「壊せる者は、壊さない」   作:東洋コッペ

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第20話「原宿事変(平和)」

「迎えに行くよ」

 

その一言で、教室の空気がわずかに動いた。

 

窓は開いている。

昼の風がそのまま流れ込み、カーテンが揺れている。

 

「一年、もう一人来るから」

 

五条悟が軽く続ける。

 

「女の子だよ」

 

その瞬間、椅子が強く引かれる音が鳴る。

 

「マジっすか!?」

 

虎杖悠仁が立ち上がる。

 

「落ち着け」

 

伏黒恵が腕を引いて座らせる。

 

「まだ会ってもない」

 

「いやでもテンション上がるだろ!」

 

「上がらねぇよ」

 

即答だった。

 

教室の空気が少しだけ緩む。

その様子を、五条が楽しそうに見ている。

 

「いいね、その反応」

 

わざとらしくため息をつく。

 

「はぁ〜、青春だねぇ」

 

「先生が一番楽しんでますよね」

 

虎杖が言う。

 

「当然」

 

即答だった。

 

「可愛い子迎えに行くイベントだよ?外せる?」

 

「最低だな」

 

伏黒が言う。

 

「教師だぞ一応」

 

「一応って何」

 

五条が笑う。

 

そのまま、ふと思い出したように付け足す。

 

「あと、九条は後から来るよ」

 

その名前が出た瞬間、空気がわずかに締まる。

 

虎杖の表情が変わる。

 

さっきまでの軽さが、ほんの少しだけ引く。

 

「……九条先輩も来るんすか」

 

「ああ」

 

五条が頷く。

 

「タイミング的に合流かな」

 

虎杖が軽く息を吐く。

 

「なら安心っすね」

 

何気ない言い方だったが、意味ははっきりしていた。

 

伏黒も短く続ける。

 

「任務でもそうだった」

 

「一人いるだけで、流れが安定する」

 

余計な言葉はない。

 

だが、それで十分だった。

 

五条がニヤリと笑う。

 

「いいねぇ、その評価」

 

「ちゃんと分かってるじゃん」

 

 

教室を出る。

 

廊下は静かだった。

昼の光が床に伸びて、足音だけが残る。

 

「そういえばさ」

 

虎杖が前を歩きながら言う。

 

「九条先輩、あの時もあんな感じだったよな」

 

「……ああ」

 

伏黒が短く返す。

 

「あの補助、普通じゃない」

 

「だよな」

 

少しだけ笑う。

 

「なんか、戦いが“簡単になる”っていうか」

 

言葉を探すように続ける。

 

「自分が強くなったってより、全部が噛み合う感じ」

 

伏黒がわずかに頷く。

 

「無駄が消える」

 

「それそれ」

 

虎杖が納得したように言う。

 

「だから余計に分かるんだよな」

 

少しだけ間。

 

「いないと、ちょっと違うって」

 

その言葉に、伏黒は何も返さない。

 

否定もしない。

 

 

原宿は、想像以上に騒がしかった。

 

通りには人が溢れ、音が重なっている。店先の音楽、呼び込みの声、笑い声が混ざり、空気が常に揺れている。少し気を抜けば、人の流れに押し出される距離だった。

 

「うわ、すげぇなこれ」

 

虎杖悠仁が周囲を見回す。

 

「視界が忙しすぎるだろ」

 

「前見て歩け」

 

伏黒恵が短く言う。

 

「見るな」

 

「いや無理だって」

 

その横で、五条悟が楽しそうに笑う。

 

「いいね、反応が素直で。こういうとこ来るの久しぶりでしょ?」

 

「先生が一番楽しんでません?」

 

「当然」

 

即答だった。

 

「可愛い子迎えに来てるんだよ?テンション上がるに決まってるじゃん」

 

「教師としてどうなんすかそれ」

 

「仕事だよ」

 

「絶対違う」

 

軽いやり取りが続くが、その流れがふと途切れる。少し先で人の流れが歪み、一箇所だけ密度が変わっていた。

 

「……なんだ?」

 

伏黒が視線を向ける。

 

「は?なんで私じゃないのよ」

 

強い声が、はっきりと聞こえる。

 

「今スカウトしてたでしょ?だったら私でいいじゃない」

 

スカウトの男が困ったように引いているが、その前に立つ少女は一歩も引かない。腕を組み、顎を上げた姿勢は、完全に“選ぶ側”だった。

 

「見る目ないわね」

 

