銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

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第15話 名声

 

 

 皇太子の葬儀から数日が経ち、帝国は元の生活に戻りつつある。無論それは政治に関わらぬ平民や辺境の貴族の話。王宮は皇太子の抜けた穴を埋めるための勢力争いのが続いており、国務尚書リヒテンラーデ侯爵が危惧した通り次の皇帝を巡って暗闘と駆け引きが繰り広げられていた。

 帝国中枢に近い門閥貴族のフェリクスはそんな政治とは一歩引いた大学生活に邁進していた。男爵位を継いで立派に貴族的陰謀を練る兄に比べて、次男とはなんと気楽な立場だろうか。

 安寧を噛み締めて叔父から贈られた自宅兼研究所で研究に励んでいる頃、公爵の叔父から連絡が来る。次の休日に身なりを整えて家に来い、と。身なりを整えろと注文を付けているから家門内の私的なパーティーでもあるのだろう。パーティーは疲れるが世話になっている叔父の面子を潰したくないので了承した。

 

 呼び出しの当日、言われた通り公爵邸を訪れたフェリクスは違和感を覚えた。パーティーなら客を警護する軍人がもっと多いはず。一族用の駐車場もガラガラで普段と変わりが無い。軽く使用人に今日の屋敷の予定を聞いてもパーティーの予定は無いそうだ。

 自分が何のために呼び出されたのか見当がつかない。フェリクスは疑問を抱えながら、叔父の待つサロンに通される。

 サロンには叔父と、見知らぬ貴族が二人。一人は叔父と同じぐらいの年齢の中年男性。一見すると温和で実直そうな顔立ちをしている。何となく以前の夜会などで見た覚えが有るようで無い。そんな印象の薄い男だ。

 もう一人は自身と同年齢ぐらいの少年……に見える少女だ。亜麻色に近いくすんだ金髪を短くしているのと、意志の強そうな碧眼のせいか線の細い美形少年に見えるが、首元に巻いた白いスカーフとサファイアの留め具により、微かに女性である事を主張している。

 

「叔父上、お呼びとあって参りました。そちらのお客様とはおそらく初めてお目にかかります。フェリクス・フォン・フレーゲルです」

 

「これはご丁寧な挨拶痛み入ります。私はフランツ・フォン・マーリンドルフ。隣は娘のヒルデガルドです」

 

「ヒルデガルド・フォン・マーリンドルフです。フレーゲル博士のお噂はかねがね耳にしています」

 

 博士という響きにフェリクスの口から曖昧な苦笑が零れた。一応大学から博士号を受けているが一介の医学生には過ぎた物には違いない。そして一体どんな噂を聞いたのやら。叔父からマーリンドルフは伯爵位の門閥貴族であり、カストロプ公爵の連枝の貴族と紹介された。

 初めは季節の挨拶、やはり亡くなったルートヴィヒ皇太子を悔やむ会話を挟み、改まって伯爵が本題を切り出す。

 

「実は高名なフレーゲル博士にご相談があり、細い縁を頼り無理を言って公爵閣下にお引き合わせを願いました。―――私には後見している病弱な甥がいます」

 

 話の冒頭から愉快な話ではない事は察せられた。マーリンドルフ伯爵の甥に、つい最近両親を早逝したキュンメル男爵という少年が居る。生まれつき『先天性代謝異常』という難病に侵されており、人生の大半をベットで過ごしている。医者からは彼が乳児の時には『3歳までの生命』と言われ、5歳の時には『あと2年がせいぜい』。つい先日は『15歳までもたないだろう』と無情な宣告を受けていた。

 そんな時、他の貴族の遊園会で噂を聞いた。ブラウンシュヴァイク公爵の甥は人類最高の学者であり、たった12歳で画期的な発明をした。サイオキシン麻薬に苦しむ中毒者の治療薬を自ら作る慈悲深い貴族である。帝国一の大学の博士号を、入学してたった数ヶ月で授与された。

 

「そうした噂を耳にして、オーディンに見放された甥を救っていただけるかもしれない。どうか甥に救いの手を差し伸べて頂きたい!」

 

「私からもお願いします!生まれてから自らの足で走る事すら叶わない従弟を助けてあげてください!」

 

 マーリンドルフ親子は立ち上がり、深々と頭を下げる。隣に座る叔父に視線を向けると、お前の好きなようにしろと、視線だけ帰って来た。

 フェリクスはしばし考え込むフリをしつつ、内心願ったりと喜びに湧く。キュンメル男爵の『先天性代謝異常』は先天的な遺伝子疾患と思われる。その治療となれば患者の遺伝情報を余す所無く研究サンプルに出来る。ついでに治療と称してこっそり人体実験もやりたい放題。結果的に患者は健康な体を手に入れて誰もが得をする。いいことづくめである。

 

