三年という時間は、あっという間だった。
振り返れば長いはずなのに、実感としては短い。季節が巡った記憶はあるし、暑さも寒さも確かにそこにあった。だが、それらはすべて“背景”に過ぎなかった。
九条遊真にとっての三年間は、ただ一つ。
強くなること。
それだけに費やされた時間だった。
朝も夜も関係ない。疲労も痛みも、意味を持たない。ただ繰り返す。踏み込み、殴り、外され、崩される。そのすべてを受け入れて、その場で修正する。その積み重ねの果てに、気づけばできることは大きく増えていた。
身体は軽くなり、動きは洗練され、判断は速くなる。剣も、魔法も、連携も、すべてが“当たり前”として扱える領域に入っていた。
それでも——
(まだ足りない)
その感覚だけは、最初から一度も変わらない。満足したことはないし、到達したと思ったこともない。常にもう一歩先が見えているから、止まる理由がない。
「……もういいかな」
そんなタイミングで、軽い声が落ちる。
五条家の敷地、見慣れた訓練場の中央。場所は変わらない。変わったのは自分だけだった。
「基礎は終わり。ここから先は、別の場所でやろう」
軽い調子のまま続けられる言葉に、「別の場所?」と返すと、「うん、高専」と短く答えが返る。
呪術高専。
その名前は知っている。術師を育てるための機関だが、必要性は感じていなかった。ここでも十分に強くなれているし、むしろ他と関わる必要すら感じていない。
「今更?」と自然に出た言葉に、五条は少しだけ笑う。
「そうでもないよ。むしろ今だから」
ゆっくり歩きながら続ける。
「君さ、同年代とまともに関わったことないでしょ」
「……そうかも」
意識したことはなかった。人と関わるよりも、戦うことの方が優先されていた。
「それ、普通にズレるからね。人間として」
軽く言われたその言葉は、妙に引っかかった。
「ズレる」という言葉の意味を考えるが、答えは出ない。
「別に困ってない」
「今はね。でも後で困るよ」
それ以上は説明しない。ただ振り返り、「とりあえず行こうか」とだけ言う。
⸻
呪術高専は、想像していたものとはまったく違っていた。
まず場所からして普通ではない。人の流れから切り離された山中にあり、辿り着くまでにいくつもの結界を抜ける必要があった。見えない壁を何度も通過するたびに空気が変わり、濃くなり、重くなる。
そして門をくぐった瞬間に理解する。
ここは“学校”ではない。
広がっているのは古い寺院のような建築群。木造の校舎、石畳の道、風に揺れる木々。静かすぎる空間には、一般的な学校の面影はどこにもない。
だが、それ以上に異質なのは空気だった。
濃い。
呪力が満ちている。
ただそこに立つだけで身体が反応する。呼吸のリズムが変わり、感覚が研ぎ澄まされる。まるでこの場所自体が一つの術式のように機能している。
自然と周囲を見る。建物の陰、通路の奥、屋根の上。見えていないだけで、常に“何か”がいる気配がある。隠れているわけではない。ただ、そこに存在している。
「いいでしょ、ここ。まぁまともじゃない環境だけどね」
「そうだな」
短く返す。
理解はできる。
ここなら、強くなれる。
⸻
校舎の一角、開けた場所に出るとすでに人影があった。
「お、来た」
声の方を見ると、金髪の男がラフに立っている。気の抜けた立ち姿だが、その奥にある圧は隠しきれていない。
(強い)
一目で分かる。
「こいつが例の?」と視線を向けられ、「そうそう」と軽く返される。
「九条遊真」
「へぇ」
興味深そうに笑いながら、「秤金次」と名乗る。
視線がぶつかる。探るような目、測るような目。それでも敵意はない。
(悪くない)
そう判断した瞬間、別の気配が近づいてくる。
「ちょっと、急に呼ばないでよ」
軽い声に振り向くと、長い髪の人物が立っていた。掴みどころのない雰囲気だが、直感で分かる。
(こっちも強いな)
「この子?」「そう」とやり取りが交わされ、「星綺羅羅」と名乗られる。
「九条遊真」
短く返すと、綺羅羅は一度こちらを見て、評価するように視線を動かす。
「ふーん」
興味なさそうでいて、しっかり見ている。
「で、どんくらい強いの?」
秤の問いは直球だった。
「試してみる?」「いいね」
即答。
空気が一瞬で切り替わる。
「どうする?」「やる」
迷いはない。
⸻
場所を移す。
訓練用の広場。広く、何もない空間。逃げ場も隠れる場所もない。
「ルールは?」「なしでいいだろ」「問題ない」
その瞬間、秤が動く。
速い。迷いがない。
一直線に距離を詰めてくる。
(見える)
踏み込みに合わせて身体をずらす。拳が空を切る。そのまま最短距離でカウンターを差し込む。
だが——
「甘い」
受けられる。
重い。ただの打撃ではない。呪力がしっかり乗っている。衝撃が腕から身体へ抜け、押し返される。
距離が開く。
(強いな)
初めて、少しだけ楽しいと感じる。
再び踏み込む。今度は連携。打撃と同時に呪力を練り、「穿て」と至近距離で放つ。
だが「それは読める」と身体をひねられ、直撃を避けられる。そのまま踏み込み直され、さらに圧をかけられる。
速さと重さ。単純だが完成されている。
(いい)
対応する。受けるだけでなく崩す。タイミングをずらし、一瞬のズレを作る。
そこに入る。
「断ち切る」
斬撃を通す。
直前で受けられるが、完全には止めきれない。わずかに押し込む。
「……お」
秤の声。
距離が開く。
「いいじゃん、面白い」
笑う。
その瞬間、「はい、そこまで」と声が入る。
動きが止まる。
「十分でしょ」
秤が肩を回しながら「普通に強いな」と素直に言い、綺羅羅も近づいてきて「思ったよりやるね」と評価する。
「思ったより?」「もっと変なのかと思ってた」
否定はしない。
「まあでも、使える」
短い評価。
五条が満足そうに笑いながら「でしょ?」と振り、「どう?」と聞いてくる。
少しだけ考えてから、「悪くない」と返す。
秤が笑う。
「上からだな」「事実」「いいね、嫌いじゃない」
⸻
環境が変わる。
一人ではない。同じ場所に、同じように戦える相手がいる。
それは初めての感覚だった。
刺激。差。比較。すべてが新しい。
それでも——
(まだ足りない)
その感覚は変わらない。
ここも通過点。
もっと上がある。
だから止まらない。
そのまま、前に進むだけだった。
■ 魔法剣士
剣士と魔法使い、二つの職業を統合した上位職。
近接戦闘と遠距離攻撃を同時に扱うことができ、
状況に応じて最適な戦い方を選択できる“適応型”の戦闘職である。
剣による物理攻撃に呪力を重ねることで威力を増幅させるほか、
魔法による牽制や範囲攻撃と組み合わせることで、
単独でも高い戦闘継続能力を発揮する。
■ 特性
・近接戦闘と呪力攻撃の両立
・攻撃の選択肢が多く、対応力が高い
・戦況に応じた柔軟な戦闘が可能
■ 長所
・あらゆる距離に対応可能
・単独戦闘能力が高い
・攻撃のバリエーションが豊富
■ 短所
・器用貧乏になりやすい
・呪力消費が大きい
・扱いには高い技術が必要
■ 備考
魔法剣士は“万能に見えて最も難しい職業”である。
単純な強さではなく、
状況判断と技術の積み重ねがそのまま性能に直結する。
扱いきれれば極めて高い戦闘能力を発揮するが、
中途半端であればどちらの職業にも劣る結果となる。