レジギガスを捕まえてなんとか大急ぎで元の場所へと舞い戻ったミルトたちだったが、眼下に広がる光景は目を覆いたくなるものだった。
マグマは彼らが離れていたわずかな間にもさらに勢力を増し、地下空間の大部分を赤々と飲み込みかけていた。焼け焦げるような熱気が肌を刺す。
「うわ熱ッ゙、ひどい有様……! 急がないとここも全部ドロドロになっちゃうわ!」
「普通に考えたらマグマって近づくだけでもヤバいのに平然とすぐ近くにいるんだよな俺たちは……」
ミルトが悲鳴じみた声を上げる中、クランはモンスターボールを構え、先ほど捕らえたばかりのレジギガスを呼び出した。
「頼む、レジギガス! あのマグマを止めてくれ!」
重低音の地鳴りのような鳴き声と共に現れたレジギガスは、迫り来る溶岩の海を見下ろすと、ゆっくりと巨大な腕を振りかぶった。
そして、その拳にすさまじい冷気を纏わせ、思い切り地面へと叩きつけた──れいとうパンチだ。
ズドォ゙ンッ!! とでもいいそうなすさまじい轟音と共に絶対零度の衝撃波が一帯へと放射状に広がる。
あんなに猛威を振るっていたマグマが、瞬く間に白い湯気を上げて急速に冷え固まり、黒曜石のような分厚い岩盤へと変貌していく。
「す、すげぇ……一発で! これが伝説のポケモンの力!」
リョウガが目を丸くして感嘆の声を漏らした。
レジギガスには『スロースタート』という特性があり、戦闘においては最初のうちは十二分に力を発揮できないことが特徴的なポケモンだ。
しかし、こと「大地を作り変える」という、この巨人が本来持つ環境適応・開拓のスケールにおいては、そんな制約など無いに等しい。バトルならいざ知らず、地形そのものを変えることなど造作もないことだ。
「よし、俺も手伝うぜ! あそこからまだマグマが吹き出してる!」
リョウガが指差した先には、地下深くからマグマが湧き出す大穴があった。
彼は近くにあった見上げるほどの大岩に抱きつくと、自慢の腕力でそれを持ち上げる。レジギガスもまた、隣のさらに巨大な岩塊を軽々と担ぎ上げた。
一人と一匹は息を合わせ、マグマが溢れ出す穴へと大岩を次々と放り込み、蓋をするように塞いでいく。
隙間から漏れ出る熱もレジギガスが冷気で固め、ついにマグマの進行は完全にストップした。少なくとも、これ以上環境が崩壊して酷くなるということは無さそうだった。
「……ふぅ、なんとかなったな」
「私もあれくらいできたらいいんだけど、リョウガみたいに馬鹿力にはなってないのよね……」
リョウガが額の汗を拭い、一息ついたその時だった。
作業を終えたレジギガスが、ふとリョウガの手元──より正確には、彼が持っている『ゼクロムのBURSTハート』をじっと見つめていた。
ピコン、ピコンと明滅する不思議な光の模様。レジギガスはゆっくりと手を差し出し、それを貸すように合図を送ってくる。
「ん? こいつが気になるのか?」
リョウガが首を傾げながらBURSTハートを手渡すと、レジギガスはその小さなクリスタルを巨大な掌に乗せ、おもむろに指を折り曲げた。
「おい、まさか……!」
クランが制止する間もなく、レジギガスはその圧倒的な握力でBURSTハートを力強く掴んだ──**にぎりつぶす**。
ミシッ、という嫌な音が響く。
これまでどんなに手を尽くしても、どんな強い衝撃を与えても決して傷つくことさえなかったオリジナルのBURSTハート。それが今、伝説の巨人の手によってミシミシと音を立てていた。
やがて、レジギガスがゆっくりと手を開く。
そこに残っていたのは、砕け散った破片ではなく……真っ黒で、表面に不思議な凹凸を持つ、真ん丸な球体だった。
「あれは……」
クランは息を呑んだ。トレーナー時代に文献で見たことがある。
伝説のポケモン『ゼクロム』は、その肉体が滅ぶ時、自身の姿を『ダークストーン』と呼ばれる黒い石に変え、新たなる理想の英雄を待ち望むという伝承を。
「まさか……BURSTハートに閉じ込められていたポケモンが、レジギガスの手で解放されたというのか?」
クランの言葉に、リョウガとミルトもハッと目を見開く。
クランはすぐさま、自分が持っていたフシギソウのBURSTハートを取り出した。さらに周囲を見渡せば、ジガルデから弾き出された人々が残していった大量のBURSTハートが、固まった岩盤の上に無数に転がっている。
