ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦   作:ボルメテウスさん

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死の花嫁

 封筒は、雪庭の部屋へ運ばれた。

 

 寺の中でいちばん静かな場所だった。障子越しに入る昼の光は柔らかく、外ではまだ鳥の声がしている。けれど、部屋の空気だけがそこから切り離されたように重かった。

 

 卓の上に、古い封筒が置かれている。

 

 封蝋には、欧州の古い家を思わせる紋章が押されていた。盾のような輪郭に、絡み合う蔦と、波を模したような線。その中心に、小さな花の意匠がある。花嫁という言葉に合わせた悪趣味な装飾にも見えるが、角乃はすぐに断じなかった。悪趣味であることと、手掛かりであることは両立する。

 

 瑠衣は卓の向こう側に座っていた。

 

 いつもなら無駄のない動きで茶を淹れる手が、今は膝の上で静かに重ねられている。震えてはいない。けれど、それは落ち着いているからではなく、動かすことをやめているからに見えた。

 

「開けりゃ分かんだろ」

 

 吠が低く言った。苛立っているというより、止まった空気に耐えかねているようだった。

 

「待ちなさい」

 

 雪庭の声が、短くそれを止めた。

 

 吠は口を閉じる。雪庭は封筒ではなく、瑠衣を見ていた。

 

「これは瑠衣に宛てられたものだ。たとえ悪意ある名で呼ばれていようと、開けるかどうかは瑠衣が決める」

 

 角乃は、雪庭の横顔を見た。

 

 理に適っている。証拠品として扱えば、すぐに開封するべきだった。だが、この封筒は単なる証拠ではない。瑠衣を「市川瑠衣」と呼ばず、別の何かへ引き戻すための刃だ。受け取った本人を無視して中身を暴けば、相手のやり方に少しだけ近づく。

 

「同感よ。事件の証拠ではあるけれど、まずは彼女のものだわ」

 

 遊真が封筒を睨んでいた。正座はもう崩れている。膝を抱えるように座り、年相応の険しい顔をしていた。

 

「でも、こんなの送ってくる奴、絶対ろくでもないじゃん」

 

「それはそうね。ただ、だからこそ勝手に扱わない方がいい」

 

「……勝手に、か」

 

 遊真は小さく呟いた。さっきまで小さくなって寺に忍び込んでいた自分のことを思い出したのかもしれない。彼はそれ以上言わず、瑠衣の方を見た。

 

 瑠衣は、しばらく封筒を見つめていた。

 

 時間にすれば短かったのかもしれない。けれど、その沈黙は部屋の隅まで満ちて、誰も動けなくした。角乃は急かさなかった。名探偵は真実を急ぐものではない。真実に辿り着く道を、壊していいものでもない。

 

 やがて、瑠衣が雪庭へ小さく頷いた。

 

「……見る」

 

 雪庭は深く頷き、封筒を手に取った。

 

 封蝋が割れる音がする。小さな音だったのに、角乃にはやけに鮮明に聞こえた。紙が開かれる。折り目は古風だが、手つきは新しい。古さを演出した手紙だ。角乃はそう判断しながら、広げられた文面へ目を落とした。

 

 文字は流麗だった。わざと時代がかった言い回しを選んでいる。

 

「逃げた花嫁よ。契約は破られていない。偽りの名で安穏を得た年月を、我らは認めない。花嫁は花嫁として、祭壇へ戻らねばならない。満ち潮の夜までに、自ら戻れ」

 

 雪庭が読み上げる声は平らだった。

 

 平らすぎて、怒りが底に沈んでいるのが分かる。

 

「花嫁、祭壇、満ち潮……ずいぶん穏やかじゃない言葉が並んでるね」

 

 陸王の声も、いつもより少し硬い。

 

「脅しだろ、これ」

 

 吠が吐き捨てるように言った。

 

「脅しであり、呼び出しでもあるわ」

 

 角乃は手紙から目を上げずに答えた。

 

「呼び出し?」

 

 遊真が身を乗り出す。

 

「相手は市川瑠衣さんを、今の名前で認めていない。過去の役割で呼び直して、そこへ戻れと言っている」

 

