ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
朝っぱらから、寺の境内に妙な声が響いていた。
別に、変な化け物が出たわけじゃねえ。芹亜が瑠衣に、声の出し方を教えてるだけだ。箒が石を擦る音と、湯が沸く音と、縫蘇霊獣が縁側の下をちょこまか走る音。その間に、瑠衣の小さい声が混ざる。
「無理に大きな声を出さなくても大丈夫です。まずは、息を途中で止めないように」
「……息」
「はい。吸って、少し置いて、ゆっくり出します」
瑠衣が胸のあたりに手を置いて、細く息を吸った。
朝の空気は、昨日の黒い霧が嘘みたいに澄んでいた。石畳は乾いていて、屋根の端から落ちる光がやけに白い。その白さの中で、瑠衣の声は糸みてえに細かった。けど、途中で切れなかった。
「……あ」
たったそれだけの音に、膝の上の縫蘇霊獣が耳を動かした。
俺は柱に背中を預けたまま、それを見ていた。何となく、目を逸らす気にはならなかった。昨日、あいつは自分で名前を言った。今日も、自分で声を出してる。小せえけど、そういうのは多分、小さくねえ。
「悪くないわ。昨日より、声が前に出ている」
角乃が縁側で茶を飲みながら言った。相変わらず、何でも見透かしたような顔をしてやがる。
「……そう?」
「ええ。ハイクラスな観察眼を信じなさい」
「何でもハイクラスって言えばいいと思ってねえか」
つい口が出た。
「事実だから仕方ないわ」
「便利な事実だな」
陸王が肩を揺らして笑う。禽次郎は湯呑みを持ったまま、のんびり目を細めていた。
「こういう朝はいいものだね。お茶も歌も、若者の成長もある」
「年寄りくせえこと言うな」
「実際、年寄りだからねえ」
言い返せなくて、俺は鼻を鳴らした。そういうところがずるいんだよ、この爺さんは。
境内はゆるかった。昨日の騒ぎがなかったみたいに、茶の湯気が上って、鳥が鳴いて、瑠衣が小さい声を出している。
だから、雪庭が本堂の奥から出てきた時、空気が少し変わった。
手に持っていたのは、紙みてえで紙じゃねえ地図だった。薄い光の膜に、城みたいなものが浮かんでいる。線が何重にも曲がっていて、見ているだけで道に迷いそうな形をしていた。
「次の攻略対象が分かった」
湯呑みを置く音が重なった。
「今度は何だ。怨霊か、城か、また変な儀式か」
俺が言うと、雪庭は地図を広げた。
「城だ」
「城かよ」
「当たったね」
陸王が軽く言う。嬉しくねえ当たりだ。
「彷霊界に再現された江戸城。その内側、大奥だ」
「大奥……ですか」
芹亜の声が少しだけ詰まった。
角乃が地図を覗き込む。袖の端を揃えて、やけに上品な顔をしていやがる。
「格式ある空間ね」
「何だよ、大奥って」
「簡単に言えば、江戸城の中でも特に厳格な作法としきたりに支配された場所よ」
俺は地図から目を離した。
「もう面倒くせえ匂いしかしねえ」
「その認識で間違っていない」
「間違ってねえのかよ」
雪庭は真顔だ。冗談の逃げ道もねえ。
「大奥を仕切っているのは、春日局のグレートゴーストだ。彼女は領域内での武力行使を禁じている」
「いやさか。武を封じる場ですか」
竜儀がやたら真面目な顔で頷く。
「戦えば攻略失敗と見なされる。場合によっては、領域から締め出されるだろう」
「戦えねえのに行くのかよ」
「むしろ腕の見せ所ね」
角乃が茶を置いて、当然みたいに顎を上げる。
「暴れれば済む事件より、よほどハイクラスだわ」
「お前、こういう時だけ生き生きすんな」
「こういう時こそ探偵の出番なのよ。力で開かない扉ほど、鍵穴の形が美しいものだから」
こいつの言葉は時々、妙に飾りが多すぎる。
「たまに何言ってんのか分かんねえ」
「理解が追いつかないのね」
「喧嘩売ってんだろ」
「観察結果よ」
陸王がまた笑ってる。俺は見なかったことにした。
雪庭の指が、地図の奥の方を示す。廊下がいくつも重なって、奥へ奥へと沈んでいる場所だ。
「春日局は取引を提示している。条件を満たせば、大奥の領域の一部をこちらへ渡すと」
