ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦   作:ボルメテウスさん

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武人としての向き合い

 御簾の向こうで、しばらく声が途切れた。

 

 家光は「余ではなく、家光の言葉を聞け」と言った。芹亜はまっすぐにそれを待っていたし、瑠衣も縫蘇霊獣を抱えたまま、畳の上に落ちる影を見つめていた。春日局は扇を膝に置いている。開かない。あれだけ何かあるたびに場を正してきた扇が、今は黙っている。

 

 行灯の火が、細く揺れた。

 

 金屏風の鶴の影も畳の上で揺れる。羽を広げたまま、飛ぶか飛ばないかを迷っているみたいだった。俺はその影を見ていた。こういう沈黙は苦手だ。敵が飛び出してくる前の静けさとも違う。誰かが、自分の中から言葉を引っ張り出そうとしている音のない時間。

 

「……で?」

 

 つい口が出た。

 

「吠、急かさない」

 

 角乃が即座に刺してくる。

 

「いや、間が長えから」

 

「上様は、言葉を選んでおられます」

 

 春日局が言う。けれど、その声もさっきまでより少し低かった。扇はまだ開かない。

 

「違う、春日」

 

 御簾の向こうから、家光の声がした。

 

 春日局の指が、膝の上で止まる。

 

「選べば選ぶほど、余の言葉は上様の形になる」

 

 座敷の空気が、また少し重くなった。

 

 形になる。そう言われて、俺は自分の着せられた衣を見下ろした。袖が重い。帯がきつい。ちゃんと座れ、声を抑えろ、足を崩すな。大奥に入ってからずっと、身体のどこかを場所の形に合わせろと言われ続けている。

 

 言葉までそうなるのか。

 

「家光として話すと言った。だが、口を開けば、余はまた上様として語るだろう」

 

「……形に、戻る?」

 

 瑠衣が小さく言った。

 

「そうだ」

 

 御簾の影が動く。布の奥で誰かが息をしただけなのに、部屋の奥に小さな風が生まれた気がした。

 

「吠」

 

「また俺かよ」

 

 嫌な予感が、背中を畳より早く走った。

 

「そなたと、立ち合いたい」

 

 座敷が固まった。

 

 俺も固まった。

 

 芹亜の瞬きが止まる。角乃の扇がぴくりと動く。陸王は笑いかけて、その途中で口元を押さえた。禽次郎さんの眉が少し上がり、竜儀は真面目な顔のままさらに真面目になった。瑠衣の縫蘇霊獣だけが、状況を理解しているのかいないのか、尻尾を一度揺らした。

 

「……は?」

 

「立ち合え、遠野吠」

 

「話す流れじゃなかったのかよ」

 

「その通りよ。聞き取り調査が決闘に変わる事件、初めてだわ」

 

 角乃が額に指を添える。こいつの声に、若干の混乱が混ざっていた。珍しいものを見た気がする。

 

「さすが吠君。脱出係なのに、とうとう決闘係になったね」

 

 陸王が軽く言う。

 

「係増やすな」

 

「家光様、私はお話を聞くために……」

 

 芹亜が前へ出る。声は柔らかいが、足の位置は動かない。逃げずに聞く姿勢のままだ。

 

「聞くのだ。言葉ではなく、刃の間に出るものを」

 

「刃の間に……」

 

 芹亜はその言葉を繰り返す。口の中で、音の形を確かめるみたいに。

 

 瑠衣が、御簾を見たまま呟いた。

 

「……でも、逃げてない」

 

 全員の目が瑠衣へ向く。

 

「……話せないから、隠れるんじゃなくて。出ようとしてる」

 

 短い言葉だった。けど、御簾の向こうの影が少し前に出ているのは、俺にも分かった。

 

 逃げている奴の姿勢じゃない。

 

 面倒くさい出方だ。厄介な出方だ。だが、後ろへ下がってはいない。

 

「面倒な出方しやがる」

 

「そなたなら、聞けるだろう」

 

「買いかぶんな」

 

 俺は顔をしかめる。褒められてんのか、巻き込まれてんのか分からねえ。多分どっちもだ。

 

「なりませぬ、上様」

 

 春日局がついに声を上げた。

 

 扇は開いていない。けれど、膝の上の指が強く重なっている。

 

「春日」

 

「大奥にて武を振るうことは禁じられております。それは上様とて例外ではございませぬ」

 

「ほら見ろ。俺もそう思う」

 

 俺はすかさず乗った。

 

「あなたは少し黙っていなさい」

 

「何でだよ。今まともなこと言っただろ」

 

「まともなことを言うあなたは、逆に状況を混乱させるのよ」

 

「ひどいけど分かる」

 

 陸王が頷くな。分かるな。

 