「過去の役割……」

 

 遊真の眉が寄る。

 

 瑠衣は目を伏せていた。まつげの影が頬に落ちる。答えを求められても、きっと今は何も言わないだろう。角乃はその沈黙も、手掛かりとしてではなく、境界線として受け取った。

 

 雪庭が手紙を畳む。

 

 その動きは丁寧だった。乱暴に握り潰してもおかしくない内容だったのに、そうしない。瑠衣に宛てられたものだから。角乃は、彼がその一点を守っているのを見た。

 

 封筒と手紙は、瑠衣の了承を得て、角乃の前に置かれた。

 

 縁側に近い一室へ移り、角乃はそれを白い布の上に広げる。紙、封蝋、インク、折り目、匂い。証拠はいつも喋る。ただし、聞く側が余計な感情で声を塗り潰さなければ、の話だ。

 

「紙は古く見えるけれど、保管状態が良すぎる。わざと古く見せた現代の紙ね」

 

「そんなことまで分かんのかよ」

 

 吠が覗き込みながら言う。

 

「紙とインクは嘘をつかないわ。人間はよく嘘をつくけれど」

 

「名探偵らしいね」

 

 陸王が言う。

 

「当然よ」

 

 角乃は封蝋へ指を近づけ、触れずに眺めた。深い黒。溶け方に癖がある。古い様式を真似ているが、完全ではない。再現した者が、過去の権威に縋っている。

 

「この紋章は欧州系の旧家を思わせる。けれど、正式な貴族名簿に載るような家ではないかもしれない」

 

 雪庭の目が、わずかに細くなった。

 

「……地図にも名が残らない場所の家だ」

 

 場が静まる。

 

 角乃は雪庭へ視線を向けた。問いを投げることはできた。どこの島か、どんな家か、瑠衣は何をされたのか。聞けば、雪庭は答えなかったとしても、沈黙の形でいくつかの情報を渡してくるだろう。

 

 だが、今ここで踏み込むのは違う。

 

「では、島?」

 

 角乃は、それだけを確認した。

 

 雪庭は答えなかった。

 

 その沈黙は、否定ではない。角乃はそれで十分とした。

 

「島って何だよ。瑠衣姉ちゃん、そこにいたのか?」

 

 遊真が瑠衣を見る。

 

 瑠衣は答えない。視線を下げたまま、指先だけが膝の布を軽く掴んでいる。そこに気づいたのか、遊真はそれ以上続けなかった。

 

 昼を過ぎても、寺の空気は戻りきらなかった。

 

 瑠衣はいつも通り家事へ戻ろうとしたが、動きは少し遅かった。食器を片づけ、廊下を拭き、縫蘇霊獣を連れて庭へ出る。やっていることは同じなのに、どこか遠くから自分の身体を動かしているように見える。

 

 遊真はそれを見て、じっとしていられなくなったらしい。

 

 彼は自分の手の中でカードを切り、小さな紙片を仕込んだ。角乃は縁側からそれを見ていた。止めるべきか少し迷ったが、彼の表情に悪ふざけはない。善意はある。問題は、その善意が相手の状態を見ているかどうかだった。

 

「瑠衣姉ちゃん、ちょっと見てて」

 

 遊真は瑠衣の前に立ち、両手を見せた。

 

「何もない手から――じゃん、花!」

 

 指先から、小さな紙花が現れる。白い花弁に、薄い青の縁取り。上手い。小学生の手品として見れば、相当練習している。視線の誘導も、手首の返しも自然だった。

 

 普段なら、きっと寺の空気も少し和んだだろう。

 

 だが、瑠衣は反応できなかった。

 

 彼女は紙花を見つめている。拒んではいない。けれど、驚くことも、笑うこともできない。遊真の顔に、戸惑いが浮かんだ。

 

「あれ……つまんなかった?」

 

 瑠衣は首を横に振る。

 

「……違う」

 

「じゃあ、もっとすごいやつやる! オレ、じいちゃん直伝の――」

 

「円堂君」

 

 角乃は静かに声をかけた。

 

