銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

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第1話 銀河の片隅で

 

 

 地球人類が母なる星の鎖より脱してから、実に1500年余りの歳月が経っていた。

 宇宙を新たな生活圏に加えた人類は統一政府≪銀河連邦≫を設立するも、長きにわたる停滞期からやがてガン細胞に侵された末期患者の如く、手の施しようのないありさまを晒した。

 そんな中で強力な光を放つ指導者が宇宙に生れ落ちる。

 ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムという名の光の巨人は銀河連邦国民の熱狂的な支持を得て、類稀なる指導者として数々の改革を断行していく。

 いつしか彼は選挙で選ばれた国家元首から、神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝と称号を変えて、ゴールデンバウム王朝を開く。優秀な配下には数々の特権と共にゲルマン系の家名を下賜して貴族として遇した。そうして混沌とした銀河全土を秩序ある専制君主国家へと作り替えていった。

 

 随所に仰々しい装飾の施された書籍を眺める男児は、文面の退屈さから逃れるように顔を見上げる。

 自国を築いた初代皇帝の輝かしい功績に特に興奮を覚えず、よくある脚色されて賛美に包まれた建国記としか思っていない。まして自分の家の先祖が偉大な皇帝陛下より特権を与えられた≪最初の貴族≫の一人だったところで、さしたる感銘も受けなかった。強いて言えば経済的に恵まれている事には感謝する程度だった。

 それでも家の来歴ぐらいソラで語れなければ、将来的に嘲笑の的になると兄や叔父からきつく言われているので、義務として記憶している。

 最初は英語やフランス語混じりの珍妙なドイツ語文体に面食らって、解読に四苦八苦したものだが数年も付き合っていれば慣れる。

 書籍を閉じてテーブルに投げ出して天井を見上げれば、豪奢なシャンデリアが視界に入る。書斎の照明一つとっても無意味なほどに装飾を施された我が家には、既に七年も住んでいるが慣れる気配が一向に無い。

 傍には年季の入ったメイドが控えて、どんな事も命令する事が出来る。時に失敗をすればその場で命を奪う事さえ許された。いや、奪うというのは不適切だろう。何しろ使用人は最初から貴族の所有物であって、生殺与奪権を握っているのはこちらだ。徹底的な階級社会こそが専制君主国家たる銀河帝国の本質である。身分制度などとっくに撤廃された時代に生まれて死んだ身としては、生まれ変わってから驚きばかりである。

 

「フェリクス坊ちゃま。お疲れでしたら、お茶を召しては如何でしょうか」

 

「そうですね。ではラズベリーのフレーバーを」

 

 勉強に飽きたと思われて、メイドに気分転換を勧められた。貴族に仕えるメイドとなれば言われる前に主人の仕草一つで欲しい物を手配するのが仕事のようなものだ。常時こんな至れり尽くせりの扱いを受けたら、生涯を屋敷に引き籠って堕落してしまいそうである。

 メイドが一時退室したのを見送り、フェリクスはテーブルに置かれたタブレット端末に手を伸ばした。電源を入れて慣れた手つきで、お目当てのファイルを見つける。

 

「あーやはり直接的で無機質な技術論文には心が洗われる」

 

 何もかもが無駄の極みの貴族生活の中で、効率性を極める科学の論文ぐらいしか癒しにならない。

 タブレットに表示されているのは亜空間跳躍航法についての論文。いわゆる超光速航法(ワープ)について記されている。

 フェリクスの前世でも光を超える航法は実用化されていた。異層次元航法推進システムと呼ばれ、人類の宇宙への躍進に大きく貢献しつつ、敵もまた普遍的に使用した技術だった。実際はこの並行次元宇宙の人類が用いる航法と原理が全く異なるが、それはそれで学習意欲を刺激される。新たな知識を得ることは無上の喜びだ。

 論文を読んでいる間にメイドが湯気の立つポットと茶菓子を持ってきたので、中断して淹れてもらった紅茶を飲む。ラズベリーの酸味と匂いが心地よく、茶菓子のマドレーヌの甘味を引き立ててくれた。

 

「相変わらず美味しいお茶ですね」

 

「坊ちゃまにお褒めの言葉を頂くために、毎日研鑽を積んでおります」

 

 年老いたメイドは礼讃に対して、心から喜びを露にする。

 老メイドにとってフェリクスは両親を早くに亡くし、唯一の家族である五歳年上の兄は帝国幼年軍学校に入学して中々戻って来られない。肉親の情に餓える環境に置かれて、書斎に籠って病的に知識を貯め込み続ける少年を不憫に思い、身分違いながら自分の孫のように可愛がってしまう。

