『どっきり宝探しサバイバル』が開始されてから、早くも30分が経過していた。
広大なダブルパークのあちこちで数百人を超える選手たちがBURSTハートを回収し終え、徐々に戦闘の火蓋が切られようとしている頃合いだった。
改めてこの第2回戦のルールを説明しておこう。
勝利条件はシンプルで、BURSTハートを手に入れた後、BURST(変身)して相手を倒し、ポイントを稼いで勝ち抜くというものだ。
しかし、このルールには一つ厄介な縛りがある。それは『BURSTハートを持っていない相手を倒してしまうと、ペナルティとして即失格になる』という点だ。
むやみやたらに攻撃を仕掛ければ、未武装の者を狩ってしまい自滅するリスクがある……そのため、参加者の多くは「他の選手もそろそろハートを回収しただろう」と見込めるこの時間帯になるまで、本格的な勝負を避けていたのである。
そして今、焦りを感じていたのはリョウガ(現在の身体はミルトのもの)だった。
「フロードはどれくらいポイント貯めたんだ?」
「一人倒してどれくらいかはわからないが30人くらいは既に倒したな」
「そろそろ勝ちに行かないと、本気でヤバいな……」
フシギソウのBURSTハートはミルトのポケットに入っており、フロードに助けられる直前に掴んだものもあるため今でも手ぶらという最悪の事態は免れたものの、ポイントはゼロのままだ。
リョウガは一か八か、このミルトの身体で初めてのBURSTを試みることにした。精神を集中させ、石に宿るポケモンの力と共鳴を図ると、カッ……と微かな光が漏れた。
しかし……反応としてはそれだけだった。
失敗した時のように身体が弾き飛ばされたり、激痛が走ったりするような空虚な感覚はない。
だが全身にこれといった変化も起きていない。
表面的にポケモンの要素である毛皮や鱗、装甲のようなものが発現しているようには全く見えなかった。ただの見慣れたミルトの姿のままである。
「……これ、どういうことだ?」
リョウガは自分の両手を裏返して見つめながら、首を傾げた。
「君に分からないものを私に言われてもな。……BURSTは出来ているのか?」
腕を組みながら、フロードが冷静に問いかけた。
「確かなはずだ。適性がなくて失敗するような人は変身した時点でただじゃ済まないのは見てきたし……」
リョウガの言葉通り、力が反発した様子はない。ただ、能力の片鱗が見えないのだ。
リョウガが首をひねって悩んでいるその時──フロードは、静かに周囲の気配を探っていた。
(……来ているな)
木々のざわめきに紛れて、こちらを窺う複数の気配がある。BURSTの力もろくに引き出せていない華奢な少女(中身は馬鹿力モンスターだが)と見て、有象無象の戦士たちが獲物として狙いを定めたのだろう。
フロードの実力であれば今持っているものですら即座にBURSTし、不完全なBURSTといえどあのような輩など一瞬で蹴散らすことができる。
しかし彼は動かなかった。まだ勝負をつけて終わらせるには早いという判断もあったが、何より目の前の『ミルト』から発せられていた、あの妖精のような異質な反応に興味があったからだ。
一体この身体で、どんな力を見せるのか……フロードはあえて手を出さず静観を決め込んだ。
一方のリョウガは、深刻な問題に直面していた。
「うぅ……なんか、すっごい寒気が……」
身体がブルブルと震え出している。
よく考えれば当たり前だ。
朝起きてすぐにこの華奢な身体で冷たい海へ飛び込み、ろくに泳げないまま必死に水を掻いて島へ上陸したのだ。
着替えもせず、濡れた服のまま無理な運動を続ければ、いくら中身がタフなリョウガでも、ミルトの身体が悲鳴を上げるのは当然だった。
完全に風邪を引きかけて隙だらけになっているリョウガ。
その瞬間、草陰から猛然と飛び出してくる影があった。炎のような赤い体毛を持つ、バオップのBURST戦士だ。
「もらったァ!!」
背後からの完全なる不意打ち。炎を纏った拳が、リョウガの背中へ叩き込まれようとした……まさにその時!
