稚拙な作品ですが今後もお付き合いよろしくお願いします
帝国歴479年のオーディンは初夏を迎える。季節は常に廻り、時と共に人々は変化していく。
この年、銀河では小さな、そして後世の人間から見て、非常に興味深い出来事が起きたのを認めなければならない。
発端は帝国軍と同盟軍のよくある小競り合いだった。イゼルローン回廊の先、エル・ファシル星系へ進軍した1000隻の帝国軍小艦隊は同数の同盟軍と艦隊戦を行い、双方に相応の被害を出した。ここで叛徒が引き、帝国は追撃した。この選択が功を奏して、帝国軍は敵の半数を捕虜にした。残りはエル・ファシルの居住惑星へと逃げ込み、300万人の民間人は追い詰められた。足手まといの民間人を抱えながら兵力が四倍差もあれば降伏以外に道は無い。
恐怖に陥ったエル・ファシルの人々は軍に星系からの脱出を求め、同盟軍も了承して若い士官を責任者に据えて実行に当たらせたが、恐慌状態に陥った司令官のリンチ少将は守るべき民衆を見捨てて一部の部下と共に逃亡。動きを読んでいた帝国軍に捕らえられた。
司令官に見捨てられ、もはやなすすべは無いと諦観に満ちた状況でも、エル・ファシルに残った若い士官は冷静にリンチ少将の逃げた方角と反対に逃げて、民間人300万人を全て後方へと送り届けて守り抜いた。
一連の顛末は同盟全土を駆け巡り、指揮を執った士官は『エル・ファシルの英雄』と讃えられて昇進した。軍の汚点を覆い隠すために英雄を欲した政治判断もあるが、300万人を守り切った手腕への公平な評価だろう。士官の名は『ヤン・ウェンリー』少佐である。
ヤン・ウェンリーに一杯食わされた帝国軍は多少腹を立てたものの、300万人の農奴の代わりに武勲と降伏した15万人の捕虜を得た事で留飲を下げて、イゼルローン要塞へと引き上げて行った。
帝国にも戦の詳細は戦勝という形で人々に届けられた。幼年軍学校にも刺激のある話題として届き、多くの生徒は自らもいずれ武勲を立てる事を夢見て無邪気に騒ぐ。
一部の生徒は実質的に上官を囮に使ったヤン・ウェンリーを悪辣な軍人と蔑むが手腕は評価した。ミューゼルやキルヒアイスはこのグループに属した。
フェリクスは相変わらず研究に明け暮れて、軍事のニュースなど殆ど聞き流していた。ちょうど医療用ナノマシンのプロトタイプが完成して、モルモットや猫を使った臨床実験に専念していた。結果は上々、意図的に重傷を負わせた動物にナノマシンを注入すれば、通常の数十倍の速さで患部は完治した。さすがに脳や臓器の復元には至らないものの、戦場等の緊急を要する治療には非常に有効な手段となる。
あとは人間を使った治験を残すのみだったが、肝心の人間の調達は幼年学校では出来ず、足踏みしている状態だった。一応、兄や叔父にサイオキシン麻薬中毒者の治療という名目で領地から数人都合してもらい、次の進級までの長期休暇に試す予定だ。
学期末試験も終わり、昨年同様にミューゼルが学年首席を保持した。フェリクスは実技で成績を落として七位。キルヒアイスも九位と上位を維持し続けた。結果に最も腹を立てていたのが次席のイザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼンだった。彼は昨年からミューゼルに後塵を拝して、今年こそはと奮起したが結果は変わらず。人知れずハンカチを噛んで悔しがった。
休暇に入り、オーディンにある公爵邸に一時身を寄せたフェリクスは叔父一家の団らんに加わりつつ、日中は公爵家の出資する病院で薬物中毒者にナノマシンを投与して経過を観察し続けた。追加で死刑の確定した罪人も使った実験を行い、充実した研究ライフを送った。
外傷の治療はほぼ100%性能を発揮した。麻薬中毒の方は中度の使用者までなら時間をかければ完治は可能、重症者ともなると症状の軽減化が限界だった。初期型のナノマシンの性能ならこの程度と予測はしていたので落胆は無い。あとは高性能化を目指して改良を続ければいい。
