変化は、すぐに現れた。
違和感はない。むしろ、妙に馴染む。
視界の端に浮かぶ数値は、確かに初期値へ戻っている。
——Lv.1
スキルは使えない。これまで当たり前にあった選択肢が、綺麗に消えている。
だが、身体の軽さは失われていない。動きはむしろ滑らかで、呪力の通りも良い。余計な抵抗が消え、純度だけが残ったような感覚だった。
「これ、低級の掃除ね」
軽い声でそう言って、資料を差し出すのは五条悟だった。
「分かった」
短く返し、そのまま歩き出す。
⸻
夜のビル街。灯りの落ちた区域。結界の内側に入った瞬間、淀んだ気配が三つほど引っかかる。
質は低い。止まる理由にはならない。
踏み込む。距離を一気に詰める。
一体目は反応すらできずに崩れ、そのまま流れるように次へ移る。位置をわずかにずらして角度を作り、二体目も同じ軌道で処理する。
三体目だけ、ほんのわずかに反応が早い。だが、それだけだ。踏み込みを深くして逃げ場を潰し、間合いごと押し切る。
静寂が戻る。
数秒。
それだけで終わる。
⸻
——Lv.3
⸻
数値の伸びは遅い。以前と比べれば効率は落ちている。
だが、不満はない。
(ちょうどいい)
一つずつ積み上がる感覚が、むしろはっきりしている。
⸻
高専に戻ると、いつもの空気が流れている。完全な静寂ではないが、どこか落ち着いた密度。
「どうだった?」
声をかけてきたのは秤金次だった。
「普通」
そう返すと、横で星綺羅羅が小さく笑う。
「普通って顔じゃないよね」
「前より速いぞ、お前」
秤も続ける。
自覚はある。動きも判断も、確実に洗練されている。
「問題ない」
「そういう問題じゃねぇんだけどな」
軽く流されるが、それ以上は踏み込まれない。
⸻
帰り際、校内の空気に少しだけ違和感が混じる。新しい気配。まだ馴染んでいない。
「一年だ」
秤の一言で十分だった。
⸻
開けた場所に三人。
視線が集まる。観察と評価が混ざった、少しだけ鋭い空気。
「……あんたが例の?」
口を開いたのは禪院真希だった。
「そう」
「強いの?」
「普通」
即答すると、パンダが笑う。
「絶対嘘だろ」
その横で狗巻棘が小さく呟く。
「しゃけ」
肯定のニュアンス。
⸻
「やるか?」
真希が一歩前に出る。
「いいよ」
迷いはない。
⸻
踏み込みは速い。無駄もない。
だが、見える。
軌道を外し、重心をずらして空振らせる。そのまま内側に入り、打撃を通す。受けられるが、そのまま流れで押し込む。
崩れるほどではない。だが、止まる。
⸻
数手の応酬。
速さも重さもあるが、処理は追いつく。ズレが見える。埋めるだけでいい。
流れが止まる。
「……おかしいな」
真希が眉をひそめる。
「普通じゃねぇ」
パンダも続ける。
「おかか」
棘が頷く。
⸻
「面白いな」
真希が笑う。視線が変わる。
「今度ちゃんとやろうぜ」
「いいよ」
短く返す。
⸻
少し離れた場所。
「まあ、そうなるよな」
秤がため息混じりに言う。
「説明する?」
綺羅羅が視線を向ける。
「するしかねぇだろ」
⸻
三人の前に出る。
「お前ら、勘違いしてる」
秤が口を開く。
空気が少し締まる。
「そいつ、今レベル1だぞ」
一拍。
「……は?」
真希が眉をひそめる。
「どういう意味だ」
パンダも真剣な顔になる。
棘も無言で見ている。
⸻
「転職したんだよ。レベルはリセット」
秤が続ける。
「身体と呪力はそのまま。スキルだけ消えてる」
⸻
沈黙。
理解が追いつくまでの、短い間。
「……なるほどな」
真希がゆっくり頷く。
「今のは素ってことか」
「そういうこと」
秤が返す。
⸻
「それであの動きはおかしいだろ」
パンダが呟く。
「おかしいよ」
秤が笑う。
「しゃけ」
棘が同意する。
⸻
「面白いな」
真希が一歩前に出る。
「じゃあ尚更だ」
視線が強くなる。
「ちゃんとやろうぜ」
「いいよ」
⸻
「完全に目つけられたね」
綺羅羅が小さく言う。
「だな」
秤が笑う。
「めんどくせぇことになった」
そう言いながらも、どこか楽しそうだった。
⸻
夜。
一人になる。
静かな場所で、手を開いて閉じる。
スキルはない。選択肢も少ない。
それでも、身体は動く。呪力も流れる。
(これでいい)
基礎だけが残っている。
積み上げてきたものは消えていない。形を変えて、芯として残っている。
レベルはまた上がる。
だが、今回は違う。
ただ増やすのではなく、制御できる形で積み上げる。
止まらないために。
壊れないために。
その先へ進むために。