鼻の奥を強烈なムズムズ感が襲い、リョウガはたまらず顔を上げた。
「ひぇっ……ひぇっくしぃー!!!」
特大のくしゃみが飛び出した。
だが、飛び出したのは唾液だけではなかった。
ズギュンッ!!! という奇妙な破裂音と共に、リョウガの口の中から『何か』が猛烈な勢いで射出されたのだ。
「ぎゃああああ!!?」
バオップの戦士の悲鳴が響き渡る。
リョウガの口から飛び出したのは、肥大化した『舌』、そしてそれに繋がるように張り付いた何かだった。いや、舌というよりは、先端が掌のように大きく広がった白くぶよぶよとした物体だ。
それが強烈なバネのような勢いで伸び、襲いかかってきた敵の顔面を強打して、数メートル後方へ一直線に吹き飛ばしたのである。
『ナマコブシ』──なまこポケモン。
崖際で拾ったあのBURSTハートに封印されていたのはこのポケモンだったのだ。
ナマコブシの最大の特徴は体内に白い手のような形をした内臓があり、それが口内と繋がっていること。
自己防衛手段として外敵から強い衝撃を受けたり、あるいは今回のように強い反射が起きたりすると、口からその内臓を勢いよく引っ張り出して力強く反撃する習性を持っている……。
バオップの戦士は木に激突し、白目を剥いて気絶していた。見事な一本である。
「えっ……」
だらんと口から伸びた白い掌状の内臓(舌)を見下ろし、リョウガは唖然とした。シュルルル……と、それは自動的に口の中へと収まっていく。
体を触ってみても特別な内臓が増えた感じはしないが、また舌を出してみるとまさに『とびだすなかみ』といった風に自在に伸びてくる。
「これが今の……俺?」
外観の全身が変化するのではなく、肉体構造の一部分──体内が変質するという、極めて特殊なタイプのBURST。ポケモンによってはこんなイレギュラーな変化も起こり得るらしい。
見た目の格好良さは皆無、しかもくしゃみによる完全なるまぐれ当たりではあったが。
結果的に、リョウガはミルトの身体とナマコブシの奇妙な力で、なんとかサバイバルでの1勝を掴み取ったのであった。
「まあいいや! せっかくだから勝負しようぜフロード!」
「悪いが私は君の本気の体と戦いたい、そしてあのBURSTハートがないと完全とはいかないからな」
「キリキザンが? でもランキング見たらフロードが1位だったぞ」
ここで各自が動き始めたのもあってか遂にBHSの戦績ランキングも動き始めた、リョウガが警戒していたハリルは4位とやはり好成績を収めていたがすぐ隣にいるフロードはポイント量でいえば2倍以上の差をつけて堂々のトップ、30人倒したというのも伊達ではないようだ。
「うう……体調悪くなってきたし早めに終わらせたいけどナマコブシって何が出来るんだ……こういう時クランかミルトに会えたら……」
ないものねだりをしているとまた草陰が揺れる音、また警戒してリョウガが口の中に手を突っ込み中身を出そうとすると……飛び出してきたのはゴーゴート、更にそれに乗る二人の少年……問題はその内の一人が自身の……リョウガの肉体であることだ。
「あっ俺の体!!」
「やっと見つけたぞ! ちょっと乗って行け!!」
そのまま忍者のような見た目をしたもう一人の少年がリョウガを掴んでフロードから引き離していく。
フロードは追いかけようともせずその後ろ姿を見送った。
「……これは決勝戦が楽しみだ、何、少し遊ぶだけだ……しばらくすれば迎えに来てやるさ、なあ? レシラム……」
──
ゴーゴートに引っ張られ、人が寄り付かなさそうな岩山さえ飛び越えて大きくて高い丘まで辿り着いた。
忍者はゴーゴートを撫でて小さなおやつを与えて元の住処の方角へと返した。
リョウガは改めて自分の身体に入れ替わっている誰かに説明する。
「えっと……どこから話せばいいのかいいのかなんだけど、そこにいるやつ……えっと、自分をその目で見るっていうのも変な感覚だけどその体俺のなんだが……」
「はい、この人から話は聞いているでござる! 何を隠そう拙者の身体もクラン殿と入れ替わっているので!」
「リョウガに会いに行ったら、まさかこの体の持ち主だったとはな……聞いてみたら客室が近いんで重なったのかもしれない」
「え!? お前クランなのか!?」
なんとこういう形でクランと出会うとは思わなかった……だが、この場合リョウガにとっては嫌な予感がする。
口に出すのも恐ろしいが、頭の悪いリョウガでもすぐに答えが出てくる。
