ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
立ち合いの間は、大奥の中にあるくせに、大奥じゃないみたいだった。
畳は確かに畳だ。けど、その目の一本一本に黒橙の光が走っている。行灯の炎は丸い輪になって宙に浮かび、天井には星図みたいな線が薄く瞬いていた。古い木の匂いと、焼けた鉄みたいな匂いが混ざる。
その真ん中に、武神鎧武が立っている。
家光だったもの、いや、家光本人が変わった姿。黒と橙の甲冑。武者みたいな肩。刀を握る手は静かで、立っているだけで間合いが勝手に決まる。大声も出さない。威嚇もしない。ただそこにいるだけで、こっちの足がどこまで進めるか測られている気がした。
「命を奪うこと、大奥を乱すこと、固く禁じます」
春日局の声が後ろから飛ぶ。
「分かってるって。何回言うんだよ」
「何度でも申し上げます。吠様は特に」
「俺だけ名指しすんな」
「信頼されてるね」
陸王が涼しい声で言う。
「されてねえ」
「されているわよ。暴れそうという方向で」
「もっと悪いだろ」
角乃の返しに、俺は舌打ちしかけてやめた。女中の影が遠巻きに見ている。ここまで来て声で注意されるのは避けたい。いや、もう何回もされてるけど。
芹亜が一歩、俺の方へ寄った。
「でも、吠さん。これは本当に、家光様の言葉の続きです」
黒橙の光が、彼女の足元で静かに脈打つ。芹亜は歌う前みたいに、息を整えていた。戦いを止めようとしてるんじゃない。聞こうとしている。刃と刃の間に落ちるものを。
「分かってる」
俺はテガソードを肩に担ぐように構えた。
正直、分かってると言えるほど分かってはいない。言葉の続きが決闘になるなんて、普通におかしい。けど、目の前の武神鎧武は御簾の奥に戻っていない。家光は出てきた。自分の足で。
それなら、こっちも立つしかない。
武神鎧武がブラッド大橙丸を抜いた。
刀身に黒橙の光が走る。炎みたいに荒くはない。水面に落ちる月の光みたいに、静かに刃へ張りついている。
「これは勝つための立ち合いではない。家光として、己を知るためのもの」
「知りてえなら、じっと座ってねえで来いよ」
「よい。聞かせてもらおう、狼の刃を」
「噛まれても知らねえぞ」
女中の影が、遠くで一斉にこっちを見た気がした。
「……いや、噛まねえけど」
陸王が肩を揺らしている。後で殴る。いや、今日は命を奪わないどころか大奥を乱すなって言われてるから、軽く小突くくらいで許す。
「始まるわよ」
角乃の声が低くなる。
俺は腰を落とした。
足の裏に畳の感触がある。さっきまで歩き方だの半歩だのうるさかった畳が、今は俺を押し返してくる。走れ、と言っているわけじゃない。ただ、踏むなら踏めとでも言いたげに、光の線が足元で瞬いた。
「……吠、低い」
瑠衣の声。
「完全に狼だね」
「聞こえてんぞ!」
女中の影が見る。
「……聞こえてます」
俺は言い直してから、息を吐いた。
武神鎧武は動かない。ブラッド大橙丸を構えているだけだ。剣先はわずかに下がり、肩にも腕にも余計な力がない。隙があるように見えて、どこにもない。あれはたぶん、待っているんじゃない。こちらが入ってくる場所を、すでに決めている。
「来い、吠」
「行くぞ、上様!」
武神鎧武の構えがほんのわずかに変わった。
「今は、家光だ」
ああ。
そうだった。
俺は口の端を少しだけ動かした。
「だったな」
畳を蹴る。
「行くぞ、家光!」
足音が鳴った。
作法なんか知るか。半歩なんか踏んでたら届かねえ。低く、前へ。肩から突っ込む。テガソードを頭上へ引き上げ、全身ごと叩きつける。剣というより、牙を振り下ろすつもりで。
