「俺の……フシギソウが……もう生きていない?」
一度奪われた相棒が、救うと誓っていた友が……夢が、砕かれるような気分だ。
この水晶の中で眠っていたと思っていたフシギソウは、もう既にその生命を終えていた、自分は残された力のみを利用していたに過ぎない……?
イベルタルは無慈悲に命だけでなく希望さえも蝕んでいくように感じる。
クランはこの間に考える、何故フシギソウはこうなった?
フシギソウが奪われたのは最近で、その頃にはもう既にイベルタルは繭として眠っていて……可能性としてはゼルネアスの力を受けていてもおかしくなくて……それでも、これまでのBURSTハートのポケモン達と違い壊すことが出来なくて……。
「元はといえば……お前達グレートガベルが俺のポケモンを奪ったのが悪いんじゃないのか!!!」
「当然の結論だな、実際オリジナルとして生まれてしまったのは完全にミスだ」
フロードの態度は開き直っているというよりは、つまらない結果になってしまったとでも言いたげな形をしている。
フシギソウがオリジナルじゃなかればよかったと? そんなわけがない、どちらにしても石に閉じ込められた時点で……苦しかったはずだ、どんな気持ちで自分を待っていたのか?
これにはハリルもなんとも言えなくなってしまった、アルカデスの復讐の為拾われた身だが、数々の街を荒らしていた過去は消えない。
そしてこのアルカデスは石像としてここに残っている、もしこれを二度と継承できない形にすれば自分の目的は果たされる。
しかしそれでいいのか?
色んな思いが交差する中……ラズが口を開いた。
それは頭の中でラズも考えた当然の疑問。
「なんでオリジナルが作られるんですか、イベルタルはこうして破壊の繭で眠っているんです、生命力を奪うのは寿命が尽きかける時ですよ!!?」
「…………ラズ、もしクランさんがフシギソウを奪われたのと、イベルタルが眠りにつくのが近い時期……だったら……?」
ベリーが想定したのは、偶然にもイベルタルとクランの別れが同時期だったことによる悲劇。
だがそれでも納得がいかないクランはベリーに首を振る……なんとか冷静さを維持しようとしているが限界は近い。
「…………イベルタルがこの島で眠っているということは、フシギソウがここに来たことになる……いや、そうか、後からここに置いとけばいいんだもんな……繭さえ……」
しかしそれもクラン自身で否定できる、動かなくなった繭にしたあとにダブルパークに持っていけばいい……リーフカンパニーがそれをやる。
BURSTハートを製造する以上、島にゼルネアスかイベルタル片方だけの状況になっても困るのだから。
すると問題はどうしてグレートガベルがイベルタルに近づいたのか……人間でさえ容赦なく命を奪う恐ろしい怪物だというのに。
「ハリル、BURSTハートを好きなだけ手に入れる為にはどうすればいいと思う?」
「イベルタルの力を完全にコントロールする? だがイベルタルは寿命が尽きる1000年しかその力を使わない……そうか、まさかイベルタル自身を!!」
「そう、グレートガベルの最終目標はイベルタルそのモノをBURSTハートに変えることだ! 私や七戦騎をBHSに招いたのもこの為さ」
イベルタルのBURSTハートを作る力は寿命が尽きる時のみな上に、意思疎通が不可能で人に従うような存在でもない。
なので逆にイベルタルをBURSTしてしまえば自由自在に命を奪い、BURSTハートを作ることができる……フロードはずっとその時を狙っていたがそう簡単な話でもなく……。
「失敗した、捕まえたポケモンのうち35体がゼルネアスもいないところでBURSTハート化してしまい使い物にならなくなったのでな、捨てようと思っていたところに少年が襲撃してきた、ああなってしまえば無理だから押し付けて……良かったじゃないか、結果的に相棒が戻ってきたのだから」
あまりにも残虐すぎる言い草にクランも自分の中で何かが切れてフロードに向かって右腕を振りかぶるのだが、それをリョウガが馬鹿力で抑える。
それはクランにだけじゃない、フロードへの怒りも共に感じている力だ。
「俺の辞書に無理なんて言葉はない!!」
「……ほう? さすが息子だ、ガリュウと同じ事を言うんだな」
「当たり前だ!! 父さんだってイベルタルにBURSTハートにされたポケモンを戻すのは無理だって思ってなかった! だからゼルネアスを探してここに連れてきた……そうして、ゼルネアスのおかげでポケモンを解放できるBURSTハートになった!!」
「父さんは無理と決めつけなかった! 諦めなかったから先に進んだ! 間に合わなくて止まってしまったけど無駄になってない……それに見ろよクラン、あのゼルネアスの枯れ木は父さんを守ってるように見えないか?」
枯れ木がガリュウの石像のすぐ近くに立ち守っている、相棒となるゼクロムがイベルタルに敗れ……その命をハートにされても尚力を息子に託し、新たにゼルネアスと深い絆を結び立ち向かった痕跡がここにある。
無理じゃないと信じ続ける心……それだけで生きる原動力になる、そんな男達だからこそゼクロムも命が尽きても支えているのか?
