折れた鉤爪に応急処置を施したウォーグルをドサイドンが背中に担ぎ、一行は静まり返った夜の森を歩いていた。
気が付けば、空には月が高く昇り完全な真夜中となっていた。
街の明かりはまだ見えず、周囲は深い闇に包まれている。
足取りは重く、何よりラズの心は暗雲に覆われたように優れない状態だった。
特定のBURST戦士にとって、ポケモンとは一方的に『心を通わせた』と解釈した後に、ただの武器として使い潰す存在。自分の力として振るうことに何の疑問も抱かない人間がいる……。
ポケモントレーナーの中にも善悪があるように、BURST戦士にも相容れない思想が存在し、それがぶつかり合うことはこの旅において避けては通れない道なのだと思い知らされた。
彼女達のリーダーだったという男、ガリュウ。
かつてゼクロムを相棒とし、グレートガベルに立ち向かうためにゼクロム自らが進んでBURSTハートに封印されたという話。
ラズにはにわかには信じ難かった……いや、信じたくなかったのかもしれない。
もしそれが事実だとしても、下手すればゼクロム達の自己犠牲は過剰に神格化され、ただの美談として語り継がれた結果として周囲の人間たちに「ポケモンを封印して力にしてもよい」という、とんでもない凶行を引き起こす免罪符になってしまったのではないか?
「俺は、ポケモンと心を通わせるっていうのは『思い出を捧げること』だと思ってる」
重い沈黙を破るように、前を歩いていたクランがぽつりと呟いた。ラズを慰めるために言葉を探したのだろう。
「いつか解放されたときに、どんなことをしてやれるか……カンショウは、ニューラとの思い出が何一つなかった。悲しいが、それだけだ」
そう口にしながらも、クラン自身も内心では強い疑念と葛藤を抱いていた。
これまで彼がハートブレイクとして破壊してきたのは、グレートガベルの作り出した出力が低く壊せばポケモンが解放されるものだった。
だが、自分が持っているフシギソウのハートや、そのゼクロムのハートのように、現状では永久に封印される強固なものも存在する。
……あの時、自分は大きな間違いを犯したのだろうか?
多少強引にでも、カンショウからニューラのBURSTハートを奪い取るべきだったのではないか? そんな後悔が頭をよぎる。
一方、ウォーグルを担いでいるドサイドンは、片側の大きな指で器用にそして素早く小型端末を操作し続けていた。この間よりもずっと打鍵が早く、まるで膨大な情報を大至急でどこかへ伝え、また受信しているかのようだ。
やがてドサイドンは操作の手を止めると、ベリーの方を振り返り、小さく唸り声を上げた。
超能力で心が多少読める彼女に対し、自分の代わりにクラン達へ伝えるよう誘導しているのだ。
「……会ってみないかって」
ベリーはドサイドンの意図を読み取り、静かに口を開いた。
「その、リュウさんの息子……今の、ゼクロムのBURSTハートの持ち主に」
その言葉に、クランとラズは足を止めた。
自分達とはまた違う場所で、ゼクロムという強大な力を振るい冒険をしているであろうその人物。
ドサイドンの情報網によれば、方角と時間を調整すれば、明日にも彼らの進行ルートと合流することが可能だという。
クランは息を呑んだ。
見極めたかった……その人物もまた、自分と同じようにアルカデスを目指しているのだろう。
その時、彼はポケモン達にとっての真の救世主となり得るのか?
