銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

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第13話 キャンパスライフの始まり

 

 

 帝国歴482年、15歳のフェリクス・フォン・フレーゲルはオーディン帝国大学医学部に進学した。

 銀河帝国最高学府の最難関たる医学部に15歳の門閥貴族が入ってくる。その情報は大学中に広まり、好奇と不安の混じり合う憶測が広まった。

 ただし当人は至って平静のまま大学の門をくぐる。むしろお付きの青年の方が内心の不安を押し殺して余裕が無かった。

 青年の名はカール・フォン・シーン。ブラウンシュヴァイク公爵一門の遠戚の子爵家出身だ。シーン家は一応公爵家の親族になるが産業も乏しい地方のしがない子爵だった。ただし幸運にも学芸に優れていた三男のカールがたまたまフェリクスと年が近く、一般試験で入学して使わなかった貴族の推薦枠を譲られて、従者として帝国最高学府に行けた。専攻は経済学である。

 

「初日からそんなに緊張していると身が持ちませんよカール」

 

「は、はい。ですがフェリクス様の名代を務めると思うと身が震えます」

 

 仕方なくカールの背中をバシっと叩いて緊張を解した。フェリクスの名代というのは、貴族としてサロンや夜会に出席して代理を果たすという意味だ。医学部は実技課程が多く、他の貴族の学生より時間が取れない。よって代理ないし連絡役が一人必要だった。それが大学でのカールの役割だ。無論全部押し付ける事はせず、叔父の公爵に釘を刺されているのでフェリクスも三度に一度ぐらいは貴族の集会に顔を出すつもりだ。

 

「仕事はしてもらいますが、あなたなりに大学生活を楽しみなさい」

 

 助言を残してそれぞれの学部へ赴いた。

 

 

 フェリクスの大学生活は多忙を極めるかと思われたが、実際は半月もすれば退屈なキャンパスライフになってしまった。理由はフェリクス自身にあった。

 前世が人類最高の研究機関TEAM R-TYPEの研究員だったため、物理学や数学など数千年前に発見された法則など教えられるまでもなく、下手をしたら教壇に立つ教授より知識があった。さらに幼年学校の時にフェザーンで爆買いした同盟の技術書を四年かけて全て読破しているので、現在の先端科学も粗方履修し終わっていた。医学も人体を隅々まで解析し尽くして得た知識のせいで、座学は新しく覚える知識が無い。医療執刀や診察のような実技経験は必要だったものの、講義の大半が無駄な時間と化した。

 ならばとサークル活動に熱意を注ぐ事も考えて、幾つかの研究会を見学してもレベルの低い連中ばかりでやる気を失った。これなら幼年学校の熱意のある初心者を0から育てた方がまだ実利がある。おまけにサークルを隠れ蓑にした反戦主義者や無政府主義者(アナーキスト)が何人か混じっており、二度と近づく気になれなかった。かと言って貴族のサロンに入り浸るのは不毛とは言わずとも、時間と労力に見合った利益が得られない。

 

 八方塞がりになりつつある環境に馬鹿馬鹿しくなったフェリクスは、とっとと卒業資格を得て飛び級で卒業を画策する。

 手始めに以前ナノマシンの論文と実物を送り付けて評価と追試の依頼をした工学部の教授に、他の学科の教授への論文評価の口添えを依頼した。

 未知の粒子である波動粒子の発見とその利用法を纏めた論文とデータを素粒子学の教授に。新型の慣性制御機構、仮称Z慣性制御機構の基礎理論を纏めた論文を物理学の教授に投げ込んで、追試の依頼と共に卒業資格に値するか問うた。

 普通なら入学してたかが一ヶ月の学生の論文など一蹴されるが、相手は門閥貴族かつナノマシンの開発者。地位と実績から真面目に追試をせざるを得ない。

 一ヵ月をかけて入念に追試を行った結果、全て価値ある論文と結論が出て、フェリクスには大学の卒業資格、素粒子学と物理学、ついでに過去のナノマシンの論文から工学の博士号が与えられた。オーディン帝国大学の卒業最短記録を大幅に更新した瞬間である。