クランはそれらをかき集め、レジギガスの前に差し出した。
「レジギガス、これも……出来るか?」
レジギガスは静かに頷くようにピコンと光を点滅させると、クランのフシギソウのBURSTハートを受け取り、再び『にぎりつぶす』で力強く握り締めた。
パキィン、という甲高い音が響き、ゆっくりと指が開かれる。
そこにあったのは──緑色の斑点模様がついた、まるで小粒のタマゴだった。
「タマゴ……? でも、すごく小さいわ」
ミルトが顔を近づける。ポケモンがタマゴから還るのは周知の事実だが、一般的に見られるポケモンのタマゴに比べると非常に小さい。そう、元のBURSTハートと全く同じサイズのタマゴなのだ。
「まさか……そうか。壊したんじゃなくて、圧縮して作り直したのか……?」
クランは震える声で呟いた。
レジギガスの『にぎりつぶす』は、単なる破壊の技ではなかったのだ。
BURSTハートという歪な結晶を形成するエネルギーを中心に圧縮させ、石として分散・固定化されていたポケモンの生命力を一点に集中させる。そして、新しい命の形として変換し、擬似的な転生に近い状況を作り出したのだ。
……ふと、クランの脳裏に一つの考えがよぎる。
イベルタルは過去に幾度となく現れ、空を破壊し、繭に還ると共に多くの命を奪い、ポケモンをBURSTハートに変えていった。
それほどの圧倒的な破壊と死の連鎖がありながら、それでも尚、この世界からポケモンが絶滅することはなかった。
それはきっと、命を与えるゼルネアスだけでなく、このレジギガスのような「作る」力を持った他の伝説のポケモンたちが、破壊された命をこうして再構築し、密かに世界を繋ぎ止めていたから……なのかもしれない。
やがて、残された全てのBURSTハートを作り変え終えたレジギガスは、山のように積まれた小さなタマゴたちを、その巨大で無骨な腕でそっと優しく抱え込んだ。
ズシン……ズシン……。
新たな命のゆりかごとなった巨人は、静かに、そしてゆっくりとクランたちの前から歩き去っていく。
破壊された世界に、再び生命を芽吹かせるために──。
「行かせてよかったの? 一応捕まえたのに」
「……いや、レジギガスがそれを選んだんだ、俺達を少しでも助けてくれただけでもいい、利用するだけの関係にはなりたくないしな」
レジギガスを逃がしたわけではない 、レジギガスの方からボールから抜け出したのだ。
モンスターボールは一説によれば捕まえても飼い主に懐く性質は一部の物を覗いて存在しない、ポケモンがこの主人なら住心地がいいと判断して時には自ら出ていくこともあったという。
現代ではロック機能も当然付けられたが、電気が通っていない今ならポケモンも出ることができる、イベルタルの方はマスターボールの方に強力なロック機能が装着されているので問題ないが……。
「クランはなんでそんなこと知ってるんだ?」
「ん? ああ、仕事中にラズから聞いたんだよ、あいつミノムッチ持っていただろう? あいつ意図的にロックを外してたらしくてな……なにかあったときにも逃げられるようにって……」
ミノムッチもまたラズと共にポケモン達のところにいるのか? 合流できていないが……また会えることを信じて繰り返し環境保全を続けていく。
──
環境保全の為に下の世界を作り直すようにしてから早くも3日、ここに来てミルト達も空腹を感じるようになっていた。
というよりはここまで動いていながら全く飲まず食わずでも活動できたことにも、それに気付かなったことにも驚く。
ずっと冷えた溶岩を取り除いたり人工的なBURSTハートから解放した草ポケモンや水ポケモンなどで少しずつそれらしい環境は形成する準備は取れてきたのだが、まだ食物連鎖の流れを取るには至らない。
木の実は非常用にある程度保管しているがその大半がまだ栽培に回したい。
何よりも問題は飲水として使える水の量だ。
地下水なんてものは元々ないしいくら身体が変わったからといって飲んで問題ないという保証はない。
では上から調達するのか……? 身分を証明出来るものがないのは前も考えた通りだし倫理的に略奪するようなことが、どんな状況でも肯定されていいわけがない。
フロードはこれを狙っていたのか……? 塔を這い上がり上に向かった先としても、ここでどうにか乗り越えて下で生き抜いたとしても……結局は同じ、そう言われてるような感覚がする。