それとも……。
(もしかしたら、向こうも俺達のBURSTハートを手に入れようと襲いかかってくるのかもしれない……)
警戒すべき要素は山ほどある。だが、避けては通れない道のような気もしていた。
「なるべく争い事にはしたくないな……」
クランは背後の眠るウォーグルをちらりと見て、静かに言った。
「俺達にとっては、このウォーグルの方も大事だ」
さらに少し森を歩いていくと、木々の隙間から古びた小さなロッジが見えてきた。
「一度ここで休ませて、出発は明日だ」
クランの言葉に全員が頷く。未知の強大なBURST戦士との邂逅という新たな緊張を抱えながら、一行は休息を取るべくロッジの扉を開けた。
扉の先にはもう既に先客がおり、ラズより少し下の年頃の少年が休みを取っていた
「あっ、誰か入ってきたな……ポケモンを連れてるのか?」
「すみません、ちょっと怪我しているポケモンがいて……って、あっ!」
「怪我したポケモン? ちょっと見せて……って、ラズ!?」
「ミルト!? どうして……あっ!! まさかゼクロムのBURST戦士と接触したのって君!?」
「えっ……まあ、うん……こっちも連絡来たときは驚いたけど」
──
そういえば以前ゼクロムのBURST戦士について調べていたとき、偶然彼と接触したHAMのメンバーがいる……のような話はクランも聞いたが、こうしてラズ達と同じ隊服を着ているバルジーナを連れた少女……ミルトこそがそうらしい。
ドサイドンはウォーグルを下ろすと、ミルトのことをじっくりと確認しているが、ミルトとしては苦手意識があるのか少し離れようとする。
「あ……はは、チーフ来てたんだ……スパルタすぎて私苦手だったんたけど……」
「そういえばミルト、なんかの組織入ってるって言ってたもんな」
「ミルト、もしかしてこの子が……ガリュウさんの息子ですか」
「父さんの事を知ってるのか!?」
少年はミルトに聞く前に父の名前を聞いた途端身を乗り出してラズに詰め寄るがミルトが裾を引っ張って制止する。
やはりこの子が例の……ゼクロムを継いだ少年で間違いないようだ、一見すると自分達のようなポケモントレーナーと同じに見えるが……。
「定期的にチーフから連絡してきたことも考えると……情報を共有する必要がありそうね……ここにいるリョウガのこと、知るべきだし」
ラズ達とミルトはお互い何が起きたのか話す。
ここにいる少年……リョウガと出会い、流れるようにBURSTハートのことを知ってからはBURSTハートなどの調査を行う形で同行し、彼の旅に付き合う形となったとか。
ラズ達が任務中にクランと会ってからの流れとほぼ同じだった。
「それで貴方は……元々トレーナーでBURSTハートから相棒を解放するためにグレートガベルと戦ってるのね」
「ああ、フシギソウは特殊な形らしくてな……グレートガベルの作ったハートは大体壊せるものだったが何をしても無理だった、そうなれば伝説のアルカデスにでも頼るしかないと思っていたが」
「それで本当なのか!? 父さんがアルカデスって……」
「俺も事実かまでは断言できないがついさっきその人の仲間らしき存在に会った」
「そっか……やっぱり凄いな、俺よりもずっと前からアルカデスになって強いやつと戦っていたなんて」
このリョウガという人物、父であるガリュウのことを強く尊敬しているようだ、ミルトによるとリョウガの旅の目的はクランと同じくアルカデスになることらしいが、クランよりも情報が少なく『とてつもなく凄い英雄みたいな人』ぐらいの認識で襲名式なことも初めて知った。
だがそれと同時に幼少期に故郷を離れた父に会いに行くことも目的の1つであったが、彼こそがアルカデスだったなら好都合だ。
リョウガはこのままアルカデスの情報を集めていけば父に巡り会えるかもしれないが、ミルトとクランは話を聞いていて気になることも当然あった。
「でもそれだとおかしいところもない? リョウガのお父さんはゼクロムをBURSTハートにしてグレートガベルに挑んで……今はリョウガがそれをもっている形になるのよね?」
「リョウガさんはどうやってそのハートを?」
「故郷にある試しの儀で合格して、旅を許されたときに母さんがくれたんだ」
「……ああなるほど、グレートガベルに対抗する術としてゼクロムをBURSTハートにしたのに何故それを手放しているのか? ということか」
ゼクロムはガリュウを信じて自分の未来と自由を犠牲にして力となることを選び……ガリュウがその力を無駄にしないように戦ったことは信じたいところだが、彼の残したものがこうして故郷に残りリョウガに受け継がれている。
グレートガベルは今も残っている以上ガリュウにとって必要なはず……逆に考えればガリュウに余裕が出来て残される跡継ぎに相棒を託したという見方も出来るが……。
「アルカデスになるとBURSTハートを使う必要がなくなるとか?」
「いや、もしくはハートを使えなくなるのかもしれない……例えば特定のポケモンにBURSTしたまま元に戻ることが出来ないとか、完全にゼクロムと一体化するとか……永遠に戦いの運命から逃れられないという噂も引っかかるしな」
アルカデスに関する謎はまだまだ多い、そこに至るまでに必要なことも……どんな力を秘めているのかも分からない。
しかし分かる、あの少年はまだ間違えていない。
リョウガは夜空から漏れる月光でハートを照らしながら呟く。
