時間は、あっという間に過ぎた。
最初は一日が長かった。覚えることが多く、身体は思うように動かず、何度も転び、何度も崩された。それでも繰り返しているうちに、その感覚は少しずつ薄れていき、気づけばそれが当たり前になっていた。
そして気づいた時には、一年が経っていた。
九条遊真にとってそれは、“ただ積み上げ続けた時間”だった。季節は巡っているはずなのに、感覚としては止まっている。ただ同じことを繰り返しているようでいて、その中で確実に変わっているものがある。
五条家の敷地内、広い空き地。最初に立った場所と同じ場所。
けれど、立っている自分はまったく違う。
「はい、遅い」
声が飛ぶと同時に反応し、踏み込み、そのまま打つ。やはり当たらない。だが、そこで止まらない。
次の瞬間には身体が勝手に動いている。思考より先に重心が流れ、自然に回り込み、一歩目で外し、二歩目で角度を作る。その流れのまま、もう一度踏み込み、角度を変えて打つ。
それでも当たらない。
「いいね、今のちゃんと繋がってた」
軽い声だが、確実に見られている。
息を整える。呼吸は乱れていない。心拍も安定している。ただ次の一手を考えているだけだ。
「まだ足りない」
「そりゃそう。でもさ」
少しだけ間が空く。
「最初に比べたら、別人だよ」
その言葉に違和感はない。最初は“見てから動く”ことしかできなかった。相手の動きを確認してから反応する。それでは遅いと分かっていても、どうにもならなかった。
今は違う。動きながら見る。予測して動き、ズレたらその場で修正する。考えるより先に身体が反応する。その状態が、すでに当たり前になっている。
視界の端に浮かぶ数字。
——Lv.14
「レベルも順調だね」
「うん」
短く返す。
数字は確実に上がっている。それに伴って身体も変わる。速く、軽く、強く。踏み込みの速度も、切り返しの精度も、打撃の重さも、一年前とはまったく別物だった。
それでも、まだ足りないという感覚だけは変わらない。
「じゃあ次、切り替えよっか」
その言葉と同時に、視界の端に表示が浮かぶ。
——職業を変更できます
一瞬だけ意識が止まるが、すぐに切り替える。
「来たでしょ」「来た」
短くやり取りを交わしながら、選択肢を見る。
魔法使い。
剣士とは違う方向。外ではなく、内側を扱う戦い方。
だが必要だと分かる。近距離だけでは限界がある。
「やる」
迷いなく選択する。
瞬間、感覚が変わる。身体ではなく“内側”。これまで曖昧だった流れが、はっきりと見える。
呪力がどこから生まれ、どう流れ、どう強くなるのか。そのすべてが輪郭を持つ。
「……これか」
呟くと、「いい感じ?」と軽く返ってくる。
「分かる」
指を伸ばし、意識を集中させる。呪力を集め、形を持たせ、そのまま放つ。
弾ける。
一直線に走り、遠くの木に当たって表面を削る。
「おー、初めてでそれはすごいね」
視界の端に数字が更新される。
——Lv.15
「威力は十分。でも、それだけだと死ぬよ」
その言葉の意味はすぐに理解できる。距離があるから当たる。準備できるから放てる。だが、詰められたら終わる。
「組み合わせる」「そう、それができるのが君の強み」
剣と魔法。その両方を持つ。それは単純な足し算ではない。組み合わせた瞬間、別の戦い方になる。
「やってみる」
構え、踏み込む。同時に呪力を練る。近距離で打撃を入れ、その瞬間に解放する。
距離ゼロで放たれた衝撃が爆ぜ、逃げ場のない圧が広がる。地面がわずかに抉れる。
「それいいね。今の普通に殺せるよ」
「使える」
確かな手応えがあった。
その日から戦い方が変わる。
斬る、撃つ、繋げる。近距離と遠距離を同時に扱い、タイミングをずらし、フェイントを混ぜ、意識を分散させる。
当然、失敗もする。崩れる。間に合わない。それでもその場で修正し、何度も繰り返す。
気づけば——Lv.18。
「順調すぎるね、普通じゃない」
「そう」
それもただの事実として受け取る。
その頃には、あの少年もまだそこにいた。少し離れた木陰、静かにこちらを見ている。
伏黒恵。
最初よりも距離が近い。ほんの一歩だが、確実に変わっている。
「見てるだけでいいの?」
声をかけると、わずかに驚いた顔をしてから「……まだ無理」と小さく答える。
正直な言葉だった。
「そう。そのうちやる」
それだけ伝える。
伏黒は何も言わない。ただ、その目だけがほんのわずかに変わる。
(伸びるな)
確信する。だが今はまだ下にいる。距離はある。
「さて、そろそろまとめようか」
手を叩く音とともに空気が切り替わる。
「まとめ?」
「君、もう基礎終わってるから」
一瞬だけ思考が止まる。基礎が終わるということは、次の段階に進むということだ。
「次に行けるってこと?」
「そういうこと。ここからは“どう強くなるか”を自分で決めるフェーズ」
少しだけ静けさが落ちる。
これまでは教えられてきた。型を覚え、繰り返し、身体に染み込ませてきた。
ここからは違う。
選ぶのは、自分だ。
「……まだ足りない」
自然と出た言葉に、五条が笑う。
「いいね。その感覚、大事にして。それがある限り、君は止まらないから」
止まるつもりはない。最初から、その選択肢はない。
まだ上がある。ここは途中だと分かっている。
もっと強くなれる。
「次、行こう」
自然とそう口にしていた。
風が吹き、木々が揺れる。景色は変わらない。だが、確実に何かが変わっている。
九条遊真の“ゲーム”は、次の段階へ進もうとしていた。
■ 魔法使い
呪力操作に特化した戦闘職。
遠距離からの攻撃や範囲制圧を得意とし、
純粋な火力と制圧力に優れる。
呪力の流れを可視・制御する補正がかかるため、
術式の精度や出力が大きく向上するのが特徴。
■ 特性
・遠距離攻撃能力の強化
・呪力操作の精度向上
・範囲攻撃および制圧能力の付与
■ 長所
・高火力の攻撃が可能
・複数対象への対応力が高い
・安全圏から戦闘を行える
■ 短所
・近接戦闘に弱い
・呪力消費が激しい
・立ち回りを誤ると脆い
■ 備考
魔法使いは“火力に特化した職業”である。
扱いが単純に見える反面、
呪力配分・発動タイミング・位置取りなど、
戦闘判断の精度がそのまま生存率に直結する。
適切に運用すれば圧倒的な制圧力を誇るが、
一度崩されると立て直しが難しい。