「壊せる者は、壊さない」   作:東洋コッペ

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第17話「残る理由」

東京に戻った頃には、空気は少しだけ落ち着いていた。

 

京都での出来事はすでに共有されている。誰も直接は触れないが、向けられる視線の意味は分かる。それでも、以前のような重さは残っていなかった。

 

遊真自身が変わっている。

 

高専の廊下を歩いていると、見慣れた気配に気づく。視線を向けると、そこにいたのは乙骨だった。

 

以前とは違う。

 

あの圧倒的だった呪力の密度が消えている。空気を押し潰していたような重さはなく、代わりに、整えられた静けさがある。

 

「……戻ったのか」

 

声をかけると、乙骨が振り向く。

 

「はい。九条さんも、おかえりなさい」

 

少しだけ笑う。その表情は以前よりも落ち着いていた。余計な揺れがない。

 

短い沈黙が流れる。

 

言葉にしなくても、互いに理解していることがある。

 

「……弱くなったな」

 

先に口にする。

 

乙骨は一瞬だけ驚き、それから苦笑する。

 

「はい。リカちゃん、もういないので」

 

それで十分だった。

 

「でも、その方がいい気がしてます」

 

遊真は少しだけ考える。

 

京都での自分を思い出す。止まらなかった流れ。削れていった制御。

 

「……だな」

 

短く返す。

 

視線が合う。

 

どちらからともなく、わずかに笑う。

 

同じ選択をしていると分かったからだ。

 

力を落とした。

 

それでも前に進むと決めた。

 

その一点だけで、十分だった。

 

「これからどうするんだ」

 

「海外に行きます」

 

「海外?」

 

「はい。ミゲルさんと」

 

「修行か」

 

「そんな感じです。ちゃんと扱えるようになりたいので」

 

言葉に迷いがない。

 

「九条さんは?」

 

少しだけ間を置く。

 

「残る」

 

それだけで伝わる。

 

乙骨が小さく頷く。

 

「……そっか」

 

それ以上は踏み込まない。

 

「また会いましょう」

 

「ああ」

 

背を向けて歩き出す。

 

 

その背中を見送ったあと。

 

「いい感じじゃん」

 

軽い声が落ちる。

 

振り向くと、五条が立っている。

 

「二人とも、ちゃんと“落とせてる”」

 

「落とす?」

 

「一回ちゃんと弱くなるってこと」

 

軽く言うが、内容は重い。

 

「強いまま崩れるやつと、弱くなってやり直すやつ。どっちが上に行くと思う?」

 

「後者」

 

「正解」

 

五条は笑う。

 

「残るんでしょ?」

 

「ああ」

 

「いいんじゃない?」

 

軽い言い方のまま続ける。

 

「その選択できるなら大丈夫でしょ」

 

それだけ言って去っていく。

 

 

その日の夜。

 

空気が変わる。

 

抑えきれていない苛立ちが、そのまま音になる。

 

「従う気はねぇ」

 

秤の声だった。

 

上層部と向き合っている。言葉に迷いはない。その横に綺羅羅が立つ。二人とも、引くつもりはない。

 

やり取りのあと、廊下で鉢合わせる。

 

「……お前、どうすんだ」

 

秤が聞く。

 

短いが、意味は明確だった。

 

「来るなら連れてくぞ」

 

軽く言う。

 

だが、その奥は本気だ。

 

少しだけ考える。

 

行けば自由に動ける。効率も上がる。止めるものもない。

 

一瞬、その選択が浮かぶ。

 

だが。

 

「行かない」

 

はっきり答える。

 

秤が目を細める。

 

「理由は?」

 

「ここでやり直す」

 

短く言う。

 

「逃げたくない」

 

沈黙が落ちる。

 

綺羅羅が小さく息を吐く。

 

「……らしいね」

 

秤はわずかに笑う。

 

「ほんとブレねぇな」

 

肩をすくめる。

 

「いいんじゃねぇの」

 

それ以上は言わない。

 

引き止めもしない。

 

「死ぬなよ」

 

「ああ」

 

それだけで十分だった。

 

 

二人はそのまま去っていく。

 

迷いのない背中。

 

静けさが戻る。

 

遊真はその場に立つ。

 

行くこともできた。

 

だが、選ばなかった。

 

ここに残る。

 

逃げないために。

 

見届けるために。

 

そして、もう一度積み上げるために。

 

静かに息を吐く。

 

遠回りでもいい。

 

遅くてもいい。

 

今度は間違えない。

 

そう決めて歩き出す。

 

その足取りは、以前よりもわずかに軽かった。

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