「……とりあえず次の目標は水と食料、私だけじゃなくてポケモンと人間の何千何百とまとめて……いや無理じゃない? 出来る範囲超越してるわよ」
サバイバルどころか1から全部作るなんてゲームですら到底めんどくさいというのにここから三人で出来ることなどあるのか、世界の上の方で未だに他の人達を冬眠状態のように寝かせているので返ってエネルギー消費を増やすことになる。
こういう時こそポケモンの力でなんとかならないものか……? と考える。
「ポケモンって食べられるのか?」
「え? ……まあ、食べられるっちゃ……食べられるわよ物によっては、ヤドンの尻尾とかその辺」
「時を操るディアルガが倍速させて植物が実ったりとかしないものだろうか……」
「そんな都合よく伝説のポケモンがあちこちで発見されるわけないでしょ、神殿にいたレジギガスはともかく……」
考えても余計に腹が減るだけなのに何も進む気配がしないが、ミルトはナマコブシを撫でながら過ごす。
思えばBURSTハートで初めてミルトが手に入れたのがこれで、とびだすなかみだけ存分に活用したものだ……というか、これを使いすぎた影響か今のままでも舌が結構伸びている、チロチロと大きく伸びる舌を広げて……空を見る、綺麗な青空が照らし……照らし。
照らす? 地下なのに?
「ちょっと待って、色々ありすぎて頭から抜け落ちてた……というかここのところそんなのばっかだけどさ、なんで朝と夜があるのここ……?」
ちょっと余裕が出来たので頭が回ったので浮かんだのが、ここが地下ということを思い返すと朝から晩までが存在するのがおかしい、それはつまりここにも太陽(あるいはその代わり)が存在することになるが、これが仮に巨大な電灯のような存在だった場合、イベルタルが風穴開けた時点で全て壊れてずっと夜になるほうが自然だが、今も変わらず一定の周期で日が沈んで夜になり眠れば朝になる。
この場所の明かりとなるのはどこだ……?
「空に行ってみましょう! もしかしたら何かあるかもしれない……!」
ミルトの言葉に背中を押されるように、彼らは行動を開始した。
目指すはこの世界の光源──ずっと高く、遥か上空にある『太陽』の秘密を辿ること。
ミルトはリョウガを連れてバルジーナに、そしてクランはウォーグルに掴まり、一行は大空を一気に上昇していく。
地上で猛威を振るっていたマグマの熱気はとうに消え、代わりに肌を刺すような冷たい風が頬を打つ。
やがて彼らは、イベルタルが圧倒的な力で穿ち、破壊した空間の大穴──上の世界へと繋がる裂け目と同じ高さの空域へと辿り着いた。
「ここから上に行けば、あの太陽の正体がわかるはずなんだけど……」
ミルトがバルジーナの背から身を乗り出し、さらに上の空へと手を伸ばす。しかし、そこで奇妙な現象が起きた。
何らかの硬い壁にぶつかるような感触はない。目に見えない天井が蓋をしているわけでもない。だが、どれだけ鳥ポケモンたちが羽ばたいて上昇しようとしても、穴より上へと進む感覚が全くしないのだ。
横からその光景を見ていたクランの目には、必死に空を掻く彼らが、ずっと同じ空間に縫い留められたまま静止しているように見えた。
「……どうなってるんだ? これ以上上がれないぞ?」
リョウガが訝しげに呟き、試しに手頃な石がポケットに入れていたので真上に向かって力いっぱい投げ放ってみた。
ヒュッ、と風を切って飛んでいった石は、穴の上端と同じ高さに到達した瞬間──空中でぴたりと不自然に静止した。
そして、まるで水の中に沈むかのように、じわじわと時間をかけてゆっくりと落下し始めたのだ。
「物理的な壁があるわけじゃない……。これ以上近づけないようにするための空間的な仕切り……いや、拒絶に近いのか?」
クランは目を細める、この不可視の障壁の正体は一体なんなのか。
そして何より不可解なのはここまで強固な拒絶が存在するというのに、なぜイベルタルはあっさりとこの障壁を破壊することが出来たのか、ということだ。
「ウォーグル、エアカッター!」
「バルジーナ、あくのはどうよ!」
クランとミルトの指示のもと、二匹のポケモンが障壁とおぼしき空間に向けて技を放つ。