「クランも凄いよな、アルカデスになったら何をしたいのかなんて考えて……考えてみれば俺は父さんに会えた後どうするか考えてなかったからな」
「俺から言わせればポケモンの解放もまだ通過点だし、その先の事でHAMの力を借りることもまだ沢山ある……お互いにそこまで見据えてるわけじゃないさ」
ポケモンを救いたいクランと父の意思を受け継ぎたいリョウガ。
2人のBURST戦士の道は一瞬でも混じり合い……同じ寝床で過ごした。
ラズはずっとウォーグルに寄り添い……ずっと眠っていたウォーグルはここで目を覚ます。
折れた爪を見て、ようやく自分は『敗者』になったことに気付くがミノムッチが張り付いていた、守るように。
自分にとって虫ポケモンは『餌』に過ぎない、しかしウォーグルはこのミノムッチを引き剥がそうとは思わなかった。
その夜、ベリーは夢を見た……真っ白な空間、すぐ目の前にゼクロムがいた。
ゼクロムはテレパシーを使いベリーの脳に直接語りかけてくる。
「リョウガはまだ不完全なBURSTの領域にある、このままではガリュウの元に辿り着く道は途絶えてしまうだろう」
「……それをどうして 私に言うの? 本人に言えばいいのに」
「リョウガの理想は強さの先にあり、理解の上に辿り着けるものではない……アルカデスとは、あらゆる者の形を理想としてようやく形になる」
「リョウガは強い、いずれガリュウに並び立つほどには素質があり強い、だが単に強いだけではこの世界は変わらん」
「奴が強いからこそポケモンの強さを理解するのが難しい」
──
「ゼクロムがそんなことを言っていたのか?」
「うん……簡潔に言うとリョウガはポケモンをもっと信じるべき……みたいなの」
夢で見たことをベリーはすぐにリョウガに話した、ゼクロムから見てもまだリョウガには課題点が多いらしい、それを聞いても疑いも怒りもせず強くなる道を模索しているように見える。
ウォーグルも目が覚めて……ラズ達を信頼しているわけではないが、暴れる様子もなくモンスターボールを見ている。
「ベリー、どんな様子かな?」
「……仲間とはまだ認めない、けどプライドを取り戻したい……そう言ってる」
「どんな形でも力を貸してくれるのなら、僕はそれでも嬉しいよ」
ラズがモンスターボールを見せるとウォーグルは受け入れるようにボールに入り、そのまま捕獲機能によってラズの手持ちになった。
まだ完全に信用されていないが、心強い仲間が手に入った……もちろんすぐにポケモンセンターがありそうな町に向かい完全に足を直す必要があるが、自分達はあの戦いでグレートガベルに目を付けられているので慎重に行動する必要があるだろう。
ハートブレイクとしてGG製BURSTハートを壊して回るクランと、宿敵ガリュウの息子……狙うには充分すぎる。
「リョウガ、お前の方はグレートガベルに襲われたことはあったか?」
「山で七戦騎と会った、その時はなんとか勝ったが……この間には別の七戦騎に会って負けた、とんでもなく強い奴だったな」
「やはり七戦騎は他とは違う戦闘力を宿しているのか……俺達も実はキャロラという奴に襲われ全滅しそうになった、ここにいるドサイドンが何とか助けてくれたが」
「キャロラですって!? 私達もその子に会ったわ、確か私達が会った……ハリルという少年と仲良くしていたんだけど」
リョウガを倒したハリルとクラン達をまとめて追い込んだキャロラ、この二人が現在における自分達の脅威……仲が良かったというのなら最悪この二人が組んできてもおかしくないし、ハリルが相手でもクランは勝てないかもしれない。
完全なるBURSTとレベルアップ、そしてもっと頼れる仲間が必要になるだろう。
「ミルト、こうして会ったんですから僕らと組みませんか?」
「いいえ、私達の目的や敵は同じだからこそ分散するべきよ、もし何かあって全滅でもしたらそれで終わり……こうして連絡は取れるから何かあった時にまた会うようにしましょう」
「そう……今の私達は、孤立してる、BURST戦士とポケモンの理解者が……必要」
もっと仲間が必要だ、もっと個人ではなくチームとしての力が欲しい。
BURST戦士やトレーナー、それ以外にもポケモンを愛し互いに理解し合う者たちが……。
リョウガの方も完全なBURSTに向けて課題が多い、ミルトに見せてもらったリョウガのBURST戦士としての姿を見ると肉体的にも不完全な所が見て取れるという。
「リョウガさん、これがゼクロムの身体ですが……この特徴的な尻尾が見えますか? ゼクロムはこの部分が丸ごと発電器官になっているんです、しかし貴方にはこれはない」
「それがないと電気を出せないのか?」
「これまでその力を使っている以上完全にというわけではなさそうですが……今のままではゼクロム本来の持つうち半分以下の電力しかないと推測できます」
「なるほど、俺にもその尻尾があっていっぱい電気出せるようになったらもっと強くなれるんだな」
「ゼクロムといえば黒い雷をその身に宿すクロスサンダーという技も聞きますけど……」
「クロスサンダーか……それは強そうだな!! よし、まずゼクロムの尻尾を出せるようになってクロスサンダーを覚えるところだな!」
リョウガの中で新しい目標が出来たようで張り切っており、今すぐにでもどこかに行ってしまいそうだ。
少なくとも自分達よりは頼もしく見える……のか?
