違和感は、もう誤魔化せなかった。
最初は、小さなズレだった。
任務が増えている。
移動の間隔が短くなっている。
休む時間が減っている。
それだけのはずだった。
だが、気づけば違う。
任務の“数”ではない。
選び方が変わっている。
自分で、増やしている。
より効率のいい場所へ。
より上がりやすい対象へ。
無意識ではない。
完全に、意識的に。
理由は単純だった。
(足りない)
それだけだ。
⸻
夜の路地裏。
狭い空間。
逃げ場の少ない構造。
倒れた呪詛師を見下ろす。
動かない。
息もない。
周囲に気配は残っていない。
完全に終わっている。
静かだ。
音がない。
呼吸の音だけが、わずかに響く。
その静けさの中で。
身体がわずかに軽くなる感覚があった。
理解している。
これは。
レベルが上がった感覚。
そして、その原因も。
(人間)
呪霊ではない。
明確に。
上がり方が違う。
効率が違う。
それを。
理解した上で。
選んでいる。
「……」
小さく息を吐く。
躊躇はない。
迷いもない。
ただ。
確認するだけ。
⸻
その時だった。
背後。
気配。
近い。
振り向く。
そこにいたのは、秤金次 だった。
表情は硬い。
今まで見たことがないほど。
「やっぱり来てたか」
低い声。
感情が抑えられている。
「任務だ」
短く答える。
だが。
「嘘つけ」
即答だった。
一切の迷いもなく。
視線が足元に落ちる。
転がる死体。
さっきまで生きていた人間。
「……またか」
低く呟く。
空気が、重くなる。
「分かってんだろ、それ」
「分かってる」
短く返す。
理解している。
何をしているのか。
どう見られるのか。
その結果、どうなるのか。
すべて。
「効率いいんだろ」
「いい」
否定しない。
できない。
事実だから。
その瞬間。
空気が変わる。
「ふざけんなよ」
秤の声が沈む。
怒りが混じる。
「分かっててやってんのか?」
「分かってる」
「じゃあなんでやってんだよ」
問い。
だが。
答えは最初から決まっている。
「強くなるため」
迷いなく言う。
一切のブレもなく。
それが、すべてだから。
秤の表情が歪む。
次の瞬間。
踏み込んでいた。
拳。
速い。
重い。
だが。
見える。
受ける。
捌く。
距離を取る。
「それが違うって言ってんだよ!」
連撃。
間を詰める。
圧が強い。
だが。
対応できる。
「何が違う」
冷静に返す。
「全部だよ!」
さらに踏み込む。
「お前、もうおかしいって分かんねぇのか?」
打撃。
入る。
衝撃。
身体が揺れる。
だが。
意識は揺れない。
「効率がいい」
同じ言葉を繰り返す。
「より早く強くなれる」
「その結果どうなるか分かってんのかって聞いてんだよ!」
拳が重くなる。
止めようとしている。
殴ってでも。
止めるために。
「壊れる」
先に答える。
「それでもいい」
空気が止まる。
完全に。
「……は?」
秤の動きが止まる。
理解が追いつかない。
「それでもいい、だと?」
「強くなるなら」
迷いはない。
一切。
「それ以外は優先度が低い」
その言葉が落ちる。
重く。
冷たく。
次の瞬間。
これまでで一番重い一撃が叩き込まれる。
衝撃。
身体が揺れる。
足がずれる。
それでも。
倒れない。
「それでいいわけねぇだろ!」
叫ぶ。
感情が露わになる。
「お前、何のために戦ってんだよ!」
一瞬。
思考が止まる。
だが。
答えは変わらない。
「強くなるため」
それだけ。
それ以外は、ない。
秤の顔から、表情が消える。
怒りも。
焦りも。
すべて。
抜け落ちる。
「……もういい」
低く言う。
「お前、止まらねぇな」
「止まらない」
「だろうな」
小さく笑う。
乾いた笑い。
「じゃあ勝手にしろ」
冷たく言い放つ。
「ただし」
一瞬、間。
「取り返しつかなくなったら、ぶっ飛ばしてでも止める」
それだけ言う。
背を向ける。
去る。
止めない。
止める理由がない。
⸻
高専に戻る。
空気が違う。
ざわついている。
落ち着かない。
何かが起きている。
「来てる」
誰かが呟く。
その意味を理解するより先に。
気配を感じる。
重い。
濃い。
そして。
歪んでいる。
視線を向ける。
そこに立っていた。
夏油傑。
穏やかな笑み。
柔らかい表情。
だが。
その奥。
完全に別物。
冷たい。
底がない。
周囲には呪霊。
無数ではない。
だが。
質が違う。
そして。
対峙するように立つ。
五条悟。
空気が張り詰める。
誰も動かない。
動けない。
「久しぶりだね」
夏油が言う。
穏やかに。
何も変わっていないかのように。
五条が息を吐く。
「……ほんとにな」
軽い口調。
だが。
その奥。
確実に感情がある。
一瞬の静寂。
そして。
夏油が口を開く。
「今日は宣言に来た」
穏やか。
だが。
内容は違う。
「我々は、非術師を殲滅する」
空気が凍る。
一瞬で。
誰も動けない。
「呪術師だけの世界を作るためにね」
静かに。
淡々と。
「邪魔をするなら、排除する」
その言葉が落ちる。
重く。
確実に。
五条が視線を落とす。
ほんのわずか。
「……本気か」
「もちろん」
即答。
迷いなし。
完全な意思。
五条が目を細める。
「じゃあ、止めるしかねぇな」
その一言で。
空気が変わる。
戦闘の気配。
だが。
夏油は笑ったまま。
「できるなら、やってみるといい」
それだけ言う。
背を向ける。
去る。
止める者はいない。
止められない。
そのまま。
気配が消える。
残された静寂。
誰も言葉を発さない。
⸻
遊真は、その光景を見ていた。
圧倒的な存在。
明確な敵。
そして。
その先にある戦い。
「……いいな」
小さく呟く。
秤の言葉が残る。
壊れる。
分かっている。
理解している。
それでも。
「関係ない」
静かに言う。
世界が動いている。
大きく。
確実に。
なら。
自分も動く。
その中心へ。
踏み込むために。
強くなる。
それだけで、十分だった。