言い切る。

 

その様子に虎杖が笑う。

 

「なんだあれ」

 

「……あれだな」

 

伏黒が言う。

 

「今回の」

 

その瞬間、五条が軽く手を叩く。

 

「正解。迎えに来た子」

 

少女がこちらを見ると、人混みをかき分けてまっすぐ近づいてくる。その動きには迷いがない。

 

「ちょうどいいわ」

 

釘崎野薔薇が言う。

 

「迎えでしょ?」

 

「そうだよ、高専」

 

五条が答える。

 

「知ってる」

 

即答だった。

 

そのまま順に視線を向ける。

 

「で、あんたらが?」

 

「虎杖っす。よろしくお願いします」

 

軽く手を上げる。

 

「ふーん」

 

興味は薄い。

 

一瞬だけ見て、すぐに外す。

 

「伏黒」

 

短く名乗る。

 

「……そう」

 

温度差があるまま、釘崎は周囲を見回す。

 

「で、原宿来たなら、まず買い物でしょ」

 

流れを変えるように言う。

 

「任務は?」

 

「後でいいでしょ」

 

即答だった。

 

虎杖が笑う。

 

「いいじゃん行こうぜ」

 

「お前な」

 

伏黒がため息をつく。

 

五条が横で頷く。

 

「いいね、それ。メリハリ大事」

 

「絶対違う」

 

軽さが戻る。

 

だが、その中で五条だけは少し離れた位置から全体を見ている。流れではなく、場の“形”を見ている視線だった。

 

「そろそろかな」

 

ぽつりと呟く。

 

その直後、空気がわずかに変わる。音が遠のき、人の流れの中に“軸”が入る感覚だけが先に来る。

 

視線が自然と引かれる。

 

迷いのない歩調で近づき、そのまま横に並ぶ。

 

「遅い」

 

短く落ちる。

 

九条遊真だった。

 

虎杖の姿勢がわずかに整う。

 

「九条先輩」

 

さっきまでの軽さが少し引く。

 

伏黒も視線を下げる。

 

「来たか」

 

それだけで、空気がまとまる。

 

釘崎だけが、その変化を見ている。

 

「……あんたが?」

 

興味を測る視線。

 

「三年」

 

短く返す。

 

「へぇ、軽そう」

 

即答だった。

 

虎杖が吹き出す。

 

「それ言うんすか」

 

「事実でしょ」

 

遊真が返す。

 

五条が横で笑う。

 

「いいね、ちゃんと噛み合ってる」

 

空気が緩むが、芯は残る。

 

「任務、先だ」

 

遊真が言う。

 

短いが、それで流れが決まる。

 

「了解っす」

 

「行くぞ」

 

釘崎が一瞬だけ間を置く。

 

「……終わったら買い物」

 

「好きにしろ」

 

それで十分だった。

 

全員の視線が揃う。

 

原宿の雑踏の中で、そこだけ流れが一段深くなる。

 

 

任務は、郊外の廃ビルだった。

 

人の気配はない。窓は割れ、風が抜けるたびに鉄骨が軋む音だけが響く。だが、その静けさの奥に、はっきりとした“濁り”がある。

 

低級。数は多くないが、散っている。

 

「ここだな」

 

伏黒が足を止める。

 

「三階と上にもいる」

 

「分かるのか?」

 

虎杖が聞く。

 

「気配でな」

 

短いやり取りのまま、三人が自然に前へ出る。

 

遊真は後ろに立つ。踏み込まない。代わりに、全体を見る。

 

(流れを作る)

 

呪力を広げる。

 

一点ではなく、面で捉える。三人それぞれの動きに“沿わせる”ように、薄く、しかし確実に重ねていく。

 

まず虎杖。

 

筋力と反応速度。その両方を底上げする。踏み込みの“初速”を押し上げる。

 

次に伏黒。

 

術式の出力と維持。影の密度を引き上げ、式神の存在感を強化する。

 

最後に釘崎。

 

呪力の通りを整える。打ち込む瞬間の“通過力”を高める。

 

空気が、わずかに変わる。

 

「……なんだこれ」

 

伏黒が小さく呟く。

 

「めっちゃ軽いんだけど!」

 

虎杖が踏み込む。

 

一歩目の加速が違う。床を蹴った瞬間、身体が一段先まで滑るように伸びる。

 

そのまま拳を振るう。

 

呪霊が反応する前に、核を叩き潰す。

 

「うわ、速っ」

 

