ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦   作:ボルメテウスさん

86 / 87
時代を超えた友情は

 光がほどけていく。

 

 ラトラーターの黄金が、立ち合いの間の空気から少しずつ抜けていった。さっきまで竜巻になって暴れていた風は、今は畳の上を撫でるだけだ。黒橙の回路は焦げ跡みたいに明滅し、宙に浮かんでいた行灯の輪も、ゆっくり元の火へ戻っていく。

 

 俺の身体を覆っていた装甲が、粒になって散った。

 

 赤も、黄も、緑も、手の甲から肩へ、胸から足元へ、細かい光になって剥がれていく。最後にトラクローの感触が指先から消えて、俺は自分の手を見下ろした。

 

 握っても、もう爪はない。

 

 けど、まだ熱は残っていた。

 

 向こうでは、武神鎧武の鎧も消えかけていた。黒橙の甲冑が割れるんじゃなく、夜明け前の闇が薄まるみたいに静かにほどける。ブラッド大橙丸の輪郭が細くなり、刀身に走っていた光が畳の上へ落ちる。

 

 家光は、片膝をついていた。

 

 倒れちゃいない。手を畳について、肩で息をしている。敗けた奴の顔、というには変だった。悔しそうでも、苦しそうでもない。むしろ、長い廊下をようやく抜けたみたいな顔をしている。

 

 俺は眉を寄せた。

 

「……何だよ、その顔」

 

 家光が顔を上げる。

 

 額に汗が浮かんでいる。けれど、その目は御簾の向こうにいた時よりずっと近かった。黒橙の粒子が頬の横を流れて、やがて消える。

 

「まぶしいものを見た後は、世が少し違って見える」

 

「目ぇやられただけじゃねえのか」

 

「それもあるやもしれぬ」

 

「そこ乗るのかよ」

 

 陸王が後ろで小さく笑った。

 

 春日局は一歩踏み出しかけて、止まっていた。手には扇。けど、開かない。彼女は家光の膝元へ駆け寄ることも、俺を咎めることもしなかった。ただ、閉じた扇を両手で握り、家光を見ている。

 

 さっきまで何度も場を正していた人が、今は場の方を見ていない。

 

 家光だけを見ていた。

 

 家光の手の中に、黒橙の光が残る。

 

 武神鎧武のライドウォッチだった。

 

 戦いの余韻を閉じ込めたみたいに、表面が弱く明滅している。ほんの一瞬、そこにブラッド大橙丸の軌跡と、俺のトラクローが起こした黄金の竜巻が重なって見えた。

 

 家光はそれを見つめ、それから俺へ差し出した。

 

「遠野吠」

 

「何だよ」

 

「受け取れ」

 

「勝ったからって押しつけんな」

 

「これは、勝者へ渡すものではない」

 

 家光の指は震えていなかった。

 

 光を失いかけたライドウォッチを持つ手が、まっすぐ俺へ向いている。

 

「余と立ち合った友へ託すものだ」

 

 空気が一拍、止まった。

 

「友って……急に重てえな」

 

「そなたは重さを嫌いながら、落ちそうなものは拾う」

 

「拾った覚えねえよ」

 

「今も拾った」

 

 家光の視線が、俺の手元へ落ちる。

 

 さっきまで何かを掴めと怒鳴っていた手。誰かの答えを代わりに持つんじゃなく、自分で欲しがれと叫んだ手。

 

 俺は舌打ちしかけて、やめた。

 

「……勝手に美談にすんなよ」

 

「美談にしておけば、後世の覚えもよかろう」

 

「やめろ。妙な話に残すな」

 

「もう十分妙だよ、吠君」

 

 陸王が笑う。

 

「時を超えた将軍に友認定される脱出係。なかなかないね」

 

「脱出係ってとこ強調すんな」

 

「ハイクラスに珍しい事例ね」

 

 角乃が扇を閉じたまま言う。さっきまで戦闘を観察していた目が、今は完全に事件後の整理に入っている。

 

「ただし、友という表現は妥当かもしれないわ」

 

「お前まで乗るな」

 

「……友」

 

 瑠衣が小さく繰り返した。

 

「繰り返すな」

 

 瑠衣は縫蘇霊獣を抱えたまま、少しだけ首を傾げた。

 

「……違う?」

 

「違うっていうか、急なんだよ」

 

「……でも、受け取る」

 

「まだ受け取ってねえ」

 

 言いながら、俺は手を伸ばしていた。

 

 雑に掴もうとして、家光の手前で少し止まる。

 

 何となく、雑に取る気になれなかった。

 

 指先でライドウォッチの縁を受ける。黒橙の光が俺の掌へ移った瞬間、畳の回路が一度だけ脈打った。立ち合いの間に、さっきの剣戟が薄い影みたいに浮かぶ。ブラッド大橙丸の静かな太刀筋。トラクローの爪痕。黄金の竜巻。家光の問い。

 