一応完成したナノマシンをどうするか悩む。このまま世に出しても医療品なら病院や軍の需要はある。世に出せばナノマシンの技術特許で莫大な富が築けて、今後の研究の弾みになる。利用者を被験者にして多数のデータも集まる。コピー品や改造の危惧もあるが医療用程度なら許容範囲と割り切る方がメリットは大きい。
早速叔父と兄に話を持ち掛けて、フレーゲル領での生産を検討してもらった。初期投資の費用は掛かるものの、需要は見込める事と貴族として麻薬中毒者へ施す慈悲の両軸で口説いた。
二人とも頭ごなしに拒否はせず、ひとまず小さめの生産工場を建てて、自領で試験運用して現場の評価から今後の増産を決定すると約束した。
同時に技術特許を近日に申請して無断使用を封じた。さらにオーディン帝国大学の工学博士に、論文と実験データと現物を送付して評価と追試を求めた。本来外部から持ち込まれる論文は後回しにされるのが慣例でも、ブラウンシュヴァイク公爵の名で送られたら最優先で検討せねばならない。
一ヵ月綿密に検証した結果、研究が認められてフェリクスの名は一躍帝国中の学術機関に轟いた。画期的な発明だった事以上に、製作者が12歳の幼年学生だったのに誰もが驚いた。幾つかの研究機関が接触を考えたがブラウンシュヴァイク公爵の甥という立場と幼年学生だった事もあり、気軽に手を出すのは憚られた。
幼年学校三年生というのは難しい位置にいる。幼年学校は五ヵ年制なのでちょうど真ん中の学年になる。下の学年には偉そうにしても上の学年には従うしかない。任官前に中間管理職の気分を味わうのが三年生だった。
もっとも、そんな立場でも好き勝手に過ごしている連中もいる。ミューゼルとキルヒアイスのコンビが最たる例だろう。多少なりとも周囲への態度が軟化しても、相変わらず上級生との喧嘩に明け暮れている。そのくせ首席を保持しているから、ある種のカリスマ性で下級生には人気が高い。慕われているのが気に入らない者が喧嘩を売るから、結局喧嘩の数は増減しなかった。
フェリクスも門閥貴族出身、傑出した頭脳と技術力を持つ事から、技術職志望の下級生から信奉される存在だった。技術士官を任官希望する者はこぞって縁を結ぼうと媚びを売る。無論、年少の下心程度は見抜けたのでまともに相手をしなかった。それでも本心から科学に身を捧げる気概のある新入生は快く研究会に招いて、後進の育成に力を注いた。
480年も間近に迫る年末。幼年学校も年末休暇を楽しみにする空気がそこかしこに見られる。逆にこの時期に余裕が無く、気の張った奇特な生徒もごく一部居る。
フェリクスがその一人。彼は年末休暇に公爵邸に行く予定だったが、休暇が終わるまでびっしり夜会やパーティーに連れて行かれるのが決定している。ろくに研究する時間が無いので休日だろうが研究室で一人朝から作業をしていた。13歳でワーカーホリック極まりない。
時間を忘れて設計図を引いていたが、唐突にドアをノックする音がして意識が逸れた。
「どうぞ」
声の後によく見る顔の二人が部屋に入ってきた。ミューゼルとキルヒアイスだった。二人はフェリクスの状況を見てドン引きしていた。彼は腕に針を刺して点滴をしながら作業をしていた。視線に気づいて苦笑しながら空になった点滴の袋を片づける。
「食事に行くのも億劫だったから点滴で済ませていたんですよ。人の目がある時はやらないんですが」
「せめて人間らしく食事をしろ。まったく、食堂にも私室にも居ないから貰っておいて正解だった」
そう言って紙袋を投げ寄越す。中身は食堂で出るパンとチーズだった。せっかくの差し入れなので、フェリクスはその場で食べる。
食べている間、手持ち無沙汰のキルヒアイスは何気なく端末のディスプレイをのぞき込む。作りかけの機械のようだ。
