ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
オーズの姿になった瞬間、立ち合いの間の空気が変わった。
黒橙の畳回路の上を、赤と黄と緑の光が走る。宙に浮かんだ行灯の輪が、その色を受けてゆらゆら揺れた。天井の星図は、さっきまで武神鎧武のために瞬いていたくせに、今は俺の足元まで線を伸ばしてくる。
欲しいものがあるなら、黙って座ってんじゃねえ。
自分で言った言葉が、胸の奥でまだ熱を持っていた。
目の前の武神鎧武は、ブラッド大橙丸を構え直している。黒と橙の甲冑。将軍の鎧。侍の剣。動かないのに、こっちの呼吸まで測ってくるような立ち姿だ。
「欲しいものがあるなら、黙って座っているな――そう言ったな」
「ああ。だから聞かせろよ。お前は何が欲しい」
「刃で問う」
「だったら、爪でこじ開ける」
俺は両腕を振った。
装甲の奥で何かが噛み合い、両腕のトラクローが展開する。鋭い爪が光を切り裂いて、立ち合いの間に金属の鳴る音を響かせた。剣より短い。間合いも狭い。だけど、こっちの方が俺には合ってる。
掴むための爪だ。
引き裂くためだけじゃない。届かねえものに、無理やり手を伸ばすための。
「剣から爪へ。より彼らしくなったわね」
角乃の声が端から聞こえる。
「吠君、完全に噛みつく気だ」
「噛まねえって言ってんだろ!」
女中の影が一斉にこちらを見た。
俺は一拍遅れて、声を落とす。
「……噛みません」
「……言い直した」
瑠衣が呟く。
「大奥に慣れてきましたね」
芹亜までそんなことを言う。
「慣れてねえ!」
また女中の影が見る。
もういい。後で謝る。たぶん。
武神鎧武が刃をわずかに下げた。
来い、という合図だった。
俺は腰を落とす。
畳の目に光が走った。半歩で歩けだの、音を立てるなだの、さっきまで散々言われた畳の上を、今度は全力で蹴る。低く、前へ。爪を開き、身体ごと飛び込む。
「剣が綺麗すぎんだよ。もっと汚くてもいいだろ、自分のもんくらい!」
右のトラクローを振る。
武神鎧武はブラッド大橙丸を斜めに置いた。爪が刃の上を滑る。火花が散り、畳回路に落ちて波紋みたいに広がった。
「己のものだからこそ、濁らせられぬ」
「そうやって磨いてる間に、何も掴めなくなるぞ!」
俺は左の爪を畳に擦らせた。爪先が回路を削り、黒橙の光が跳ねる。身体を無理やり横へ振って、懐に潜る。右のトラクローを腹へ向けて突き出す。
「速い」
「まだ遅えよ!」
ブラッド大橙丸が縦に立つ。
爪と刀がぶつかった。
腕に重さが来る。押せば押すほど、武神鎧武の刃は少しずつ角度を変えて、俺の力を横へ逃がす。まともにぶつかってるようで、ぶつからせてもらえない。こいつの剣は、本当に面倒くせえ。
「いやさか。爪と刀、互いに譲りません」
「吠っちの荒さを、家光様の剣が受け止めているねえ」
「受け止めているというより、まだ測っているわね」
角乃の声が少し低くなる。
「……家光も、探してる」
瑠衣が言った。
その言葉が、爪と刀の間に落ちる。
武神鎧武の剣は綺麗だ。
無駄がない。怖いくらいに整っている。斬る場所も、受ける角度も、引く足も、全部が最初から決まっているみたいだ。将軍の剣。人の上に立つ剣。誰かに見られることを知っている剣。
でも、最後の一歩だけ鈍る。
俺の肩へ入るはずの刃が、ほんの少し浅い。踏み込める場所で、足が残る。斬りたいのか止めたいのか、刃先が一瞬だけ迷子になる。
「余が欲しいものなど、口にしてよいものか」