 全部、ほんの一瞬で消えた。

 

 残ったのは、小さな重みだけだった。

 

「重てえな、やっぱ」

 

「持てぬほどではあるまい」

 

「そういう話じゃねえ」

 

 家光はわずかに笑った。

 

 その笑い方を見て、春日局の肩が少し下がった。長く張っていた糸が、切れずに緩んだみたいだった。

 

「上様……いえ」

 

 春日局が言い直す。

 

 その言い直しに、家光が目を向けた。

 

「家光様」

 

 春日局は深く頭を下げた。

 

「御心、しかと承りました」

 

 家光はしばらく彼女を見ていた。

 

 閉じられた扇。畳に落ちる影。言葉を遮らず、ただ待っている姿。

 

「春日」

 

「はい」

 

「長く、世話をかけた」

 

「それが、私の務めでございました」

 

 春日局はそう言ってから、ほんの少しだけ口元を結び直した。

 

「そして、私の願いでもございました」

 

 家光の目元がゆるむ。

 

 立ち合いの間の黒橙の光が、少しずつ白金へ変わっていった。戦場みたいだった広間の気配が抜けていく。刀を鞘に収めた後の静けさに似ていた。いや、俺は刀なんか使わねえけど、たぶんそんな感じだ。

 

 家光がゆっくり立ち上がった。

 

 よろめきはあった。けど、春日局は手を伸ばさない。伸ばしかけて、止めた。家光は自分の足で立った。

 

「この地は、約定どおりそなたらへ渡す」

 

 奥座敷の方から、襖が淡く光る。金屏風に差していた陰がほどけ、畳の目に走る回路が白金に染まっていく。

 

「上様、それでは正式な文言を――」

 

 春日局が言いかける。

 

「よい、春日」

 

 家光は首を振った。

 

「今は家光の言葉で渡す」

 

 春日局は扇を膝の上へ置いた。

 

 何も言わない。

 

 芹亜が静かに頭を下げる。歌う前みたいに、胸の奥で息を整えている。けれど歌わない。今は、家光の言葉を聞く時だと分かっているみたいだった。

 

 瑠衣も小さく頭を下げた。縫蘇霊獣がその腕の中で丸くなる。

 

「……自分で、言った」

 

 瑠衣の声は本当に小さかった。

 

 でも、家光には届いたらしい。

 

「ああ。家光が言った」

 

 それだけで、部屋の空気がまた変わった。

 

 大奥の空気は、最初からずっと誰かを型にはめようとしていた。声の大きさ、足音、座り方、息の仕方まで。けど今、襖の向こうから流れてくる光は、型を溶かしていくようだった。

 

 家光が俺を見る。

 

「遠野吠。時も世も違うが、そなたは余の友だ」

 

「だから勝手に友にすんな」

 

「照れてるね」

 

「照れてねえ」

 

 陸王へ振り向きかけると、角乃がすかさず入った。

 

「吠、声」

 

「……照れてねえです」

 

「変な敬語になってるわ」

 

「うるせえ」

 

 女中の影が見た。

 

「……うるさくありません」

 

 家光が声を出して笑った。

 

 今度の笑いは、御簾の奥にこもらなかった。畳を渡って、行灯の火を揺らし、消えかけた星図の線まで震わせた。春日局が少しだけ目を伏せる。怒っているわけじゃない。止めないために、目を伏せたように見えた。

 

 その時、城が鳴った。

 

 崩れる音じゃない。

 

 遠くで、長い廊下の襖が一枚ずつ開いていくような音だった。大奥の壁が淡く透け始める。金の襖、畳、行灯、女中の影。全部が朝霧に日が差すみたいに、輪郭から薄くなる。

 

「……消える」

 

 瑠衣が呟いた。

 

「家光様の御心が定まり、この領域も役目を終えたのでしょう」

 

 芹亜が静かに言う。

 

「というか、城ごと成仏って規模がでかすぎねえか」

 

「将軍様だからねえ」

 

 禽次郎さんが笑う。

 

「そういうもんなのか?」

 

「いやさか。想いが形を成した城ならば、想いが昇る時、城もまた従うのでしょう」

 

 竜儀が真面目に言う。こういう時の竜儀の言葉は妙にしっくり来るから困る。

 

 春日局の身体も、淡く光り始めていた。

 

 彼女は驚かない。自分の袖の先が透けていくのを見ても、静かに家光の隣へ立った。

 

「春日」

 

「はい、家光様」

 

 もう、言い直さない。

 

 家光は少しだけ笑った。

 

「そなたにも、長く縛られたものがあったな」

 

「縛ったつもりで、私もまた縛られておりました」

 

 春日局は頭を下げる。

 

「けれど、最後にお声を聞けました」

 

 家光は何も返さなかった。

 

 ただ、春日局の方へわずかに顔を向けた。それだけで、十分だったんだろう。春日局の表情は、扇で隠されなかった。隠す必要が、もうなかったのかもしれない。

 