「軍艦……じゃないか。全長17mに複座式?随分小さいけど、もしかして戦闘艇なの?」
「モグモグ……ええ、新機軸の全環境対応戦闘機です。まだレイアウトを決めてフレームの図面を引いただけですが」
ミューゼルも興味を持ったので、フェリクスは端末を操作して3Ⅾ状のモデリングを表示する。全体的に丸い流線型のフォルムは、帝国の戦闘艇ワルキューレ、同盟のスパルタニアンとは全く異なる印象を受ける。機体前方にコックピットがあり、下部には機銃が装備されている。機体後方には二機のスラスターが付いている。ミューゼルは上部のユニットに見覚えがあった。ユニットは研究室の奥に鎮座する波動粒子コンダクターと酷似している。
「この戦闘艇は波動砲を搭載するのか」
「そうです。元々これに積むために波動砲を作りました。と言ってもまだまだ完成には程遠い。核融合炉も小型化しなければなりませんし、慣性制御機構も従来の物ではとてもGを中和できそうにないので新型機構を開発します」
さらっと新型の慣性制御機構を開発すると言っているが、普通はそんなポンポン作れるものではないのは素人の二人にだって分かる。分かるがこれまでの非常識な技術力を知っているから否定はしない。
「こんなに小さいと攻撃を当てるのも大変そう。敵に落とされないように小さくしたの?」
「そんなところです。小さければ小さいほど、軽く作ればその分運動性能も上がり、被弾面積は小さくなり生存性も上がる。防御は一発当たれば落ちる紙ですが、戦闘機は速度こそ防御力。そこを妥協はしません」
差し入れのパンを食べ終えたフェリクスは端末の電源を落として、何か用があって来た二人に向き直る。
ミューゼルは真剣な顔つきで折り入って話がしたかったと告げた。人に聞かれたくない話と察して、ドアを施錠して盗聴防止用の機器を起動する。
「フレーゲル、お前は信用に値する有能な『貴族』だ。だから率直に聞きたい。今の帝国をどう思っている」
些か抽象的な問いかけだったが、三年間それなりに関わりを持って、この陶磁器で形作ったような美形の少年が世の中に不満と怒りを抱いているのは知っている。それも、貴族に殊更敵意を見せているのも分かっていた。下手に誤魔化すよりいっそ腹の内を見せあって真意を知っておいた方がいい気がした。
「有り体に言えば、不満と呆れを持っています。この150年間、いつまでも叛徒とダラダラ戦っているせいで、人、物、時間、何もかも無駄にして人類は停滞どころか衰退期に入っている。その浪費さえ無ければ、もっと先を目指せた」
「僕も理由は違うが今の帝国が嫌いだ。一部の階級が権力を振りかざして民を虐げて、人の意志を捻じ曲げて奴隷のように扱うこの国が。僕の姉さんは皇帝に―――――」
ミューゼルの宝石のように美しい蒼氷色の瞳に怒りと憎しみが一層強く宿る。フェリクスは初めて同級生の原点がなんであるかを理解した。彼の姉グリューネワルト伯爵夫人は皇帝に見出されて寵姫となった。それは帝国に生まれた女性にとって最も名誉と口々に上る。確かにそれは階級社会において正しい。最高権力者の寵愛を受ける女性と、その一族には常に栄光と権力が与えられる。貴族なら権力への道は何よりも尊ばれた。しかしミューゼル一家は元は貧しい騎士階級。貴族の価値観と異なる生活を送っていた。幼い少年は突然愛する身内を奪われ、皇帝に憎しみを抱いた。
「ミューゼル、あなたは口にするのも憚られますが、皇帝陛下を憎んでいると」
「ああそうだ!!僕は姉さんを奪った男を―――皇帝を絶対に許さない!!叶うなら殺してやる!」
「キルヒアイス、ミューゼルの本心を?」
「知っているよ。僕だって皇帝が憎い!だからラインハルトの手を取ってここにいるんだ」
フェリクスは想像以上の厄介事が出てきて対応に困った。単に無能な貴族への反発と、下剋上の精神なら気にしなかったが皇帝への殺意まで明かされるとは思わなかった。碌に会った事も無い皇帝への忠義など無いが、門閥貴族としての義務がある。同級生の誼と秤が揺れる。