武神鎧武が言った。
刃と爪が噛み合ったまま、声だけが真っ直ぐ来る。
「欲しいって言うだけで誰かが壊れんなら、そいつは最初から脆すぎんだろ!」
後ろで、春日局の扇が鳴った。
開かない。
鳴っただけだ。
「そなたは、恐れぬのか」
「怖くねえ奴なんかいねえよ!」
俺はトラクローでブラッド大橙丸を弾いた。
武神鎧武の刀身が跳ねる。ほんの少しだけ、間が空く。
「怖くても手ぇ伸ばすんだろ!」
爪を突き込む。
武神鎧武が半歩下がった。これまでずっと間合いを支配していた奴が、初めて俺の勢いで退いた。
「今、家光様の剣が……」
芹亜の声が揺れる。
「迷いが刃に出ている」
「上様……」
春日局が呼ぶ。
その呼び名に、瑠衣が小さく首を振った。
「……家光」
春日局が瑠衣を見る。
瑠衣は御簾のあった場所なんか見ていなかった。目の前で戦う武神鎧武を見ていた。上様の影じゃない。名前のある一人を、ちゃんと見ている。
その視線に押されたみたいに、武神鎧武の剣が重くなった。
さっきまでの迷いが消えたわけじゃない。むしろ迷いごと、甲冑の中に押し込めたような重さだった。ブラッド大橙丸が真横に走る。俺は両腕のトラクローを交差して受けたが、衝撃で身体が飛んだ。
「ぐっ……!」
畳を滑る。
爪を床に突き立てて、火花を散らしながら止まった。光の回路が削れて、足元でぱちぱち弾ける。肩が痺れる。腕の奥が熱い。
武神鎧武がゆっくりと刃を向けた。
「ならば、余は何に手を伸ばせばよい」
「それを俺に聞くな!」
また踏み込まれる。
重い一太刀。将軍としての剣。逃げ道を潰し、選ぶ場所を狭める剣。俺は爪で受ける。押し込まれる。膝が畳に近づく。
「答えを持たぬ者に、どう選べと言う」
「答えなんか最初から持ってる奴の方が少ねえよ!」
爪が震える。
腕が負けかける。
でも、ここで俺が答えを渡したら駄目だ。
それは、また誰かに決められるのと同じだ。家光の前に、別の役目を置くのと同じだ。
俺は喉の奥から声を引っ張り出した。
「自分で見ろ! 自分で欲しがれ、家光!」
叫んだ瞬間、立ち合いの間が光った。
畳の回路が一斉に脈打つ。宙に浮かんだ行灯の輪が金色に染まる。俺と武神鎧武の間に、三枚のコアメダルが現れた。
ライオン。
トラ。
チーター。
光の中で回るそれは、誰かの命令じゃなく、呼ばれたから来たみたいだった。
「……声に、応えた」
瑠衣の声が聞こえる。
「家光様の問いと、吠さんの答えが……」
「欲望に反応した。オーズの力が、ここで噛み合ったのね」
角乃が息を呑むように言う。
俺はメダルを掴んだ。
掌の中が熱い。
欲しいものを欲しいと言う熱。手を伸ばす熱。掴むために走る熱。
「見えねえなら、照らしてやる」
オードライバーへ装填する。
『ライオン! トラ! チーター!』
音声が響いた。
次の瞬間、黄金の光が弾ける。
『♪ラタ・ラタ・ラトラァータァー!』
立ち合いの間が、昼になったみたいだった。
黒橙の回路も、行灯の輪も、天井の星図も、全部が金色に塗り替えられる。ライオンの光が頭部で吼え、トラの爪が両腕で鋭く輝き、チーターの脚が床を蹴る前から走り出しそうに震える。
武神鎧武が一歩、怯んだ。
「っ……!」
「上様……!」
春日局が身を乗り出す。
俺は黄金の視界の中で、武神鎧武を見る。
「目ぇ逸らすなよ。ここからは速えぞ」
言い終わる前に、俺は走っていた。
