「壊せる者は、壊さない」   作:東洋コッペ

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第32話「選別領域」

高専の地下。

 

結界に満ちた空気が、ゆっくりと沈んでいる。

 

静かだ。

 

だが、それは落ち着きではない。音が削ぎ落とされ、意図的に抑え込まれた“不自然な静寂”。呼吸のたびに呪力が肺にまとわりつき、内側から圧をかけてくる。

 

その均衡を破るように、甲高い声が空間へ直接響いた。

 

「——ルール追加が宣言されました。新規ルールを追加します。“プレイヤーは他プレイヤーの情報を閲覧できるものとする”。追加者:鹿紫雲一」

 

一瞬、空気が止まる。

 

誰もすぐには言葉を出さない。ただ、その内容だけが全員の中で一気に展開されていく。

 

「……いいねぇ、動きが早いし迷いもねぇ。開始直後に情報開示を通すってことは、様子見なんて最初からしてない。“狩る側”で動くって決めてるやつの選択だな」

 

軽く笑いながらも、その奥にある警戒は隠れていない。

 

「このタイミングで情報を握られるのは重い。全体を把握してから動くってことは、“遅れた側から削られる構図”ができている」

 

視線は落ちているが、思考は止まっていない。

 

「準備が整う前に主導権争いが始まっている。ここで遅れれば、そのまま差が開く。取り返すのは難しくなる」

 

短く言葉が重なり、状況の輪郭がはっきりしていく。

 

「情報ってどこまで見えるんだよ。点数だけか、それとも位置も分かるのか」

 

「全部じゃないにしても、“点数”は見えるはずだね。つまり、稼いだやつから順に狙われる。目立った時点で、もう隠れられない」

 

「最悪だな。稼ぐほど標的になるってことか」

 

軽く吐き捨てられた言葉に、誰も否定を返さない。

 

遊真は黙ったまま、その情報だけを受け取る。

 

(……早い)

 

迷いがない。

 

強者の思考。

 

一歩先ではなく、すでに“次の段階”で動いている。

 

軽く机を叩く音が響く。

 

「これで分かったな。“強いやつほど先に動いてる”。様子見してる時点で負けてる。だったらこっちも同じ速度で動くしかねぇ」

 

「遅れた時点で追いつけなくなる。ここからは修正しながら動く前提で決めるしかない」

 

空気が引き締まる。

 

ここからが本題だった。

 

「整理する。このゲームのルール、敵の質、勝ち筋。全部ここで固める。考えてから動く余裕はない、動きながら詰めるぞ」

 

「基本からいくよ。これは強制参加型の結界ゲーム。一定期間内に入らなければ術式を剥奪される。参加した時点でプレイヤー、途中離脱は不可」

 

「他プレイヤーを殺すことでポイントを得る。術師は5点、非術師は1点。そして一定期間ポイントが動かなければ、同じく術式が剥奪される」

 

「……止まれないってことか。戦わなかったら終わりだな」

 

「そういう構造だ」

 

理解が揃う。

 

逃げ場はない。

 

「で、100点でルール追加。それが鍵だろ」

 

「ただし制限付き。“ゲームを壊すルール”は通らない。あくまで調整の範囲だけ」

 

「自由に見せて、ちゃんと縛ってる。性格悪いな」

 

「だからこそ最初のルールが重要になる。ここを間違えれば取り返しがつかない」

 

議論が、自然と核心へ進む。

 

「“ポイント譲渡”を最優先にする。強いやつに点を集めて、一気にルールを動かす形に変える。それが一番早い」

 

短く、だが迷いのない結論。

 

「個別で100点を集めるより、すでに持っているプレイヤーを利用する方が効率的です。リスクも分散できる」

 

「いいねぇ、“流れを作る”動きだ。勝てるやつに任せる、それが一番早い」

 

「その後に“連絡手段”“コロニー間移動”。この順番で基盤を整えるべきだ」

 

「それなら連携できる。バラバラで戦うよりずっといい」

 

そこで一拍、間が落ちる。

 

遊真が続ける。

 

「東京側にいる“100点持ち”を押さえろ。倒す必要はない。“使わせる”ことが目的だ。交渉でも脅しでもいい、生かしたままルールを使わせる」

 

「それ、普通に強いやつだろ。従う保証あるか?」

 

「従わせる。点を持ってるやつは“狙われる側”だ。“使えば守る、使わなければ潰す”。それで十分だ」

 

「……合理的です。戦闘を避けられる可能性もある。現状では最も成功率が高い」

 

