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ラインハルトとキルヒアイスの友人になったフェリクスは彼ら共々、帝国歴481年に四年生になった。その年になればラインハルトに喧嘩を売る者も大半が卒業した。下級生の中の平民階級は二人を崇拝対象にした派閥が出来るほどのカリスマ性があり、入学当時に比べれば幼年学校は平和になったと言える。
フェリクスは相変わらず研究三昧だったが、最近は科学技術研究会の会員も自分たちの研究を始めて、色々な発想の技術を開発している。特に面白く有用で会員達が力を入れていたのがパワードスーツ開発だった。
この時代にパワードスーツは廃れて存在しない。かつて機動装甲服という兵器は存在していたが誘導兵器の高性能化により、鈍重な装甲服を着た兵士は単なる的に成り下がり、あっさり廃れてしまった。
代わりに登場したのが機動装甲服より軽い装甲服だった。これは防御力を落とす代わりに機敏に動ける装備だったため、帝国と同盟両方の陣営の陸戦隊で使用されている。小火器程度なら防げる防御力と、粒子状の火薬と言われる『ゼッフル粒子』を組み合わせて強制的に白兵戦に持ち込む戦法で、陸戦は挽肉と血の川を作る凄惨な戦場が幾つも生まれた。
陸戦には必要不可欠の装甲服だったが問題もある。やはり全身に複合素材の装甲を付けるのだから、いくら軽く作っても重い物は重い。まして主要武器は6kgの炭素クリスタル製の戦斧である。それを振り回すには相当鍛えてなければならず、幼年学生用に特別軽く作った練習用の装甲服を着て戦う授業では多くが疲労を訴えた。そこから着想を得た研究員はまず筋力アシスト用の人工筋肉を開発しようとした。
かつて存在した機動装甲服は機械式の動力が重すぎて機敏な動きが出来なかった。そこで今度は軽いバッテリーを作り、軽い人工筋肉を動かす方針を目指した。開発は上手くいき、装着すれば幼年学生でも成人男性を超える筋力を得られた。
これだけでも画期的な新技術だったが、研究会の面子はそれで満足しなかった。別の学生が研究していた人工知能、いわゆるAIを補助的に導入して各種センサーにより、装着者が意図せずとも回避や防御行動を取れるようにモーションプログラムを作った。
モーションの参考にしたのは帝国軍最強の陸戦部隊『装甲擲弾兵』。彼等の訓練所に度々見学に訪れてデータを収集したおかげで、完成度の高いAIを組み上げられた。
血と汗に塗れる陸戦隊は人気が無く、わざわざ見学に来てくれる幼年軍学生に意外に親切だった。
「そんなに俺たちに興味があるなら、学校卒業後はうちに来い。銀河で二番目に強い男に鍛えてやる!」
2mを超える巨漢の装甲擲弾兵副総監オフレッサー中将は、豪傑の勇者に相応しく豪快に笑い飛ばした。同盟からは『ミンチメーカー』、帝国でも陰で『蛮族』と蔑まれていたが、戦いが絡まなければ普段は理知的な対応もできた。単なる力だけの馬鹿が帝国軍の中将にまでのし上がれはしない。高度な戦闘技術とは合理性と知性があって初めて成し得る。技術者の卵たちはそれを間近で理解した。
完成した新型装甲服は帝国軍の陸戦隊に貸し出して、データ蓄積をしている。上がってきた評判はまちまちだった。新兵にはAIアシストが有用だったが古参兵からは却って邪魔になるから不要と言われた。人工筋肉の評判は概ね好意的な意見で埋まっている。単純な身体能力向上より、疲労軽減に使えるという意見の方が目立った。
「では、ただの作業用のパワードスーツも作ってみましょう。上手くいけばそちらの方が普及しますよ」
フェリクスの提案で、AI機能と装甲を排除した民間向けの簡易パワードスーツの開発も手掛けるようになった。実際、軍用機よりもずっと需要が多かった。
帝国はルドルフ大帝の価値観から、可能な限り機械を排除して人力による行為に重きを置いた。よって皇帝の住まう
