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宇宙とは無慈悲な暗黒の世界である。生身の人間なら刹那の時すら生存を許さぬ絶対零度の処刑場。にもかかわらず人は叡智を鎧として身に纏い、今この時にも深淵の宇宙へと漕ぎ出している。
虚空に揺蕩う一つのちっぽけな鉄色の欠片。軍の歩兵が携行する小銃をそのまま巨大化させたような、優美さの欠片も無い余りにも武骨な外観の軍艦。鋭利な艦首から後方に向かうにつれて体積が膨れ上がる、ひたすらに効率性と機能性を突き詰めたような構造は、製作者のデザインセンスの無さ以上に合理的精神が透けて見えた。
黒光りする艦艇の先には赤と白に塗られた長方形の民用輸送船が対峙する。所々塗装が斑になっており、地金と思わしき青色の装甲が船舶の過ぎ去った時を伺わせる。
片や新造と思わしき軍艦、もう一方は使い古しの船。これから何が起きるのか分からぬ者はこの場に誰も居ない。
新造艦の艦首より複数の飛翔体が射出。瞬く間に古ぼけた輸送船に殺到したと思えば、刹那の後に計六度の爆発が起こった。爆発により輸送艦は無数の破片となって永久に宇宙を彷徨う。
新造艦は輸送船を仕留めた事実など意に介さぬように、艦全体を右に傾けて新たな艦影に意識を向けた。新手は自分の倍はある600m近い巨体をもって威圧する。帝国軍の標準巡航艦である。
しかし新造艦は微塵も動揺を見せず、相対する巨獣を狩る長槍を用意していた。艦艇腹部のハッチが開き、先程のミサイルの数倍の大きさを誇る大型ミサイルが放たれた。それらは数える間もなく艦同士の距離を詰め、同時に内包する強大なエネルギーを解放炸裂させた。
ミサイルの直撃した巡航艦は巨大な青白い火球に飲み込まれて、船体の半ばまでごっそりと削り取られていた。電磁シールドも強固な装甲板も全く意味をなさない破壊力を前に、新造艦の生みの親たるフェリクス・フォン・フレーゲルは特に感銘を出さず、端末を弄って大画面の映像パネルの電源を切った。
これまでの破壊行動は全て先日に行われた評価試験の記録映像である。
フェリクスは紙製の資料をめくりながら、艦の故障個所や不具合を一つ一つ確認していく。
水道設備が壊れてお茶が飲めない。一部の隔壁が降りずにダメージコントロール不能。士官部屋の照明が切れた等。
直接戦闘に関わらない細かい不具合は幾つか書いてあるものの、火器管制や航行システムは想定した性能を発揮している。
簡単な模擬戦も数度試しており、機動及び防御性能も記載データは満足のいく数字が記されている。特に新技術であるZ式慣性制御機構は従来の戦闘機動を大きく引き離す速さを艦に齎した。
同席する数名の作業着の技師達もその表情から、自分たちの艦に自信を持っているのが伺える。たとえ目の前の年若い主が設計を担っても、実際に建造するのは自分達現場の人間。技術者として万全の仕事をした自負がある。
「新型艦は如何でしょうか?」
「良い仕事をしましたね。工廠の作業員全員の励みに感謝を」
技師等は貴族の賛辞と労いに歓喜を露にする。ところが外には見せなくともフェリクスの内心は冷淡そのもの。これぐらいは滞りなく仕事をしてもらわないと困ると思っている。
何しろ新型艦は基礎性能を満たしただけにすぎない。ここから追加の各種艤装を施すのだから、基本で躓いては困る。
駆逐艦だけでも艦載機の搭載設備。異層次元航行システムの導入。対となる異層次元潜航する対象への攻撃手段、通称『亜空間バスター』。
他にも数々の新機能を搭載するために、帝国、惑星同盟、さらには前世のTEAM R-TYPE由来の技術を組み合わせた。
そのため曲線の多い帝国製軍艦よりも角ばった印象の強い自由惑星同盟に近いシルエットの艦になり、拡張性を重視して従来の駆逐艦より100mは全長が伸びて、巡航艦に準ずる大柄な駆逐艦が生まれた。
性能も新技術の導入と大型化したおかげで従来の艦とは比較にならないほど高性能化して、スペック上は現状でも格上の巡航艦を凌駕する。