「…………リョウガ、お前は……強いな」
「アルカデスやBURSTハートの話は色々聞いた、そして改めて決心した!! 俺はグレートガベルもリーフカンパニーも許せない!! このBHSでお前を倒す!!」
「リョウガのこともあるけど……一応言っとくわ、ここまでの情報を全部世間に公表することだって一応出来るのにどうして私達に話したの?」
「そちらの想定している以上にグレートガベルという組織は大きいぞ? ジャーナリストの会社に多少が顔が聞いたりとか……な、それに世間がどれほど君や私の味方になると思うか……さて、夜も遅い、続きの戦いは準決勝にしよう」
フロードは言うだけ言って空に消えていく……ハリルは同行せず、別の道からリョウガ達と重なるように進む。
「俺はBHSが終わったら……キャロラを連れてグレートガベルを抜ける」
「ハリル?」
「これは罪滅ぼしではないし、ここまでのことをして許されるつもりは元からない、ただ……話を聞いていたら気分が悪くなってきた、このままでは俺のように理不尽に何かを奪われる、イベルタルの力なら俺がイベルタルを止めたい……」
ハリルもハリルで自分が今更善になれることはないが思うところがあったのだろう。
続きはまた準決勝の戦いで行われることになり、一同は解散することになり……ラズ達はまだ危ない立場の為、なるべく遺跡から離れてポケモン達と共に隠れる事に。
クランの応援は出来ないが……勝ち上がることを約束して花畑へ。
「なあミルト、さっき言ってたその……なにサウだっけ? 俺初めて聞いたんだけど」
「リョウガは知らないわよね……ティラノサウルス、何億年も前に存在した巨大生物よ」
「……ベリー、知ってる?」
「知らない……いや、もしかしたら、ママなら知ってる、ママはこの世界の全てを見てる、女神様みたいな人……」
「わたしたちのももいろさま……」
しかしまさか、クランもリョウガも……もしかすればフロードでさえも、この時は準決勝であんなことが起きることなど思いもしなかった。
──
こうして……様々な思いを抑え込みながら夜が明けて準決勝の時間へ。
フロードの方は側近のゲルブの連絡を受けていた……元より彼はBHSの優勝や賞金には興味がない。
イベルタルの力さえあれば無限にBURSTハートを使えて、金にも特別困っていない。
「はい、フロード様の指示通りイベルタルのBURSTハート化作戦は順調に進行しています」
「ご苦労だ、後は『永遠の塔』を発動させれば……世界の真実を明るみに出来る」
「はい、フロード様がお望みの世界を実現するために……」
──
BHSも遂に準決勝まで進み、勝ち残った選手はたったの十二人となっていた。
海風が吹き抜ける中……クランは重い瞼を微かに伏せた。
前夜、フロードから聞かされた真実はあまりにも衝撃的で当然のことながらろくに眠ることはできなかった。
オリジナルのBURSTハートは生きていない──その言葉が、何度も脳内をリフレインする。
ここで負ければまたフシギソウのBURSTハートとは離れ離れになってしまう。
今、自分の手の中にあるこの水晶の中でフシギソウが本当に生きていないのか……クラン自身には、それを確かめる術も判断する材料もなかった。
だからこそ、今のクランを突き動かしているのはただ一縷の『期待』だけだった。
リョウガのように「無理じゃない」と力強く言い切れるほどの絶対的な自信や証拠は、自分の中にはない。
だが、かつてラズが自身が信じていたHAMの裏の顔を知った時に言った言葉がクランの心に火を灯し続けていた。
『ここで絶望してふさぎ込んだら、それこそ騙されただけで終わってしまうんです』
(そうだ。ここで立ち止まるわけにはいかない)
まだ可能性を信じる。
