銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

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第16話 疑惑

 

 

 フェリクスがハインリッヒ・フォン・キュンメル男爵の先天性疾患の治療に携わってから、既に三ヶ月が経った。その期間はひたすら大学で医学を学び、時間があればオーディン郊外の一般的男爵の規模のキュンメル邸宅に足を運び、各種能力向上に調整したナノマシンを被験者の男爵に投与して、データを収集する日々を送っていた。

 この三ヶ月はフェリクスにとって非常に満ち足りていた。豊富な実験データを得られたのもあるが、治療の名目で貴族の集会の大半を断って、側付きのカール・フォン・シーンに押し付けた。おかげでカールは他の貴族に顔を覚えてもらい、幾つかのツテが出来たのでお互い利はあった。献身的な治療を受けたハインリッヒはフェリクスに心酔するようになり、健康体になって以降はある重要な役目を担う事になる。

 

 ハインリッヒの治療と実験に一定の成果が出た頃、叔父のブラウンシュヴァイク公爵から本家に呼び出しを受けた。最近碌に貴族のサロンに出入りしていないから、お叱りの一つもあるのではないかと何となく思った。

 食堂には叔父一家三人と、兄のフレーゲル男爵が揃っていた。叔母と従妹と兄は気さくに挨拶をしてもらえたが叔父はいつもより表情が固く口数が少ない。フェリクスは内心、今までの怠慢を少し後悔した。

 公爵家の昼食に相応しい豪奢なメニュー。会話はそれなりに弾み、久しぶりの親族や兄との和やかな時を過ごす。最近兄は髭を伸ばすようになった。20歳になり、そろそろ一人前の貴族として貫録を身に着けたいのが理由だとか。まだ生えたての不揃いだから、従妹のエリザベートに変と言われて少々凹んでいる。

 フェリクスも兄が威厳を出そうとしているのは知っている。貴族として、領主足らんと努力を重ねる姿勢は立派だが、気持ちだけが行き過ぎると、どこかで失敗しないか心配になる。叔父もそれを何となく分かっているからか、やんわり髭は気長に生やせと諭していた。

 やや窮屈な貴族の食事が終わり、五人はサロンに移る。コーヒーとハーブティーをそれぞれ楽しみ、最初に公爵がフェリクスに話を振る。

 

「先日、財務尚書のカストロプがおぬしの事を褒めていた。アレが誰かを褒めるとは珍しい事もある」

 

「ああ、連枝のキュンメル男爵を治療した件ですね。マリーンドルフ伯爵と連名で感謝の手紙を頂きました」

 

 現在の帝国の財政を一手に操る財務尚書オイゲン・フォン・カストロプ公爵は評判のいい男ではない。清廉潔白という言葉を微塵も持たぬ強欲さから、職権を乱用して不正蓄財に熱を上げている。おかげでシロアリのように帝国を支える財務という屋台骨を食らい、無視しえない被害を与えていた。それでも公爵を罷免出来ないのは、彼が官吏としての能力は一流、政治家としても抜きん出ているため、無駄に政治力を発揮して汚職の証拠を掴ませず、他の尚書をして『いっそ芸術』とまで言われている蓄財と保身力で十年間も居座り続けていた。

 そんな男でも身内への情はあり、年少の親族を救ったフェリクスには感謝をしていた。さらにマリーンドルフ伯爵と共に、謝礼として宝石や貴重な虎の毛皮を贈っている。

 

「そのキュンメル男爵の治療はまだ続けているようだが、長くかかるものなのか?」

 

「いいえ治療自体はもう終わっています。今は経過観察をして、今後に活かすデータを集めているだけです」

 

 公爵は甥の答えに考え込み、その後妻のアマーリエに視線を向けて、何か頷き合っている。そしてフレーゲル兄弟に、今日の話は他言無用と念を押す。

 

「実はエリザベートは先天性の遺伝子異常を持っている」

 

 公爵の口から途方もない衝撃が発せられた。銀河帝国において遺伝子異常は差別対象になる。たとえそれが皇帝の孫ですら致命的となり、政治的には死刑宣告を受けるも同然。フレーゲル男爵はコーヒーカップを取り落して膝に当たる。幸い中身は殆ど入っておらず火傷はしなかった。

 

「それは生死にかかわる異常なのですか?」

 

「いや、そこまで深刻ではない。医者は血栓症という、生まれつき血管が詰まりやすい体質と言っていた。軽度だから食事や生活習慣に気を遣っていれば起きにくいと聞いている」

 

 血栓症とは血中の凝固制御因子の働きに異常が起きて、体内の血液が凝固しやすくなる病気の事。本来血液には、出血した時に血を固める働きを持つ『血液凝固因子』と、血液が過剰に固まらないために働く『血液凝固制御因子』がある。エリザベートは血液凝固制御因子に遺伝子異常がある。重度の症例になると、心筋梗塞や脳血栓により、麻痺や痙攣が起きて最悪死に至る。乳幼児にも起きるがエリザベートが今も健康なので、過信は出来ないが軽度というのも嘘ではあるまい。

 

「何という事だ!まさか叔父上、その事を我々や診断した医者以外に知る者は!?」

 