クランは忍者の少年の身体に、その少年はリョウガの身体、そして自分はミルトの……。
つまり、この中の例外……クランの身体に入っている中身は……。
「リョウガ」
「うっ……後ろ向きたくない」
「受け入れろ……何があったのかは知らないが」
「私の身体で一体何をしたのか1から全部説明してくれる? 特にこの口の中だよコレ」
「いや痛いから!! やめて中身出るから引っ張り出そうとしないで!!」
──
改めて4人は自己紹介して振り返る。
リョウガはミルトに、ミルトはクランに、クランはこの忍者の少年のカルタに……そしてカルタはリョウガに身体が入れ替わっている。
しかもこれによってミルトがBURST戦士として出場者になってしまったので自分本来の身体を揺さぶって抗議する。
「どうしてくれるのリョウガ!! 私BURSTどころか生身で喧嘩すらしたことないのよ!!」
「い……いやでもちゃんとBURSTハートは手に入れたから……」
「ナマコブシっていうか口から色んなもの出るようになっただけじゃないの!! 私に変な噂がたったらどえするの!」
「……あの二人はいつもあんな感じなのでありますか?」
「さあな……俺もまだ会って間もないが、お前それ一応自分の身体だから大事にしとけよ」
「そ、そうだぞミルト……今ちょっと風邪引きかけなんだから」
「そっちが私の身体で勝手なことしたからでしょーが!!」
何はともかく現在の状況を振り返り、フシギソウのBURSTハートを改めてミルトが預かることで元に戻ってもクランがこのハートを使える。
そしてリョウガはフロードから聞いた話を元にエスパータイプのBURST戦士の仕業であるということを伝えると、クランが推理する。
「それなら特定は簡単だな、確かにその人物の言う通りエスパータイプはあくタイプが無効化できるが、他に例外として何の影響も受けないやつがいる、その技を使用した本人だ」
「確かにその人物があくタイプのBURSTハートを現在拾ってなければ簡単に……ということでござるか」
「よし! じゃあそいつを倒すことが出来たら元の体に戻れるわけだな!」
「待てリョウガ、お前はその……ミルトの身体でむちゃくちゃやりすぎて戦いどころじゃないだろ」
「いいや、残念だが僕様の勝利がすでに確定している」
行動に移そうとしたその瞬間、丘に向かってシャドーボールが飛んでくるがカルタがリョウガの常識外れの肉体で受け止めて跳ね返し、クランが体を貸して手裏剣を渡して投げると……そこには崩れた天使の輪っか、がらんどうのように黒い穴が目立つ胸部、そしてまるで抜け殻のように淡い茶色の……。
「僕様はガジュマル、幸運に恵まれたキング・オブ・ラック……このBHSを制するものだ」
「なるほど……島全体に変な細工をしたのはお前か!」
「いかにも僕様よ、まさかブーピッグちゃんを没収されるとは思わなかったが必殺の次元変化(スワップワールド)は維持されたまま! 更に僕様はラックに恵まれて無敵のBURSTハートを手に入れた!」
「無敵……ああ、そういうことか、奴のその見た目、手に入れたのは『ヌケニン』か!」
4体1、4人全てBURST戦士。
それでもこのガジュマルという男が余裕ぶっていられるのは、このBURSTハートの圧倒的特異性にあった……。
ぬけがらポケモン、ヌケニン。
ツチニンがテッカニンに進化する際、時折残された抜け殻が自我を持ち別個体のポケモンとして活動を始めることがあるという極めて特異な存在だ。
そして、ヌケニンの持つ力は……彼が自信ありげに言い放った『無敵』という表現も案外間違いではない唯一無二の特性であった。
その名も『ふしぎなまもり』……自身の弱点となるタイプの攻撃以外を、全て無効化する。
カルタが放った手裏剣が当たらなかったわけではない。当たったところで、擦り傷一つ負わせることができないのだ。
どんなに威力の高い一撃を叩き込もうと、タイプが合致しなければ完全に寄せ付けない絶対の盾。
しかもこのサバイバルのルール上、わざわざ自身の弱点となるタイプを持つ相手に自ら近づかなければいいだけのことで、広大なフィールドを逃げ回るなり隠れるなりすれば、ヌケニンとしての弱点はいくらでもカバーできてしまう。
「ミルト、ナマコブシのタイプってなんだっけ?」
「みずタイプね……私は一応この身体でオノンドのBURSTハートは拾ったけど、そっちは?」
「ニドキングだ……そしてカルタはなんとか自分が元々持っているBURSTハートを拾えたが、それもアギルダーらしい」