 もっとも当のフェリクスは肉親の情に飢えているわけもなく、一人の時間を余すところなく勉学に費やせるので万々歳であった。

 特に五歳年上の兄は親の顔を覚えていない弟を何かと気遣って構おうとしている。愛情が深いからこそのスキンシップなのだろうが猫かわいがりが過ぎるので困る。

 

「ところで坊ちゃま。三日後に叔父のブラウンシュヴァイク公のお屋敷に参られるのは覚えておいででしょうか」

 

「そういえば叔父上やアマーリエ様に会いに行くのは三日後でしたね。忘れないようにエリザベートのお土産も用意しないと」

 

 亡き父の腹違いの弟にあたる叔父オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクとその妻アマーリエ、さらに今年三歳の一人娘エリザベートを思い出し、手土産に何か用意することを考える。

 なまじ身内ゆえに金銭的な贈り物が使えないのは煩わしいが、今の自分は七歳の子供なので悪ふざけさえしなければ笑って許される。親戚の家に行く程度なら気を張る必要はあるまい。

 

 

 三日後、予定通り叔父一家の住まう帝都オーディンに向かうため、屋敷の上空に待機している自家用戦艦の貴賓室で寛いでいる。皇帝の藩塀たる門閥貴族が所有する戦艦ともなると、中でパーティを開けるほどの贅沢な調度品と空間が確保されている。

 フェリクスは内心、戦闘に使う軍艦にすらこのような無駄な設備を求める、帝国貴族文化と見栄の張り合いは阿呆の極みと思っている。ましてそのせいで戦いに必要な設備を削ってしまい、本来の性能より低下していると聞かされた時は心から呆れた。それでも苦言を呈さなかったのは、次男の自分はどうせ家を継ぐ事は無いので相続する事のない財産と割り切っただけだ。

 それに周囲は男爵家私設軍の、十隻の巡航艦と二隻の標準型戦艦が護衛として取り囲んでいる。実際の戦いは彼らに任せてしまえば安心だった。

 道中は様々な艦艇が行き交う比較的安全な航路だが、宇宙海賊等の危険が無いとは言わない。貴族なら海賊あるいは事故に見せかけて誅殺される可能性もある。帝国内とて非武装での航行は忌避された。よって矛たる中性子ビーム、水爆ミサイル、レールガンに加えて盾となる装甲とエネルギー中和磁場が何よりのお守りとなる。

 

 運ばれるだけの荷物のフェリクスはタブレットを使って技術論文を読んでいると、部屋に備え付けられたモニターの電子音が耳に入る。

 

「―――――ええ、分かりました。フェリクス坊ちゃま、移動の準備が整いました」

 

 同行する家の執事ホルツ・フォン・ティーが報告する。この小規模艦隊の中で最も地位が高いのはフェリクスだ。だから出発には彼の許可が必要だった。

 

「そうですか。護衛艦の皆さん、軍人としての務めをしっかり果たしてください。全艦、出航」

 

 号令一つで十三隻の艦艇は重力に逆らい天高く駆け、やがて星の抑圧から解き放たれた無窮の宇宙空間へと登り詰めた。

 小規模艦隊は隊列を組み、艦尾に備わった亜空間跳躍エンジンに火を入れる。紅玉のような赤い光が煌々と暗黒の宇宙を照らす。

 艦橋ではクルーが帝都までのワープに必要なデータを入力する。闇雲にワープなどしては恒星に飲み込まれるか、惑星に激突して甚大な被害を及ぼす事もある。宇宙において安全な航路のデータは何においても死守すべき情報だった。

 戦艦の貴賓室にもワープの艦内放送が流れて注意を促した。フェリクスとホルツ、それにお付きのメイド達もそれぞれ椅子に腰かけて時を待つ。

 メイド達やホルツはワープ開始の感覚がお気に召さないため、顔には出ていないが気が重い。

 反対にフェリクスはワープする瞬間の感覚が意外と嫌いではない。自分の知らない超光速航法を体験するのが刺激的だった。

 ともあれ、艦隊は次々とワープを行い、亜空間へと身を投じた。目指すは銀河帝国の支配者たる皇帝のおわす惑星オーディン。

 

 銀河帝国門閥貴族ブラウンシュヴァイク公爵一門フレーゲル男爵家次男、フェリクス・フォン・フレーゲル、七歳。帝国歴474年の出来事であった。

 

 

 

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