 遊真が振り返る。怒られると思ったのか、少し身構えていた。

 

「誰かを元気づけたい時、驚かせればいいとは限らないわ」

 

「でも、何もしないよりいいだろ」

 

「そうね。けれど、相手が今、何を受け取れる状態かを見るのも大事よ」

 

 遊真は言い返しかけた。唇が動き、けれど言葉になる前に止まる。彼は瑠衣を見た。

 

 瑠衣は紙花を手に取っていた。指先で潰さないように、そっと持っている。目は遠いが、花を捨てる気はない。

 

「……ごめん」

 

 遊真の声が小さくなる。

 

「……花、ありがとう」

 

 瑠衣はそう言った。

 

 短い。けれど、空白ではない。

 

 遊真は少しだけ救われた顔をした。角乃は、その距離なら悪くないと判断した。踏み込みすぎたら引く。拒まれていないものは受け取る。子供には難しいことだが、彼は学ぼうとしている。

 

 昼下がり、雪庭は全員を呼んだ。

 

 部屋の中央に置かれた手紙は、すでに読み返されている。雪庭は瑠衣の近くに座っていた。瑠衣は何も言わないが、その位置だけで十分だった。

 

「瑠衣がかつて、花嫁と呼ばれていたのは事実だ」

 

 雪庭の言葉に、遊真が身を乗り出す。

 

「花嫁って、結婚の?」

 

 雪庭の目が細くなった。

 

「祝福の名ではない。殺すために与えられた役割だ」

 

 部屋の空気が凍った。

 

 遊真の顔から血の気が引く。吠は拳を握った。陸王も笑っていない。竜儀は低く息を吸い、祈るように目を伏せた。禽次郎は何も言わず、ただ瑠衣を見ていた。

 

「何だよ、それ」

 

 吠の声は掠れていた。

 

「それ以上は、瑠衣が話すと決めた時に話す」

 

 雪庭はそう言った。

 

 突き放す声ではない。守る声だった。過去を隠すためではなく、瑠衣のものとして残すための線引きだ。

 

「賢明ね」

 

 角乃は頷いた。

 

「けど、相手はもう来てんだろ」

 

 吠が言う。

 

「ええ。だから、本人の過去を無理に開かず、相手の今の狙いを先に解く」

 

 角乃は手紙へ視線を落とす。

 

「相手は瑠衣さんを殺すためだけに呼んでいるのではない。名を否定し、過去の役割へ戻そうとしている」

 

「嫌なやり方だね」

 

 陸王が低く言った。

 

「ええ。ハイクラスではないわ」

 

 口癖のような言葉だったが、その奥にある温度は普段と違った。角乃自身も、それを自覚していた。品がない。美しくない。何より、本人が手に入れた名前を踏みにじるやり方が気に入らない。

 

 夕方が近づくころ、遊真は寺の門前に出ていた。

 

 縁側から見ていた角乃は、少し間を置いて後を追った。彼は石段の端に座り、膝の上でカードをいじっている。切っては揃え、揃えてはまた切る。落ち着かない時の癖だろう。

 

「オレ、余計なことしたかな」

 

 角乃が隣に立つ前に、遊真が言った。

 

「少しね」

 

「そこは慰めるところじゃないの!?」

 

「でも、紙花を受け取っていたわ」

 

 遊真が顔を上げる。

 

「完全に拒まれてはいない。次は、相手の間を待ちなさい」

 

「待つの苦手なんだよな」

 

「見れば分かるわ」

 

「名探偵って嫌なことも当てるよな」

 

「それも仕事よ」

 

 遊真は不満そうに頬を膨らませたが、すぐに力を抜いた。さっきよりは落ち着いている。善意が空回りしたことを理解し、でも引っ込めるつもりはない。その不器用さは危ういが、悪くはない。

 

 角乃がそう思った時、門の外に人影が立った。

 

 夕暮れの光を背負い、黒い外套のようなものを羽織っている。現代の服装ではある。だが襟元や袖口の意匠が古めかしく、演じている貴族のように見えた。顔は細く、年齢は読みにくい。こちらへ近づく足取りに迷いはなかった。

