その男は、時間通りに現れた。無駄のない所作でネクタイを整え、周囲を一度だけ見渡す。
「紹介するね」
軽い調子で言ったのは 五条悟 だった。
「一級術師。七海建人」
視線が移る。
「で、こっちが悠仁」
名前を呼ばれた 虎杖悠仁 は軽く手を上げる。
「よろしくお願いします!」
七海は一度だけ悠仁を見る。
「……子供ですね」
「いきなり!?」
悠仁が即座に反応するが、七海は気にしない。
「私は合理的に動きます。感情論は嫌いだ」
「でもさ」
五条が笑う。
「根は優しいでしょ」
「否定します」
即答だった。
だが、その空気はどこか柔らかかった。
やがて五条は軽く手を振る。
「じゃ、悠仁よろしくね」
「雑すぎません!?」
そんなやり取りのまま、悠仁と七海は任務へと向かった。
現場は廃ビル。内部に入った瞬間、空気が変わる。
重い。湿ったような違和感が空間にこびりついている。
「警戒してください」
七海が静かに言う。
「今回の相手は“普通ではない”可能性が高い」
悠仁が頷いた、その時だった。
「やっと来た」
奥から声が響く。
軽い。だが底が見えない。
現れたのは 真人。
「ねぇ」
興味深そうに悠仁を見る。
「その中のやつ、どんな感じ?」
一瞬で空気が張り詰める。
七海が前に出る。
「雑談は不要です」
真人は肩をすくめる。
「つれないなぁ」
そして、ふと視線を逸らす。
「あとさ」
わずかに笑う。
「もう一人」
悠仁が眉をひそめる。
「誰だよ」
真人は指を立てる。
「変なのいるでしょ」
少し間を置く。
「空っぽなのに、めちゃくちゃ強いやつ」
その言葉で、悠仁の中に一人の姿が浮かぶ。
「……九条先輩か」
真人が笑う。
「それそれ」
楽しそうだった。
「気になるんだよね」
七海が遮る。
「これ以上の会話は無意味です」
その瞬間、空気が変わる。
戦闘が始まる。
真人の術式は異質だった。触れれば終わる。魂そのものに干渉する。
悠仁は直感で理解する。これは危険だと。
だが七海は冷静だった。距離を保ち、隙を見て確実に削る。悠仁も合わせる。呼吸が徐々に揃っていく。
やがて悠仁の一撃が真人に届く。
「……へぇ」
真人の表情が変わる。
「触れるんだ」
その声には明確な興味が混ざっていた。
戦闘は続くが、決定打には至らない。やがて真人は軽く笑い、距離を取る。
「またね」
その一言を残して、姿を消した。
数日後。
遊真は一人で任務に出ていた。廃工場。人の気配はない。
静かすぎる空間に、わずかな違和感が混じる。
「……いるな」
呟いた直後、背後から声がする。
「やっと会えた」
振り向くと、そこにいたのは真人だった。
「君さ」
楽しそうに言う。
「ほんと気になるんだよね」
遊真は何も答えない。ただ視線を向ける。
「空っぽなのに強いって、どういうこと?」
一歩近づく。
「ねぇ、教えてよ」
次の瞬間、真人が踏み込む。
触れる。
同時に、空間が閉じる。
領域が展開される。
「無為転変」
必中の領域。
普通なら、それで終わりだった。
だが、真人の動きが止まる。
「……あれ?」
触れたはずの感覚が、おかしい。
浅い。
いや、違う。
“奥に何かいる”
視線の先ではなく、そのさらに内側。
底の見えない何かが、こちらを見ている。
「……は?」
真人の表情が歪む。
理解できない。
本能が警告を発する。
触れてはいけない。
その瞬間、遊真の内側で何かが揺れた。
ほんのわずかに。
だが確実に。
呪力の質が変わる。
重く、深く、異質なものへと。
真人が一歩下がる。
明確に恐怖していた。
「無理」
即座に判断する。
領域を解除する。
「これ、無理だ」
そのまま距離を取る。
最後に笑うが、その余裕はもうない。
「君、面白すぎるよ」
そう言い残して、消えた。
静寂が戻る。
遊真はその場に立ったまま動かない。
今の感覚を、反芻する。
確かにあった。
自分ではない何か。
(……今のは)
言葉にはできない。
だが、理解してしまう。
自分の中に、何かがいる。
それも、明らかに危険なものが。
「……魔王、か」
小さく呟く。
まだ確信はない。
だが、確実に存在している。
そしてそれは、静かに目を覚まし始めていた。
「いやぁ、あれはさすがに予想外だったなぁ」
薄暗い空間で、真人 が楽しそうに笑う。
向かいには 漏瑚 と 夏油傑。
「何があった」
漏瑚が低く問う。
真人は肩をすくめる。
「触ったんだよ」
軽く言う。
「いつも通りにさ」
「魂に触れて、形を崩す」
指先をひらひらと動かす。
「それがさ」
少しだけ間を置く。
「奥まで届かなかったんだよね」
空気がわずかに変わる。
「どういう意味だ」
漏瑚の声が低くなる。
真人は楽しそうに続ける。
「表面は普通なんだよ」
「人間の魂」
「でもその奥」
笑みが深くなる。
「別の“何か”がいた」
沈黙。
「……呪霊か?」
漏瑚が言う。
「違うね」
即答だった。
「もっと根本的に違う」
真人は指を立てる。
「例えるならさ」
「人間の皮を被った、別の生き物」
その言葉に、わずかに空気が重くなる。
「で?」
夏油が静かに促す。
真人は少しだけ視線を上げる。
「目、合ったんだよね」
軽く言う。
だが、その声にはわずかに緊張が混じる。
「ほんの一瞬だけど」
「完全に“向こうが上”だった」
漏瑚が黙る。
「お前がか?」
「うん」
あっさりと頷く。
「だからやめた」
「無理だなって思って」
真人が笑う。
だが、その笑いはどこか歪んでいる。
「面白いよねぇ」
「壊せると思ったらさ」
「壊したら“こっちが壊れる側”だったかもしれないんだよ?」
その言葉の重さを、全員が理解している。
「……危険だな」
漏瑚が呟く。
「うん」
真人は軽く頷く。
「めちゃくちゃ危険」
そして、少しだけ顔を歪める。
「でもさ」
また笑う。
「だからこそ、最高に面白い」
真人は軽く首を傾ける。
「もしあれが完全に目覚めたらさ」
少しだけ間を置く。
「五条悟でも止められると思う?」
誰もすぐには答えなかった。
沈黙が落ちる。
夏油傑 だけが静かに目を細める。
「……だからこそ」
小さく呟く。
「今のうちに、どう扱うかを決める必要がある」
真人が楽しそうに笑う。
「壊すか」
軽く指を鳴らす。
「利用するか」
さらに一歩踏み込む。
「それとも」
少しだけ間を置く。
「育てるか」
その言葉は軽い。
だが、意味は重い。
この選択が、今後のすべてを左右する。
誰もが、それを理解していた。