無機質な金属の壁と、冷たい蛍光灯の光だけが延々と続く廊下。
しばらく全力で走り続けても、全く出口はおろか、外の空を見通せるような窓一つ見えてこない。
ここがどこなのか正確な場所は分からないが、間違いなく自分達が先程まで過ごしていたあの世界──地下に広がる生物の身体の中によって構成された神秘の自然──ではないことだけは確かだった。
息を切らせながら今度は交代してリョウガがミルトを肩に担ぎ上げて走っていると、脇に抱えられていたクランがようやく目を覚ました。
「ん……痛っ……これは一体、どういう状況だ?」
クランはガンガンと痛む頭を押さえながら、上下に揺れる視界の中で周囲の異様な景色を見回した。
「俺もよく分からない……目を覚ましたら変な学校にいて、ミルトに助けられて飛び出したらこんな場所だ。けど……多分ここって、ミルトが1回入ったっていう『上の世界』なのか?」
走り続けながら問いかけるリョウガに対し、肩に担がれたミルトが険しい顔で頷く。
「ええ、そうね……ここは2068年の日本。多分、私が向こうの人間を突き飛ばして下に出ていってから、ずっと目をつけられていたんだと思うわ」
ミルトが以前上の世界から脱出する際、入り口だったマンホールの周辺は、警察車両や立ち入り禁止テープで大規模な通行止めが敷かれていた。
彼女はそれを強引に乗り越えてリョウガ達の世界へと帰還したため、いずれ上から追手が来たり監視の目が厳しくなったりすることは想定していた。
しかし、まさか唐突にベリーの手によって意識を奪われ、いかにも敵の本拠地のようなこの巨大施設に直接送り込まれるなどとは予想外だった。
「でもイベルタルが破壊して作った穴は、タブンネの『いやしのはどう』で癒えて完全に塞がったはずだから、普通なら上からは入れないはずなんだけど……」
ミルトは唇を噛む。いや、むしろ塞がれてしまったからこそ、彼らは強引な手段でこちらへ攻め込んできたのかもしれない。
意識を失う直前、リョウガ達は世界がひっくり返るような強い揺れを感じていた。まるで、塞がったマンホールの穴めがけて、途方もなく巨大で重い何かを強制的に叩き落としたかのような──。
一つだけ確かなことは、この上の世界は現在ろくでもない状況に陥っており、下に生きる自分達やポケモン達に対して、極めて悪辣な企みを抱いているということだ。
その証拠に、今駆け抜けている研究室へと続くような通路の両脇には、おぞましい光景が広がっていた。
分厚いガラスの培養槽がいくつも並び、その緑色の液体の中には、BURSTハートに入れられてた時のように生きているのか死んでいるのかも分からないポケモン達が浮かんでいる。いや、よく見ればそれは純粋なポケモンではない。元のポケモンの面影を残しながらも、全く別の生物のパーツが混ざり合ったような、異形の姿をしたものばかりだった。
相当な時間をかけて下からポケモンを回収し、非道な研究を繰り返してきた形跡がそこにあった。
「これは……ひどいな……」
クランは培養槽の中に浮かぶ、見覚えのあるポケモンの特徴をツギハギにされたような、例えるならまるで『マガイモノ』のような痛ましい姿を見て、顔面を蒼白にした。
「もしかして、全く別のポケモン同士の遺伝子を組み合わせて……新しいポケモンを人工的に作ろうとしているんじゃ……!」
クランの言葉にリョウガとミルトが戦慄した、まさにその時だった。
通路の奥、そして背後から、けたたましい警報音が鳴り響き、分厚い自動扉が次々と落下してきた。
「しまっ──!」
ガァン!! という重たい金属音と共に、前後の退路が完全に絶たれる。四方を強固な壁に囲まれ、いよいよ逃げ場がなくなったかのように見えた。
しかし、リョウガは焦ることなく周囲を見渡し、壁の隅にある古びたシャッターのようなものを発見する。
「よし、ここなら……開くか!!」
リョウガはミルトとクランを下ろすと、シャッターの下の隙間に指をねじ込んだ。全身の筋肉を軋ませ、ここまで鍛えてきた規格外の力で強引に上に持ち上げる。
メキメキと金属が歪む音を立ててシャッターが跳ね上がり、そこから奥の薄暗い空間へと三人は転がり込んだ。
埃っぽいその部屋を見渡して息をつこうとした瞬間、暗がりから聞こえてきた声に、リョウガ達は息を呑んだ。
「ほう。まさかこんなネズミの抜け道のような場所から現れるとはな……だが、そちらから見れば私の今の姿は滑稽か?」