 

 遊真が立ち上がる。

 

 角乃は一歩前に出た。

 

 男は寺の門を見上げ、そして角乃たちを見た。

 

「ここに、逃げた花嫁がいると聞いた」

 

 遊真の表情が変わった。

 

「誰のこと言ってんだよ」

 

「名を与えられ、安穏と生きている偽物だ。だが、役割は消えない」

 

 声は丁寧だった。丁寧だからこそ、吐き気がするほど冷たい。

 

「あなた、差出人の関係者ね」

 

 角乃は相手の靴を見る。泥の付き方、革の種類、歩幅。少なくとも、ただの使い走りではない。誰かの意志を背負って来ている。あるいは、その意志を自分のものと勘違いしている。

 

「探偵か」

 

「ハイクラス名探偵よ。名乗るなら正確に」

 

「ならば探偵。これは我らの家の問題だ。部外者は退け」

 

「残念だけれど、すでに事件として扱うことにしたわ」

 

 男の口元が歪む。笑った、というには温度がない。

 

「事件。そう呼ぶのか。我らが取り戻すべきものを」

 

「人をものと呼ぶ時点で、あなたたちの言い分はかなり下品よ」

 

「花嫁は役割だ。名など後から与えられた飾りにすぎん」

 

 その背後で、黒い霧のようなものが揺れた。

 

 角乃は目を細める。一瞬だけ、少女の影が見えた。白い衣の裾。長い髪。顔は見えない。霧が揺れた瞬間に消えたが、気配だけが残る。潮の匂いはないのに、耳の奥で波が引くような音がした。

 

 遊真も気づいたらしく、息を呑む。

 

「満ち潮の夜は近い」

 

 男は言った。

 

「逃げた花嫁へ伝えろ。祭壇はまだ空いている」

 

「ふざけんな!」

 

 遊真が前へ出ようとする。

 

「そんなの、誰が行くかよ!」

 

「子供が口を挟むことではない」

 

「子供でも分かるよ。女の子を怖がらせる奴は最低だって!」

 

 遊真の怒りは真っ直ぐだった。だが、真っ直ぐすぎる。角乃は手を伸ばし、彼の肩を軽く押さえた。

 

「円堂君、下がりなさい」

 

「でも!」

 

「ここは引き際を見る場面よ」

 

 遊真は悔しそうに拳を握った。それでも、下がった。待つことを、さっき学んだばかりだったからかもしれない。

 

 男は角乃を見る。

 

「探偵。お前がどこまで解けるか見てやろう」

 

「期待していいわ。解かれて困るのは、あなたたちの方でしょうけれど」

 

 男はもう一度笑い、外套を翻した。黒い霧が足元へ沈み、少女の影も消える。夕方の空気が戻ってくるまで、少しだけ時間がかかった。

 

 寺へ戻ると、瑠衣は廊下に立っていた。

 

 封筒を手にしている。使者の声は届いていたのだろう。彼女は逃げも隠れもしていない。ただ、立っている。雪庭がその少し後ろにいた。前に出すぎず、けれど離れすぎない距離だった。

 

 遊真は何か言おうとした。

 

 角乃は視線だけで止めた。今は言葉を重ねる時ではない。遊真は唇を噛んで、何とか黙った。

 

 角乃は瑠衣の前に立つ。

 

「相手は、あなたを名前で呼ぶ気がないのね」

 

 瑠衣は答えない。

 

「なら、こちらは逆をするわ」

 

 角乃は封筒を机へ置いた。封蝋の黒い紋章が、夕暮れの光を受けて鈍く光る。

 

「市川瑠衣さん。あなたの名前を奪おうとする事件として、私はこれを解く」

 

 瑠衣が、ほんの少しだけ顔を上げた。

 

 その反応は小さい。けれど、確かに角乃の言葉へ向いたものだった。遊真が隣で一歩前に出る。今度は、角乃は止めなかった。

 

「オレもやる。今度は、ちゃんと待つ。でも、放ってはおかない」

 

 雪庭が静かに頷いた。

 

「……頼む」

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