「壊せる者は、壊さない」   作:東洋コッペ

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第2話「剣士」

連れて来られた場所は、山の中だった。

 

車を降りた瞬間、空気が変わる。街の湿った熱気とは違う、乾いて澄んだ冷たさ。肺に入る感覚が軽い。それなのに、どこか引っかかる。

 

ただ綺麗なだけじゃない。

 

何かが混じっている。

 

「ここ、五条家の敷地内ね」

 

軽い声。

 

視界の先には、広大な土地が広がっている。だが、それはただの自然ではなかった。整えられているのに、整いすぎていない。踏み込めば沈む場所、滑る場所、跳ねる場所。地面一つとっても、すべてに“意味”があるのが分かる。

 

木々も同じだ。自然に生えているようで、視界を切る位置に配置されている。死角が生まれ、距離感が狂う。どこからでも不意を取れるし、取られる。

 

風の流れすら、一定ではない。

 

(……全部、戦闘前提か)

 

口に出す前に理解する。

 

「いいね、それ」

 

楽しそうに笑う声。

 

「よく分かったね」

 

軽い調子のまま、核心だけをなぞる。

 

「ここは“戦うための場所”。強くなるためじゃなくて、“戦いを成立させるための環境”」

 

言葉の意味が、ゆっくりと落ちてくる。

 

ただ広いだけじゃない。

 

ここに立つだけで、身体が勝手に“戦闘用”に切り替わる。視界が広がり、重心が落ち、無意識に周囲を読む感覚が働く。

 

「空気、違うだろ?」

 

「ああ」

 

短く返す。

 

それだけで十分だった。

 

「じゃあ始めようか」

 

歩き出す。

 

開けた空間の中央で止まる。

 

地面は均されているが、完全な平面ではない。ほんのわずかな傾斜があり、踏み方次第で体勢が変わる。意識していなければ崩される設計。

 

振り返る。

 

「何を?」

 

「君の強さの整理」

 

当たり前のように言う。

 

「今の君さ、強いけど雑なんだよね」

 

否定はできない。

 

積み上げてきたものはある。だが、それは“整理されていない強さ”だと自覚はある。

 

「殴る。倒す。レベルが上がる。それで強くなってる。でもそれってさ——」

 

一歩近づく。

 

「どっかで止まるよ」

 

軽い口調のまま、断言する。

 

言葉は短いのに、妙に重い。

 

「どうすればいい?」

 

「型を作る」

 

間髪入れず返ってくる。

 

「戦い方のベース。土台。そこがないと、いくら積んでも全部ズレる」

 

少しだけ肩をすくめる。

 

「君の能力って特殊だからね。だから最初に整えないと、そのまま歪む」

 

理解はできる。

 

強さは積み重なる。

 

だが、積み方を間違えれば、歪んだまま固まる。

 

後から直すのは、もっと難しい。

 

「だから今やる」

 

その言葉と同時に、視界の端に表示が浮かぶ。

 

——職業を選択できます

 

一瞬、息が止まる。

 

これまでの“レベル”とは違う。もっと直接的に、戦い方そのものを決める選択。

 

意識を向ける。

 

剣士。

 

魔法使い。

 

それ以外にも何かある気配はあるが、今はこの二つが強く浮かび上がっている。

 

「見えてる?」と軽く聞かれ、短く「見えてる」と返すと、間を置かずに「じゃあ剣士でいい」と結論が落ちる。その判断には一切の迷いがなく、続けて「理由は?」と返すと「シンプルだから。まずは近くで戦えるようになろう。全部の基本になる」と、あまりにも自然に答えが返ってきた。

 

納得はできる。今の自分は殴るだけだ。それを“技術”として成立させるなら、近接の型が必要になる。

 

「分かった」と短く返し、そのまま選択する。

 

次の瞬間、身体の感覚が一気に変わる。足の置き方、重心の乗せ方、距離の測り方——それまで曖昧だったものが急に輪郭を持ち、無意識だった動きに“意味”が通る。自然と構えができていた。無理がない。無駄がない。

 

「どう?」と問われ、「分かる。動きやすい」と短く返す。それで十分だった。

 

