翌朝。
豪華客船は既に、ノウムが作り出した人工的なポケモン達の楽園である巨大な島『ダブルパーク』に到着していた。
目覚めの時間に合わせて、船内にBHS第2回戦の開始を告げるアナウンスが高らかに響き渡る。
アナウンスで明かされた2回戦の内容は『どっきり宝探しサバイバル』。
スタッフが就寝中に回収した選手全員のBURSTハートをダブルパーク全体にばら撒き、最初に見つけた1つだけを拾って、そのハートのみで勝ち抜くという事前にミルトがクランに伝えた通りの過酷なルールだった。
全選手が、いざ敵と相対した時にどんなBURSTハートの能力を使えるか全く分からないという、運の要素が絡むサバイバル。
しかし、参加している者の殆どがリーフカンパニーからハートを買ったばかりであり、常備している自分のハートに特別な愛着や練度があるわけでもない。
そのため、「色々なBURSTハートを試遊させてもらえる」というお祭り気分で解釈し、喜んで島へ散っていく者が大半を占めていた。
──しかし、この時すでにリーフカンパニーが想定していた形とは全く別の、極めて異常な問題がBURST戦士たちに発生していた。
「うわあっ!?」
船室のベッドで跳ね起きたリョウガは、アナウンスを聞いて血相を変えた。
他のBURST戦士たちからは少し遅れる形での出発となってしまったのだ。
窓の外を見れば、船は既に停泊しており、他の参加者たちはもう島に上陸してBURSTハートの探索を始めている状態だろう。
「あっ本当にゼクロムが無くなってる! 早く取りに行かないと俺の分が無くなる!」
リョウガは焦りのあまり身支度もそこそこに窓枠に足をかけ、そのまま海へと飛び込んだ。悠長に船の出口を探している暇はない、泳いで島へ渡るのが一番早いと判断したのだ。
だが──海に飛び込み、水を掻き始めた途端、激しい違和感が彼を襲う。
島から浅瀬まではそれなりに離れているとはいえ、いつものポケモン以上の怪力の並外れた持ち主であるリョウガなら5分もかからず泳ぎ切れる距離のはずだ。
しかし、一掻きごとに信じられないほど体力が奪われて息が上がる。波を越えるのにも妙に時間がかかり、身体が鉛のように重い。
「はぁ……起きてから間もないし、身体が重いのかな……」
なんとか浅瀬に辿り着き、砂浜に這い上がったリョウガは大きく肩で息をした。
「あれ、声も高いし……体調が悪いのかな……」
独り言を呟いた自分の声が、耳慣れないほど高いことに気づく。慣れない船旅の環境で風邪でも引いたのかと、喉に手を当ててみる。
──そこでもう、決定的におかしいことに気がついた。
首元がすべすべとしている。妙に柔らかく、華奢だ。
ゼクロムのBURSTハートに適応するため、幼い頃から10年以上も過酷な環境で鍛え上げてきた自分の身体とは、絶対に違う感触だった。
嫌な予感がして、波打ち際の穏やかな水面を覗き込む。
そこには、見慣れた自分の顔は映っていなかった。
「あれ……なんでここにミルトが映って……これってまさか、俺がミルトになってるのか!?」
水鏡に映っていたのは自分ではなく女性の体……ミルトの姿だった。
少しパニックになりながら自身の身体を見下ろす。服装も、細い腕も、間違いなく彼女のものだ。
一体自分の身体に何が起こったのか全く分からないが、中身は確かに自分でありながら身体はミルトに変わってしまっている、つまり身体能力もミルトと同じ物になっている。
自分に何が起きたのか考えてみても全く覚えがないし、リーフカンパニーがこんな事をしたとは思えない。
ではなぜ自分の身体が変わっているのか?
その場合、リョウガとしての自分の本当の身体はどこにいってしまったのか?