「そうまで礼を尽くす方の手を振り解くほど、私は非道ではありません。治療の確証は致しませんが、私で良ければお力を貸しましょう」

 

「おぉ、博士に感謝致します!」

 

 色よい返事を聞けたマーリンドルフ親子は幾度も感謝の意を示す。それから四人は一時間ほど歓談に費やして、親子は暇を貰った。

 サロンに残る叔父と甥はしばらく無言で茶を飲み、先にフェリクスが口を開いた。

 

「あの親子を引き合わせたのは何か思惑があっての事でしょうか。例えば伯爵家の引き込み」

 

「それもあるにはある。あるいは娘の方かもしれんぞ。おぬしの嫁にとかな」

 

 フェリクスは目が泳ぐ。確かに貴族なのだから婚約者の一人二人居てもおかしくはない。あのヒルデガルドという娘も年が近い。聞けば一人娘だそうで、男爵家から次男を婿養子に貰うという話はよく転がってる。

 

「あの娘をどう思った?儂は最初男かと思った。社交界の噂では、幼少期は野で遊び、今は軍学や政治学を学んでいるという。まこと女子らしくない令嬢よ」

 

「先ほどの歓談も大半が政治的な話題。流行のドレスや装飾品、あるいは歌劇には触れもしません。知性的に優秀でも、あれでは周囲から異物扱いでしょう」

 

「そこはおぬしも似たようなものだろうが、最低限周囲に合わせて取り繕えるだけマシだな。だが女であれはいかん。マーリンドルフも頭が痛かろう」

 

 本人のいないところで散々にこき下ろされているが、大体事実なので訂正しようがない。さらにヒルデガルド本人も過去に『女らしくなくていい』と意地を張っている。一人娘がアレでは父親が哀れだった。

 

「まあ、結婚云々はほぼ冗談だが、あの親子とキュンメル男爵とやらに少々思うところがあってな。仲立ちぐらいはしても良いとおぬしを引き合わせた」

 

 ほんの少し、身内にしか分からない叔父の苦悩が垣間見えた。フェリクスはその感情の出所を聞かず、ただ無言で茶を含む。

 

「それで治療の目途は立っているのか」

 

「本人の病状を確認しない事には何とも言えませんが、遺伝子疾患なら調整したナノマシンを使えばおそらく治療可能です」

 

 叔父は技術者ではないので、専門的な説明は省いて可否だけ教える。幼年学校在学中に先天性色盲のモーリッツ・フォン・ハーゼを被験者にして、遺伝子治療は経験済みだ。症例は異なるが二度目ならモーリッツより早く調整は済むだろう。

 フェリクスの自信に満ちた返答に、ブラウンシュヴァイクは思いのほか歓喜の声を上げて、優秀な甥が居て叔父として鼻が高いと上機嫌になる。そして前祝と称してワインセラーから、わざわざ410年の赤ワインを持ってこさせて二人で空にした。

 叔父が何故機嫌が良かったのか理由を知るのはもう少し先の話である。

 

 

 マーリンドルフ伯爵とその娘と知己を得た翌週。フェリクスは伯爵親子と共にキュンメル男爵の邸宅を訪れた。件の男爵とは天蓋付きのベッドでの対面となる。

 キュンメル男爵は顔色が悪い痩せ細った少年だった。健康なら美形の少年として少女に賛美を受ける顔立ちでも、ベッドで荒く息を吐く姿は生命力の欠如が甚だしい。

 

「叔父上、ヒルダ姉さん」

 

「ハインリッヒ、前に話したフレーゲル博士よ。この方なら、きっとあなたの体を治してくれるわ」

 

 ハインリッヒ・フォン・キュンメルは白衣姿のフェリクスを熱と諦観の混じる瞳で眺める。諦観を抱いたのはこれまで多くの医師が自分の体を治せなかった事への経験則。毎日次の朝の日差しを見られるか分からない恐怖を抱いて生きてきた。対して若くして大学の博士号を得た天才と、心身ともに虚弱の己とを比較して、ほんの僅かな嫉妬を抱く。

 

「では採血をします。血液から遺伝情報を解析しますね。痛いですが我慢してください」

 

 フェリクスはキュンメル男爵の腕に注射針を刺して、赤黒い血を幾らか抜き取った。

 あとは持ち込んだDNA解析機器に採取した血液をかけて、空間ディスプレイに表示された四種類の塩基、すなわち四つの窒素含有核酸塩基シトシン:C、グアニン:G、アデニン:A、チミン:T、の31億個の羅列を流れるように確認していく。素人の三人には全く分からないが、時折フェリクスが頷いたり、何かメモを記している。専門家に口を出すのは憚られるため、ただただ静かに見守るしかない。

 永遠のように息苦しい時間のようで実際は30分も経たずに、フェリクスは三人に向き直る。

 

「結論から申します。キュンメル男爵の治療は可能です」

 