「上様、ようやくお言葉を聞かせてくださるところでございました。なぜ、そこで武を」

 

 春日局の声が少しだけ震えていた。いや、声じゃない。扇を握る指の方かもしれない。紙の骨が細く鳴る。

 

「言葉では届かぬものがある」

 

「ならば、どうか言葉を尽くしてくださいませ」

 

「尽くせば、上様になる」

 

 春日局が黙った。

 

 行灯の火が一度細くなる。金屏風の光も、薄く沈んだ。正しい言葉を尽くせば尽くすほど、本当に言いたいことから離れていく。そんなことがあるのかは知らねえ。でも、家光の声はその場所を知っているみたいだった。

 

「……上様に、戻される」

 

 瑠衣の声が畳に落ちる。

 

 春日局が彼女を見る。瑠衣は目を逸らさない。あいつは、前ならこういう場で黙っていたかもしれない。今は違う。短い言葉を置いて、その言葉の横に自分で立っている。

 

 御簾の向こうで、家光が立ち上がる気配がした。

 

「ならば、場を改める」

 

「上様、まさか」

 

 春日局の顔色が変わる。

 

「大奥の奥には、言葉で届かぬ時にのみ開く間がある」

 

「立ち合いの間……?」

 

 角乃が呟いた。

 

「将軍が己の迷いと向き合うための場にございます」

 

 春日局の声は苦かった。知っているからこそ止めたい、そんな響きがあった。

 

「そんな便利な部屋があるなら先に言えよ」

 

「便利というより、かなり危険な例外よ」

 

 角乃が俺を見る。扇は閉じているが、目は完全に事件を見る目だ。

 

 その時、座敷の奥の襖が揺れた。

 

 金色の襖のさらに奥に、もう一枚の襖が現れる。黒と橙。大奥の華やかさとは違う、夕焼けが焦げたみたいな色。そこに走る光の線は、畳の目と繋がり、床を伝って広がっていった。

 

 畳が光った。

 

 一本一本の目が、回路みたいに橙色の線を灯す。行灯の炎がふわりと浮き、輪の形に変わる。彷霊界の古い空気の中へ、ユニバースライダーの星みたいな粒子が混ざった。歴史の奥に、知らない機械の心臓があるみたいだった。

 

「いやさか……畳が回路のように」

 

 竜儀が低く言う。

 

「歴史の奥に、ずいぶん新しい仕掛けが眠っていたものだねえ」

 

 禽次郎さんが目を細める。

 

「決闘用ステージが出てきちゃったね」

 

「軽く言うな」

 

 襖の向こうには、広い間が見えた。

 

 畳敷きなのに、どこか戦場に似ている。金の装飾は少なく、黒橙の光が柱を縁取っている。天井には星図みたいな模様がうっすら浮かび、床の回路と呼吸を合わせるように明滅していた。

 

「……ここなら、武力じゃない?」

 

 瑠衣が首を傾げる。

 

「立ち合いの間における武は、争いではなく問答。されど、危うきことに変わりはございませぬ」

 

 春日局が答えた。答えたというより、自分に言い聞かせているようだった。

 

「上様、どうかお考え直しを」

 

「これは上様としての命ではない」

 

「では、何でございますか」

 

「家光としての願いだ」

 

 その言葉に、春日局の扇が止まった。

 

 御簾の奥から、家光が一歩出た。

 

 初めて、その姿が布の外に現れる。思っていたより静かな顔だった。将軍だとか、上様だとか、そういう重い言葉の奥から出てきたにしては、目だけが妙にまっすぐで、若く見えた。

 

「吠と立ち合えば、余が何を求めているのか見える気がする」

 

「……家光様として」

 

 春日局の声が、ゆっくり落ちる。

 

 彼女は芹亜を見た。芹亜は黙って頷く。次に瑠衣を見る。瑠衣は縫蘇霊獣の背を撫でながら、短く言った。

 

「……本人が、言った」

 

 それだけだった。

 

 でも、それ以上いらなかった。

 

 春日局は扇を閉じた。いや、最初から閉じていた扇を、もう一度、確かめるように膝の上へ置いた。

 

「ならば、条件を」

 

「許す流れなのかよ」

 

 俺は思わず言う。

 

「命を奪わぬこと。大奥を乱さぬこと。そしてこれは、上様の御心を聞くための立ち合いであること」

 

「最後にもう一つ」

 

 角乃がすっと手を上げる。

 

「何でございましょう」

 

「吠本人の同意も必要よ。粗野とはいえ、意思はあるもの」

 

「粗野とはいえ、いらねえだろ」

 

 文句を言ったが、角乃の言ってること自体はまともだった。俺を勝手に決闘係にするんじゃねえ。

 

 家光が俺を見る。

 