鋭い真空の刃と、負の思念の塊が空めがけて激突するが、イベルタルの攻撃の時のように空間にヒビが入ったり、空が砕け散ったりする様子は微塵もない。虚空へと吸い込まれ、ただ掻き消えるだけだった。
「……ダメね、びくともしない。やっぱり、イベルタルみたいな特別な力じゃないと壊せないのかしら」
ミルトが諦めかけたその時、クランの脳裏に一つの突拍子もない仮説が閃いた。
「……いや、違うかもしれない。『壊す』というアプローチが間違っているとしたら……少しここで待ってろ。一度下に降りる」
クランはそう言い残すと、急降下して地上へと戻っていった。
数分後、ウォーグルに指示を出して彼が空へ担ぎ上げてきたのは、一匹の『タブンネ』だった。
突然の高空飛行に最初は怯えていたタブンネだった。
イベルタルによって無惨に割れた空の穴の断面を見ると、ピクッとその大きな耳を動かし、何かを感じ取ったように表情を変えた。彼女は、クランが自分をこんな空の上まで連れてきた目的を、はっきりと理解したようだった。
「こんな空の上まで連れてきて悪いな……頼む、『いやしのはどう』だ」
クランが静かに命じると、タブンネはこくりと頷き、両手を前に突き出した。
ぽわわわん、という温かく優しい光を伴った治癒の波動が、タブンネを中心にして周囲の空間へと広がっていく。その光がイベルタルの開けた空の大穴に触れた途端──
「嘘でしょ……!」
ミルトが息を呑んだ。
ひび割れ、虚空が覗いていた空間の穴が、まるで生き物の傷口が塞がるように、端の方から少しずつ、しかし確実に繋がり、修復され始めたのだ。
「空が……治っていく……?」
リョウガも信じられないものを見る目でその光景を見つめていた。
タブンネはその技の通り献身的で優しい性質を持つポケモンが多い。
そして何より、非常に優れた聴覚で相手の鼓動や体調の変化を聞き分ける能力を持っている。
タブンネはあの空の穴の断面から、怪我をした際のような 「変化」を聞き取っていたのだ。そしてその反応こそが、クランが地上で思い描いた想像を、確信へと至らせていた。
「……この下の世界が『日本という世界の地下』だというフロードの言葉は、正確な答えじゃなかったんだ」
クランは、修復されていく空を見つめながら静かに語り出した。
「イベルタルの『デスウイング』で破壊され、タブンネの『いやしのはどう』で傷が塞がる。……過去に何度か空に穴が空くような事件があったはずなのに、その痕跡が完全に消えていた理由もこれで説明がつく」
「どういうことだよ、クラン……」
「この空が……いや、下手すればこの世界自体に、『命』があるってことだ」
クランの言葉に、ミルトとリョウガは絶句した。
破壊と治癒。それは無機質な物質に起こる現象ではない。生命活動そのものだ。
「つまり、簡単に言えば……俺たちが今いるこの世界全体が、一つの巨大な生物……ポケモンかもしれないし、そうじゃないかもしれない、とんでもなく巨大な生命体の『身体の中』ってことだ」
頭上で輝く作り物の太陽、拒絶する細胞壁のような不可視の仕切り……そして、血肉のように癒える空の傷口。
彼らが生き抜き、守ろうとしていたこの環境保全の箱庭は、想像を絶する巨大な命の胎内に作られたものだったのだ。
「……生き物? つまり俺たちは腹のなかにいるのか? そのめちゃくちゃでっかいポケモンの」
「まだポケモンと決まったわけじゃない……」
「決まったわけじゃなくても……ここがそういった体内であることとどう関係があるの!? いくらポケモンでも体の中に世界が作られるなんてファンタジーでも説明しきれないでしょ!?」
「……フロードが言っていただろう、上の世界には『人間』と『人間だったもの』の2つあると……だったものというのがコレだとして、俺たちは元々なんだった?」
「人間みたいなものだけど曖昧みたいな態度……」
「そして今の俺たちは? 一度ジガルデという存在になって融合……同じ人間だったものなら原理は同じだろう」
「……クラン、貴方もしかしてこう言いたいの? ここの世界の正体がパーフェクトジガルデみたいに色んなものが混ざった存在って」
「色んなものなんてぼかした言い方はしなくていい……人間だ! ここにあるものは全て、一度人間や動物がこの塊のなかでリサイクルされて変質したものだ! ポケモンは……そうやって動物を超越して進化したんだ!」