 

 晴れて卒業資格と博士号を得たが、肝心の医師免許が無いので引き続き大学には居座った。とはいえ何年も掛けたくないので一年で免許を取るために、数度の学科試験で合格点を出して講義を免除してもらい、実技は上級学年に混って受ける詰め込みを認めさせた。おかげで現在は大学にいる間はずっと医学の実技を受けている。

 そんな規格外の学生を周囲の学生は遠巻きに見るしかなく、帝国最高の秀才を自負する医学生すら差があり過ぎて、実技の講義以外では関わるのを避けてしまった。フェリクスに近寄るのはサロンに出入りする貴族しかいない皮肉な結果になった。

 

「――――――というわけで現在大学では浮いています」

 

「残念ながら当然では?」

 

「俺達も上官や同僚からは嫌われているが、卿も似たようなものだな」

 

 フェリクスは昇進と転属の手続きのためにオーディンに戻っていたラインハルトとキルヒアイスと共にいる。近状報告を兼ねてリンベルク通りにある二人の下宿先を訪ねて、今は繁華街の飲み屋でソーセージを齧り黒ビールで流し込む。

 キルヒアイスは安酒場でビールを飲む貴族を内心面白がる。一般にビールはワインより下等に見られている。軍でも兵士への嗜好品に酒が配られる。余裕がある時はワインでも、補給が滞るか配属先に予算が無いとビールになった。すると露骨に士気が下がり、補給担当の主計係は兵から冷たい目で見られた。ラインハルトも今はワインを飲んでいる。

 そういえばと、フェリクスはいつの間にか友人のラインハルトの一人称が『僕』から『俺』になっているのに気付いた。多分他の兵士に舐められないように変えたのだろう。

 

「得てして有能な同僚は妬まれるものですよ。つい先日までいた惑星カプチェランカの前線基地でも良い扱いは受けませんでした」

 

「あれは良い悪いどころではない。下手をしたら上に行く前に味方のはずの帝国軍に殺される所だった!」

 

 ラインハルトは忌々し気にワインを呷った。聞けば基地の上官がとある貴族の命でラインハルトを亡き者にしようとした。雪原のど真ん中で立ち往生して餓死寸前まで追い詰められたが諦める事なく、遭遇した叛徒から食料と武器を奪って何とか生還した。その上、初任務から派手にやったおかげで一ヵ月そこらで中尉に昇進するのだから、強運以外の何物でもない。

 

「おのれベー……んん!!フェリクス、一つ聞く。ベーネミュンデ侯爵夫人に会った事はあるか?」

 

「ベーネミュンデ…ああ寵姫の。夜会でお見かけした事はありますが、言葉を交わした事はありません。その夫人が何か?」

 

 ラインハルトがフェリクスの耳に口を寄せて、カプチェランカで殺されかけたのはベーネミュンデ侯爵夫人の謀と耳打ちする。

 フェリクスは誅殺の動機をすぐに理解した。ベーネミュンデ侯爵夫人はラインハルトの姉グリューネワルト伯爵夫人が後宮に召し上げられる前は、皇帝フリードリヒ四世の寵愛を一身に受ける身であった。しかし最近は寵愛も薄れて、彼女の館に足を運ぶのも稀になったと聞く。それを妬み、愛する男を奪った夫人の弟であるラインハルトに憎悪を向ける。直接夫人を害しない女の理屈は男には理解しづらいが、背景はそんなところだろう。

 

「姉は後宮で警護を受けているが、いつ危険に曝されるか気が気でない」

 

「うーん、それこそ貴方の姉君が直接害された証拠でもない事には、後宮の事は手が出せません。先日の実行犯も証言だけで証拠自体は無いのでしょう?」

 

 冷静な指摘に二人は怒りを滲ませるが、言う通り下手人の証言だけ。かつ殺してしまい証拠は無い。

 フェリクスもこういうドロッとした争いには、なるべく関わりたくない。叔父もきっと『女の争いに男が割って入っても碌な事にならん』と干渉はすまい。

 

