

 

 瑠衣が短く言った。

 

「しゃべった!」

 

「失礼だろ、ガキ」

 

 吠が座布団を放り出して近づく。

 

「ガキじゃねえ! 小五だ!」

 

「ガキだろ」

 

「小五はもう結構大人だっての!」

 

「大人は棚の下に忍び込まねえよ」

 

 少年は言い返そうとしたが、角乃が目の前に指を置くと、口を閉じた。小さいままでも、警戒心だけは一人前らしい。

 

「まず元の大きさに戻りなさい。踏みそうで怖いわ」

 

「踏むなよ!」

 

「あなたの協力次第ね」

 

「うわ、脅し方が大人!」

 

 少年は渋々指輪を操作した。光が広がり、身体が元の大きさへ戻る。小学五年生と言った通り、まだ幼さの残る少年だった。顔立ちは整っているが、表情がよく動くせいで、落ち着きよりも賑やかさが先に来る。黙っていれば舞台映えしそうなのに、黙っていられない種類の子供だと角乃は判断した。

 

 その少年は、縁側の前で正座させられた。

 

 本人は不満そうだったが、無断で寺へ入り込んだのだから当然だった。吠は腕を組んで見下ろし、陸王は横で面白がり、雪庭は少し離れた位置から冷静に見ている。瑠衣は茶器を片づけながらも、視線だけは少年へ向けていた。

 

「名前は?」

 

 角乃が問うと、少年は胸を張った。

 

「円堂遊真。将来、世界一のマジシャンになる男だ!」

 

「マジシャンが何で寺に忍び込んでんだよ」

 

 吠が即座に突っ込む。

 

「忍び込んだんじゃない。調査だよ、調査」

 

「無断侵入を調査と呼ぶのは、少し都合が良すぎるわね」

 

 角乃が言うと、遊真は目を泳がせた。

 

「うっ……そこは、まあ……ちょっと悪かった」

 

「素直だね」

 

 陸王が笑う。

 

「オレ、悪いことしたら謝れって妹にも言ってるし」

 

 妹。

 

 角乃はその単語を拾った。遊真は気づかず、正座の膝をもぞもぞ動かしている。叱られている最中でもじっとしていられないらしい。

 

「あなたもライドウォッチを持っているわね」

 

 角乃が言うと、遊真の表情からふざけた色が一段引いた。彼は上着の内側を押さえ、周囲を見た。

 

「……取る気?」

 

「てめぇが襲ってこないなら、いきなり取らねえよ」

 

 吠が答える。

 

「ほんとか?」

 

「多分な」

 

「そこは絶対って言えよ!」

 

「うるせえな。怪しい入り方した奴に絶対なんて言えるか」

 

 遊真は不服そうにしながらも、懐からライドウォッチを出した。ウィザードのものだった。角乃はそれを見る。前回反応したライドウォッチの光と、今朝の小さな異変。線は繋がったが、敵意までは感じない。

 

「オレは、勝って願いを叶えたいわけじゃない」

 

 遊真はライドウォッチを握りしめた。

 

「じいちゃんみたいなマジシャンになるのは、自分で叶える夢なんだ」

 

「ほう、それはいい心がけだねえ」

 

 禽次郎が感心したように頷く。

 

「だろ? 楽して世界一になったって、そんなの客を笑顔にしたことにならないじゃん。マジックは、自分の手でやるから意味があるんだよ」

 

 声は子供らしく弾んでいるが、芯は真っ直ぐだった。憧れを他人任せにしない。願いで手に入れた称号では満足できない。そう言い切れるだけの練習と、尊敬する相手がいるのだろう。

 

「では、争奪戦で求める願いは?」

 

 角乃が問う。

 

 遊真の指が、ライドウォッチの縁をなぞった。

 

「知りたいんだよ。何でこんな戦いが始まったのか。誰が何のためにやってるのか」

 

 場の空気が少し変わった。

 

「友達が巻き込まれた。幼馴染と、親友。あいつら、ライダー同士の戦いなんか関係なかったのに、巻き込まれて怖い目に遭った。だから放っておけない」

 

 さっきまでのお調子者の顔ではなかった。

 

 角乃は、彼の視線を見る。嘘をつく子供の目ではない。背伸びはしている。だが、背伸びした先に本当に届こうとしている。

 

「なるほど。小さな魔法使いというわけね」

 

「小さくなってたのは指輪の力だし!」

 

「今のは比喩よ」

 

「比喩かよ。探偵って言い方が回りくどいな」

 

「マジシャンに言われたくないわ」

 

 遊真は口を尖らせたが、さっきより少し力が抜けていた。

 

 その時、瑠衣が新しい茶を置いた。遊真の前にも、小さな湯呑みと菓子が用意される。彼はそれを見て目を丸くした。

 

「え、オレにも?」

 

 瑠衣は頷く。

 

「……客」

 

「いや、さっきまで侵入者扱いだったじゃん」

 

「今は、客」

 

 短い言葉だった。

 

 遊真は少し照れたように湯呑みへ手を伸ばし、すぐに瑠衣を見上げた。

 

「えっと、あんた……じゃなくて、お姉さん? 大丈夫?」

 

 瑠衣が首を傾げる。

 

「……何が」

 

「いや、何かずっと働いてるし。休まなくていいのかなって」

 

「お前、捕まった側なのに人の心配してんのか」

 