船に戻って確かめようにも、このミルトの身体の体力では、再び海を泳ぎ切って船の甲板へ這い上がる力は既に残っていなかった。
「仕方ないか……こうなったらこの姿で出場して、ミルトには悪いけど最悪ミルトのままで優勝するか……」
このまま島に入ってBURSTハートを探すしかない……と立ち上がりかけた時、リョウガの脳裏にさらに絶望的な問題がよぎった。
「あれ……そういえばミルトって、BURST戦士の適性あるのかな……」
BURSTハートは、ただ石を持っていれば誰でも使えるわけではない。
リョウガは昔から故郷で父の背中を追いかけてそれに触れて過ごしてきたからこそ分かる、ポケモンと融合するための「波長」のようなものがあり、適性がない者はどうしてもBURST戦士になれないのだ。
鍛え上げた自分の身体ならどんなハートでも多少は無理やり適応できたかもしれないが、ミルトにはBURSTハートを一切使わせてなかったので、BURST戦士になれるかどうかなどリョウガは全く知らなかった。
大会を主催するリーフカンパニーから見ても優勝候補と目されていたはずの少年は、自身のハートを失ったばかりか、適性すら不明な他人の身体という、圧倒的不利な状態からスタートを切ることになってしまった──。
──
だが実のところ身体が入れ替わっているのはリョウガだけではなかった、あちこちにいる選手達がBURSTハートどころか自分の本当の身体を探し求めて歩いているではないか。
そしてクランの方も……。
(まさかBURSTハートどころか肉体まで入れ替わるとは……この混乱からみてリーフカンパニーが仕込んだものではない、ミルトはフシギソウを回収できたのだろうか……まあ、肝心な俺がこのナリではな……)
クランの方も何者かと姿が入れ替わっており、現在の自身の見た目はこじんまりとした少年で忍者のような服装をしているが身体が軽いのでただのコスプレでもない……おそらくリョウガのような代々BURST戦士などと縁がある一族かもしれない。
「ひとまずこの体の主か俺の肉体のどちらか……ああ、それとBURSTハートも探さなくては」
BURST戦士になれなくてはそもそも勝ち進めない、あるいは中断になるのかもしれないがBURSTハート探しを始めることに。
なかなか足腰を鍛えており普段より俊敏に動く、ポケモントレーナーとしてフットワークはつけていたつもりだったが……この人物が敵になったときは厄介だ。
……敵になった時、今分析しても中身は大体別人である以上全く参考にならない。
クランは昔行ったバトル施設でレンタルしたポケモンで戦った時を思い出す、その場で詳しくないポケモンを使わされて戦術を構築しなくてはならない、相手も同じ状況。
だがポケモントレーナーである自分には間違いない強みがある、それはポケモンの扱い方……そしてダブルパークはポケモン達の楽園のような場所、この島に色んなポケモンがいる。
クランが目を付けたのは草原で遊んでいるジグザグマの群れだった、口笛を吹くと人間を見るだけで警戒心もなく近づいてくるので相当躾けられているらしい。
ジグザグマは好奇心旺盛であり、色んなものに興味を持って散歩中に落とし物を色々と集めてくる習性がある。
「ジグザグマ、こう……奇麗な宝石みたいなものを持ってきて欲しいんだが」
クランがBURSTハートの説明をするとジグザグマ達は草原に穴を掘って、何かを埋めたような草を抜いて1つのBURSTハートを差し出してくる。
自分で探すよりこうやって頼る事で時間の短縮になった、クランはすぐに目的を果たしたジグザグマを撫でまわす。
「よしよし、なかなか賢い奴らだな……」
ここまでやってようやくスタートライン、といってもこの状況じゃこの体の主が勝つことになりそうなのでクランとしてのBURSTハートも集める必要が……あるのか?
