「壊せる者は、壊さない」   作:東洋コッペ

13 / 35
第13話「怪物」

違和感は、最初からあった。

 

「合同訓練?」

 

秤が面倒そうに口を開くと、五条は軽く頷いた。

 

「そう。一年と顔合わせも兼ねてね。まあ、ちょっと特殊なのもいるから気をつけて」

 

軽い口調。

だが、“特殊”という言い方だけが、妙に引っかかる。

 

それだけで済ませるには、少し含みがある。

 

遊真は深くは聞かない。どうせ見れば分かる。そう判断しただけだった。

 

 

訓練場へ向かう。

 

空気はいつもと同じはずなのに、わずかに違うものが混じっている。

 

馴染んでいない気配。

濃く、重く、押し切れていない何か。

 

視線を向けると、すでに一年の姿があった。

 

真希、パンダ、棘。見覚えのある三人。

そして、少し離れた位置に、もう一人。

 

落ち着かない視線。揺れる重心。

地に足がついていない立ち方。

 

第一印象は、弱い。

 

だが、その認識は一瞬で崩れる。

 

呪力が溢れている。抑えきれていない。

身体の外に、そのまま漏れ出している。

 

量が異常だった。

 

ただ立っているだけで、周囲の空気が沈む。

 

密度が違う。質も違う。

 

「……」

 

遊真の視線が止まる。

 

普通じゃない。

 

「あの……よろしく、お願いします。乙骨憂太です」

 

震えた声で名乗る。

 

視線も定まらない。だが、その奥にあるものは別だ。

 

底が見えない。

 

制御されていないだけの、純粋な“量”。

 

それが、そのまま外に漏れている。

 

 

五条が手を叩く。

 

「じゃあ軽くやろうか。怪我しない程度にね」

 

軽い言い方だったが、その言葉だけが場に残る。

この相手に加減が成立するのか、という疑問が消えないまま距離が詰まる。

 

 

最初に動いたのは真希だった。

地面を踏み切り、沈み込みから一気に加速する。低い重心のまま一直線に間合いへ入り、そのまま次の打撃へ繋げる構えまで完成している。

 

だが、間合いに入る直前で空気が変わった。

 

押し返されるような圧が前に出る。

乙骨の肩が震え、視線が揺れ、呼吸が崩れる。

 

「来ないで……!」

 

その言葉と同時に、内側に収まっていた呪力が一気に外へ溢れた。

圧が広がり、空気が沈み、地面の砂がわずかに浮く。

 

「リカちゃん……!」

 

呼びかけに応じるように、背後の空間が歪む。

 

 

“それ”が現れる。

 

人の形をなぞりながら、密度だけが異様に濃い呪力の塊。

出現した瞬間、周囲の空気が一段深く沈み、呼吸が重くなる。

 

 

リカが腕を振る。

 

予備動作はほとんどない。振り抜く直前に空間が押し広げられ、そのまま衝撃が走る。

 

真希は踏み込みを切り替え、身体を横に流すことで直撃を外す。

だが圧を完全には逃がしきれず、衝撃が側面をかすめ、そのまま身体が弾かれて地面を滑る。

 

 

パンダが割って入る。

正面から踏み込み、腕を交差させて受けるが、衝撃はそのまま押し込まれる形で乗る。

 

踏み込んだ足が沈み、地面が割れる。

押し返すことはできず、受け止めるだけで精一杯になる。

 

「……っ、重い!」

 

力の向きが一方的に上から乗る。

支えること自体が限界に近い。

 

 

狗巻が一歩前に出る。

喉を押さえ、息を整えた上で声を放つ。

 

「止まれ!」

 

呪言が空気ごとリカの動きを縛る。

一瞬だけ、動きが止まる。

 

だが拘束が軋む。

内側から押し広げるようにして呪言を引き剥がし、再び動き出す。

 

完全には止められていない。

ただ一瞬、遅らせただけだ。

 

 

遊真が踏み込む。

 

状況を見て判断を切り替える。

攻めではなく、止める側に回る。

 

一直線に距離を詰め、間合いに入る直前でリカの気配がこちらに向く。

 

視線が合う。

 

次の瞬間、腕が振られる。

 

来ると理解した時には、すでに間合いの内側に入っている。

回避の選択肢が成立しない距離。

 

衝撃が胸に入る。

 

身体が浮き、空中で姿勢が崩れる。

そのまま地面に叩きつけられる。

 

 

肺から空気が抜ける。

 

呼吸が止まり、視界が白く染まる。

音が一瞬遅れて戻ってくる。

それでも、遊真は身体を起こす。

 

肺に残った空気を吐き出し、呼吸を整えながら視線を上げる。

ダメージはある。だが動ける範囲に収まっている。

 

問題はそこじゃない。

 

 

もう一度踏み込む。

 

今度は合わせる。

呼吸、気配、圧の流れ。そのすべてを観て、噛み合わせる。

 

踏み込みのタイミングを半歩ずらし、衝突の瞬間をずらす。

そのまま内側へ入り込み、拳を叩き込む。

 

確かな手応えがある。

衝撃は通っている。

 

だが。

 

止まらない。

 

流れが途切れない。

 

押し返すどころか、圧の中に飲み込まれる感覚が残る。

 

 

「やめて……!」

 

乙骨の声が震える。

 

「リカちゃん、やめて……!」

 

制御しようとしている。

だが、力の方がそれを上回っている。

 

リカが再び動く。

 

今度は連続。

 

一撃目を外す。身体を捻り、軌道を逸らす。

だが、その回避に合わせて次の動きが重なる。

 

二撃目。

 

逃げきれない。

 

衝撃が正面から入る。

 

身体が沈み、足が地面に食い込む。

姿勢を保てない。

 

その状態で、はっきりと理解する。

 

勝てない。

 

技術ではない。

読みでもない。

 

純粋な出力と密度の差。

 

積み上げでは届かない領域。

 

「はい、そこまで」

 

五条の声が割り込む。

 

空気が一瞬で切り替わる。

 

張り詰めていた圧が抜ける。

リカの気配が消え、重さが消える。

 

呼吸が戻る。

 

空間が、元に戻る。

 

乙骨がその場に崩れ落ちる。

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

声が震えている。

視線も定まらない。

 

完全に制御できていない。

 

だが。

 

あの力は本物だ。

 

少し離れた場所で、秤が息を吐く。

 

「……なんだよあれ」

 

綺羅羅が静かに言葉を重ねる。

 

「別枠だね。あれは」

 

真希が立ち上がり、砂を払う。

 

「化け物か」

 

短い一言。だが評価は揃っている。

 

遊真はゆっくりと身体を起こす。

 

痛みは残っているが、動きに支障はない。

視線を乙骨へ向ける。

 

怯えている。

だが、その奥にある力は揺らいでいない。

 

圧倒的な量。

制御されていないまま存在している純粋な暴力。

 

自分とは違う種類の強さ。

 

積み上げた結果ではなく、最初からそこにあるもの。

 

「……いいな」

 

小さく呟く。

 

羨望でも、恐れでもない。

ただ純粋な評価。

 

秤が振り向く。

 

「は?」

 

遊真は視線を逸らさずに続ける。

 

「上がいる」

 

それだけだった。

 

 

初めて、自分より上の存在を明確に認識する。

 

距離がある。差がある。

 

だが。

 

測れる。

 

届かないとは思わない。

 

その瞬間から。

 

遊真は、その距離を詰めるための思考に入っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。