武神鎧武の姿が目前に迫る。
俺はテガソードを振り下ろした。
重い手応えが来るはずだった。
なのに、刃は滑った。
ブラッド大橙丸が斜めに置かれている。受け止めたんじゃない。俺の力を刃の上で流した。テガソードの勢いが横へ逸れ、身体が前へ持っていかれる。
「受けろよ!」
「将は、ただ受けるだけでは立てぬ」
次の瞬間、武神鎧武が一歩入ってきた。
たった一歩。
それだけで、間合いが全部ひっくり返る。
ブラッド大橙丸の返しが来る。大振りじゃない。見せつけるような斬撃でもない。最短で、最小で、逃げ道だけを切り取る太刀筋。
「っ!」
俺は反射で身を捻った。
刃が衣の裾を裂く。布が空中に舞った。帯が腹を締める。大奥用の格好が邪魔だ。けど、今のは衣がなかったら皮を持っていかれていた。
「速いね」
陸王の声が聞こえる。
「いやさか。無駄な動きがない」
「吠っちの勢いを、殺さず横へ逃がしたねえ」
禽次郎さんが、いつもの軽い声で言う。でも目だけは笑っていないんだろうなと、見なくても分かった。
「受けるのではなく、流す。力の扱い方が支配者の剣ね」
角乃が呟く。
「……静か。でも、強い」
瑠衣の言葉が落ちる。
その通りだった。
武神鎧武の剣は静かだ。俺の刃が畳を噛むみたいに前へ出るのと違って、あいつの刃は場所を決める。ここから先は許さない。ここへ来るなら流す。そこへ逃げるなら斬る。声に出さずに、刃でそう言ってくる。
「そなたは速い」
「そっちは面倒くせえ剣だな」
「そなたは、分かりやすい」
「褒めてねえだろ」
俺はテガソードを低く構え直した。
正面から叩けば流される。だったら、正面だけじゃなく、下から食う。
畳を蹴る。
今度は横へ飛ぶ。足音なんか消さない。むしろ鳴らす。衣の裾が裂けた分、少し動きやすい。低く走って、武神鎧武の右へ回り、テガソードを斜め下から引き上げる。
ブラッド大橙丸が降りる。
火花が散った。
刀と剣が噛み合う音が、立ち合いの間に響く。行灯の輪が揺れ、天井の星図が一瞬だけ強く光る。
押す。
武神鎧武は押されない。
足元が畳なのに、根を張っているみたいだった。いや、違う。根じゃない。重さの置き方だ。将軍の剣。動かないのではなく、動く場所を選んでいる。
「そなたの刃は、牙のようだ」
「褒めてんのか、それ」
「羨ましいと言えば、分かるか」
刃越しに聞こえた言葉に、俺の腕が一瞬止まりかけた。
「羨ましい?」
返事の代わりに、ブラッド大橙丸が来る。
「答えろよ!」
「刃で聞けと言った」
「面倒くせえ!」
俺は身体を沈めてかわし、畳に手をつきかける勢いで横へ跳んだ。獣みたいだと言われてもいい。実際、今はその方が合っている。作法の中に立つより、低く走る方が息ができる。
武神鎧武は追ってくる。
走らない。跳ばない。なのに追いつく。
一歩で間合いを詰め、刃を置く。俺がそこへ飛び込む。弾く。流される。返す。受ける。畳の回路が、二人分の足跡を追うように明滅した。
俺の剣は荒い。
それは自分でも分かる。振り下ろす、叩く、食いつく、押し返す。型なんか知らねえ。けど、行きたい場所は分かる。目の前の相手へ。見えた隙へ。聞こえた声へ。
武神鎧武の剣は綺麗だった。
綺麗すぎるくらいに。
余計な線がない。斬る場所が決まっている。受ける角度も、踏み込む距離も、全部が静かに収まっている。大奥の廊下みたいに整っている。けど、何度かあった。
俺の肩へ来る刃が、最後の寸前でわずかに薄くなる。
踏み込めるところで、半歩だけ残る。
斬ると決めたはずの線が、誰かの顔色をうかがうみたいに揺れる。
「……お前の剣、綺麗だな」
「何」
「けど、まっすぐ来ねえ」
後ろで、春日局が息を止めた気配がした。