 公爵は無言のままだ。フレーゲル男爵は取り乱し、視線が右往左往して最後にエリザベートに向かう。彼女は動じないように見えるが内心は伺い知れない。

 銀河帝国初代皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは『社会的あるいは精神的弱者には生きる資格が無い』と公言していた。ならばその子孫であるエリザベートもまた生きる資格が無いということになる。

 

「余人には知られていないと思いたいが鼻の利く者が居る。社会秩序維持局、奴等を使い貴族の弱みを握る国務尚書リヒテンラーデだ」

 

「あの妖怪め!」

 

「過去に劣悪遺伝子排除法を使い、社会秩序維持局は幾多の貴族を葬ってきた。それを晴眼帝が憂いて劣悪遺伝子排除法を有名無実化した。しかし未だ廃法には至らず、罪には問われぬが今も産まれ持った疵を嗤うが如き無粋が蔓延っている」

 

「それで叔父上はその情報を我々に話してどうしろと?」

 

 冷静に座しているフェリクスの問いに、ブラウンシュヴァイク公爵は分かっているだろうと、無言で視線を返す。

 フェリクスに対しては遺伝子治療を願っている。では兄のフレーゲルには。

 

「弟にだけエリザベートの事情を話すのは不公平だろう。おぬし達兄弟は儂とアマーリエにとって息子も同然。知った上で秘密は隠さねばならぬ」

 

 敬愛する叔父に息子として扱われ、等しく重大な秘密を打ち明けてくれた配慮に感極まり、フレーゲル男爵の頬を涙が伝う。

 

「実を言うとな、儂はエリザベートの帝位などどうでも良いのだ。しかし野心の溢れる一門の者達がそれを許さぬ。ルードヴィヒ殿下の亡き今、すぐに至尊の王冠が手の届く場所にあるのに手を伸ばさぬ者に公爵の地位は相応しくないと騒ぎ立てるだろう。最悪儂を暗殺して妻を幽閉、残った娘を意のままに操る不埒者が出てくる。ゆえに儂はリッテンハイムと帝位を争わねばならん」

 

 有り得る話ではある。貴族は己と家の繁栄のため野心を持ち、陰謀の糸をあちこちに伸ばして他者を陥れる。それが公爵に向けられるだけの事。そうならぬために在りもしない野心を見せて、傘下の貴族をコントロールして自衛をしなければならない。全ては己の野心ではなく、ただ妻子の身を案じて無数の味方面した貴族を謀っていた。叔父の冷酷さと情の篤さには兄弟も驚きしかない。

 しかし、一つ気がかりな点がある。次の皇帝を誰にするかは今の皇帝フリードリヒ四世が決める事。皇帝が一言、後継者を決めてしまえば丸く納まるのではないか。フェリクスが疑問を投げかけると、今度はアマーリエが忌々しそうに答えを教えた。

 

「私は父に何度かそれとなく次の皇帝の事を伺いました。ですが父は吟味しているとだけ答えてお決めになりません。国務尚書に上奏を促しても結果は変わりませんでした。おそらく妹も同じ事をしたと思いますが父は静観を崩さない」

 

 せめて一言、『エルウィンを皇太子に叙する』と言ってくれれば、娘のエリザベートは全ての重圧から解放されるというのに。アマーリエは酒と若い女に溺れる父親への不満を漏らした。皇帝への不満はともかく、傘下貴族と対抗者のリッテンハイム、そして国政を担うリヒテンラーデと、とにかく対処すべき勢力が多い。アマーリエも夫と同様に甥たちに目をかけて、どうか娘のために働いてほしいと手を取って願う。効果は覿面に表れて、フレーゲル男爵は命ある限り公爵家に尽くすと宣言した。フェリクスも世話になった叔父一家のために、自分に出来ることは惜しまず働くつもりだった。

 

「とはいえ私が出来る事はエリザベートの遺伝子治療ぐらいです」

 

「十分だ。いくら軽度とはいえ発症の不安は常にある。おぬしがキュンメル男爵を治療したのを知り、エリザベートも治してくれるのを期待していた」

 

 叔父の返答に安堵した。慣れない貴族への工作や根回しなどしろと言われたら心労で倒れてしまう。そちらは兄に全部任せてしまえばいい。

 さっそく何か思いついたフレーゲルが叔父夫婦に献策する。

 

「まず碌に後ろ盾の無いエルウィン殿下の足元を固めましょう。ベーネミュンデ侯爵夫人を担ぎ出します」

 

「寵姫の侯爵夫人をか?たしかに儂やリッテンハイムが殿下に近づけば余計な警戒を与えかねん。下手な有力貴族の玩具にされるよりはマシか」

 

 最近は皇帝陛下からの寵愛が薄れていると言われていても、未だ夫人の権勢は強さは保っている。子を死産で失い皇帝から距離を取られ始めている女と、両親を失った後ろ盾の無い皇孫。組ませるならちょうどいい関係かも知れない。あの妖怪も侯爵夫人の気質は知っているから、面と向かって反対はしないだろう。あるいはベーネミュンデ侯爵夫人の実家の子爵家が増上慢甚だしくしゃしゃり出ても、寵姫ありきの木っ端子爵家程度、リヒテンラーデならどうとでも料理してくれる。