「あなた達はどこまでするんですか?」
「皇帝を倒す!無能な貴族も排除する!僕がこの帝国を変えてやる!!」
「その貴族の中には女子供も入っていますか?皇帝陛下の御身内や無能な貴族なら赤子でも殺してもいいと。例えばあなたより年下の皇孫のエリザベートやサビーネも」
フェリクスにとってそこが分水嶺だった。上昇志向も成り上がりも構わない。貴族同士なら暗闘と蹴り落し合いの末に相手を滅亡させるのも、一応は納得する。仮に同期生が叔父や兄を倒しても、それは貴族の慣わしとしてギリギリ飲み下す。
それでも倫理観を投げ捨てても肉親への情はある。対峙する少年が憎しみと怒りにつき動かされて見境無しに殺戮に酔う男なら、すぐにでも密告して終わらせる。
思わぬ問いにミューゼルの瞳から怒りの炎が小さくなり、何度かの瞬きの後に首を横に振った。
「違う!僕が倒すべきは同じ人を差別して不幸にする腐った連中だ!誰彼構わず殺したいわけじゃない!」
「その言葉を違えないうちは二人と敵対する事は無いでしょう。あるいは『夢』を邪魔しない限りは」
「夢?」
「二人はこの宇宙にどれだけ我々のいる銀河と同じ物があると思います?」
唐突な問いに二人は疑問符を浮かべて答えられなかった。
「答えは2兆個です。我々の住む銀河などその中の一つでしかなく、その銀河すら一部しか勢力圏に置いていない。にもかかわらず、皇帝は全宇宙の統治者を名乗っている。ましてこれまで数多くの皇族と貴族が、そんな狭くて手垢の付いた場所の支配権を巡って争い殺し合ってきた」
はっきり言って滑稽である。フェリクスの態度から、過去の権力者たちに対する侮蔑の色がはっきりと滲み出ていた。
「私はそんな馬鹿に付き合ってられないんですよ。さっさと外の銀河に探索の旅に出たい。命ある限り未知への探求心を満たしたい。それが私の生まれた時からの『夢』なんです」
「じゃあ君が研究をしているのは」
「全部、外銀河へ行くための技術研究です」
「僕とキルヒアイスに協力はしてくれないのか」
ミューゼルは明確に落胆する。彼の中では親友と同様にきっとフレーゲルも自分の想いに賛同してくれるものと思い込んでいた。それが腹を割って話してみれば、全く違う目的を告げられて、突き放されたような寂しさを覚える。
フェリクスは正直言って、変に期待を持たれても困ると思った。そもそも前世でも研究者をやっていたのが今語った『夢』の為だ。思いのほか才覚と熱意があったおかげで当時の地球で最先端の研究機関TEAM R-TYPEに所属して様々な研究に携わってきた。それもこれもバイドという外銀河への進出を邪魔する敵生命体を排除したかったからだ。己の夢の邪魔をするなら全て敵。人もバイドも纏めて排除するのみ。
ただし、邪魔さえしなければ余裕のある範囲で手助けはしてもいい。どの道、今すぐ旅には出られない。準備がある。
「ミューゼル、あなたは『上』を。私は『外』を目指しますが、互いに邪魔をしなければ友人として協力ぐらいはします。それに最低でも20年は研究して設備を揃えなければなりません。旅に出るのはまだまだ先の話、今はそれでいいじゃないですか」
「フレーゲルが敵にならずに済んだだけでも良かったと思おうラインハルト。困った時は力を貸してくれるんだね?」
「常識的な範囲でなら」
「分かった、今はそれで納得する。これからはミューゼルじゃなくラインハルトと呼んでくれ」
「では私の事はフェリクスで構いません。キルヒアイスもジークフリードと呼んだ方が宜しいですか」
「僕はラインハルトが姓で呼ぶからそのままで良いよ」
ラインハルトとキルヒアイスは手を差し出す。二人の手をそれぞれ握り返した。今日の事は口外せず、三人が仲間として認め合った瞬間だった。