──
「ふんぬぬぬ……あとちょっと……ちょっとで……届……」
一方リョウガの方は苦戦続き、旅立ちの試験に合格したのもグレートガベルとの戦いもBHSに辿り着くまでの全ても全部尋常ではない馬鹿力で解決してきたので、意図的ではないにしろそれを封印された形となっては崖をよじ登ることすら一苦労、隣に1つ落ちているBURSTハートに手を伸ばすだけでも命がけ。
「無理なことも……ない、俺の辞書に無理というものは存在しな……あっ」
しかし自分の身体ではないものに限界はあったのか、木にまたがって崖の先にあるハートを取ろうとして、手を滑らせて真っ逆さまに落下してしまう。
「あっまずいどうしようゼクロム……は今持ってないしどっち道あの姿飛べないじゃん!! そうだ、ミルト確かバルジーナを……持ってない!! モンスターボール船の中か!!」
BURSTしようにもハートはまだ空の上、掴もうにもミルトは本人もちょっと重いと言っていただけはありハートより先に自分が落下しそうだ、地面が見えてきそうになったその時……。
目に見えないほどの速さで何かが横切ったかと思えば落下していた自分を掴んで上手く地面に着地……落ちてきたハートもキャッチして、助けてくれたのは長い白髪が背中まで伸び切った青年……。
「おお……助かった、ありがとな、この身体になってから動きにくくて」
「この身体……どうやら本当に各地で身体が入れ替わるという事態が起きているのか」
「え? するとお前は……」
「そうだな、隠す必要もないし答えておこう……私の名はフロード、そしてこの身体は紛れもなく私自身のものだ」
「えっと俺……はミルト、今はミルトということで」
「その口ぶりだと身体の主は君の知人か、私も一時的にそう呼ぶとしよう」
先程の崖での一件もあり、リョウガはこの短い間に現在のミルトの姿では尋常ではない自身の馬鹿力は発揮できず、到底普段通りにはいかないことを身に染みて理解していた、俺の辞書に無理という言葉は無くてもミルトの辞書にはある。
そのためこのままフロードと同行することにしたのだ。
どういうわけか、フロードは自分とは違って身体が入れ替わっていない……彼の言うことが本当なら、それは紛れもない事実である。
「どうしてフロードはいつもの身体なんだ?」
「考えられるのは、私がここに来る前に持っていたBURSTハートがキリキザンだったことだろうか」
フロードは淡々と推測を口にする。
この異常事態がリーフカンパニーの仕込みではないのはほぼ確定と言っていい。
あれだけ各地で選手が本来の身体を探し回る騒ぎが起きているにも関わらず、運営側が騒ぎを広げないように敢えて何も語らないことがそれを証明している。
つまり、自分達BURST戦士の参加者が開始前……BURSTハートを没収される前の深夜に何かを仕掛けたのだ。
フロードに影響が無いのは、あくタイプが含まれているキリキザンのBURST戦士だったからという理屈だ、あくタイプはエスパータイプの力を無効化することが出来る。
すなわちこれはエスパータイプのポケモンのハートを持っていた者の仕業。それに加えてあくタイプは全く身体が入れ替わることなく無事で済んでいるということになる……少なくともフロード以外にも何人か無事な人が存在する計算だ。
BURSTハートは没収されているのに能力が発動していることに関しては、対象は自分たちではなくこの島そのものだったからだろう。トリックルームやスキルスワップを元にした技などで結界を張るように能力を使えば、ハートが手元になくとも大規模な反映も可能だという……フロードはそこまで考えていた、リョウガはそこまで頭が回らなかったのでそれだけでベテラントレーナのように感じてしまう。
「このままじゃフロードみたいになんの被害も無い奴が勝ち進むんじゃないのか?」
「それはない。私も他の戦況を見てみたが、どういう技術か社長が目視で中身を判断して勝者を判定していたとか……」
つまり信じ難いが、ミルトの身体でリョウガが勝っても、ちゃんと中身の『リョウガの勝ち』として判断されるらしい、特別なポケモンの力とかではなくノウム社長が見ただけですぐわかるとか。
しかしフロードが妙だと指摘するのは、入れ替わる先がバラバラなことだ。分かりやすく言うと、リョウガの場合ではミルトの身体にリョウガの精神が入っているが、必ずしもリョウガの身体にミルトの精神が入っているとは限らないのだ。
それに、入れ替わり先は全員BURST戦士であることは確かなようだが、それこそリョウガからすればおかしい。
今リョウガの身体であるミルトは、BURST戦士でもない、ただの観客になるはずだった人物だ。適性があるかどうかも全く分からない少女のはずである、フロードに説明してみると……。
「それは……確かに妙だな、その人物が何かBURSTハートを持っていたとかは?」