クランの言葉を聞き、ミルトは顔を青ざめさせた。
ナマコブシ(みず)、オノンド(ドラゴン)、ニドキング(どく・じめん)、アギルダー(むし)。
対するヌケニンの弱点は、ほのお、ひこう、いわ、ゴースト、あく。
見事なまでにこの場にいる四人の誰一人として、ガジュマルの弱点を突くことができない……。
ガジュマルもそれを理解したからこそ、わざわざ自分から堂々とここまで乗り込んできたのだろう。
「ヒャハハハ! そういうことだ! 僕様に傷一つつけられないお前たちは、ここで無様に散る運命にある! 更に言うとなあ! ヌケニンは攻めてみても意外と強いぞー!!」
ガジュマルが嗤いながら、両手から漆黒の球体──シャドーボールを連射してくる。
「すまんカルタ、お前の身体酷使することになるが……BURST! ニドキング!!」
クランが咄嗟にBURSTしニドキングの怪獣の如き強靭な巨体を盾にしてそれを受け止めた。凄まじい衝撃が走るが、クランのタフな精神力と鍛えた身体(今はカルタの身体だが)とニドキングの装甲が辛うじて持ち堪えている。
「くっ……! 威力はそれほどでもないが、手出しができないとなると厄介すぎるぞ! こうなれば……毒針!」
「のろいのろい! 毒を受ければ確かにやられるがその程度の攻撃なら簡単に回避できる!」
唯一の有効策となりそうな毒も簡単に通るはずもなくクランが歯擦音を漏らす……その背中越しに確実な戦況を見つめていたミルトの脳内に、ふと『トレーナーとしての勘』が強烈な違和感を警鐘として鳴らした。
……妙だ。
記憶を少し前まで遡る。
それはクラン達と出会う前……ゼラブル山でリョウガがグレートガベルの七戦騎ヒルグレイツと戦闘をしたときのことだ、それは初めてBURST戦士同士の激突を間近で目撃した時でもある。
相手はドリュウズにBURSTしており、その『じめんタイプ』の特性で、リョウガの放つゼクロムの強力な電撃をいとも容易く無効化してみせた。
だからあの時、ミルトは別のタイプで攻撃するように助言したのだ。
だが、何故あの時リョウガは、そして指示した自分は
ゼクロムのもう片方の性質である『ドラゴンタイプ』の力を引き出そうとしたのだろうか?
ドリュウズは『じめん・はがね』タイプのためドラゴンタイプの攻撃は鋼には半減されてしまう。
ゼクロムの実力であれば、もっと他にドリュウズに対して有効なダメージを与えられる技(例えばきあいパンチなど)を覚える手段はいくらでもあったはずだ、ましてやこのゼクロムは彼の父の代から戦ってきた技量の高い存在。
なぜ、こんな極限状態の今になってそんなことを思い出したのか?
それは目の前で、クランが変身しているニドキングが、手も足も出ずにヌケニンに苦戦しているからだ。
ヌケニンは弱点技以外は無効化するが、その一方で少しでも弱点となるタイプで攻撃されればいとも容易く蹴散らすことができる極端な耐久力しか持っていない。
確かにニドキング自身のタイプは『どく・じめん』であり、ヌケニンの『むし・ゴースト』の弱点は突けない。
しかし、ニドキングというポケモンには『非常に多彩なタイプの技を覚えることができる』という、技のデパートとも呼ばれるトレーナーであれば誰もが知る大きな強みがある。
ほのおタイプの大文字、いわタイプのがんせきふうじ、ゴーストタイプのシャドーボール……ヌケニンの弱点を突ける技など、本来ならいくらでも繰り出せるはずなのだ。
クランも元々はポケモンの生態に詳しいHAM似同行している立場でありラズから色んなポケモンの話を聞いている、ハートにされる前のフシギソウと旅をしていたトレーナーとしての知識もある以上、それを知らないはずがない。
それなのに、クランはそれを「しない」、いや──。
「ねえ……」
ミルトの声が震えていた。恐る恐る、傍らにいるカルタ(中身はリョウガだが、アギルダーの力を持つ)へと視線を向ける。
「まさかとは思うけど、貴方ってアギルダーに変身しても『みずしゅりけん』は使えないの? 『ギガドレイン』は!? 『スピードスター』くらいは……」
「え!? そ、その……」
突然問い詰められたカルタの身体に入っているリョウガは、戸惑いながら言葉を濁した。
その反応が、全てを物語っていた。
「……使えない? 嘘でしょ?」
ミルトは絶望的な事実に行き当たり、思わず天を仰いだ。
「まさかBURST戦士って……『融合したポケモン自身のタイプと同じタイプの技』しか使えないの!?」