そこで待ち構えていたのか、あるいは彼自身も別の場所からここに誘導されてきたのか。
声の主は、余裕の笑みを浮かべたフロードだった。
「フロード……! まさか、ここもお前が仕組んだのか!?」
リョウガが即座に警戒して身構えるが、フロードは肩をすくめてみせた。
「この場所で私を『フロード』と呼ぶということは、お前たち、下でポケモンと過ごしている者ぐらいだな。……残念だが、この悪趣味な歓迎は私の仕業ではないな」
フロードは忌々しそうに、上の階層を睨みつけるように視線を向けた。
「私がしばらく上に来ていない間に、私や『あの世界を作った奴』から見ても実に面倒な女が、こんな国で『大総統』と呼ばれるまで出世していたらしい……」
フロードの言葉にリョウガ達が眉をひそめたその時、フロードの背後にある巨大なガラス張りの向こう側で、ゆっくりと蠢く巨大なシルエットが目に飛び込んできた。
自分達がここに辿り着くまで、フロードはずっとその正体の知れない巨大な影のそばに佇んでいたのだ。
「あれは相当手強いぞ……」
フロードは、かつてないほど真剣な、そして僅かに高揚を含んだ声で告げた。
「『アルカデス』がくる」
「あ……アルカデスだと!?」
下の世界で伝わる、ポケモンと融合するBURST戦士達の頂点。
継承するための石像はまだ回収していないはず、だが実験を行えば……?
いや、そうではなかった……来たものはアルカデスどころか、人間やポケモンと呼べるものですらない。
名称するなら……そう、この世の地獄。
フロードも代弁するように答えてくれる。
「この世で一番強いポケモンは何か……いわゆるロマンの話だが考えたことはあるか?」
全てを作り出したスケールの大きいポケモン、単純に鍛え抜いて頂点に立ったポケモン、どんな攻撃も通用しない無敵のポケモン……最強にも様々な方向性があるが、この国でポケモンを知った時に取った行動とは……。
「奴らは強いポケモンの『強い部分』のみを繋ぎ合わせて最強のポケモンを作ろうとした……ミラージュシステム抜きでもここまでやれるとはな」
そもそもアルカデスとはタイプを自在に変えられるポケモンの力を超越した存在、そして直ぐ側にいるアルカデスと呼ばれたものは……表現としては全てのタイプの取り付けられている。
何せ……
「う……うあっ……」
……ツギハギのように本当にポケモンの『強い部分』を物理的に継ぎ合わせたような見た目をしている。
ミルトも思わず引くような、恐怖を感じたような言葉が漏れる。
身体の大部分はクレベース全身を用いて、バランスを取れる足にするためにドダイトスの要素が組み込まれている。
そこから身体が生えてカイリキーの胸筋、4本の腕はガルーラの腕、ミミッキュの中身、サザンドラの3つの頭、メタグロスの足が不器用に取り付けられている。
背中にはファイアローの翼が生えており、巻き付かれるように、あるいは寄生しているようにドラピオンの上半身が張り付いており……そこから付けられた頭はバンギラスであり、腹部には雷マークと共にコアのように貼り付けられたマルマインの姿。
これが……ポケモンとでもいうのか? それはあまりにも……言葉に出来ないほどにおぞましい。
「ポケモンの命をなんだと思っているんだ……!」
怒りを抑えきれないクランを尻目に、嘲笑するようにフロードは諦めた顔で答える。
「命? あんなもの奴らにとっては命ではない、ポケモンなど所詮は1000種類いる使い勝手のいい道具であり……昔からずっと自分達だけが楽しい物語を実行するためのただの役者だ、私やお前達も含めてな……」
力強く、大きく、それでいて不快な地響きを立てながら『アルカデス』と名付けられたその異形の存在は、ゆっくりと足を踏み出し、クランたちの方へと迫ってきた。
クレベースの巨躯にドダイトスの要素が入り混じった下半身が、圧倒的な質量となって押し寄せる。カイリキーから連なる四本の腕が不規則に蠢き、サザンドラの三つの首がそれぞれに異なる属性のエネルギーを口元にチラつかせていた。
様々なポケモンの『強い部分』だけを無理やり繋ぎ合わせた古代ならマガイモノと呼ばれそうな存在……それが次にどんな攻撃を仕掛けてくるのか、全く予想すらつかなかった。
「……ミルト、モンスターボールはやはり取り上げられていたか?」