 マーリンドルフ親子は沸き起こる喜びの感情を抑えきれずに椅子から立ち上がる。キュンメル男爵はどうせ治せないという諦観を覆された安堵から不意に泣き崩れた。

 貴族にあるまじき感情表現をする三人を見なかった事にして、医療的な説明を続ける。

 男爵の『先天性代謝異常』は生まれつき必要な酵素を肉体が生成しないために起きる遺伝子疾患である。幾つか種類があり、先程の解析はその種類と欠損したDNAの箇所を特定する作業。欠損箇所の特定さえしてしまえば、あとはナノマシンで修復すればいい。比較的容易に治療は可能である。

 

「治療用ナノマシンの調整は、遅くても半月もあれば可能です。その後、投与して一月あれば完治します。あとは地道に体力と筋力を付ければ、人並みに運動も出来るようになるでしょう。さすがに装甲擲弾兵になれる保証はしかねますが」

 

 最後の冗談にはフェリクス以外の三人は乾いた笑いが出た。ベッドの住民がいきなり筋肉ムキムキのオフレッサーになったら喜劇だろう。

 マーリンドルフ博士はフェリクスの両手を取って固く握り締める。

 

「このフランツ・フォン・マーリンドルフ、フレーゲル博士に何とお礼を申し上げればよいか言葉が見つかりません」

 

「いえいえ、まだ治療は先ですので、完治するまではそのお言葉を取っておいてください。キュンメル男爵、もうしばらくの辛抱です」

 

「はい!ぼくはフレーゲル先生への感謝を一生忘れません!ゲホッゲホ」

 

 咳き込むほどに力の入った心からの感謝からは、つい先ほどまで治療など無理と諦めていた弱弱しさが消えている。人間助かると分かったら急に元気が出る。喜んでもらえるなら結構だ。どうせだから骨強度を引き上げたり、内蔵機能を強化する遺伝子操作も追加しておこう。ついでに視覚、聴覚など五感も強化して、神経系の反応速度も引き上げておけば何かの役に立つ。以前の被験者だったモーリッツは視覚治療がメインだったから、バレないように最低限の肉体強化しか施しておらず消化不良気味だった。今回は元が貧弱だから色々と詰め込めそうだから楽しみだ。

 そのうち脳内に電脳域を設けて電子強化して、生体と兵器を繋げるサイバーコネクトを試したい。外銀河への探索には護衛が必要になるから、そろそろ艦隊やR戦闘機を量産して扱える軍人の育成も始めねば。金はナノマシンの特許で十分ある。あとは生産工場の土地と人材確保が難点か。土地は叔父か兄の持つ領地を有償で借りて、今回の件でマーリンドルフとキュンメルに貸しを作ったから、いずれ人材の供給源にしてもいい。

 遺伝子疾患に苦しむ貴族は意外と多い。財産や利権の分散を嫌って一族同士の結婚が多く、近親婚によって遺伝子の多様性が減って遺伝子疾患が平民より目立つ。にもかかわらず劣悪遺伝子排除法の影響から、遺伝子研究が停滞している。だから遺伝病患者の数に比べて医療の供給が追い付いていない。言ってみれば手つかずの金鉱脈があっても採掘手段が無いから放置されているようなものだ。

 だからこそ貴族に大きな恩を売れる。手を出さない理由が無い。医者の資格はこういう時に都合が良かった。

 

「今日はここまでにしましょう。治療用の機器が用意出来たらまた連絡します」

 

「従弟の命を救っていただき、ありがとうございますフレーゲル先生。私に出来る事でしたら何でもおっしゃってください」

 

「お気持ちだけ受け取っておきます。ただ――――」

 

 一旦言葉を切ってから、三人を見渡す。それから、困った事があったら力を貸してほしいと頼んだ。幼いヒルデガルドとキュンメルは即座に了承した。父親のマーリンドルフは内心『タダより高い物はない』という言葉がよぎったが、無理を言って甥を救ってもらう以上は頷く以外に無い。

 

 

 半月後。予定通り完成した治療用のナノマシンをキュンメル男爵に投与した。効果が出るまでそれなりの日数が掛かるが、数日も経てばベッドから自力で起き上がれないほど病弱だった少年が目に見えて快調になり、世話をしていた屋敷の使用人は驚くしかない。かかりつけの主治医も目を疑ったが事実から目を逸らす事は出来なかった。おまけに治療を施したのが門閥貴族とあっては面子を潰されたと文句も言えない。

 投与してから一ヶ月後には同年の少年と同じように運動も可能になり、新陳代謝の上昇から並の子供の三倍は食べる健啖家ぶりを発揮。これまでの鬱屈を晴らすようにスポーツや勉学に励む快活な少年がそこにいた。

 寄親貴族のカストロプ公爵も少年男爵の見違えた姿に喜び、フェリクスの名声は一層広まりを見せた。

 

 

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