任務は、止まらなかった。
終わる、という感覚が薄れていく。
一つ片付ければ次があり、戻ればすでに次が用意されている。間がなく、区切りもない。
呼吸のように、自然に“次”へ移行していく。まるでどこかで、意図的に流れを作られているかのように。
九条遊真の前には、常に“敵”が配置されていた。
「これ、ちょっと面白いかもね」
五条悟が軽い調子で資料を投げる。
軽い。だが、その軽さの奥にある意図は、もう隠されていない。試している。どこまで行くのかを。
受け取る。目を通す。
山中の廃集落、呪霊の発生報告。だが備考欄に、小さく書かれた一文がある。
呪詛師の関与の可能性あり。
「複数か?」
顔を上げると、五条は肩をすくめる。
「たぶんね。でもまあ、君なら問題ないでしょ」
軽い言い方だが、それは“前提”だ。失敗の可能性を切り捨てた上での判断。
「行く」
それだけ答える。余計な言葉は必要ない。
歩き出す背後で、わずかに笑う気配があったが、それを気にすることはなかった。
⸻
山の中は、静かだった。
風の音だけが流れ、木々が揺れ、葉が擦れる。だが、その静けさは自然のものではない。
人がいないからではなく、“何かが潜んでいるから”静かだ。音を殺し、息を潜めている。
その感覚が、空気に滲んでいる。
廃集落に足を踏み入れる。崩れた家屋、割れた窓、荒れた地面。生活の痕跡だけが取り残されている。
そして、いる。
三つの気配が散っているが、均等ではない。わずかにズレた配置。
(連携前提か)
一つ一つは突出していない。だが配置がいい。死角、逃げ場、進行方向——すべてを制限する形で囲い込んでいる。
「出てこい」
あえて声を出す。
沈黙は一瞬だった。
「バレてるな」右。
「ガキ一人かよ」左。
「いや、こいつ……妙だぞ」正面。
三方向から同時に姿を現す。全員が人間。だが、まとっている呪力は濁り、歪み、ねじれている。
呪詛師。
「囲むか?」
一人が言い、別の一人が制する。
「いや、様子見だ。妙な気配してる」
視線が集まる。観察され、測られている。
だが、それも一瞬だった。
「まぁいい、やるぞ」
合図と同時に動く。
右の男が手を振ると、足元の地面が崩れ、固い土が泥のように変質して飲み込もうとする。拘束系。
(遅い)
沈む前に踏み切り、足場を蹴って上へ抜ける。
その瞬間、左から呪力の斬撃が走る。一直線で速いが、軌道は単純だ。
身体をわずかに傾けるだけで回避し、頬をかすめる程度でやり過ごす。
着地と同時に踏み込み、最初に動いた右へ間合いを詰める。
「っ!」
反応は悪くない。だが足りない。
「遅い」
「断ち切る」
呪力を刃に乗せる。重心、速度、流れ——すべてが噛み合った一撃が直撃する。
一人目、終了。
その直後。
「潰れろ」
背後から圧が来る。見えないが、空間そのものが押し潰される広域圧殺。
普通なら動けない。
(まだ軽い)
横へ滑り、圧の中心から外れる。同時に指先へ呪力を収束させる。
「穿て」
放つ。一直線の魔力弾。
だが——
「甘い」
障壁に弾かれる。
(硬いな)
ならば近づく。
距離を詰める。迎撃の斬撃が来るが、わずかに軌道をずらして空を切らせ、そのまますれ違う。
懐。
「遅い」
拳を叩き込む。腹部に直撃し、呼吸が止まる。
崩れたところへ。
「砕け」
零距離で内部を破壊する。
二人目、終了。
残る一人は距離を取るが、焦りを隠せていない。
「クソ……!」
それでも判断は速い。術式を展開し、空間を歪ませ、圧を広げる。さっきより強い。
(広げたな)
なら、楽だ。
踏み込む。中心へ。圧で骨が軋むが、止まらない。
「——貫く」
呪力を一点に圧縮し、放つ。
圧の中に穴が開く。
そこへ身体をねじ込み、距離をゼロにする。
「なっ——」
反応は間に合わない。
「終わり」
一閃。
三人目、終了。
静寂が落ちる。完全な沈黙。
⸻
——Lv.52
⸻
視界に浮かぶ数字が一気に跳ね上がる。これまでとは明らかに違う上昇幅と重み。
わずかに息を吐く。だが疲労はない。
それよりも。
(効率がいい)
その感覚だけが残る。呪霊よりも、明確に上がりやすい。
視線を落とす。動かない三人。
ついさっきまで生きていた存在。だが何も感じない。恐怖も、躊躇も、罪悪感もない。
ただ結果として、強くなった。それだけだ。
スマホを取り出し、操作して発信する。
「九条。任務地点に呪詛師三名。排除済み。位置送る。回収と処理、頼む」
淡々と伝え、通話を切る。
静寂の中、山の空気が戻る。風が流れ、葉が揺れる。
だが、その中で一つだけ確かなものがある。
(まだ足りない)
レベルは上がった。だが足りない。まだ上がある。
もっと。
だから止まらない。止まる理由がない。
その場を離れる。迷いなく、次へ。
ただ、それだけを考えていた。