違和感は、任務の内容に現れ始めていた。
「これ、最近おかしくない?」
綺羅羅が資料を見ながら言う。
その紙には、これまでより明らかに危険度の高い任務が並んでいた。呪霊だけではない。呪詛師の関与、複数同時発生、被害拡大の可能性まで含まれている。
本来なら、複数人で対応する案件だ。
「そうか?」
遊真は軽く目を通し、それだけ言う。
「そうだよ。しかもお前に集中してる」
秤が横から口を挟む。
「露骨すぎるだろ」
「……」
少しだけ考える。確かに質は上がっている。
だが。
(ちょうどいい)
その感覚が先に来る。
「問題ない」
そう答えると、秤が苦笑する。
「出たよ、それ」
綺羅羅はため息をつく。
「問題はそこじゃないって言ってるの」
⸻
「呼び出しだってさ」
五条悟が軽く言う。
「上から」
その一言で、空気が変わる。
「上層部か」
秤の声が少し低くなる。
「そ。珍しいよね」
五条は笑っているが、その目は笑っていない。
「場所は?」
「ここじゃないよ。あいつら現場には来ないから」
少しだけ間を置く。
「行くのはいいけどさ、変なこと言われたら無視していいから」
軽い口調。だが、その奥にある意図は明確だった。
「従う必要ない。必要なのは、君が強くなることだけ」
「……」
短く頷く。理解はしている。
⸻
案内された場所は、高専とは別の場所だった。
山奥。人の気配がほとんどない区域。そのさらに奥にある古い建物。
中に入る前から分かる。
(弱いな)
中にいる気配は、これまでの戦闘相手より明らかに弱い。
だが。
(嫌な感じだ)
別の意味で、重い。
⸻
扉を開ける。
広い和室。数人の男が座っている。
全員、年齢は高い。
そして。
(強くない)
だが、視線が集まった瞬間に空気が変わる。
力ではない。“立場”で押してくる圧。
「九条遊真」
中央の男が口を開く。
「……はい」
「報告は見ている。任務数、処理速度、成功率」
一拍の間。
「すべてが異常だ」
否定はしない。事実だからだ。
「そこでだ」
別の男が続ける。
「お前に専属任務を与える。呪詛師を含む高危険度案件だ」
視線が揃う。確認の形を取っているが、すでに決定事項。
「本来であれば複数人で対応する案件だが、お前なら単独で処理可能と判断した」
合理的な言い方。
だが。
(使う気だな)
すぐに分かる。排除でも管理でもない、純粋な戦力としての利用。
「どうする?」
形式的な問い。
答えは決まっている。
「やる」
その瞬間。
「——待った」
声が割り込む。
扉が開き、五条が入ってくる。場の空気が一瞬で変わる。
「勝手に話進めないでくれる?」
軽い口調。だが完全に遮っている。
「五条悟」
中央の男が眉をひそめる。
「これは上の決定だ」
「知ってるよ。だから来たんじゃん」
笑いながら遊真の横に立つ。自然な動きだが、完全に“間に入っている”。
「任務自体はいいよ。こいつなら問題ないし」
一瞬だけ視線を向ける。
「でもさ、条件つけるね」
空気が変わる。
「……何だ」
「指揮系統。現場の判断は全部こっち、あんたらは口出しなし。それと無茶な詰め込み禁止、任務量もこっちで調整する」
完全に遮断している。
「それと」
少しだけ目が細くなる。
「余計なことしたら、全部潰すから」
軽い言い方。だが一切冗談ではない。
空気が固まる。
「……そこまでの権限は——」
「あるよ。ていうか、やる」
即答だった。
数秒の沈黙の後。
「……分かった。条件付きで承認する」
「はい、交渉成立」
五条が軽く手を叩く。空気が緩む。
⸻
外に出る。さっきまでの重さが嘘のように消える。
「めんどくさいでしょ、ああいうの。強くないのに偉い人たち」
「……そうだな」
「まあ気にしなくていいよ。全部こっちで弾くから」
一瞬だけ間を置く。
「君は、好きに強くなりな」
その言葉は、妙にまっすぐだった。
⸻
「どうだった?」
秤が聞く。
「任務増える」
「だろうな」
苦笑する。
「でも五条さんが止めたでしょ」
綺羅羅が言う。
「うん」
短く答える。
「だと思った」
少しだけ安心したように言う。
⸻
夜。
一人で任務へ向かう。これまでより気配が濃い。重く、深い。
(いいな)
自然とそう思う。
危険度が上がる分、得られるものも増える。それが分かっている。
足を止める。気配は複数。
しかも。
(今までで一番強い)
わずかに口元が上がる。
⸻
この選択は、間違っていない。
⸻
そう確信していた。