ナンバーワン戦隊ゴジュウジャーVSゴーストコンサート : missing Songs ユニバースライダー大戦 作:ボルメテウスさん
光がほどけていく。
ラトラーターの黄金が、立ち合いの間の空気から少しずつ抜けていった。さっきまで竜巻になって暴れていた風は、今は畳の上を撫でるだけだ。黒橙の回路は焦げ跡みたいに明滅し、宙に浮かんでいた行灯の輪も、ゆっくり元の火へ戻っていく。
俺の身体を覆っていた装甲が、粒になって散った。
赤も、黄も、緑も、手の甲から肩へ、胸から足元へ、細かい光になって剥がれていく。最後にトラクローの感触が指先から消えて、俺は自分の手を見下ろした。
握っても、もう爪はない。
けど、まだ熱は残っていた。
向こうでは、武神鎧武の鎧も消えかけていた。黒橙の甲冑が割れるんじゃなく、夜明け前の闇が薄まるみたいに静かにほどける。ブラッド大橙丸の輪郭が細くなり、刀身に走っていた光が畳の上へ落ちる。
家光は、片膝をついていた。
倒れちゃいない。手を畳について、肩で息をしている。敗けた奴の顔、というには変だった。悔しそうでも、苦しそうでもない。むしろ、長い廊下をようやく抜けたみたいな顔をしている。
俺は眉を寄せた。
「……何だよ、その顔」
家光が顔を上げる。
額に汗が浮かんでいる。けれど、その目は御簾の向こうにいた時よりずっと近かった。黒橙の粒子が頬の横を流れて、やがて消える。
「まぶしいものを見た後は、世が少し違って見える」
「目ぇやられただけじゃねえのか」
「それもあるやもしれぬ」
「そこ乗るのかよ」
陸王が後ろで小さく笑った。
春日局は一歩踏み出しかけて、止まっていた。手には扇。けど、開かない。彼女は家光の膝元へ駆け寄ることも、俺を咎めることもしなかった。ただ、閉じた扇を両手で握り、家光を見ている。
さっきまで何度も場を正していた人が、今は場の方を見ていない。
家光だけを見ていた。
家光の手の中に、黒橙の光が残る。
武神鎧武のライドウォッチだった。
戦いの余韻を閉じ込めたみたいに、表面が弱く明滅している。ほんの一瞬、そこにブラッド大橙丸の軌跡と、俺のトラクローが起こした黄金の竜巻が重なって見えた。
家光はそれを見つめ、それから俺へ差し出した。
「遠野吠」
「何だよ」
「受け取れ」
「勝ったからって押しつけんな」
「これは、勝者へ渡すものではない」
家光の指は震えていなかった。
光を失いかけたライドウォッチを持つ手が、まっすぐ俺へ向いている。
「余と立ち合った友へ託すものだ」
空気が一拍、止まった。
「友って……急に重てえな」
「そなたは重さを嫌いながら、落ちそうなものは拾う」
「拾った覚えねえよ」
「今も拾った」
家光の視線が、俺の手元へ落ちる。
さっきまで何かを掴めと怒鳴っていた手。誰かの答えを代わりに持つんじゃなく、自分で欲しがれと叫んだ手。
俺は舌打ちしかけて、やめた。
「……勝手に美談にすんなよ」
「美談にしておけば、後世の覚えもよかろう」
「やめろ。妙な話に残すな」
「もう十分妙だよ、吠君」
陸王が笑う。
「時を超えた将軍に友認定される脱出係。なかなかないね」
「脱出係ってとこ強調すんな」
「ハイクラスに珍しい事例ね」
角乃が扇を閉じたまま言う。さっきまで戦闘を観察していた目が、今は完全に事件後の整理に入っている。
「ただし、友という表現は妥当かもしれないわ」
「お前まで乗るな」
「……友」
瑠衣が小さく繰り返した。
「繰り返すな」
瑠衣は縫蘇霊獣を抱えたまま、少しだけ首を傾げた。
「……違う?」
「違うっていうか、急なんだよ」
「……でも、受け取る」
「まだ受け取ってねえ」
言いながら、俺は手を伸ばしていた。
雑に掴もうとして、家光の手前で少し止まる。
何となく、雑に取る気になれなかった。
指先でライドウォッチの縁を受ける。黒橙の光が俺の掌へ移った瞬間、畳の回路が一度だけ脈打った。立ち合いの間に、さっきの剣戟が薄い影みたいに浮かぶ。ブラッド大橙丸の静かな太刀筋。トラクローの爪痕。黄金の竜巻。家光の問い。