そのまま止まらない。

 

二体目へ。

 

視線、踏み込み、打撃。

 

全部が繋がっている。

 

無駄がない。

 

「行くぞ」

 

伏黒が印を切る。

 

「玉犬」

 

影が広がる。

 

そこから現れた玉犬は、明らかに違った。

 

通常よりも一回り以上大きい。筋肉の輪郭がはっきりし、牙の密度も増している。呪力そのものが“厚い”。

 

「……デカくないか」

 

釘崎が言う。

 

玉犬が踏み込む。

 

床が沈む。

 

そのまま一体に噛みつく。

 

骨ごと砕く。

 

その勢いのまま、もう一体へ。

 

速度も、重さも段違いだった。

 

「何これ、バグってない?」

 

虎杖が笑う。

 

その間に釘崎が動く。

 

「止まってろよ」

 

釘を打つ。

 

呪力の通りが違う。

 

打ち込んだ瞬間、対象に“刺さる”のではなく、“貫通して固定する”。

 

「穿て」

 

金槌を振るう。

 

呪霊の身体が内側から弾ける。

 

一撃で崩れる。

 

「……やば」

 

小さく呟く。

 

戦闘は、数分もかからなかった。

 

三人の動きが噛み合っている。

 

虎杖が崩し、玉犬が噛み砕き、釘崎が確実に止めを刺す。

 

その流れが自然に循環している。

 

遊真は動かない。

 

だが、止まっているわけでもない。

 

全体を“流している”。

 

(いいな)

 

そう思う。

 

個で押し切る戦いではない。

 

全体で成立する戦闘。

 

 

その時だった。

 

奥の階から、気配が変わる。

 

濃い。

 

さっきまでとは明らかに違う。

 

「……もう一体いるな」

 

伏黒が言う。

 

次の瞬間、壁が内側から歪む。

 

コンクリートが軋み、押し出されるように崩れる。

 

そこから現れた呪霊は、明らかに質が違った。

 

形は不安定。だが、内部の呪力が濃い。圧がある。

 

「ちょっと強めじゃね?」

 

虎杖が構える。

 

呪霊が動く。

 

空気が重くなる。

 

圧がかかる。

 

足元が沈む。

 

(面で押してくるタイプか)

 

遊真は一歩も動かない。

 

代わりに、呪力を“深く”流す。

 

虎杖には踏み込みの爆発力をさらに上乗せ。

 

伏黒には玉犬の出力をもう一段引き上げる。

 

釘崎には“必中”に近い精度を与える。

 

負荷は大きい。

 

だが、制御はできる。

 

「そのまま行け」

 

短く言う。

 

虎杖が踏み込む。

 

圧を正面から抜ける。

 

押される前に、抜ける。

 

「うおおっ!」

 

拳を叩き込む。

 

だが、浅い。

 

呪霊が流す。

 

「伏黒!」

 

「分かってる」

 

玉犬が横から噛みつく。

 

強引に体勢を崩す。

 

その瞬間。

 

「そこ」

 

釘崎が打ち込む。

 

釘が核付近に刺さる。

 

「動くな」

 

呪力が固定される。

 

一瞬、完全に止まる。

 

「今だ!」

 

虎杖が踏み込む。

 

さっきとは違う。

 

踏み込みが“伸びる”。

 

間合いが一瞬で消える。

 

拳がめり込む。

 

内部まで届く。

 

「砕け!」

 

衝撃が走る。

 

呪霊の身体が内側から崩れる。

 

玉犬がそのまま噛み砕く。

 

完全に消滅。

 

 

静寂が戻る。

 

風の音だけが残る。

 

「……終わったな」

 

伏黒が息を吐く。

 

虎杖が振り返る。

 

「先輩、今の何すか」

 

「補助だ」

 

「いやレベルおかしいでしょ」

 

釘崎も腕を組む。

 

「いるだけで戦い変わるじゃない」

 

否定はしない。

 

実際そうなっている。

 

遊真は三人を見る。

 

連携が成立している。

 

それぞれの強みが、無駄なく噛み合っている。

 

(完成度、高いな)

 

そう思う。

 

一人で積み上げる強さではない。

 

支え合って成立する強さ。

 

それもまた、確かな“上”だった。

 

「悪くない」

 

小さく言う。

 

その言葉に、三人がわずかに反応する。

 

 

戦いは終わった。

 

だが。

 

新しい戦い方は、もう始まっていた。

 

 

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