「……あっ、持ってるな」
リョウガは知る由もなかったのだが、ミルトは直前にクランの持つフシギソウのBURSTハートを預かっていたのだ。
言われてみればと思いリョウガがミルトの着ている服のポケットを探ると、コロンともう1つのBURSTハートが出てきた。
「もしかしなくても、苦労して探す意味はなかったのか……」
命がけで崖を登ろうとしていた先程の苦労を思い出し、リョウガは少しだけ遠い目をした。
だが、安堵するリョウガとは裏腹に、フロードは目の前の『ミルト』から密かに異質な物を感じ取っていた。
これまで見てきたポケモンのものとは全く異なる異次元のような力。ポケモンのものではあるのかもしれないが、フロードの周りではこんなものは見たことがない。
彼自身(リョウガ)からではなく、身体の主である女性(ミルト)の肉体そのものから発せられている気配。
例えるならそう……得体の知れない、未知の『妖精(フェアリー)』のような力を──。
──
一方、視点をBURST戦士達から観客の方へ。
「ミルト……やっぱりいないな」
ラズ達は船の中で突然いなくなったミルトを探していた、まさか現在体の中身がリョウガになっており一緒に参加しているなんて夢にも思わない。
荷物がそのままになっていたのでラズ達はまだ船にいるものと思っていた。
「バルジーナも連れずに外に出るなんてこと……さすがにトレーナーがポケモンも持たずにああいうところに行っちゃダメなのは常識中の常識だし……ベリー、そういうのも本当はダメなんだよ」
「さっさと出てこないミルトが悪い……」
ベリーはというと客室に置かれたままのミルトの荷物を漁るという大胆な真似をしていた、止めようとも思ったがベリーはそのままラズを避けるようにカバンの中身を見てミルトが書き残した資料を取り出す……HAMとして定期的に情報共有していたつもりだったが、隠していることも沢山あったことがこの中に記されている。
「……アルカデスについて調べてたみたい」
「アルカデスについて? リョウガさんがなろうとしてたし、独自に調べてたのかな……クランさんに役立つ情報が少しはあるかな……」
アルカデスについて……ミルトが記した記録より抜粋。
アルカデスとは最強のBURST戦士の通称、リョウガの父ガリュウはアルカデスとなったようだが現時点でもそうなのか、跡継ぎが他にいるのかは不明。
継承するにはアルカデスに会う必要があるが、継承しても力を完全に我が物にしなければ自身の生命力を犠牲にし、使い果たせば石化してしまう。
「石化……!? アルカデスの力は人間には扱いきれないものなんじゃ……」
「まだ喋らないで……続きがある」
そんなアルカデスの力は考古学者やアルカデスの関係者など各地から話を聞いて、統一していたのはアルカデスは全てのポケモンのタイプに変化できる、つまりほぼ弱点がない。
リョウガのでんきタイプならじめんタイプになれば無敵になり、今は出来ないがドラゴンの力に覚醒しても……こおりタイプになれば優位を立てる。
神話には同じ力をもっているポケモンがいた、この世を自ら創造したと言われている原初のポケモン『アルセウス』
その存在もまた唯一無二のマルチタイプであり、名称の類似性からしてBURSTハートとの繋がりも高い可能性。
……ここまで知った情報もアルカデスの序の口に過ぎないのだろう、しかし個人で調べられたのはここまでが限界だった。
このままリョウガに同行し、直接例の父親から聞き出すしかないのかもしれない……。
記録はここで途切れている……クランが求めているオリジナルのBURSTハートからもポケモンを解放できるかどうかは載っていない、分かったことはアルカデスが本当にBURSTハートを必要としないことだ、ガリュウ氏がリョウガにゼクロムのBURSTハートを託すような真似をしたのもアルカデスになることが出来たからだろう。
しかし不安なのは、使いこなせないと最終的に石化してしまうという点だった。
クランはアルカデスになろうとしている、リョウガもだ。
彼ら二人ともその力を制御できなければ……。
「でもなんで……ミルトはどうやってこの情報を調べたんだろう」
ベリーが更に鞄を探ってみると……電話番号が書かれたメモだ、アルカデスのことを調べていたこともありリョウガの見ていないところで色んなコネ作りをしていた痕跡がある。
そのなかの電話番号をベリーが照らし合わせていたら……。
「同じ……これ、同じなの、HAMの緊急番号と、この人……」
HAMで何かあった時に発信する緊急通報のコールと、電話番号が同じ……その相手は。
リーフカンパニーの社長、ノウムその人である。
「なんでこの人が……」
「おっと……これはこれは面白いものを見たようだな」
「え」
その瞬間、船の中からラズ達の姿は突如として消えた。