 それに第三勢力の登場は程よく場を引っ掻き回してくれる。一門の中には保険として侯爵夫人に媚びを売る輩が出てくるだろう。腹に一物抱える者を炙り出す誘蛾灯の役割も担ってもらえるなら歓迎する。

 

「しかし儂やおぬしが話を持ち出すのは邪推を受けまいか」

 

「そこでアマーリエ様にお手をお貸し願いたい。エルウィン殿下はアマーリエ様の甥です。『幼い甥に母が居ないのは教育上宜しくない、誰か母親代わりになれる女性を』そのように陛下にベーネミュンデ侯爵夫人を守役に推薦するのはいかがでしょうか」

 

「発想は悪くありませんね。ですが私一人では夫からの入れ知恵と思われますから、妹のクリスティーネも巻き込みましょう。娘二人が母親の立場から突き上げれば、お父様とて無視はいたしません。ついでですからエリザベートとサビーネも一緒にお願いしに行きましょう」

 

「私も?うん、エルウィンのためなら良いよ」

 

 身内の女衆に詰められる皇帝に多少の憐憫を感じるが、こういう時は男の理屈より女人の情の方が相手は躱せまい。政治の鬼のリヒテンラーデ侯爵も女、まして母の情で動く皇女二人相手では分が悪い。

 兄の主導でほいほい事態が動いていくのを横目に、フェリクスはどう話に食い込むか思案する。ラインハルトを誅殺しようとするベーネミュンデ侯爵夫人の話題が出たのは僥倖だ。今なら接触しても不自然に思われない名分に使える。

 

「今後も侯爵夫人に関わるなら私が来年医師免許を取得すれば、比較的怪しまれず後宮で接触出来ます」

 

「宮廷医なら寵姫と定期的に顔を合わせても不自然ではないか。ただ、籍に空きが無ければ宮廷医にはなれんぞ」

 

「見習いの研修目的なら、そう煩く言わないだろう。金で転びそうな医者に金を掴ませて、推薦ぐらいなら儂が何とかする」

 

 上手く建前だけで納得させられた。後は叔父が段取りを整えてくれるのを医師免許を取りながらゆっくり待てばいい。

 ベーネミュンデ侯爵夫人は一度棚に上げて、ひとまず明日大学が終わってから、エリザベートの遺伝情報を採取する予定を組んで、はたと気付いた。子の遺伝子は両親から50%ずつ受け継がれる。ではエリザベートの遺伝子異常は父母のどちらから伝えられたのか。あるいは予測が正しければ、場合によっては色々と帝国が揺れる事になる。

 ともかく一部情報を伏せて、叔父夫婦と兄の遺伝情報のサンプル提出も求めた。エリザベートの為ならと三人は了承してくれた。

 

 

 翌日、予定通り全員から血液を採取して遺伝子解析を始めた。解析は順調に進み、治療用のナノマシンを投与してエリザベートの治療も早期に完了した。公爵一家は最上級の感謝を示し、フェリクスはやんわり家族を助けるのは当然と笑みを返す。

 ただ、家族の遺伝子解析が進むにつれて一つの仮説がフェリクスの中に生まれた。

 

 『血液凝固制御因子』の異常は皇室の固有の遺伝子疾患である。

 

 遺伝子異常は叔父のブラウンシュヴァイク、兄ヴィクトル、そして自分には無かった。ならばもう一つの経路、皇帝の娘アマーリエから受け継いだ遺伝子に異常が潜んでいる可能性が高い。現皇帝フリードリヒ四世が多くの女性を身籠らせたが多くは流産、死産、あるいは成人までに早逝している。その理由が血栓症なら色々と納得がいく。もう数名皇族の遺伝子を解析すればより確実な物証が得られるが、さすがに皇帝自身に遺伝子異常の可能性があるから調べさせろと迫るのは不敬罪に過ぎる。もう一人の皇帝の娘クリスティーネはリッテンハイム侯爵の妻。自ら政敵の一族に弱点になる情報を調べさせる事は無い。つまり皇室の遺伝子解析はここまでだ。

 それにしても心身に障害を持つ者を悪と断じて駆逐を目指した大帝ルドルフの思想が、彼自身の子孫を苦しめ牙を剥くとは。あまりにも出来過ぎた皮肉に失笑すら起きない。大帝が一つの王朝を築いた比類なき巨人である事を疑う余地は無い。しかし苛烈と偏執に過ぎて、人の成長と進歩を却って縛り停滞させている。いま少し偉人に寛容と余裕があれば、人類はもっと余裕をもって先へ進めただろう。その間違いを正す者がいつか現れる、フェリクスは何となく予感があった。

 

 




AIを使用してフェリクスのイメージをイラストに出力してみました
絵心が皆無な人間にはものすごい便利で良い道具だと思います

本来の銀英伝の帝国サイドでは、おそらく生成AIもルドルフが人が楽をするから禁止したのでしょう
こういう点は同盟の方が自由度があって優れていますよ

それでは読者の皆様またの機会に
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