全部、ほんの一瞬で消えた。
残ったのは、小さな重みだけだった。
「重てえな、やっぱ」
「持てぬほどではあるまい」
「そういう話じゃねえ」
家光はわずかに笑った。
その笑い方を見て、春日局の肩が少し下がった。長く張っていた糸が、切れずに緩んだみたいだった。
「上様……いえ」
春日局が言い直す。
その言い直しに、家光が目を向けた。
「家光様」
春日局は深く頭を下げた。
「御心、しかと承りました」
家光はしばらく彼女を見ていた。
閉じられた扇。畳に落ちる影。言葉を遮らず、ただ待っている姿。
「春日」
「はい」
「長く、世話をかけた」
「それが、私の務めでございました」
春日局はそう言ってから、ほんの少しだけ口元を結び直した。
「そして、私の願いでもございました」
家光の目元がゆるむ。
立ち合いの間の黒橙の光が、少しずつ白金へ変わっていった。戦場みたいだった広間の気配が抜けていく。刀を鞘に収めた後の静けさに似ていた。いや、俺は刀なんか使わねえけど、たぶんそんな感じだ。
家光がゆっくり立ち上がった。
よろめきはあった。けど、春日局は手を伸ばさない。伸ばしかけて、止めた。家光は自分の足で立った。
「この地は、約定どおりそなたらへ渡す」
奥座敷の方から、襖が淡く光る。金屏風に差していた陰がほどけ、畳の目に走る回路が白金に染まっていく。
「上様、それでは正式な文言を――」
春日局が言いかける。
「よい、春日」
家光は首を振った。
「今は家光の言葉で渡す」
春日局は扇を膝の上へ置いた。
何も言わない。
芹亜が静かに頭を下げる。歌う前みたいに、胸の奥で息を整えている。けれど歌わない。今は、家光の言葉を聞く時だと分かっているみたいだった。
瑠衣も小さく頭を下げた。縫蘇霊獣がその腕の中で丸くなる。
「……自分で、言った」
瑠衣の声は本当に小さかった。
でも、家光には届いたらしい。
「ああ。家光が言った」
それだけで、部屋の空気がまた変わった。
大奥の空気は、最初からずっと誰かを型にはめようとしていた。声の大きさ、足音、座り方、息の仕方まで。けど今、襖の向こうから流れてくる光は、型を溶かしていくようだった。
家光が俺を見る。
「遠野吠。時も世も違うが、そなたは余の友だ」
「だから勝手に友にすんな」
「照れてるね」
「照れてねえ」
陸王へ振り向きかけると、角乃がすかさず入った。
「吠、声」
「……照れてねえです」
「変な敬語になってるわ」
「うるせえ」
女中の影が見た。
「……うるさくありません」
家光が声を出して笑った。
今度の笑いは、御簾の奥にこもらなかった。畳を渡って、行灯の火を揺らし、消えかけた星図の線まで震わせた。春日局が少しだけ目を伏せる。怒っているわけじゃない。止めないために、目を伏せたように見えた。
その時、城が鳴った。
崩れる音じゃない。
遠くで、長い廊下の襖が一枚ずつ開いていくような音だった。大奥の壁が淡く透け始める。金の襖、畳、行灯、女中の影。全部が朝霧に日が差すみたいに、輪郭から薄くなる。
「……消える」
瑠衣が呟いた。
「家光様の御心が定まり、この領域も役目を終えたのでしょう」
芹亜が静かに言う。
「というか、城ごと成仏って規模がでかすぎねえか」
「将軍様だからねえ」
禽次郎さんが笑う。
「そういうもんなのか?」
「いやさか。想いが形を成した城ならば、想いが昇る時、城もまた従うのでしょう」
竜儀が真面目に言う。こういう時の竜儀の言葉は妙にしっくり来るから困る。
春日局の身体も、淡く光り始めていた。
彼女は驚かない。自分の袖の先が透けていくのを見ても、静かに家光の隣へ立った。
「春日」
「はい、家光様」
もう、言い直さない。
家光は少しだけ笑った。
「そなたにも、長く縛られたものがあったな」
「縛ったつもりで、私もまた縛られておりました」
春日局は頭を下げる。
「けれど、最後にお声を聞けました」
家光は何も返さなかった。