「条件とは、何でしょうか」
芹亜が姿勢を正す。
「徳川家光の御心を動かすこと」
しばらく、誰も喋らなかった。
俺は眉を寄せる。
「何だそれ。殴って目ぇ覚ませって話じゃねえんだよな」
「武力行使は禁止だと言ったはずだ」
「分かってるよ。確認だ」
「確認にしては物騒ね」
角乃がすかさず突っ込む。
「吠君らしい確認だよ」
陸王まで乗ってくる。こいつら、少しは黙れ。
「家光は大奥に参じているが、春日局の望む形では心が動いていないらしい」
「ふむ。人の心となると、力任せではどうにもならんね」
禽次郎が茶菓子を取った。こういう時に菓子を食えるのはすごい。いや、爺さんだからか。
「いやさか。心を無理に曲げるのは、信仰にも反します」
竜儀が言うと、瑠衣が地図を見たまま、小さく呟いた。
「……決められてる」
全員の目が、そっちへ向いた。
瑠衣は視線を上げなかった。地図の奥、金色の線の先をじっと見ている。膝の上の縫蘇霊獣が、瑠衣の指に鼻先を押しつけた。
「……役目、先に」
短い言葉だった。
けど、その短さが、朝の境内に残った。昨日の黒い潮霧が、ほんの少しだけ石の隙間から戻ってきたみてえだった。
芹亜が瑠衣を見る。何か言おうとして、一度口を閉じた。それから、ゆっくり言葉を選んだ。
「誰かのために、先に役割を決められている……ということですね」
雪庭は瑠衣へ向けて、小さく頷いた。
「だから、今回は慎重に行く」
慎重に。
俺にはあんまり得意じゃねえ言葉だ。だが、瑠衣が縫蘇霊獣の頭を撫でる手を見ていたら、文句を飲み込むしかなかった。
昨日、あいつは名前を守った。今日、また誰かの役目の話が出てきた。偶然にしては嫌な繋がり方だ。
角乃が地図の奥を指で示した。
「正面からの攻略役は?」
「芹亜と瑠衣に頼みたい」
「私と、瑠衣さんが?」
芹亜が目を丸くする。
「大奥は力で押す場所ではない。歌、言葉、場の気配を読む力が要る」
「……私も?」
瑠衣の声がまた小さくなる。
雪庭は間を置かなかった。
「瑠衣が嫌なら、無理はさせない」
その言い方に、俺は少しだけ視線を落とした。雪庭は、瑠衣を前に押す時も、必ず逃げ道を置く。昔からそうなのかは知らねえ。けど、瑠衣がそれをちゃんと聞いているのは分かった。
芹亜が瑠衣の方へ体を向ける。
「一緒に行きましょう。私も、ひとりではきっと迷ってしまいます」
「……迷う?」
「はい。しきたりも、大奥も、分からないことばかりですから」
瑠衣は芹亜を見た。
朝日が雲に隠れて、境内の色が少し薄くなる。二人の間の空気だけが、妙に静かだった。芹亜は強く見せようとしていない。瑠衣を引っ張ろうともしていない。ただ隣に立つ場所を空けている。
瑠衣は縫蘇霊獣の背を一度撫でた。
「……行く」
「分かった」
雪庭が短く返す。
角乃が、どこか満足そうに腕を組んだ。
「いい判断ね。自分で決めたなら、それだけで一歩前進よ」
瑠衣が少しだけ首を傾げる。
「……ハイクラス?」
「ええ。かなりハイクラス」
「今の使い方合ってんのか?」
俺が言うと、角乃はこっちを見た。
「合っているわ。私が言うのだから」
「無敵かよ」
そこで、ようやく空気が少し戻った。
だが雪庭は地図を閉じない。嫌な予感がした。こういう時、だいたい俺に面倒が飛んでくる。
「ただし、万一に備えてゴジュウジャーにも同行してもらう」
「何で俺らまで行くんだよ。武力行使禁止なんだろ」
「戦うためではない。脱出路の確保、緊急時の護衛、外部との連絡役だ」
「だったら最初から外で待ってりゃいいだろ」
「中に入らないと分からない逃げ道もあるし」
陸王が涼しい顔で言う。
「お前、面白がってるだろ」
「少しだけ」
「隠せよ」
「隠しても吠君、怒るでしょ」
「今もう怒ってるわ」
竜儀は腕を組んで、やけに神妙な顔をした。
「いやさか。力を振るえぬ場でこそ、己を律する修行となりましょう」
「修行しに行くんじゃねえ」
「大奥かあ。いやはや、僕も長く生きてきたが、そんな場所へ入るとは思わなかったね」
禽次郎は笑っている。完全に笑っている。
