伏黒が一人で任務に出てから、数日が経っていた。
高専の空気は静かだったが、どこか落ち着かない。新しく一年が入るという話もあり、全体が少しだけざわついている。
その日、校舎の前に立っていた少年を見た瞬間、違和感はすぐに分かった。
明るい。
普通の高校生のように見える。
だが、その内側にあるものが違う。
抑え込まれている。押し込められている。何かが、確実に中にいる。
「よろしくお願いします!」
少年は元気よく頭を下げた。
「虎杖悠仁です!」
その声の明るさが、逆に異質だった。
遊真はしばらく黙って見ていたが、やがて小さく息を吐く。
「……なるほどな」
その一言に、虎杖が首を傾げる。
「え?」
次の瞬間だった。
虎杖の頬が、わずかに歪む。
皮膚が盛り上がる。
裂けるように、口が現れる。
そこから、声が漏れた。
「……ほう」
低い。
粘つくような声。
空気が一気に冷える。
両面宿儺 が、そこにいた。
頬に浮かんだ口が、歪に笑う。
「妙なものだな」
視線が合う。
その瞬間、本能が警告を鳴らす。
格が違う。
「器の分際で、その歪みか」
淡々とした声だった。
だが、その奥にあるのは明確な嘲笑だ。
遊真は何も言わない。
ただ、見返す。
「……空っぽだな」
短く言い切る。
「中身がない」
言葉が刺さる。
「だから何でも詰め込める」
くつくつと笑う。
「“強くなる”だの、くだらんものでもな」
沈黙。
否定はしない。
できない。
「見苦しい」
一言で切り捨てる。
「自我も持たず、力に縋るか」
ゆっくりと続ける。
「愚かだな」
その言葉が、静かに落ちる。
遊真は目を逸らさない。
「……まあいい」
宿儺が少しだけ口元を歪める。
「俺ならそんなものに呑まれはしない」
当然のように言う。
「五条悟も同じだ」
比較にすらならない、という響きだった。
「だが貴様は違う」
視線が刺さる。
「だから壊れる」
そのまま、笑う。
「せいぜい足掻け」
その時だった。
「うるせぇな!!」
虎杖が自分の頬を叩く。
強引に、意識を引き戻す。
「勝手に喋んなって言ってんだろ!」
その瞬間、口が歪む。
不機嫌そうに。
「……チッ」
短く舌打ちして、消える。
何事もなかったかのように。
空気が戻る。
虎杖が少し息を切らしながらこちらを見る。
「すみません!たまに出てくるんすよ!」
軽く頭を下げる。
「気にすんな」
短く返す。
それ以上は言わない。
(……空っぽ、か)
頭の中に言葉が残る。
否定はできない。
事実だからだ。
だが。
「……まあいい」
小さく呟く。
以前とは違う。
今は、選んでいる。
それだけで十分だった。
⸻
その後、任務が割り振られる。
虎杖と伏黒の初任務。
そして、その付き添い。
現場は廃ビルだった。
低級の呪霊。
数も多くない。
「二人でやってみろ」
後ろから言う。
「はい」
伏黒が前に出る。
虎杖も続く。
まだ荒いが、動きは悪くない。
(少しだけ底上げするか)
自然にそう考える。
呪力を流す。
二人に重ねる。
その瞬間、空気が変わる。
「うおっ!?」
虎杖が驚く。
「なんかめっちゃ動ける!」
身体能力が一気に引き上がる。
伏黒もすぐに気づく。
「……これは」
呪力の質が変わる。
より濃く、より強く。
「行くぞ」
短く言う。
「はい」
伏黒が印を切る。
「玉犬」
影から現れる。
だが、その姿は明らかに異常だった。
通常よりも遥かに大きい。
密度も違う。
存在感そのものが増している。
「……でかくないか?」
虎杖が笑う。
そのまま玉犬が突っ込む。
一瞬で距離を詰め、呪霊を噛み砕く。
終わる。
一方的だった。
「強すぎだろこれ!」
虎杖が振り返る。
伏黒もわずかに目を細める。
「制御はできる……が」
驚きは隠せていない。
戦闘はすぐに終わる。
連携が成立している。
流れが自然だ。
遊真はその様子を後ろから見ていた。
身体がわずかに軽くなる。
レベルが上がる。
だが、以前とは違う。
奪う感覚はない。
全体で積み上がる。
その中に、自分がいる。
「すげぇなこれ!」
虎杖が笑う。
「先輩、何したんすか!」
「少し補助しただけだ」
「いやレベルおかしいでしょ!」
素直な反応だった。
伏黒が静かに言う。
「……強いですね」
「お前らもな」
自然に返す。
ふと、さっきの言葉がよぎる。
空っぽ。
壊れる。
「……」
少しだけ考える。
そして。
「まあいい」
小さく呟く。
今は違う。
そう思えた。
【現時点での九条遊真への評価(虎杖・伏黒・宿儺)】
■ 伏黒恵
「強いが、以前とは違う強さを持った先輩」
戦闘能力そのものは明確に上だと認識しているが、現在は“支える戦い方”に変化していることを理解している。過去の危うさも感じ取っており、完全に信頼しきっているわけではないが、共闘する上での安心感は強い。冷静に観察しつつも、先輩として一定の敬意を持っている。
■ 虎杖悠仁
「めちゃくちゃ強くて、頼れるいい先輩」
純粋に“すごい人”として認識している。戦闘中に自分たちを引き上げる力や、自然に支えてくれる姿勢に好感を持っており、警戒よりも信頼が先に立っている。深い部分まではまだ理解していないが、感覚的に“良い人”だと判断している状態。
■ 両面宿儺
「空虚で未完成な器。いずれ壊れる存在」
力の伸びや適応力には一定の興味を示しているが、内面の不安定さを明確に見抜いている。“自我が確立していないまま力を求めている存在”と評価しており、現状では完成から最も遠いと認識している。ただし、その歪さゆえに“どう壊れるか”という点には強い興味を持っている。