少年院の任務が割り振られたのは、それからしばらく経ってからだった。
現場は東京都内の少年院跡地。確認されたのは呪胎。等級は不明。ただし、放置すれば特級相当へ変異する可能性が高いとされている。
本来であれば監督者が複数つく任務だった。だがその日は 五条悟 が不在だった。
「で、なんで先輩が来るんすか?」
虎杖悠仁 が軽く聞く。
「念のためだ。今回は三人だけだからな」
短く返すと、伏黒恵 が静かに頷いた。
「監督役です」
「頼もしいっす!」
「出番ないくらいでちょうどいいけどね」
釘崎野薔薇 が腕を組んだまま言う。
結界を越えた瞬間、空気が変わる。
湿っている。重い。呪力が床や壁に貼りつき、足を動かすたびに抵抗が生まれる。
呼吸がわずかに遅れる。
「……来る」
伏黒の声と同時に、奥で何かが動く。
呪胎が膨張する。
内部から押し広げられるように肉が裂け、形が崩れ、再構築される。表面が波打つたびに、内部の呪力が外へ滲み出る。
やがて、形が固定される。
異形の呪霊。
視界に入った瞬間、理解する。
格が違う。
呪霊は、ずっと笑っていた。
口元だけが緩んでいる。だが目は合わない。焦点がどこにもないまま、こちらを見ている。
遊真はわずかに眉を動かす。
(……読めない)
その違和感が、嫌に引っかかる。
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「行くぞ!」
虎杖が踏み込む。
床を強く蹴り、その反動をそのまま前へ流す。一直線に距離を潰し、身体ごと拳に乗せて叩き込む。
速い。
重い。
拳が届く。
鈍い音が返る。
だが、沈まない。
当たったはずの衝撃が、内側へ入らない。表面で滑り、奥に届かないまま散る。
(浅い)
虎杖がそう感じた瞬間、呪霊の身体がわずかに歪む。
受けた衝撃が、そのまま内側へ沈む。
逃がさない。
溜める。
「——弾けろ」
直後、爆ぜる。
押し込んだ力が、そのまま返る。
至近距離。
逃げ場がない。
「っ——!」
身体が持っていかれる。
後方へ弾かれながら、無理やり腕を引いて軸をズラす。それでも衝撃は消えない。
壁が迫る。
肩からぶつける。
鈍い音とともに勢いを流すが、完全には殺しきれない。
床へ転がる。
呼吸が途切れる。
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その間に、呪霊はもう目の前にいる。
動いた気配がない。
気づいた時には距離がない。
振り下ろされる腕。
「玉犬!」
伏黒が割り込む。
影から飛び出した玉犬が、横から喉元へ食らいつく軌道で突っ込む。
だが、その直前。
呪霊の身体が揺れる。
ほんのわずか。
噛み付く位置が、ずれる。
牙が空を切る。
次の瞬間、腕が落ちる。
玉犬の首元を掴む。
力で抑え込むわけじゃない。
逃げ場を潰すように、位置を固定する。
そのまま地面へ叩きつける。
一度。
二度。
三度。
衝撃が通るたびに、形が崩れる。
耐えきれない。
玉犬が霧のように散り、影へ戻る。
伏黒の奥歯が軋む。
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釘崎が動く。
距離を取る。
釘を指に挟む。
一瞬の隙を待つ。
(今——)
腕を振りかぶる。
だが、その瞬間。
呪霊の視線がこちらに向く。
早い。
いや、違う。
最初から“気づいている”。
腕が伸びる。
振り下ろすより早く、横から払われる。
手首が弾かれる。
釘の軌道が逸れる。
床に突き刺さるだけで終わる。
「っ……!」
発動に入れない。
共鳴りの条件に届かない。
一手、遅い。
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呪霊は、変わらず笑っている。
何も考えていないような顔のまま、すべてが噛み合っている。
虎杖の踏み込み。
伏黒の角度。
釘崎のタイミング。
全部、外される。
(……読んでるんじゃない)
遊真はわずかに息を吐く。
(ズラしてる)
来る場所に対して、自分の位置を変えている。
だから当たらない。
だから噛み合わない。
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「まだいける!」
虎杖が立ち上がる。
踏み込む。
さっきよりも速い。
遊真のバフが乗る。
出力が一段上がる。
今度は止めない。
一発で通らないなら、重ねる。
一撃目。
外される。
二撃目。
当たる。
浅い。