 吠が呆れたように言う。

 

「だって気になるだろ。うちの妹も、平気って言いながら無理する時あるし」

 

 瑠衣が、ほんのわずかに瞬きをした。

 

 角乃はそれを見逃さなかった。大きな反応ではない。けれど、彼女の普段の静かさからすれば、小さな波紋に等しかった。妹。家族。無理をする子。遊真の何気ない言葉が、瑠衣の内側のどこかに触れた。

 

「妹さんがいるのね」

 

 角乃が言うと、遊真は頷いた。

 

「いるよ。だから、何か無理してる子を見るとほっとけないっていうか。まあ、オレの方が年下かもしれないけどさ」

 

「市川さんはあなたより年上よ」

 

「だよな。でも、何かさ」

 

 遊真は言葉を探したが、うまく見つからなかったらしい。

 

「放っとけない感じがする」

 

 瑠衣は答えなかった。ただ茶器を整え、視線を落とす。拒絶ではない。けれど、受け取ることにも慣れていないように見えた。

 

 角乃はその場で踏み込まなかった。

 

 過去は、証拠品のように勝手に広げていいものではない。名探偵であることと、相手の傷を暴くことは同じではない。知るべき時は来るだろう。だが、今はまだ、その時ではない。

 

 そう思った直後、縫蘇霊獣が廊下の向こうから戻ってきた。

 

 口に、古い封筒を咥えている。

 

 瑠衣が顔を上げる。縫蘇霊獣はまっすぐ彼女の足元へ来て、封筒を置いた。紙は厚く、今のものではない。封蝋には欧州風の古い紋章が押されていた。角乃は座ったまま、その封蝋の形を見た。家紋。しかも、単なる飾りではない。権威を示すために長く使われた類の紋だ。

 

 瑠衣が封筒を手に取った。

 

 その指が止まる。

 

 ほんの一瞬ではない。茶器を扱っていた時の無駄のない動きが、完全に途切れた。血の気が引いたようにも見える。表情はほとんど変わらないのに、場の温度だけが下がった。

 

「市川さん?」

 

 角乃が声をかける。

 

 瑠衣は答えない。

 

 雪庭が近づいた。普段と同じ歩調だったが、目の奥の色が変わっている。

 

「……見せなさい」

 

 瑠衣は封筒を渡そうとした。その手が、わずかに震えている。雪庭が封筒ごと支えた。

 

「何だよ、その封筒」

 

 吠が近づく。

 

 角乃は立ち上がり、封筒の表を見た。宛名の文字は流麗だった。古い書体。差出人の名はない。

 

「宛名が変ね」

 

「瑠衣ちゃん宛てじゃないの?」

 

 陸王が問う。

 

「市川瑠衣とは書かれていないわ」

 

 遊真が背伸びして覗き込む。

 

「じゃあ、誰宛てなんだよ」

 

 角乃は一拍置いた。

 

 その言葉を読む前に、瑠衣を見た。彼女は封筒から目を離せずにいる。雪庭の手が、封筒を持つ瑠衣の指に添えられていた。親が子を支える手つきだった。

 

 角乃は、静かに読み上げる。

 

「――偽りの花嫁へ」

 

 境内の音が消えたようだった。

 

 鳥の声も、箒の音も、誰かの息遣いすら遠くなる。瑠衣の手から封筒が落ちかけ、雪庭がそれを受け止める。

 

「瑠衣」

 

 雪庭の声は低い。怒鳴ってはいない。だが、そこにははっきりとした警戒と、抑えた怒りがあった。

 

 瑠衣は小さく首を振った。大丈夫、とも、違う、とも言わない。ただ言葉にならないものを拒むように。

 

「何だよ、それ。誰がこんなの……」

 

 遊真の顔からも軽さが消えていた。年齢相応の戸惑いと、それを上回る怒りが混じっている。事情は分かっていない。それでも、今の一言が瑠衣を傷つけたことだけは分かったのだろう。

 

 角乃は封蝋を見る。紙質を見る。インクの滲みを見る。瑠衣の反応を見る。雪庭の手を見る。

 

 ただの悪戯ではない。

 

 誰かが、瑠衣の名前ではなく、過去を指定して呼んでいる。

 

「……事件ね」

 

「またかよ」

 

 吠が吐き捨てるように言った。

 

「ええ。ただし今度の事件は、時計だけじゃない」

 

 角乃は瑠衣へ視線を戻す。

 

 瑠衣は封筒を見たまま、動けずにいる。いつも寺の中を静かに回していた彼女が、たった一枚の紙で止められている。

 

「名前と、過去を狙っている」

 

 封蝋が、かすかに黒く脈打った。

 

 寺の中にあるはずのない音がした。遠い潮騒のような、深い場所から泡が上がるような音。角乃は目を細める。海の匂いはない。だが、瑠衣の周りだけ、冷えた潮風が通り抜けた気がした。

 

 遊真が拳を握る。

 

 吠が一歩前へ出る。

 

 雪庭は瑠衣の肩に手を置いた。

 

 角乃は封筒から目を離さなかった。事件は、すでに始まっている。手掛かりは、ここにある。だが解くべきものは、紙の中身だけではない。

 

 彼女がまだ口にできない過去を、どう守りながら解くか。

 

 それが今回の事件の、最初の問いだった。

 

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