フシギソウに生きてまた会えるチャンスがあるのならそれにすがる。
そして、もう二度と自分やフシギソウのような被害者を生まないために、BURSTハートが作れない環境を作り出す。
イベルタルそのものを止めることが出来なくとも、その力を悪用しているリーフカンパニーとグレートガベルは絶対に止める。
それこそが、これまで身勝手な理由でポケモンを奪う者たちをのハートを狩る『ハートブレイク』としての、自分自身の責任だ。
クランは静かに、しかし強く拳を握りしめた。
十二人の選手たちが準決勝の舞台として案内されたのは、海の上に高く浮かぶ特設闘技場だったが、その構造は異様極まるものだった。
闘技場の根元はまるで『お椀』のように丸く不安定な形状をしており、海波の揺れに合わせて常にグラグラと傾き続けている。
さらに闘技場の外側には手の届かない距離に透明な壁が張り巡らされており、その壁の向こう側には一人分も乗れないような狭くて小さな足場が囲うようにぽつんと設置されていた。
少しでも闘技場が大きく傾くようなことがあれば、足元をすくわれ、眼下に広がる海まで一直線に落ちてしまいそうな悪辣な仕掛けになっている。
足元の揺れに耐えながらクランは周囲の顔ぶれを確認し、密かに舌打ちをした。
ここから決勝戦へと駒を進めることができるのは、たったの四人……だが、大きな懸念点があった。
残った十二人の中には、フロード、ハリル、キャロラ、ヒルグレイツの四人がいる……つまり、生存者の三分の一がグレートガベルの人間で構成されているのだ。
決勝戦が四人で行われ、そこから一人の勝者を決めるのだとすれば……圧倒的な実力を持つフロードが勝ち進むことは大前提として、もしハリルたち三人のうち複数人が一緒に決勝へ進んでしまえば彼らは結託し、何もしなくてもフロードの勝利が確定する盤面を作られてしまう。
どんなルールでの戦いになるにせよ、この準決勝で最低でも一人か二人はグレートガベルのメンバーを叩き落としておかなければ、本当に勝ち目がなくなってしまう。
緊張感が張り詰める中、選手全員が不安定な闘技場の中央付近に陣取った。
すると、透明な壁の向こう側──あの狭く心許ない足場の方へと、リーフカンパニーのスタッフたちによって小さなポケモン達が次々と乗せられていくのが見えた。
海風に煽られ、バランスを崩して少しでも揺れたら落ちてしまいそうな小さな体。それが自分達選手と同じく十二種類いるのを見た瞬間、クランの背筋に冷たい悪寒が走った。
──嫌な予感がする。
『これより、準決勝を開始いたします!』
会場に響き渡るアナウンスが、無慈悲にルールを告げた。
『準決勝戦のルールは……【ゆらゆらお守りサバイバル】!!』
モニターに映し出された文字と共に、説明が続く。
『ルールは簡単! この不安定な足場の上で、海に落ちないように戦い抜いてください! ……ただし!』
ノウムの声が、悪戯っぽく跳ねた。
『外側の足場にいるポケモンは、出場者十二名それぞれに対応しています! もし出場者自身が無事だったとしても、外側にいる自分の対応するポケモンが海へ落下してしまった場合……その時点で、対象の選手は脱落となります!!』
「……は?」
クランの口から、呆然とした声が漏れた。
何を言っているのか、一瞬理解できなかった……いや理解したくなかった。
海に落ちるというのは、口で言うほど安全なものではない。高く作られたこの特設闘技場から落下すれば、大人であれば死ぬことはないにしても、無傷では済まない。
ましてやあそこの足場に震えながら乗せられているポケモン達は、まだ小さくか弱い個体ばかりだ。それに、全てが水に適応している水タイプのポケモンというわけでもない。
このまま、あんな高所から荒れる海へ落ちたら……?