俺はテガソードを構え直す。
「選びたいくせに、まだ誰かの顔色を見てる」
武神鎧武の刃が、一瞬だけ乱れた。
ほんの一瞬。
けど、俺にはそれで十分だった。
畳を蹴り、懐へ飛び込む。テガソードの柄を握り込み、下から掬うように振る。
「吠が気づいた……?」
角乃の声。
「戦い方を、聞いているんです」
芹亜が言う。
「……剣も、言ってる」
瑠衣の言葉が、火花の間を抜けて届く。
武神鎧武はブラッド大橙丸で俺の刃を受けた。今度は流しきれない。甲冑の足が畳を擦る。光の回路が足元で弾ける。
いける。
そう思った瞬間、武神鎧武の気配が変わった。
乱れた剣が、また静かになる。
ただ静かなだけじゃない。さっきより重い。将軍って言葉が、甲冑ごと目の前に立ったみたいな圧があった。
「ならば、そなたは何を選ぶ」
「今聞くのかよ!」
「今だから聞く」
ブラッド大橙丸が斜めに走る。
俺は下がろうとして、退路が塞がれていることに気づいた。いつの間にか、逃げる方向に刃が置かれている。右へ動けば肩。左へ動けば足。後ろへ下がれば、次の一歩で詰められる。
「くそっ、将軍ってのは口も剣も逃げ道塞ぐのかよ!」
「逃げたいのか」
「逃げるか!」
テガソードで押し返す。
武神鎧武は刃を滑らせ、また力を逃がす。俺の腕が空を切る。そこへ次の刃が来る。咄嗟に身を沈めたが、肩に衝撃が走った。斬られたというより、押し込まれた。畳に膝がつきかける。
「そなたは、己の足で選ぶと言った」
「言ったな!」
「ならば、今、何を選ぶ」
押される。
身体が重い。衣が絡む。肩が痺れる。だけど、目は離さない。武神鎧武の刃は正確で、静かで、強い。なのに、その奥にあるものはまだ揺れている。
欲しいものが分からねえ奴の剣。
欲しいと言う前に、役目で包まれた奴の剣。
だったら、こっちも力の種類を変える。
俺は空いている手を腰へ伸ばした。
指先に触れた小さな輪。
ライダーリング。
「そなたは、何を選ぶ」
「目の前に手ぇ伸ばす」
俺はライダーリングを取り出した。
黒橙の光の中で、リングが赤、黄、緑の気配を帯びる。掌の中で、円環が熱を持った。欲しいものへ手を伸ばす力。掴むための力。守るために、まず欲しいと認める力。
「欲しいもんも、守りてぇもんも、掴まなきゃ分かんねえだろ」
「ライダーリング……!」
角乃の声が鋭くなる。
「ここで切り替えるんだ」
陸王が呟く。
「……聞き方、変える」
瑠衣の声が、妙に静かに響いた。
「吠さん……」
芹亜の声も聞こえた。
春日局は何も言わない。ただ、扇の骨が小さく鳴った。
武神鎧武がブラッド大橙丸を構え直す。
「それが、そなたの答えか」
「だったら、俺もこっちで聞く」
俺はリングを掲げた。
「エンゲージ」
『ライダーリング!オーズ!』
音声が立ち合いの間に弾けた。
赤い光が胸を走る。黄色い光が腕を巡る。緑の光が脚へ落ちる。メダルの円環がいくつも空中に浮かび、俺の周りで回った。畳の黒橙の回路と、オーズの光がぶつかって、火花じゃない、もっと丸い光を散らす。
テガソードの光が揺れる。
身体の奥で、何かが切り替わる。
獣みたいに前へ出る衝動はそのままに、そこへ円を描く力が重なった。欲望。守りたいもの。掴みたいもの。難しい言葉は知らねえ。ただ、手を伸ばすことだけは分かる。
装甲が重なる。
視界が変わる。
俺は仮面ライダーオーズへエンゲージした姿で、武神鎧武と向かい合った。
「欲しいもんがあるなら、黙って座ってんじゃねえ」
ブラッド大橙丸の切っ先が、こちらを向く。
武神鎧武の星図の光が、甲冑の隙間で静かに瞬いた。
俺は拳を握る。
畳の上の回路が、次の一歩を待っていた。