ただ、春日局の方へわずかに顔を向けた。それだけで、十分だったんだろう。春日局の表情は、扇で隠されなかった。隠す必要が、もうなかったのかもしれない。
女中の影たちが一斉に頭を下げた。
同じ角度。同じ間。
けれど、最初に見た時の不気味な揃い方とは違った。今は、規律が歩いているんじゃない。見送っているように見えた。
畳の上に、傷跡が光る。
ブラッド大橙丸がつけた線。俺のトラクローが削った跡。竜巻の中心に残った丸い焦げ。全部が一度だけ白く光り、それから消えた。
本当に終わるんだな、と思った。
俺はライドウォッチを握った。
掌の中で、武神鎧武の光が静かに脈打つ。
「吠」
家光が呼ぶ。
「何だよ」
「世が違っても、友は友であろう?」
「知らねえよ。俺に聞くな」
「ならば、そなたの答えはいつか聞く」
「勝手に次の約束すんな」
「友とは、そういうものではないのか」
「俺に友の定義を聞くな」
陸王が口元を押さえている。
「だから笑うな」
「いや、吠君が友達について真剣に困ってるの、なかなか貴重で」
「小突くぞ」
「大奥、まだ消えきってないよ」
「……あとでな」
家光はまた笑った。
その身体が、光になり始める。
鎧の粒子とは違う。もっとやわらかい。朝日が水面でほどけるような光だった。春日局も、女中たちも、襖も、柱も、天井の星図も、その光へ混ざっていく。
芹亜は歌わなかった。
ただ、胸に手を当てて、息を整えていた。その沈黙が、歌の代わりに大奥を包んでいるようだった。
瑠衣は小さく頭を下げる。
「……家光」
家光が彼女を見る。
「……欲しいって、言えた」
「ああ」
家光は頷いた。
「そなたの言葉も、まぶしかった」
瑠衣は返事をしなかった。けれど、縫蘇霊獣を抱える腕に少し力が入った。
春日局が最後に、こちらへ頭を下げた。
「皆様。上様を――いえ、家光様をお聞きくださり、ありがとうございました」
角乃が軽く会釈する。
「事件としては、なかなかハイクラスに難解だったわ」
「角乃さん、それ褒めてます?」
芹亜が小声で言う。
「最大級に褒めているわ」
「分かりにくいねえ」
禽次郎さんが笑う。
春日局は、そのやり取りにほんの少しだけ目元を緩めた。
城の輪郭がさらに薄くなる。
足元の畳が光になる。けれど、落ちる感じはしない。俺たちの足元には、いつの間にか金色の襖へ続く道ができていた。最初にここへ入ってきた門だ。
その襖も、もう形を保つので精一杯みたいに揺れている。
「遠野吠」
家光の声が、遠くなる。
「何だ」
「よき立ち合いであった」
「……まあ、悪くはなかった」
「素直ではないな」
「うるせえ」
女中の影は、もう見なかった。
それが少しだけ寂しい気がした。いや、気のせいだ。あんなに見られて困ってたんだから、寂しいわけねえ。
家光の姿が光にほどける。
春日局がその隣で頭を下げたまま、同じ光へ溶けていく。大奥の襖が開き、閉じ、また光になった。長い廊下も、金屏風も、行灯も、女中の影も、城そのものが家光を追うように薄れていく。
崩れない。
壊れない。
ただ、役目を終えた朝霧みたいに消えていく。
最後に、家光の声だけが残った。
「さらばだ、友よ」
俺はすぐには返せなかった。
掌のライドウォッチが、静かに光る。
「……勝手に友にすんなっての」
声は、思ったより小さく出た。
でも、たぶん届いた。
金色の襖が光になって閉じる。
次の瞬間、俺たちは寺の境内に立っていた。
朝でも夜でもない、妙な薄明かりの中だった。風が吹く。畳の匂いはもうしない。代わりに土と木と、いつもの寺の匂いがした。
俺は手を開く。
武神鎧武のライドウォッチが、そこに残っている。
黒橙の光が一度だけ瞬いて、静かに眠った。
陸王が横から覗き込む。
「友の証だね」
「言うな」
「……友」
瑠衣がまた言う。
「繰り返すなって」
芹亜が小さく笑った。角乃は扇で口元を隠す。竜儀は「いやさか」と低く呟き、禽次郎さんは茶でも飲むみたいにのんびり空を見上げている。
俺はライドウォッチを握り直した。
重い。
けど、持てないほどじゃない。
遠くで、寺の風鈴が鳴った。