「あんたも楽しんでんだろ」
「少しだけね」
「少しの奴ばっかだな!」
角乃は立ち上がって、袖の端を整えた。
「格式、所作、品格。どれを取っても私向きの舞台ね」
「お前もかよ」
「当然よ。ハイクラスな私が、ラグジュアリーな空間に馴染まないはずがないわ」
「大奥ってラグジュアリーなのか?」
「少なくとも、あなたよりは馴染むわ」
「喧嘩売ってんのか」
「事実確認よ」
その時、朱莉が洗濯籠を抱えて通りかかった。俺たちを一通り見て、足を止める。
「全員、その格好で行く気じゃないでしょうね」
嫌な予感は、だいたい当たる。
準備はそこからだった。
大奥に入るなら、場に合わせた装いが必要だとか何とかで、俺たちは着替えさせられた。動きにくい布をまとわされ、帯を締められ、歩き方まで言われる。
着替え終わった俺は、まず袖を引っ張った。
「動きにくい」
「吠さん、帯を引っ張らないでください。崩れます」
芹亜が慌てて止める。
「だから何で俺までこんな格好なんだよ」
「似合ってるよ、吠君」
陸王が平然と言う。
「嘘つけ」
「……落ち着かない顔」
瑠衣が横から刺してきた。
「顔に出てんのかよ」
「……かなり」
俺は口を閉じた。
こいつ、前より少し喋るようになったと思ったら、妙なところで鋭い。しかも表情がほとんど変わらねえから、余計に効く。
「いやあ、若い子の晴れ姿はいいねえ」
「晴れ姿じゃねえ」
禽次郎は楽しそうに頷いている。竜儀はと言えば、背筋を伸ばしすぎて置物みたいになっていた。
「いやさか。この装いにもまた、場を敬う意味が宿っております」
「お前まで真面目に受け取るな」
「場を敬うことは、テガソード様の御前に立つ心にも通じます」
「何でも信仰に繋げんな!」
角乃は普通に似合っていた。そこがまた腹立つ。袖の流れも、歩き方も、何か最初から知っていたみたいに収まっている。
俺が睨むと、角乃は扇で口元を隠した。
「何かしら」
「別に」
「獣道ではないのよ。これから行くのは大奥」
「まだ何もしてねえだろ」
「今からするでしょう」
「決めつけんな」
作法練習もひどかった。
「歩幅は小さく、音を立てずに……だそうです」
芹亜が覚書を読み上げる。
俺は言われた通りに歩いた。
普通に歩いたつもりだった。
石畳に、足音が響いた。
「獣道ではないのよ」
角乃が即座に言う。
「普通に歩いただけだ」
「普通がすでに荒いのよ」
「お前の普通と一緒にすんな」
「一緒にしていないから指摘しているの」
陸王が片手を上げる。
「吠君、忍び足は?」
「こうかよ」
腰を落として、音を消すように歩いてみる。
瑠衣がじっと見ていた。嫌な間があった。
「……泥棒みたい」
「潜入なんだから似たようなもんだろ!」
「声も小さくお願いします」
芹亜が口元に指を立てた。
俺は息を吐く。長く吐きすぎて、帯が少し苦しい。こんなので脱出路確保なんかできるのかよ。
「先が思いやられるわね」
角乃が額に手を当てる。
「お前が言うと腹立つな」
「その荒々しさをしまっておきなさい。大奥では、たぶん一番不要な要素よ」
「不要って言うな」
俺は袖を振った。布が重くて、腕にまとわりつく。
こんな格好で走れるか。こんな格好で戦えるか。いや、戦うなって話だった。だったら俺は何しに行くんだ。脱出係か。なら、なおさら走れねえ格好にすんな。
文句は山ほどあったが、瑠衣が芹亜の横で黙って袖を整えているのが見えた。
あいつは逃げると言わなかった。
だから俺も、帰るとは言い切れなかった。
出発前、雪庭が境内に全員を集めた。
金色の襖みてえな光の門が、空間に開きかけている。門の向こうは畳の廊下で、行灯みたいな影が揺れていた。女中らしき影が、すっと頭を下げる。生きてるのか霊なのか、ぱっと見じゃ分からない。
空気が違った。
寺の朝の匂いの上に、乾いた畳と古い香の匂いが重なる。足を踏み入れたら、声の大きさまで測られそうな空間だった。
「もう一度確認する。芹亜が対話の中心。瑠衣は霊的な気配を見る」
「……縫蘇霊獣も」
瑠衣の足元で、縫蘇霊獣が小さく鳴く。