「いいね。じゃあ——」と数歩距離を取られ、「当ててみな」と軽く言われる。その軽さとは裏腹に、その一言の重さははっきり理解できた。

 

(当たるわけないな)

 

直感で分かる。目の前にいる存在は、これまでと比較する対象じゃない。それでも「やる」とだけ返して踏み込む。

 

最短距離、一直線、無駄を削った一撃。拳を打ち込む。

 

——届かない。

 

距離はある。だが、そこに“到達できない”。

 

「ほら、そこ」と声が飛び、反応して振り向くが、もういない。次の瞬間には背後に回られている。

 

「遅い」

 

軽く押される。それだけで体勢が崩れ、踏ん張る前に重心が外れる。抵抗する余地すらない。

 

(……見えてるのに、間に合わねぇ)

 

完全に崩された状態で、短く問いが飛ぶ。「今の何がダメ?」に対して「見てから動いてる」と答えると、「正解。それだと一生当たらない」とあっさり言い切られる。

 

分かっている。だが、それをどう変えるかが難しい。

 

「先に動く」「そう。考える前に動く」

 

無茶なことを言っている。それでも間違っていないと理解できるから、「やる」とだけ返す。

 

繰り返す。踏み込む。外される。崩される。同じ流れを何度も繰り返しながら、足の位置を変え、重心を落とし、視線を散らす。それでも届かない。だが確実に変化はある。

 

見てから動くのではなく、動きながら見る。身体が先に反応し、思考が後から追いつく。その感覚が徐々に繋がり始め、呼吸と動きが噛み合っていく。踏み込みの無駄が削れ、崩されるまでの時間がわずかに伸びる。

 

——Lv.8

 

表示が浮かぶ。

 

「いいね。やっと戦いになってきた」と言われるが、「まだ当たらない」と返すと、「そりゃそう。でも普通はここまで来るのに、もっとかかるよ」と軽く笑われる。「そうなんだ」「うん、君はちょっとおかしい」——そのやり取りも、そのまま事実として受け取るだけだった。

 

その時、視界の端に別の気配が入る。

 

少し離れた木陰。小さな影。黒髪の少年。まだ幼いが、その目だけが異様に鋭い。

 

視線が合う。逸らさない。観察されている。値踏みされている。

 

「知り合い?」「うん、預かってる子」

 

短いやり取りの間も、少年は何も言わずこちらを見ている。

 

(弱い)

 

それが率直な感想だった。呪力も技術も未完成。それでも——

 

(……伸びるな)

 

分かる。この目をしているやつは強くなる。

 

少年が一歩だけ前に出る。何か言いかけたところで「まだ早いよ。今は見てな」と制され、不満そうに眉を寄せながらも黙って下がる。

 

「名前は?」と低く問われ、「九条遊真」と返すと、少し間を置いて「……伏黒」とだけ返ってくる。

 

短い。

 

だが、それで十分だった。

 

この先、関わる。

 

そんな感覚だけが残る。

 

「続きやろっか」

 

手を叩く音で空気が切り替わる。意識を戻す。

 

まだ足りない。全然足りない。もっと上がある。もっと速く、もっと正確に、もっと強く。

 

「……いくぞ」と小さく呟き、構えて踏み込む。

 

繰り返す。

 

終わりは、まだ見えない。




■ 剣士

最も基本となる戦闘職。

近接戦闘に特化しており、
身体能力と攻撃精度がバランスよく強化される。

剣を扱うことを前提とした職業だが、
武器の有無に関わらず「間合い」「踏み込み」「重心移動」といった
戦闘の基礎が大きく補正される。

そのため、初心者でも“戦い方”そのものを理解しやすい。

■ 特性

・近接戦闘能力の底上げ
・攻撃の精度と安定性の向上
・回避・防御を含めた基礎戦闘能力の強化

■ 長所

・扱いやすく、成長効率が高い
・あらゆる上位職の基礎となる
・状況対応力が高い

■ 短所

・突出した能力がない
・遠距離戦や特殊能力には弱い

■ 備考

剣士は“基礎を完成させる職業”であり、
後の職業選択に大きく影響する。

ここでどれだけ戦闘の土台を築けるかが、
その後の成長速度と到達点を左右する。
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