「吠。受けるか」

 

 奥座敷の空気が、今度は俺の方へ集まった。

 

 俺は脱出係だ。芹亜と瑠衣の護衛で、万一の逃げ道を確保する役で、大奥の作法に引っかかりまくって、女中の影に見られまくって、足もしびれかけている。相談役でもねえし、決闘相手でもねえ。

 

 だが、家光の目は逃げていなかった。

 

 御簾の奥から出てきたその目は、俺の後ろの誰かじゃなく、俺を見ている。上様として命じる目じゃない。家光として、聞こうとしている目だ。

 

 こういう目をされたら、面倒でも無視できねえ。

 

「俺は脱出係なんだけどな」

 

「今は立ち合い係かな」

 

「増やすなって言ってんだろ」

 

 陸王の軽口に返してから、俺は芹亜を見た。

 

 芹亜は頼まなかった。ただ、家光を見ていた。歌う前に、相手の息を聞くみたいな顔で。

 

「これは、家光様の言葉の続きだと思います」

 

「言葉の続きが決闘っておかしいだろ」

 

「相手があなただから成立してしまうのよ」

 

「俺のせいかよ」

 

「……少し」

 

「瑠衣まで」

 

 瑠衣は縫蘇霊獣を抱えたまま、俺を見る。責めてるわけじゃない。面白がってるわけでもない。たぶん、見ている。今度は俺が自分で選ぶかどうかを。

 

 家光が一歩進む。

 

「勝つためではない。知るためだ」

 

「知るって何を」

 

「余が、家光として何を選びたいのか」

 

 黒橙の光が、畳の回路をゆっくり走る。俺の足元まで届いて、そこで止まった。まるで、来るか来ないかを聞いているみたいだった。

 

 俺はしばらく家光を見た。

 

 そして息を吐く。

 

「……ったく」

 

 立ち上がると、足が少し痺れていた。情けねえ。だが、その痺れも一歩踏み出せば消える。

 

「勝敗じゃねえなら、受けてやる」

 

「吠様。くれぐれも」

 

 春日局が言う。

 

「分かってる。大奥を壊さねえ。命も取らねえ。あと、声を抑える」

 

「最後が一番怪しいね」

 

 陸王が言った。

 

「うるせえ」

 

 女中たちが見る。

 

「……うるさくない」

 

 家光が小さく笑った。

 

 その笑いを見て、春日局は少しだけ目を伏せた。止めない。扇も開かない。

 

「ならば、こちらも家光として向き合おう」

 

 家光は懐から小さなものを取り出した。

 

 見覚えのある形。

 

 ライドウォッチ。

 

 角乃の目が鋭くなる。

 

「ライドウォッチ……!」

 

「おい、待て。何で上様がそんなもん持ってんだよ」

 

「上様、それは……」

 

 春日局の声が揺れる。

 

「余の内に眠る武。上様としてではなく、家光として振るう」

 

 家光がライドウォッチを起動する。

 

『ブジンガイム!』

 

 音声が座敷に響いた瞬間、立ち合いの間の襖が大きく開いた。

 

 黒橙の光が畳を走る。行灯の炎が渦を巻き、天井の星図が一斉に灯る。巨大な果実のような橙のエネルギーが家光の頭上に現れ、その周囲を戦国甲冑の幻影が回る。古い大奥の空気と、宇宙みたいな粒子がぶつかって、火花のように散った。

 

 家光は、御簾の外でまっすぐ立つ。

 

「変身」

 

『ユニバースライダー! ブジンガイム!』

 

 黒い装甲が家光の身体を包み、橙の鎧が重なる。肩には武者の威容。胸には燃える果実のような紋。甲冑の隙間を、星図の回路が青白く走った。刀の輪郭が黒橙のエネルギーで形作られ、空気が低く震える。

 

 御簾が風に揺れる。

 

 けれど、もう家光はその向こうにはいない。

 

 武神鎧武のユニバースライダーが、畳の上に立っていた。

 

「うわ、本当に決闘になった」

 

 陸王が呟く。

 

「いやさか。武神の鎧……」

 

「これはまた、ただの大奥見学では済まなくなったねえ」

 

 禽次郎さんが笑うが、目は笑っていない。

 

「本来の作戦からは完全に逸脱したわね」

 

 角乃が言う。

 

「でも……これは、家光様の言葉の続きです」

 

 芹亜の声が、黒橙の光の中をまっすぐ通った。

 

「……聞く。戦い方を」

 

 瑠衣が続ける。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 肩を回す。帯が邪魔だ。衣も邪魔だ。大奥の作法も、女中たちの視線も、全部邪魔だ。

 

 それでも、目の前の相手だけは真っ直ぐだった。

 

「……結局こうなんのかよ」

 

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