チーターの脚が畳を蹴る。いや、蹴った感触が来るより先に、身体が進んでいる。金色の残像が立ち合いの間を何本も走る。武神鎧武がブラッド大橙丸を構える。その構えはまだ崩れていない。さすがだと思う。けど、遅い。
「この光は……」
「欲しいもんを隠してる奴には、ちょっと眩しいだろ」
右から入る。
トラクローで刀身を弾く。
左へ抜ける。
背後から爪を入れる。
武神鎧武が振り返る。刃が追ってくる。俺はもうそこにいない。黄金の光が柱を回り、畳の回路を踏み、また正面へ戻る。
「見えぬ……!」
「見えねえなら、目ぇ開けろ!」
ライオンヘッドの光が強くなる。
武神鎧武の甲冑の表面に、金色が反射した。黒橙の鎧の奥、まだ言葉になっていないものが、光を浴びてざわつくように見えた。
「ならば、余は――」
「言えよ。終わってからでいい」
俺は低く構えた。
「今は、吹っ飛べ!」
オードライバーが響く。
『スキャニングチャージ!』
音声が立ち合いの間を貫いた。
俺は武神鎧武へ突っ込んだ。
「掴んだら、離さねえ!」
両腕のトラクローで武神鎧武を掴む。甲冑に爪が食い込む。武神鎧武がブラッド大橙丸を返そうとするが、もう遅い。俺はそのまま身体を回した。
一回転。
二回転。
速度が増す。
金色の残像が円になる。畳の回路が輪になり、宙の行灯が吸い込まれるように回り出す。風が生まれる。立ち合いの間の空気が巻かれ、黄金の竜巻になる。
「いやさか、風が……!」
「立ち合いの間ごと回ってるみたいだ」
陸王の声が遠くなる。
「吠さん……!」
芹亜の声は、風の中でも届いた。
俺は武神鎧武を上空へ投げた。
黒橙の甲冑が、金色の竜巻の中心へ放り上がる。ブラッド大橙丸の刃が光を裂こうとする。けど、竜巻は刃の届く前に形を変えた。
俺は走る。
チーターの脚が、空中の竜巻を足場にした。黄金の風を駆け上がる。下に畳。上に星図。真ん中に、まだ自分の欲しいものを言えない家光。
ライオンヘッドが眩く輝く。
「これが、手ぇ伸ばすってことだ!」
俺は上空の武神鎧武へ、突き刺すように突っ込んだ。
光が弾けた。
爆発じゃない。目を焼くような破壊の光でもない。朝日が閉じた襖をこじ開けるみたいな、強くて眩しい光だった。
武神鎧武の鎧が砕けるように消えた。
黒橙の粒子が舞い、家光の姿が畳へ落ちる。倒れはしない。片膝をつき、手を畳につけて、肩で息をしている。
俺も着地した。
ラトラーターの光が、身体の周りでまだ揺れている。黄金の竜巻はほどけ、行灯の輪がゆっくり元の高さへ戻った。畳の回路は焦げたように明滅しているが、大奥は壊れていない。たぶん。春日局にあとで確認されるだろうけど。
家光が顔を上げた。
「まぶしい、ものだな」
「隠れてる奴を引っ張り出すには、ちょうどいいだろ」
俺は肩で息をしながら言った。
春日局が一歩出る。
でも、扇は開かない。
その手は膝の前で止まり、ただ家光を見ていた。
「余は……いや」
家光は言い直した。
その声は、まだ細い。けれど御簾の向こうから聞こえていた声とは違う。畳の上に膝をつき、眩しい光を浴びたまま、自分の喉から出てきた声だった。
「家光は……」
言葉が止まる。
芹亜が静かに前へ出た。歌う前の息を、また整えている。
瑠衣が縫蘇霊獣を抱え直し、小さく言った。
「……欲しいって、言っていい」
家光が瑠衣を見る。
春日局も何も言わない。
金色の光が、まだ畳の上に残っていた。朝みたいな色だった。暗い大奥の奥で、誰かがようやく襖を開けようとしているみたいな色。
俺は拳を下ろし、家光が次の言葉を探すのを待った。