 女中の影たちが一斉に頭を下げた。

 

 同じ角度。同じ間。

 

 けれど、最初に見た時の不気味な揃い方とは違った。今は、規律が歩いているんじゃない。見送っているように見えた。

 

 畳の上に、傷跡が光る。

 

 ブラッド大橙丸がつけた線。俺のトラクローが削った跡。竜巻の中心に残った丸い焦げ。全部が一度だけ白く光り、それから消えた。

 

 本当に終わるんだな、と思った。

 

 俺はライドウォッチを握った。

 

 掌の中で、武神鎧武の光が静かに脈打つ。

 

「吠」

 

 家光が呼ぶ。

 

「何だよ」

 

「世が違っても、友は友であろう?」

 

「知らねえよ。俺に聞くな」

 

「ならば、そなたの答えはいつか聞く」

 

「勝手に次の約束すんな」

 

「友とは、そういうものではないのか」

 

「俺に友の定義を聞くな」

 

 陸王が口元を押さえている。

 

「だから笑うな」

 

「いや、吠君が友達について真剣に困ってるの、なかなか貴重で」

 

「小突くぞ」

 

「大奥、まだ消えきってないよ」

 

「……あとでな」

 

 家光はまた笑った。

 

 その身体が、光になり始める。

 

 鎧の粒子とは違う。もっとやわらかい。朝日が水面でほどけるような光だった。春日局も、女中たちも、襖も、柱も、天井の星図も、その光へ混ざっていく。

 

 芹亜は歌わなかった。

 

 ただ、胸に手を当てて、息を整えていた。その沈黙が、歌の代わりに大奥を包んでいるようだった。

 

 瑠衣は小さく頭を下げる。

 

「……家光」

 

 家光が彼女を見る。

 

「……欲しいって、言えた」

 

「ああ」

 

 家光は頷いた。

 

「そなたの言葉も、まぶしかった」

 

 瑠衣は返事をしなかった。けれど、縫蘇霊獣を抱える腕に少し力が入った。

 

 春日局が最後に、こちらへ頭を下げた。

 

「皆様。上様を――いえ、家光様をお聞きくださり、ありがとうございました」

 

 角乃が軽く会釈する。

 

「事件としては、なかなかハイクラスに難解だったわ」

 

「角乃さん、それ褒めてます?」

 

 芹亜が小声で言う。

 

「最大級に褒めているわ」

 

「分かりにくいねえ」

 

 禽次郎さんが笑う。

 

 春日局は、そのやり取りにほんの少しだけ目元を緩めた。

 

 城の輪郭がさらに薄くなる。

 

 足元の畳が光になる。けれど、落ちる感じはしない。俺たちの足元には、いつの間にか金色の襖へ続く道ができていた。最初にここへ入ってきた門だ。

 

 その襖も、もう形を保つので精一杯みたいに揺れている。

 

「遠野吠」

 

 家光の声が、遠くなる。

 

「何だ」

 

「よき立ち合いであった」

 

「……まあ、悪くはなかった」

 

「素直ではないな」

 

「うるせえ」

 

 女中の影は、もう見なかった。

 

 それが少しだけ寂しい気がした。いや、気のせいだ。あんなに見られて困ってたんだから、寂しいわけねえ。

 

 家光の姿が光にほどける。

 

 春日局がその隣で頭を下げたまま、同じ光へ溶けていく。大奥の襖が開き、閉じ、また光になった。長い廊下も、金屏風も、行灯も、女中の影も、城そのものが家光を追うように薄れていく。

 

 崩れない。

 

 壊れない。

 

 ただ、役目を終えた朝霧みたいに消えていく。

 

 最後に、家光の声だけが残った。

 

「さらばだ、友よ」

 

 俺はすぐには返せなかった。

 

 掌のライドウォッチが、静かに光る。

 

「……勝手に友にすんなっての」

 

 声は、思ったより小さく出た。

 

 でも、たぶん届いた。

 

 金色の襖が光になって閉じる。

 

 次の瞬間、俺たちは寺の境内に立っていた。

 

 朝でも夜でもない、妙な薄明かりの中だった。風が吹く。畳の匂いはもうしない。代わりに土と木と、いつもの寺の匂いがした。

 

 俺は手を開く。

 

 武神鎧武のライドウォッチが、そこに残っている。

 

 黒橙の光が一度だけ瞬いて、静かに眠った。

 

 陸王が横から覗き込む。

 

「友の証だね」

 

「言うな」

 

「……友」

 

 瑠衣がまた言う。

 

「繰り返すなって」

 

 芹亜が小さく笑った。角乃は扇で口元を隠す。竜儀は「いやさか」と低く呟き、禽次郎さんは茶でも飲むみたいにのんびり空を見上げている。

 

 俺はライドウォッチを握り直した。

 

 重い。

 

 けど、持てないほどじゃない。

 

 遠くで、寺の風鈴が鳴った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。