「いいな。“奪うんじゃなくて使わせる”。発想としては正しい」

 

方針が固まる。

 

そして。

 

「俺は大阪に入る」

 

空気が変わる。

 

「なんでだよ。こっちで動いた方が楽だろ」

 

「弱い術師を探す時間が無駄だ。移動も索敵も全部遅い。だったら最初から“強い個体がいる場所”に入る。一戦でまとまって点が取れる。それが一番早い」

 

「……理屈は通っている。リスクは高いが、最短ルートではある」

 

「危険ですが、あなたには適しています。むしろその方が効率がいい」

 

「いいねぇ、ハイリスクハイリターン。成功すれば一気にトップだ」

 

「……キツいルートだぞ、それ」

 

「問題ない」

 

短く、それだけ。

 

沈黙が落ちる。

 

「俺と虎杖は東京側で動く。100点持ちを探して、ルールを使わせることを優先する」

 

「絶対やる。ここで遅れたら終わりだ」

 

「いいねぇ、その覚悟。俺も付き合うぜ」

 

「僕は別の結界で点を稼ぎます。短期間で100点以上を確保し、ルール追加に繋げます」

 

視線が交わる。

 

「任せた」

 

それだけで十分だった。

 

それぞれが動き出す。

 

虎杖と伏黒は迷いなく東京側へ向かい、その背中は一度も振り返らない。

 

遊真も歩き出そうとする。

 

その時。

 

「待てよ」

 

背後から声がかかる。

 

振り返ると、そこには秤と乙骨が立っていた。さっきまでの軽さは消え、明確に“止める側の顔”になっている。

 

「ちょっといいか。戦略の話じゃねぇ。もっと根本の話だ」

 

「今ここで確認しておかないと、後からでは遅いと思います」

 

短い沈黙。

 

「……なんだ」

 

「お前の中の“あれ”だよ。魔王って呼ばれてるやつ。さっきより明らかに存在感増してる」

 

空気がわずかに重くなる。

 

「呪力の質が変わっている。以前は奥にあったのに、今は違う。すぐそこにある、いつでも出てこれる状態です。表に出る準備が整っているように見える」

 

否定はしない。

 

できない。

 

「今のお前、普通にそっち側に片足突っ込んでる。しかも自覚ありでな」

 

「……分かってる」

 

「“今は”だろ。それが問題なんだよ。戦闘中に出力上げたら、同じ状態でいられる保証はどこにもねぇ」

 

「今回は強者と連続戦闘です。負荷は確実に上がる。その中で制御し続けられるかは分かりません」

 

沈黙。

 

「……それでも行く」

 

即答だった。

 

「だろうな。止めても無駄なのは分かってる」

 

少しだけ間を置く。

 

「だから条件つける」

 

「制御が危うくなった場合、必ず僕か秤先輩に連絡してください。一人で抱え込まないでください」

 

「“まだいける”は信用すんな。やばいと思った時点でアウトだ。そこから一気に崩れる」

 

言葉は重い。

 

だが、突き放してはいない。

 

「これは命令じゃねぇ。約束だ。お前一人で完結する話じゃない。もう戦力なんだよ」

 

「あなたがいなくなると、この作戦は成立しません。それくらいの位置にいると自覚してください」

 

沈黙。

 

ゆっくりと顔を上げる。

 

「……分かった」

 

短いが、それで十分だった。

 

「よし、それでいい。破ったら普通に殴る」

 

「……お願いします」

 

空気が、ほんの少しだけ緩む。

 

遊真は背を向ける。

 

もう振り返らない。

 

大阪。

 

強者が集まる場所。

 

その中で、どこまで自分を保てるか。

 

わずかに笑う。

 

「……上等だ」

 

そのまま歩き出す。

 

戦場へ。




今回、秤が比較的スムーズに合流している点について。

本来であれば、秤は独自の基準で動くタイプであり、簡単に協力関係を築く人物ではない。しかし本作では、九条遊真と秤が同級生であり、これまでの関係性の中で信頼が積み上がっていることを前提としている。

秤は合理と勝率で動く人間であり、「勝てる側に乗る」判断を躊躇しない。同時に、一度信頼した相手に対してはその判断を委ねることもできるタイプである。

そのため、遊真の実力と戦局への影響力を理解した上で、「こいつに乗る方が勝てる」と判断し、早い段階で合流を決断している。

結果として、原作よりも合流がスムーズな流れとなっているが、これは秤の性格と、遊真との信頼関係の両方に基づいた変化である。

また、この判断が今後の戦況にどう影響するかも含めて、本作独自の展開として描いていく。
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