「角乃は作法と状況整理。大奥のしきたりに反する行動を止める役も兼ねる」
「任せなさい。粗野な行動は即座に訂正するわ」
角乃が俺を見た。
「何で俺を見る」
「視線にも理由はあるのよ」
「言えよ、その理由を」
「言わなくても全員分かっているわ」
陸王が口元を押さえた。禽次郎は咳払いをした。竜儀は真顔で頷いた。
「頷くな」
雪庭は俺を見た。
「吠は緊急時の脱出路確保。大奥内では極力、手を出すな」
「極力って何だよ」
「絶対に手を出すな、と言っても聞かない可能性がある」
「信用ねえな」
「ある意味、信用されてるよ」
陸王が俺の肩を叩いた。
「陸王は吠の制御」
「了解。リードは必要かな?」
「犬扱いすんな」
「狼でしょう?」
角乃が横から入ってくる。
「そこじゃねえ」
「私は霊的な穢れに備えます。いやさか」
竜儀が静かに言う。
「僕は退路と場の空気を見ておこうかね。若い子たちが暴走しないように」
「若い子たちって誰のことだ」
「心当たりがあるなら、それじゃないかな」
禽次郎の笑顔は柔らかい。けど刺さる。俺はもう何も言わなかった。
雪庭が門へ向き直る。
「開くぞ」
金色の襖がゆっくり開いた。
光が境内の石畳に伸びる。奥に見える廊下は長く、真っ直ぐなのに逃げ場がないように見えた。女中たちの影が、同じ角度で頭を下げる。動きが揃いすぎていて、背中のあたりがむずむずする。
「うわ、何かすげえ高そうな入口」
遊真が目を丸くしている。
「高そう、ではなく格式が高いのよ」
角乃が言う。
「どっちでもいいだろ」
俺がぼやいた時、門の奥から声がした。
「武を振るわず、礼を乱さず、上様の御心を動かしてみせよ」
女の声だった。
柔らかい。けど、障子越しに首筋へ刃を当てられたみてえな声だ。声だけで、ここから先の決まりが分かる。足音も、息の仕方も、全部見られる。
「もう帰りてえ」
つい出た。
「まだ入ってもないよ」
陸王が笑う。
「安心なさい。あなたが余計なことをしなければ、私が優雅に進めるわ」
「それが一番信用ならねえ」
「失礼ね」
「普段の行いだろ」
芹亜が瑠衣の方を向く。
「行きましょう、瑠衣さん」
「……はい」
瑠衣は胸元に手を置いた。
昨日の木札が頭に浮かぶ。市川瑠衣、と書かれた黒い文字。まだ乾ききっていない墨の匂い。自分で書いた名前。誰かに押しつけられた役目じゃない、あいつの名前。
瑠衣は顔を上げた。
「……市川瑠衣。行きます」
芹亜が小さく頷く。
「はい」
俺は、その横顔を見ていた。
声は小さい。歩幅も小さい。けど、門の前で止まっていない。昨日より少しだけ顔が上がっている。縫蘇霊獣たちが足元で寄り添っている。
俺は袖の中で拳を握り、すぐに開いた。
戦うな。手を出すな。暴れるな。
分かってる。
けど、何かあったら引っ張ってでも出す。そういう役目なら、まあ、分かりやすい。
「で、俺は本当に暴れなくていいんだな」
「暴れるな」
雪庭が即答した。
「噛みつくのも禁止よ」
角乃が扇で口元を隠しながら言う。
「噛みつかねえよ!」
声が少し響いた。
門の奥の女中たちの影が、一斉にこっちを見た。
芹亜が慌てて口元に指を立てる。陸王が肩を震わせている。角乃は完全に笑いを堪えている顔だ。
瑠衣が横で、小さく呟いた。
「……もう、危ない」
「入る前からかよ!」
俺の声がまた響いた。
女中たちの影が、また揃ってこっちを見る。
もう嫌だ。帰りてえ。
けど、金色の襖は開いている。芹亜が先へ進み、瑠衣がその隣に並ぶ。角乃はやけに優雅に袖を払って歩き出した。陸王が俺の横に並んで、にこにこしている。
「行こうか、吠君」
「リードとか言うなよ」
「まだ言ってないよ」
「顔が言ってんだよ」
俺は大きく息を吸って、門をくぐった。
畳の匂いが濃くなる。背中の寺の空気が遠ざかる。金色の光が、後ろで閉じていく。
襖が閉まる直前、春日局の声がもう一度響いた。
「ようこそ、大奥へ」
俺は小さく呟いた。
「……やっぱ帰りてえ」
角乃が扇で口元を隠したまま、肩を少しだけ揺らしていた。