「ふざけるな……!!」
クランの瞳に、激しい怒りの炎が灯った。命を弄ぶ悪趣味なゲームに対する強烈な嫌悪が彼の中で爆発しようとしていた。
この内容に違和感を感じているものはクランだけでない、ポケモン達を守る楽園として売り出していたリーフカンパニーが突如として露悪的な見世物のような戦いを始めたことにリョウガもミルトも不審がっているが……フロードは既に構えを取っている。
「お前の仕業かフロード!」
「どうした? 私に意識を向けてていいのか……こうしている間にもポケモンを落とすことなど簡単に出来るぞ」
キリキザンにBURSTしたフロードはグラグラ揺れることも構わず飛び跳ねて刃を振るい、動きにくい足場を足を取られたりポケモン達が心配で手出しができない。
進化もまだ程遠い生まれたてのように足場にしがみつくポケモン達は海に落ちそうな恐怖で泣き出しそうになっている。
覆われた壁がポケモン達を助けながら試合をするという手段すら阻害する……それどころかこれ見よがしにヒルグレイツはウルガモスの姿で揺らしてポケモン達を怯えさせる。
「キャヒャヒャ、ほらほらさっさとお前もBURSTしろよ、さもないとこのチビ共がどうなるかわからんぞ」
「くっ……ヒルグレイツめ!! あいつは絶対許さねえ!!」
「待ちなさいリョウガ! あんな挑発に乗っちゃ……っ危ない、私も禁句を言うところだった」
『ダメ』と言ったら逆に増長させる悪い癖を見事に利用されそうになったリョウガとミルト、冷静に考えて見て……これは特定のBURST戦士を文字通りふるい落とすような凶悪な罠が秘めている。
3回戦でヨーギラスが掘った穴から地下に進んだ時、クランがラムパルドにBURSTして重みで落下してあの空洞に落ちたことを知ってミルトは考えた。
BURSTによってポケモンと融合した先に肉体はポケモンの性質を得て……クランが手に入れたラムパルドのBURST戦士は見た目が大きく変化したこともあり考えた。
……体重もポケモンと同じものになる、つまりBURSTすることでシーソーのように一気にその方向に傾くことでポケモン達が一気に跳ね飛ばされてしまう……ということだ。
しかしリョウガからすれば元々怪力なこともありゼクロムが重かったとしても枷ぐらいの感覚。
「ミルト……俺、全然把握してないんだけどゼクロムって体重どれくらいなんだ」
「桁外れに重いわよ……何せ私たちよりずっと巨大なドラゴンタイプのポケモンだからね……ゼクロムの体重は……345キロよ!!」
「はあ!? じゃあ、もし俺がこの状態でBURSTしたら……そういうことか、じゃあフロードのキリキザンは!?」
「あっちは70キロ……重いけど人並みの数値ね、だからこそレシラムを出してこなかったとも言えるわ、あのポケモンも330キロあるから……」
そう、もしフロードがレシラムになれば体重差は15キロになるがフロードは飛行可能……そうなれば重力が一気に偏って大勢が脱落する。
ゼクロムになるということ自体がかなりリスクの高い行為に変わってしまい、迂闊にBURSTできない……もちろんリョウガだけに限らず、こうしてBURSTを利用して体重を変動させて頻繁に振動させる趣味の悪いショーだ。
「ポケモンと体重が同じになる……なら俺もまずいな」
重すぎるゼクロムも困りものだがクランの場合は逆に軽すぎる、フシギソウの体重はたったの13キロ。
BURSTしている時に体が軽く感じる事はよくあったが、フシギソウと一体化して力を得たのもあるがこの理論的には物理的に体が軽くなっているということだったらしい。
勝つことは当然意識しているが、ルールに縛られているポケモン達を見過ごせないのがトレーナーとしてのサガ。
悩んでいる間にも対戦相手が次々とBURSTしたことによって大きく揺れた足場は……遂に一匹ポケモンが落下していく。
その時、本能が反応した。
グダグダ言うより困っていたら手を出さなくては……気が付けば自分は手を伸ばしていた、フシギソウの体でツルのムチを引っかけて大胆にバンジーを行い落ちそうになっていたアゴジムシを救出する。
ポケモンを助けるという行為がいつの間にか当たり前になっていた、短い間だったがこれだけ自分は……真面目になれたのかな?
海に落ちる空中でアゴジムシを抱きかかえて後はつるのムチを引っ張り一気に浮上しようとする。
「……よし、もう大丈……」
しかし、クランにとって……いや、ここにいる全員が全く予想できなかった事が起きる。
……クランは突如寒気を感じて力が抜けていく、手を離しそうになるがよく見てみると……。
アゴジムシが……自身の腹部に何発もつららばりを撃ち込んで、貫いていた。
……大昔から言われていたが、ポケモンは危険な生き物だ、場合によっては簡単に人を潰せる。
しかしこれは……あまりにも予想していない形。
「……クラン? クラン!! どうしたクラン!!」
異常事態を察知したのかリョウガも急いでつるのムチを掴んで引き上げ……状況を理解する。
体に打ち込まれたつららばりの量が……あまりにもクランの体に多すぎる、それも小さな針が刺さってるとかではない、拳ほどの氷のトゲが何十発も……そんなことがあれば人間は……。
「クラン!! クラン────ーッ!!!!」