三撃目。
その瞬間。
呪霊の身体が戻る。
今度は“合わせてくる”。
拳の軌道と、核の位置が噛み合う。
(来る——)
認識が追いつく前に、腕が振り抜かれる。
至近距離。
叩き込まれる。
「ぐあっ!!」
虎杖が崩れる。
踏み込みが途切れる。
流れが完全に切れる。
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伏黒は動けない。
玉犬は出せない。
釘崎は入れない。
虎杖は押し切られる。
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それでも、わずかに削れている。
遊真のバフがあるからだ。
通ってはいる。
だが、足りない。
決定的に。
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遊真は静かに立ったまま、戦場を見ている。
(……削り合いじゃない)
違う。
これは、流れを奪う戦いだ。
そして今、その流れは完全に向こうにある。
「……まだ足りないな」
小さく呟く。
その声だけが、わずかに重く落ちた。
「先輩!!」
虎杖の声が飛ぶ。
その瞬間、遊真は一度だけ息を吐いた。
広げていた呪力を、そのまま削る。周囲へ流していた分を切り捨て、内側へ寄せる。量ではなく、“通すための形”へ整える。
圧が変わる。
重さが消えるわけじゃない。むしろ逆だ。余計な広がりが消えた分だけ、密度が上がる。
空気が静まる。
伏黒がわずかに目を細める。
「……違う」
釘崎も気づく。
さっきまでの“広い強さ”じゃない。“一点だけ異様に濃い何か”に変わっている。
呪霊の笑みが、ほんの少しだけ止まる。
(見えてるな)
だが、それでも遅い。
遊真はすでに踏み込んでいる。
床の歪みを無視する。沈む足場を踏み潰し、重力のズレを強引にねじ伏せる。一直線。最短距離で懐へ入る。
呪霊の腕が動く。
迎撃。
だが、その軌道より先に拳が届く。
「——通す」
叩き込まない。
押し込まない。
“抜く”。
拳が触れた瞬間、衝撃だけを内部へ滑らせる。表面を殴らず、核へ直接届かせる。
手応えが変わる。
柔らかい。
いや、違う。
(通った)
内部で何かが弾ける。
呪霊の動きが止まる。
一瞬だけ。
だが、それで十分だった。
遊真はその場で止まらない。
拳を引かない。
そのまま一歩、踏み込む。
距離をさらに潰す。
逃げ場を消す。
呪霊の身体が歪む。
再生が始まる。
裂けた部分が閉じる。
潰れた箇所が戻る。
(早いな)
だが、間に合わない。
「終わり」
二撃目。
今度は“合わせる”。
さっき通した核の位置に、正確に重ねる。
衝撃が内側で重なる。
逃げ場がない。
再生より速く、崩れる。
呪霊の身体が一瞬で歪む。
膨張し、崩れ、形を維持できなくなる。
そのまま、崩壊する。
音が遅れて届く。
床に破片が落ちる。
静寂が戻る。
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虎杖が立ったまま止まっている。
呼吸も忘れている。
「……え?」
釘崎も言葉が出ない。
さっきまでの戦いと、今の決着が繋がらない。
伏黒だけが、ゆっくりと息を吐く。
「……今のは」
遊真は答えない。
一度、目を閉じる。
収束させていた呪力を解く。
再び広げる。
元の感覚へ戻す。
空気が、元に戻る。
「終わりだ」
短く言う。
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「いやいやいやいや!!」
虎杖が一気に詰め寄る。
「何すか今の!?」
「普通に戦っただけだ」
「普通じゃないでしょ!?」
釘崎が睨む。
「……別物だったわよ」
伏黒が続ける。
「戦い方が違った」
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遊真はわずかに視線を落とす。
さっきの感覚が、まだ残っている。
通すための形。
確実に殺すためのやり方。
(……長く使うもんじゃない)
理解している。
これを続ければ、元には戻れない。
それでも。
使った。
「……帰るぞ」
短く言う。
三人は顔を見合わせ、頷く。
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背を向ける。
歩き出す。
さっきの一撃は、選んだ結果だった。
そしてこれからも、選び続ける。
その感覚だけが、静かに残っていた。