困るのはやはり作業をする側であるが、肉体労働は平民の卑しい仕事と決まっている。権力者の貴族には関係無かった。それでも簡易パワードスーツは利便性に目を付けた平民の肉体労働者、医療機関の看護師、娯楽用と性能に応じて普及した。
実は後になって、意外なところに需要は隠れているのにフェリクスは気付いた。貴族も年を取って衰えれば移動は億劫になり、杖や浮遊式車椅子に頼るようになる。そこで簡易パワードスーツが需要を満たすと。
そこで軍用に比べて徹底的に軽く、サイズを小さくして目立たない設計を命じた。おかげで割高になった上に性能も落ちたが、使用者が装着していると全く分からない。人は見た目を気にする。特に貴族の老人は自らが衰えていると他者に見られたくないから見栄を張る。
読みは当たり、翌年に製品化されると、老いた貴族がこぞって購入して、若い時と同じ感覚で運動をする光景がそこかしこに溢れるようになる。
大学に人工筋肉と補助AIは共に論文を送った。今回は研究会のメンバー中心の開発だからフェリクスは監修に留まったが、それでも大学からの評価は高かった。技術特許も申請して、メンバーには莫大な特許料が転がり込んだ。それらは全てフェリクスが監査を行い、利益は公平に配分された。
大金が入ればお決まりのように蜜に群がる蟻が集まり、自称親戚共が特許を持つメンバーから金をむしり取ろうとした。もっとも、そんな事は分かり切っていたため、資産管理はフェリクスの実家のフレーゲル男爵家が担い、親族だろうが手出しをさせなかった。当然当てが外れた金の亡者は憤慨したが、帝国有数貴族のブラウンシュヴァイク公爵の甥に盾突くほど愚かではなかった。
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ある日、科学技術研究会に一人の下級生が尋ねて来た。茶髪の二年生は真剣な面持ちでモーリッツ・フォン・ハーゼと名乗った。研究会の面子は自分達のように技術者志望に見えない生徒を、また媚びを売りに来た下級生と思ったが、それにしては雰囲気がやけに物々しく切羽詰まっているので不思議に思った。
フェリクスも研究室に来た理由を問うと、モーリッツは躊躇しながら重い口を開く。
「実はフレーゲル先輩にお尋ねしたい事があって来ました。ですが、人になるべく聞かれたくない話なのでその……」
「分かりました。暫く外に居ますので、作業は続けていてください」
フェリクスはモーリッツを伴い外に出た。研究所から離れた見通しの良い空き地で立ち止まる。
「ここなら誰が来てもすぐに分かります。余人に聞かれる心配はありませんよ」
「お気遣いありがとうございます。フレーゲル先輩は帝国一の頭脳と伺いました」
「それで?」
「先輩の開発した分子機械は傷の治療だけでなく、麻薬中毒者の治療にも使われていると。それ以外にも治療の使い道はあるのでしょうか」
「色々ありますよ。定期的に改良を施しているので、調整すれば多くの病気に対応できます」
モーリッツの顔に明らかな喜色が見て取れる。おそらくナノマシンの治療に大きな期待を寄せている。身内かまたは自分自身、ともかく目的は分かりやすい。
しかし彼はすぐに真意を語らず、周囲を頻繁に警戒していた。それほど他者に漏れては困る弱みを持っているのだろう。
やがて意を決してフェリクスに事情を語る。
「ぼくが今から話す事は絶対に秘密にしてください。………ぼくは色盲なんです。それも強度の障害を生まれつき持っています」
「確かにそれは知られると困る情報ですね」
生まれて十数年分の激情を発散するような、重く苦しい声質の告白をする。声自体は小さなものでも込められた想いは煮え滾るように熱く感じる。