後ずさりしながら、クランが切羽詰まった声で尋ねる。
「当然そうするわねって所よ……だから逃げながら回収したかったんだけど……」
ミルトは悔しげに唇を噛み締めた。
目覚めてからすぐに施設を強引に突っ込んで脱出を図ったため、自身の相棒であるバルジーナのモンスターボールを回収する余裕などなかった。
いや、それだけではない……今彼女の手元にないのは、マスターボールに入れていたあの『イベルタル』も同じなのだ。
命がけの苦労をして捕まえた、破壊の化身とも呼べるあのポケモンが直ぐ側にないばかりか、敵の手に落ちているかもしれない。
それがどれほど恐ろしい事態を招くか想像に難くないが、今のクランたちにはそれを不安視する余裕すら残されていなかった……目の前の悪夢のような現実が、容赦なく彼らの命を刈り取ろうとしているのだから。
頼みの綱であったBURSTハートも代わりの命を預け、今はもう存在しない。
クランたちは、この逃げ場のない部屋の中で、迫り来る未知の攻撃を生身で避けるのが精一杯だった。
ポケモンを超越した……もしくは冒涜したアルカデスの力は、ほんの少しでも掠れば命取りになることは火を見るより明らかだった。
サザンドラの首の一つが放った灼熱の炎を間一髪で躱し、メタグロスの脚による鋭い刺突を転がって避ける。防戦一方の絶望的な状況下にあっても、リョウガの瞳から光は消えていなかった。
「うおおおおおっ!!」
リョウガは数々の凶悪な攻撃を紙一重で掻い潜ると、アルカデスが踏み下ろしてきた巨大な足を、生身の両腕で真正面から受け止めるが、ミシミシとリョウガですら全身の骨が悲鳴を上げる。
その無謀とも言える姿を見て、フロードは手を貸そうとはせず、ただ冷徹に、助言するように語りかけた。
「やめておけ。君が無理と言われて引かない性分であることは理解してきたが、突破口となる選択が何も見えないことを先駆者は『無理』と名付けてきた。がむしゃらに力任せに行動することは、それを乗り越えることとは違う」
「嫌だ!!」
圧倒的な質量に押し潰されそうになりながらも、リョウガは血を吐くような声で叫び返した。
「俺はずっと、アルカデスに会うために強くなって、旅にも出て、クランやミルトや……色んな奴と会ったり、戦ってきて……俺が会いたかったアルカデスは、こんな……こんな悲しい化物じゃないんだ!!」
人並み外れた馬鹿力を持つリョウガでさえ、複数体分のポケモンの体積と力を持つアルカデスの身体はあまりにも重く、容赦なくのしかかって膝が床に沈み込みそうになる。
しかし、元々頻繁に降りかかる『無理』を否定し、気合いと根性で乗り越えてきた彼が、こんな場所でこんな偽物の前で止まるわけにはいかなかった。
「……フッ、違いない」
その時、リョウガの隣にクランが滑り込んだ。
彼もまたアルカデスの巨大な足に手を添え、共に抑え込む。
「このまま何もしなくても命が尽きるかもしれないんだ。ならば、せめて一泡吹かせて、やってやった感だけでも残して足掻くのが、俺たちらしいのかもしれないな……!」
クランとリョウガが、決死の抵抗を見せたその瞬間だった……極限状態にあった二人の身体に、奇跡のような変化が起きた。
もう既に、融合するための触媒であるBURSTハートは持っていないはずだった。しかし彼らの身体の奥底から、眩い光と爆発的なエネルギーが溢れ出し、その力は、アルカデスの絶望的な重圧を、じわじわと……しかし確実に押し返し始めた。
それは紛れもなく、彼らがかつて身に纏い、共に戦ってきたポケモンの力だった。
幾度となくポケモンの力を借りて融合を繰り返してきたことで、彼らの身体は、気がつけばBURSTハートを必要とせずとも、ポケモンと同じ性質やその力の片鱗を引き出せるようになっていたのだ。
受け継がれた力を通して……ポケモンと人間は、たとえ石になってしまっても、遠く離れ離れになっても、その絆が決して失われていないことを証明していた。
リョウガの身体から、漆黒の稲妻が迸る。それは、彼が心を通わせた伝説のポケモンの力。
信じられない光景を前に、ミルトは震える声で呟いた。
「なったのね……リョウガ、ゼクロムに……!」
「よし!! これで……」
アルカデスは特定ポケモンの部位を組み合わせているということは、タイプもその部分に適応している。