「俺達は貴族ではないが卿は貴族だ。貴族の事はどうにかならないか」

 

「今の私はしがない医学生ですからね。それに夜会でもないと男が寵姫に近づく事すら―――――あっ」

 

「どうしました、何かいい知恵が浮かびましたっ!?」

 

 フェリクスは一つ妙案が浮かんだ。そしてテーブルを何度か軽く指で叩いて、一人頷いた。

 

「時間はかかりますが、夫人に接触する方法を思いつきました。あとは幾つか誘導する手も」

 

「そうか、卿には感謝する!俺に何か出来る事はあるか?」

 

「見返りは出世払いで良いので取り敢えず二人とも生き残ってください。いずれこの貸しは何かで返してもらいます」

 

「分かった!期待している」

 

「ありがとうございますフェリクス。良かったですねラインハルト様」

 

 二人はもはや姉グリューネワルト伯爵夫人の危機は去ったと思っているが、フェリクスは楽観視していない。どうにかすると言ったのは事実だし、時間がかかるのも本当で、確実にどうにかするとは言っていない。ついでに次の任地もおそらく前線なのに、自分たちが死ぬと思っていない自信はどこから来るやら。

 友人の危惧など知らぬとばかりに、二人はお代わりのワインを『乾  杯(ブロージット)』と一息で飲み干した。

 

「そんなに飲むと次の店で恥をかきますよ」

 

「なんだ次は飲み比べの店でも行くのか?」

 

 二人とも疑問符を浮かべた。それを見て合点がいき、生暖かい視線になる。

 

「次は娼館ですよ。昇進祝いに私の奢りで高級な所に連れて行ってあげます」

 

「「ななっ!!?」」

 

「驚くことは無いでしょう。兵士なら戦の一つも終わればそういう事はする。前の任地は同僚や上官がしてくれなかったんですから、今日しましょう」

 

 古来より戦を終えた兵士がやることは決まっている。酒を飲むか女を抱く。たまに同性の方が好みの兵士もいるが銀河帝国では同性愛は処罰対象なので、必然的に男は女を抱く。いつ死ぬか分からない兵士はそうしてストレスを発散させて明日への闘志を燃やす。しかもラインハルト達は15歳。思春期真っ盛りなら色の一つや二つに興味があって当然だ。

 

「卿は何を言うんだ!俺はそんな事はしない!むしろ卿こそしょ、娼館に通っているのかっ!?」

 

「大学のサロンの貴族からお誘いがあって行きましたよ。さして楽しい物でもないですが時々付き合い程度で行きます」

 

 フェリクスは特別勝ち誇ったりはしないが、友人からしれっと女を抱いた事を告げられた二人は唸るだけだった。付き合いで行っているのは本当だし、貴族の男なら大体15歳を過ぎれば実家の使用人の中から練習相手を選ぶか、手頃な娼婦で経験を積む。兄フレーゲル男爵も幼年学校を卒業して士官学校に入学した後に、実家の若いメイドを別邸に呼んで懇ろになっていた。フェリクスの場合は相手を妊娠させると面倒と思い、金さえ払えば面倒が無い高級娼婦を相手にしている。かつ、馴染みを作らず毎回異なる娼館を利用していた。

 

「何事も経験ですよ。お二人は敵兵の思考は読めても女の思考は読めない。なら女を知る事から始めましょう」

 

「それとこれとは違う!」

 

 ラインハルトは頑なに娼館へ行く事を拒み、無理強いしても仕方が無いのでこの話はお流れになった。

 二日後、辞令を貰った二人は駆逐艦エルムラント2号に赴任。希望通り宇宙を勤務地とする。

 

 

 この一ヶ月後、帝国全土に激震が走った。行啓中の皇太子ルードヴィヒが搭乗した船が爆発四散。皇太子の安否は絶望的と判断された。

 

 

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