「壊せる者は、壊さない」   作:東洋コッペ

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第22話「切り替え」

少年院の任務が割り振られたのは、それからしばらく経ってからだった。

 

現場は東京都内の少年院跡地。確認されたのは呪胎。等級は不明。ただし、放置すれば特級相当へ変異する可能性が高いとされている。

 

本来であれば監督者が複数つく任務だった。だがその日は 五条悟 が不在だった。

 

「で、なんで先輩が来るんすか?」

 

虎杖悠仁 が軽く聞く。

 

「念のためだ。今回は三人だけだからな」

 

短く返すと、伏黒恵 が静かに頷いた。

 

「監督役です」

 

「頼もしいっす!」

 

「出番ないくらいでちょうどいいけどね」

 

釘崎野薔薇 が腕を組んだまま言う。

 

結界を越えた瞬間、空気が変わる。

 

湿っている。重い。呪力が床や壁に貼りつき、足を動かすたびに抵抗が生まれる。

 

呼吸がわずかに遅れる。

 

「……来る」

 

伏黒の声と同時に、奥で何かが動く。

 

呪胎が膨張する。

 

内部から押し広げられるように肉が裂け、形が崩れ、再構築される。表面が波打つたびに、内部の呪力が外へ滲み出る。

 

やがて、形が固定される。

 

異形の呪霊。

 

視界に入った瞬間、理解する。

 

格が違う。

 

呪霊は、ずっと笑っていた。

 

口元だけが緩んでいる。だが目は合わない。焦点がどこにもないまま、こちらを見ている。

 

遊真はわずかに眉を動かす。

 

(……読めない)

 

その違和感が、嫌に引っかかる。

 

---

 

「行くぞ!」

 

虎杖が踏み込む。

 

床を強く蹴り、その反動をそのまま前へ流す。一直線に距離を潰し、身体ごと拳に乗せて叩き込む。

 

速い。

 

重い。

 

拳が届く。

 

鈍い音が返る。

 

だが、沈まない。

 

当たったはずの衝撃が、内側へ入らない。表面で滑り、奥に届かないまま散る。

 

(浅い)

 

虎杖がそう感じた瞬間、呪霊の身体がわずかに歪む。

 

受けた衝撃が、そのまま内側へ沈む。

 

逃がさない。

 

溜める。

 

「——弾けろ」

 

直後、爆ぜる。

 

押し込んだ力が、そのまま返る。

 

至近距離。

 

逃げ場がない。

 

「っ——!」

 

身体が持っていかれる。

 

後方へ弾かれながら、無理やり腕を引いて軸をズラす。それでも衝撃は消えない。

 

壁が迫る。

 

肩からぶつける。

 

鈍い音とともに勢いを流すが、完全には殺しきれない。

 

床へ転がる。

 

呼吸が途切れる。

 

---

 

その間に、呪霊はもう目の前にいる。

 

動いた気配がない。

 

気づいた時には距離がない。

 

振り下ろされる腕。

 

「玉犬!」

 

伏黒が割り込む。

 

影から飛び出した玉犬が、横から喉元へ食らいつく軌道で突っ込む。

 

だが、その直前。

 

呪霊の身体が揺れる。

 

ほんのわずか。

 

噛み付く位置が、ずれる。

 

牙が空を切る。

 

次の瞬間、腕が落ちる。

 

玉犬の首元を掴む。

 

力で抑え込むわけじゃない。

 

逃げ場を潰すように、位置を固定する。

 

そのまま地面へ叩きつける。

 

一度。

 

二度。

 

三度。

 

衝撃が通るたびに、形が崩れる。

 

耐えきれない。

 

玉犬が霧のように散り、影へ戻る。

 

伏黒の奥歯が軋む。

 

---

 

釘崎が動く。

 

距離を取る。

 

釘を指に挟む。

 

一瞬の隙を待つ。

 

(今——)

 

腕を振りかぶる。

 

だが、その瞬間。

 

呪霊の視線がこちらに向く。

 

早い。

 

いや、違う。

 

最初から“気づいている”。

 

腕が伸びる。

 

振り下ろすより早く、横から払われる。

 

手首が弾かれる。

 

釘の軌道が逸れる。

 

床に突き刺さるだけで終わる。

 

「っ……!」

 

発動に入れない。

 

共鳴りの条件に届かない。

 

一手、遅い。

 

---

 

呪霊は、変わらず笑っている。

 

何も考えていないような顔のまま、すべてが噛み合っている。

 

虎杖の踏み込み。

 

伏黒の角度。

 

釘崎のタイミング。

 

全部、外される。

 

(……読んでるんじゃない)

 

遊真はわずかに息を吐く。

 

(ズラしてる)

 

来る場所に対して、自分の位置を変えている。

 

だから当たらない。

 

だから噛み合わない。

 

---

 

「まだいける!」

 

虎杖が立ち上がる。

 

踏み込む。

 

さっきよりも速い。

 

遊真のバフが乗る。

 

出力が一段上がる。

 