「ラズ達はどうするの? ウォーグルをしっかり治した上で……」
「えっ何って……ポケモン保護の仕事に決まってるじゃないですか、ミルトこそ一応HAMの隊員なんですからリョウガさんに手伝ってもらったりとかで……」
「ああそういえば……ここのところずっとリョウガに振り回されっぱなしですっかり忘れてたわ……そうね、リョウガがこういう事役に立つか分からないけど……」
「じゃあなクラン! またどこかで!」
「ああ、お互いアルカデスになれるように善処していこう」
こうして朝日が差してきた頃にリョウガとミルトの二人と別れ、ラズ達も新しい街を目指す。
目指すはアルカデス、お互い強くなってポケモンを解放しグレートガベルを倒せるように。
彼らの道は違えど、進むべき物は変わらない。
──
そしてグレートガベルの本拠地。
キャロラはクラン達とはぐれてすぐに会議室に呼び出されていた、直ぐ側には……桃色の髪で人を寄せ付けない雰囲気を放つクールな少年……リョウガを超える実力の七戦騎でも上位、ハリルが既に待機している。
「随分早い到着だな、キャロラ」
「うん、私もほぼ退屈だったしハリルならすぐいると思ってた」
「ギヒャヒャ、実績も実力もあるガキ共は呑気なものだな、いずれは俺が食っちまうかもしれないけどな」
嘲笑うように2人の関係を眺めていた男が入ってきたが、ハリルもキャロラも男の挑発には全く相手にせず目もくれない。
「偉そうなこと言える立場じゃないんですかヒルグレイツさん、ハリルが倒したあのBURST戦士に負けて帰ってきて、持っていたドリュウズのBURSTハートまで壊されて帰ってきて」
「お〜厳しい厳しい、言われなくとも代わりのBURSTハートは手に入れたし2度もあのガキには遅れを取らねえ……で? 集まったのは俺とお前らで三人?」
GG七戦騎のうち集まったのは三人だけ、リモート映像越しにヒルグレイツ直属の部下も何人か待機させているらしいが残りの七戦騎達は全く来る気配がない。
自分達3人のみを呼び出したとして、何をするつもりなのか?
ハリルはただその時を待っていると……いかにも司令官のような風貌の男が姿を現す、GGボスの直近であるゲルブだ。
言ってしまえばハリルやヒルグレイツのような実績があり特別な肩書を与えられた者たちですらボスの姿も名前も誰一人見ていない、あそこにいるゲルブのみが知る。
「……来たのはこの3人か」
「ギャビ……なぁゲルブよぉ、いい加減裏切り者を始末したり、その辺のポケモンかっぱらうのも飽きてきてんだよ、もっとド派手にバーっとしたことやらせてくれ」
「口を慎めヒルグレイツ」
「確かに……お前達七戦騎に与えるような任務としては粗末なものだっただろう、だからあの方はお前のような俗物が喜ぶような任務を用意した……オリジナルのBURSTハートをまとめて奪い取る」
「ヒャヒャヒャ!! そうこなくちゃなぁ!! 何をすればいいんだ」
「……連続しオークション会場にBURSTハートを展示するものが現れている、後はわかるな?」
「任務了解……」
グレートガベルもオリジナルのBURSTハートを回収するため、行動に移る……!