「壊せる者は、壊さない」   作:東洋コッペ

12 / 35
第12話「違和」

変化は、すぐに現れた。

 

違和感はない。むしろ、妙に馴染む。

 

視界の端に浮かぶ数値は、確かに初期値へ戻っている。

 

——Lv.1

 

スキルは使えない。これまで当たり前にあった選択肢が、綺麗に消えている。

 

だが、身体の軽さは失われていない。動きはむしろ滑らかで、呪力の通りも良い。余計な抵抗が消え、純度だけが残ったような感覚だった。

 

「これ、低級の掃除ね」

 

軽い声でそう言って、資料を差し出すのは五条悟だった。

 

「分かった」

 

短く返し、そのまま歩き出す。

 

 

夜のビル街。灯りの落ちた区域。結界の内側に入った瞬間、淀んだ気配が三つほど引っかかる。

 

質は低い。止まる理由にはならない。

 

踏み込む。距離を一気に詰める。

 

一体目は反応すらできずに崩れ、そのまま流れるように次へ移る。位置をわずかにずらして角度を作り、二体目も同じ軌道で処理する。

 

三体目だけ、ほんのわずかに反応が早い。だが、それだけだ。踏み込みを深くして逃げ場を潰し、間合いごと押し切る。

 

静寂が戻る。

 

数秒。

 

それだけで終わる。

 

 

——Lv.3

 

 

数値の伸びは遅い。以前と比べれば効率は落ちている。

 

だが、不満はない。

 

(ちょうどいい)

 

一つずつ積み上がる感覚が、むしろはっきりしている。

 

 

高専に戻ると、いつもの空気が流れている。完全な静寂ではないが、どこか落ち着いた密度。

 

「どうだった?」

 

声をかけてきたのは秤金次だった。

 

「普通」

 

そう返すと、横で星綺羅羅が小さく笑う。

 

「普通って顔じゃないよね」

 

「前より速いぞ、お前」

 

秤も続ける。

 

自覚はある。動きも判断も、確実に洗練されている。

 

「問題ない」

 

「そういう問題じゃねぇんだけどな」

 

軽く流されるが、それ以上は踏み込まれない。

 

 

帰り際、校内の空気に少しだけ違和感が混じる。新しい気配。まだ馴染んでいない。

 

「一年だ」

 

秤の一言で十分だった。

 

 

開けた場所に三人。

 

視線が集まる。観察と評価が混ざった、少しだけ鋭い空気。

 

「……あんたが例の?」

 

口を開いたのは禪院真希だった。

 

「そう」

 

「強いの?」

 

「普通」

 

即答すると、パンダが笑う。

 

「絶対嘘だろ」

 

その横で狗巻棘が小さく呟く。

 

「しゃけ」

 

肯定のニュアンス。

 

 

「やるか?」

 

真希が一歩前に出る。

 

「いいよ」

 

迷いはない。

 

 

踏み込みは速い。無駄もない。

 

だが、見える。

 

軌道を外し、重心をずらして空振らせる。そのまま内側に入り、打撃を通す。受けられるが、そのまま流れで押し込む。

 

崩れるほどではない。だが、止まる。

 

 

数手の応酬。

 

速さも重さもあるが、処理は追いつく。ズレが見える。埋めるだけでいい。

 

流れが止まる。

 

「……おかしいな」

 

真希が眉をひそめる。

 

「普通じゃねぇ」

 

パンダも続ける。

 

「おかか」

 

棘が頷く。

 

 

「面白いな」

 

真希が笑う。視線が変わる。

 

「今度ちゃんとやろうぜ」

 

「いいよ」

 

短く返す。

 

 

少し離れた場所。

 

「まあ、そうなるよな」

 

秤がため息混じりに言う。

 

「説明する?」

 

綺羅羅が視線を向ける。

 

「するしかねぇだろ」

 

 

三人の前に出る。

 

「お前ら、勘違いしてる」

 

秤が口を開く。

 

空気が少し締まる。

 

「そいつ、今レベル1だぞ」

 

一拍。

 

「……は?」

 

真希が眉をひそめる。

 

「どういう意味だ」

 

パンダも真剣な顔になる。

 

棘も無言で見ている。

 

 

「転職したんだよ。レベルはリセット」

 

秤が続ける。

 

「身体と呪力はそのまま。スキルだけ消えてる」

 

 

沈黙。

 

理解が追いつくまでの、短い間。

 

「……なるほどな」

 

真希がゆっくり頷く。

 

「今のは素ってことか」

 

「そういうこと」

 

秤が返す。

 

 

「それであの動きはおかしいだろ」

 

パンダが呟く。

 

「おかしいよ」

 

秤が笑う。

 

「しゃけ」

 

棘が同意する。

 

 

「面白いな」

 

真希が一歩前に出る。

 

「じゃあ尚更だ」

 

視線が強くなる。

 

「ちゃんとやろうぜ」

 

「いいよ」

 

 

「完全に目つけられたね」

 

綺羅羅が小さく言う。

 

「だな」

 

秤が笑う。

 

「めんどくせぇことになった」

 

そう言いながらも、どこか楽しそうだった。

 

 

夜。

 

一人になる。

 

静かな場所で、手を開いて閉じる。

 

スキルはない。選択肢も少ない。

 

それでも、身体は動く。呪力も流れる。

 

(これでいい)

 

基礎だけが残っている。

 

積み上げてきたものは消えていない。形を変えて、芯として残っている。

 

レベルはまた上がる。

 

だが、今回は違う。

 

ただ増やすのではなく、制御できる形で積み上げる。

 

止まらないために。

 

壊れないために。

 

その先へ進むために。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。