今度は止めない。

 

一発で通らないなら、重ねる。

 

一撃目。

 

外される。

 

二撃目。

 

当たる。

 

浅い。

 

三撃目。

 

その瞬間。

 

呪霊の身体が戻る。

 

今度は“合わせてくる”。

 

拳の軌道と、核の位置が噛み合う。

 

(来る——)

 

認識が追いつく前に、腕が振り抜かれる。

 

至近距離。

 

叩き込まれる。

 

「ぐあっ!!」

 

虎杖が崩れる。

 

踏み込みが途切れる。

 

流れが完全に切れる。

 

---

 

伏黒は動けない。

 

玉犬は出せない。

 

釘崎は入れない。

 

虎杖は押し切られる。

 

---

 

それでも、わずかに削れている。

 

遊真のバフがあるからだ。

 

通ってはいる。

 

だが、足りない。

 

決定的に。

 

---

 

遊真は静かに立ったまま、戦場を見ている。

 

(……削り合いじゃない)

 

違う。

 

これは、流れを奪う戦いだ。

 

そして今、その流れは完全に向こうにある。

 

「……まだ足りないな」

 

小さく呟く。

 

その声だけが、わずかに重く落ちた。

「先輩!!」

 

虎杖の声が飛ぶ。

 

その瞬間、遊真は一度だけ息を吐いた。

 

広げていた呪力を、そのまま削る。周囲へ流していた分を切り捨て、内側へ寄せる。量ではなく、“通すための形”へ整える。

 

圧が変わる。

 

重さが消えるわけじゃない。むしろ逆だ。余計な広がりが消えた分だけ、密度が上がる。

 

空気が静まる。

 

伏黒がわずかに目を細める。

 

「……違う」

 

釘崎も気づく。

 

さっきまでの“広い強さ”じゃない。“一点だけ異様に濃い何か”に変わっている。

 

呪霊の笑みが、ほんの少しだけ止まる。

 

(見えてるな)

 

だが、それでも遅い。

 

遊真はすでに踏み込んでいる。

 

床の歪みを無視する。沈む足場を踏み潰し、重力のズレを強引にねじ伏せる。一直線。最短距離で懐へ入る。

 

呪霊の腕が動く。

 

迎撃。

 

だが、その軌道より先に拳が届く。

 

「——通す」

 

叩き込まない。

 

押し込まない。

 

“抜く”。

 

拳が触れた瞬間、衝撃だけを内部へ滑らせる。表面を殴らず、核へ直接届かせる。

 

手応えが変わる。

 

柔らかい。

 

いや、違う。

 

(通った)

 

内部で何かが弾ける。

 

呪霊の動きが止まる。

 

一瞬だけ。

 

だが、それで十分だった。

 

遊真はその場で止まらない。

 

拳を引かない。

 

そのまま一歩、踏み込む。

 

距離をさらに潰す。

 

逃げ場を消す。

 

呪霊の身体が歪む。

 

再生が始まる。

 

裂けた部分が閉じる。

 

潰れた箇所が戻る。

 

(早いな)

 

だが、間に合わない。

 

「終わり」

 

二撃目。

 

今度は“合わせる”。

 

さっき通した核の位置に、正確に重ねる。

 

衝撃が内側で重なる。

 

逃げ場がない。

 

再生より速く、崩れる。

 

呪霊の身体が一瞬で歪む。

 

膨張し、崩れ、形を維持できなくなる。

 

そのまま、崩壊する。

 

音が遅れて届く。

 

床に破片が落ちる。

 

静寂が戻る。

 

---

 

虎杖が立ったまま止まっている。

 

呼吸も忘れている。

 

「……え?」

 

釘崎も言葉が出ない。

 

さっきまでの戦いと、今の決着が繋がらない。

 

伏黒だけが、ゆっくりと息を吐く。

 

「……今のは」

 

遊真は答えない。

 

一度、目を閉じる。

 

収束させていた呪力を解く。

 

再び広げる。

 

元の感覚へ戻す。

 

空気が、元に戻る。

 

「終わりだ」

 

短く言う。

 

---

 

「いやいやいやいや!!」

 

虎杖が一気に詰め寄る。

 

「何すか今の!?」

 

「普通に戦っただけだ」

 

「普通じゃないでしょ!?」

 

釘崎が睨む。

 

「……別物だったわよ」

 

伏黒が続ける。

 

「戦い方が違った」

 

---

 

遊真はわずかに視線を落とす。

 

さっきの感覚が、まだ残っている。

 

通すための形。

 

確実に殺すためのやり方。

 

(……長く使うもんじゃない)

 

理解している。

 

これを続ければ、元には戻れない。

 

それでも。

 

使った。

 

「……帰るぞ」

 

短く言う。

 

三人は顔を見合わせ、頷く。

 

---

 

背を向ける。

 

歩き出す。

 

さっきの一撃は、選んだ結果だった。

 

そしてこれからも、選び続ける。

 

その感覚だけが、静かに残っていた。

 

 

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