ゼクロムやフシギソウの力がよく効くみずタイプのポケモンが使われているところがどこかにあるはずだ……そうして見つける、尻尾の所がオーダイルを元にして作ってある。
そこの部分にめがけて二人は稲妻とタネばくだんの両方をまとめて構える。
勝負は一発で決まる……。
「電撃完波!!」
「タネばくだん!!」
攻撃が一気に振り注がれてアルカデスは怯み……足元がふらついて遂に倒れる。
「やったの?」
「いや、それだけなら想定外のダメージで気絶しただけだ……しかし奴らにとっては『最強』の敗北すら死と同じく重い、実験は終わるだろう」
その言葉通り全ての扉が開き、フロードはキリキザンの姿でBURSTして天井を切り刻み去っていく。
「またどこかで会うだろう、今度は『フドウ・ブロッサム』として、相対する時を楽しみにしている!」
「待て! フロード!」
フロードはそのままテレポートのように高速で跳んでいき姿を消す……一体彼は何をしていたのか、何故ここで再会したのか分からないが……今はここから逃げ出すことを考えることにして、開いた扉を大急ぎで進むと目の前にはモンスターボールとマスターボールが。
パソコンで解析すると……しっかりバルジーナとイベルタルのデータがあったので逃がされてはいないようだ、ロック機能様々である。
「あった! 後は急いで逃げないと……」
「フロードみたいに上から行くぞ……追っ手が来たら厄介だしな」
バルジーナを出してフロードのように一気に空から抜け出し……窓が見えてきたので一気に外へ突っ込む……。
「なんだ……?」
クランも言葉に詰まってしまう、外から見えたものはミルトが聞いていた普通の街どころか見渡す限り要塞ではないか……?
自分達はこんなところに送り込まれた、少なくとも下から……しかしミルトは大きく首を振る。
「いやいや……私が上がった時は普通のマンホールから出てきて普通の街に辿り着いたのよ!?」
「となれば一気にここに連れて込まれた……と考えるのが自然なところだろう……目をつけられたことでな」
「……他の人達も心配だ、まだ眠っているのか捕まってるのかどっちかな?」
「捕まってるにしても……私は結構動き回ったけどそれらしい痕跡はなかったわ、ひとまず今は……何処に行くかよね」
下の世界に戻るにしてもこれまでのことを考えると先回りしていてもおかしくないし、カルタ達もどうなったことか……。
かといってこの場所に逃げ道などないし、何故こうなったのかも見当がついていない。
自分達はこれからどうすればいいのか、逃げてみれば分かると思ったが……分かったことはポケモン達がとんでもないリサイクルされていたことだ。
「……どこに行くにも地獄か」
「ごめんなさい……私がゼルネアスを追いかけなければ……」
「ミルトが悪いわけじゃないだろ! こんなものを作ってポケモンを利用しているコイツら……」
話がまとまらず、見つからないように空を滑空していると背後から羽ばたく音が。
追ってかと思って構えると……なんとそれは、ピジョットに乗っているラズの姿だった。
「クランさん無事ですか!?」
「ラズ……どうしてここに!? ここは危険だ!」
「大体のことはミノムッチから聞いてます! 僕についてきてください!」
ラズはピジョットに指示を送り、キリモミ回転でさらに上の方に行き……ベリーに先ほどはめられたばかりだったとはいえラズのことは信じたいと、一緒に追いかけることに。
──
「クランさん、小耳に挟みましたがクランさん達も……ポケモン達の住処を作ろうとしてくれたんですね」
「ああ、ポケモン達に力を貸してもらうことも度々あった」
「フシギソウは助けられましたか?」
「ポケモン達のおかげで新しい人生を歩める、だから俺も新しい道を模索しようというところでコレだ……ラズ、お前の方は? というか……ミノムッチはどうした?」
「ミノムッチは……その、立派になりました! ♂だからガーメイルに進化して、もっと色んなポケモンを助けたいと羽ばたいて……独り立ちを見送りました」
「そうか」
成長したラズ、ミノムッチの別れ。
……その姿を、優しく羽ばたくガーメイルが眺めていたが……。
「しかし参ったな……絶対に人間になるという保証はないとはいえ、まさかミノムッチの身体とは……まあ、記憶を取り戻すのにアホみたいに時間かかかったのもあって、ノウムは俺が誰になっているか気付かず帰ったし結果オーライか、俺も次の時代に行くか」