色盲に限らず、銀河帝国は先天性障害を持って生まれた者への差別意識が強い。意識だけでなく様々な制約を課せられる。それらは初代皇帝ルドルフが障碍者を毛嫌いして『劣悪遺伝子排除法』を発布して、肉体的精神的弱者の生きる権利を認めなかったからだ。後の皇帝が無力化するに至るも、現在でも遺伝子の優性思想は滅びず、障碍者への風当たりは強かった。
幼年学校の入学資格にも心身壮健な者である事が求められた。色盲の場合、入学すら認められない。もしモーリッツの障害が露見したら退学処分は確実だろう。念を入れて秘密を守ってもらうよう懇願するのは正しい。
ただ、フェリクスは思う。仮に色盲を隠し通して幼年学校を卒業して任官、または士官学校に入っても軍務を果たせるのか。例えば艦隊勤務になった場合、管制官の仕事なら常にモニターを見続けて、識別信号の色で敵味方を識別しなければならない。それもただの一例にすぎず、色の違いで部隊の識別をする、物資を色で種別する、治療する時に出血の有無すら確認が無理となったら仕事にならない。任務を遂行しえない能力と見做されれば、早々に不名誉除隊処分になるのが見えている。
それでも軍への憧れ、または何か目的があって入学したのだろう。それを無情に突き放すのは、少しばかり躊躇われる。ついでに研究用のサンプルが自分から来たと思えば追い返す理由は無い。
「ですがフレーゲル先輩の作った機械があれば、もしかしたらぼくの色盲も治せると思ってお話ししました。その、可能でしょうか」
「まずは貴方の遺伝情報を調べてからです。治療可能な遺伝子欠陥なら可能性もありますが、実際に調べてみない事には保証しかねます」
確証は得られなかったものの、希望は断たれていないと分かったモーリッツは不安と期待とも取れない顔でフェリクスを覗き見る。
ひとまず検査のために研究室に戻り、メンバーに色盲の事は伏せたまま、モーリッツを遺伝子研究サンプルに使うとだけ告げた。その時点で大体察したようだが、研究室の主がやると決めた以上は異議は唱えない。さっそくサンプルに血液を幾らか抜いて解析に回す。
「暫定ですが科学技術研究会に所属という形でしばらく通ってもらいます。そうしないと色々と嗅ぎ回られるので」
「はい、よろしくお願いします!」
「気長に待つ事です。どれだけ遅くとも私が卒業するまでには終わりますから」
フェリクスの言葉に偽りは無かった。モーリッツの遺伝子解析と治療は一年かからず、色盲は完全に完治した。彼は生まれて初めて様々な色を認識して、夕暮れの美しさに涙を流すほど喜びを露にした。治療を施したフェリクスに心酔して、彼の為なら命も捧げる狂的な信奉者になる。
その後、幼年学校を卒業したフェリクスに代わり、科学技術研究会を引き継ぐ事になった。
それと最上学年になった時、幼年学校で殺人事件が起き、彼に同級生殺害の疑惑がかけられた。しかも殺害の動機が色盲の障害を知られて口封じに殺したと。しかし自信満々に全ての色を判別して、疑惑を事実無根と断じた。そして調査が進むにつれて、殺人の容疑者に校長のシュテーガー男爵が浮上した。驚いた事に彼は席次第三席の自分の孫を首席にしたいがために、次席を殺害して首席のモーリッツに罪を擦り付けるつもりだった。
憲兵本部に連れて行かれる校長は最後までモーリッツは色盲だと叫んでいたが誰も取り合わず、苦し紛れに道連れにしようと誹謗中傷しているとしか映らなかった。孫の三席は祖父が殺人を犯した事を恥じて自主退学を選び、幼年学校に混乱と教官への不信感を残した事件は解決した。
なお事件の捜査担当は一時期憲兵隊所属だったラインハルトとキルヒアイスの二人だった。彼等は事件が終わるとフェリクスを酒に誘い、珍しく愚痴を吐きながら酔っ払った。数日前にラインハルトの父、セバスティアンが病死したのも多少影響していたのだろう。娘を皇帝に売った卑劣漢と蔑み憎んだ父親への感情を、当人が死んだことで持て余していた。