京都に入った瞬間、空気の質が変わった。
ただ濃いだけではない。重く絡みつくような呪力が街全体に広がり、呪霊と呪詛師の気配が混ざり合っている。地面に立っているはずなのに、どこか足場が不安定に感じる。均衡が崩れた場所特有の違和感だった。
任務は殲滅。
東京側は散開するが、遊真は最初から一人で進む。止める理由がない。それだけで十分だった。
最初の呪霊を捉える。踏み込みと同時に間合いへ入り、核へ打撃を通す。一撃で終わる。動きを止めず、そのまま次の気配へ繋ぐ。
今度は呪詛師。
反応より先に距離を詰め、構えを崩し、そのまま処理する。余計な動きはない。判断も思考もほとんど介在しない。身体が最短の流れを選び続けている。
倒すたびに身体が軽くなる。感覚が研ぎ澄まされていく。やはり効率がいい。その認識が、他の考えを押し流していく。
止まる理由がない。
次を探す。見つける。倒す。
繰り返す。
レベルが上がる。
確実に。
そして、敵の質が変わる。
視界の端に入った“それ”で、空気が歪む。密度が明らかに違う。一歩踏み出しただけで、地面がわずかに軋む。
特級呪霊。
人型に近いが輪郭が揺らぎ、身体の一部が霧のように崩れている。その内側で、別の何かが蠢いている。
「……強いな」
評価だけを残し、踏み込む。
距離を詰めた瞬間、呪霊の身体が膨張する。空間が引き伸ばされ、足元が崩れる。
「——墜ちろ」
地面が裂ける。拘束と落下を同時に発生させる術式。
だが、発動の“間”が見える。
踏み切る。崩れる前に地面を蹴り、歪みごと飛び越える。そのまま間合いへ侵入し、打撃を叩き込む。
感触が抜ける。
霧のように分散し、拳が通る。
直後、背後に気配が移る。
振り向く前に、刃へと変質した腕が振り下ろされる。完全には避けきれず、肩を浅く裂かれる。
だが、止まらない。
体勢を崩さず踏み直し、再び距離を詰める。
霧状に拡散する中でも、核だけは動いていない。その一点を捉える。
「そこか」
踏み込みと同時に、呪力を打撃へ乗せる。外側ではなく、内部へ通す形。
「砕け」
直撃。手応えが変わる。
核に届く。
呪霊が歪む。怒りのような圧が広がり、空間が固まる。
「——縛れ」
見えない壁が形成され、動きを封じる。同時に、無数の刃が空間から生まれる。
防がない。
足へ呪力を集中し、拘束そのものを“割る”。強引に踏み出す。刃が身体をかすめ、血が飛ぶが、動きは止まらない。
一気に距離を詰める。
「終わり」
核へ再度打撃を叩き込む。呪力を流し込み、内側から破壊する。
呪霊が崩れ、消える。
静寂が戻る。
身体が軽くなる。レベルが上がる。
だが、止まらない。
そのまま次へ向かう。
二体目はさらに異質だった。
姿が見えない。だが、確実に“いる”。気配が空間全体に広がり、輪郭を持たない圧として存在している。
次の瞬間、視界がねじれる。
上下左右の感覚が崩れ、位置の認識が狂う。
「……領域系か」
完全ではないが、それに近い術式。
背後からの攻撃を外すが、次は前。わずかに判断が遅れ、衝撃を受ける。
身体が弾かれる。
「面倒だな」
立ち上がる。
視界は歪んだまま。
だが、問題はない。
見えないだけで、位置は消えていない。呪力の流れは残っている。
呼吸を整え、余計な情報を切る。
残すのは位置だけ。
「そこだ」
踏み込む。
視界に頼らず、呪力の位置へ一直線に進む。
攻撃が来る。
無視する。
受けながら距離を詰める。
核に触れる。
「捕まえた」
術式が揺らぐ。
「砕け」
至近距離で叩き込む。
空間ごと歪み、術式が崩壊する。
視界が戻る。
呪霊も消えていた。
レベルが到達する。
70。
身体が軽い。思考が澄む。無駄が削ぎ落とされる。
強くなる。それでいい。
そう思った瞬間。
「……おい」
声が落ちる。
無視する。次を探す。
その直後、横から衝撃が入る。
強制的に止められる。
視線を上げると、東堂と秤が立っていた。二人とも本気で止めに来ている。
「いい加減にしろ」
東堂の声が落ちる。
「何だ」
自然に返す。
秤が一歩前に出る。
「やりすぎだ」
周囲には京都校の生徒たち。距離を取りながら様子を見ている。
「……効率がいい」
そのまま言葉に出る。
東堂が言い切る。
「それは強さではない」
「強くなる」
即答する。
「違う。それは暴力だ」
その言葉で、わずかに思考が止まる。
だが、結論は変わらない。
「分かってる」
「なら止まれ」
沈黙。
選べる。
だが、選ばない。
次の瞬間、二人が同時に踏み込む。圧が重なる。
受ける。
衝撃よりも強く伝わるものがある。
意志。
動きを止められているのではない。選択を止められている。
呼吸が乱れる。
視線を落とす。
震えている手。
そこでようやく理解する。
「……悪い」
小さく言う。
二人は何も言わない。
「一回、離れる」
それだけ残して、その場を離れる。
一人になる。
静かな場所で息を吐く。
壊れる。
その言葉が残る。
分かっていた。それでも進んだ。
「……ダメだな」
はっきり認める。
このままでは繰り返す。
強さだけを追っている。それは歪んでいる。
目を閉じる。
考える。
強さは必要だ。だが、このやり方ではない。
その時、視界に表示が浮かぶ。
転職が可能です
迷いはない。
「旅芸人」
選択する。
感覚が変わる。削るのではなく、広がる。
戦うだけではない在り方。
レベルは1に戻る。
だが、意味は違う。
目を開く。
「……これでいい」
そう呟き、歩き出した。