駆逐艦ですらこれなら巡航艦、あるいは戦艦ともなればどれほどの傑作艦が生まれるか想像もつかない。
技師達は既に崇拝にも似た畏敬をフェリクスに抱いていた。
「テストも一区切りついたので、今回持ち込んだ新技術の『異層次元航行推進システム』の製造も始めてください。出来上がったら無人艦に取り付けてデータ収集を」
現状の艦船開発はこれぐらいしかやることが無い。技師の中には現段階でも新型駆逐艦を量産して実戦配備を求める者もいるが、技術的蓄積の不足を理由に待ったをかけている。設計図はフェリクスの頭の中にあっても、今世の技術をバイド戦役時の船舶と融合したため、実際は新規開発に近くなり、テストも相応の手間がかかる。
というか技術者の数が絶望的に足りないから、故障個所の改良すら結構な時間を見積もらねばならない。
駆逐艦一隻ですらこれだ。そこに巡航艦以上の複数の大型艦の開発、建造、テスト、洗い出し、改良の繰り返し。加えて主力となる艦載機のR戦闘機開発にも人員をもっと割きたい。それ以前に、より高性能なコンピューターの開発もしないと作業効率が上がらない。
「―――どこかに良い技術者が百人ぐらい落ちていないか」
「さすがに百人は……」
思わず愚痴が出たフェリクスを技師の一人が宥める。ここにいる技師達は元々フェリクスが幼少から出入りしていたフレーゲル男爵領の兵器工廠で働いていた者達だ。だから叱責ではないのを分かっている。
主の気質をよく理解している技師の一人が気兼ねなく意見を出す。
「ああ、百人は無理ですが一人引っ張れそうな技師は知っています」
「ほう?聞きましょう」
「一年ぐらい前に帝国軍科学技術総監部を上司と反りが合わずに辞めた知り合いがいます」
「人間関係で職を辞するのは珍しくありませんが、その上司というのは?」
「技術総監部のシャフト技術中将を罵っていました。お知合いですか?」
フェリクスは普段あまり使わない脳内の人名と顔写真の一覧から、件の技術将官を辛うじて思い出す。以前何かのパーティーで太った中年ハゲの軍人と会話をした記憶があった。それがおそらくシャフト技術中将だろう。
その時は叔父と一緒に居たから、貴族のご機嫌取りをする凡百の俗な軍人程度にしか思っていなかった。
技師の話では技術中将は科学者として以上に政治屋の才があり、昔からライバルや上司を蹴落として主要なポストも自分の派閥で固めて、近々昇進して技術総監部のトップに就くとのこと。
それ自体は珍しい話には聞こえない。どんな職種だろうがある程度政治的感覚に秀でた者が高い位に就ける。こと技術者や科学者は研究の才覚には優れていても世渡りや人脈構築、予算を引っ張る交渉力に乏しい者が多い。かく言うフェリクス自身も前世は大多数の技術者の例に漏れず世渡りは下手な方だった。今世も上手いとは言えないものの、貴族として生まれ育ったおかげで多少は鍛えられた。
シャフト中将はそうした学者の少数派として、悪い意味で精力的に活動しているのだろう。もっとも技術総監部とて官僚組織である軍の一部。宮仕えとなれば相応に政治力は要求されるから、非難は些か穿ち過ぎの面もある。
それ自体は今はどうでも良い。重要なのはそういう輩に冷遇されたり嫌気がさしている連中がそこそこ居る点だ。
フェリクスが声を掛ければ、シャフト中将に反発する技術者を引き込める可能性がある。
現役の帝国軍士官を引き抜いたら軍の心証が悪くなる。だから先に辞めた技師の話をしたのだろう。正式に軍を辞めた後なら、守秘義務さえ守ればどういう職に就こうが関係あるまい。
幼年学校の科学技術研究会に属していた同期が技術総監部に任官している。任官一年程度の下っ端でも退官者の名簿ぐらい手に入るだろう。
手早く評価試験の会議を終えて、フェリクスは同期生に連絡を付けてこっそり名簿の横流しを頼んだ。
後日、名簿を送ってくれた同期には謝礼として、箱入りの良い酒と上質のワイングラスを贈っておいた。自分で使うも善し、上官に贈って媚びを売るも善し、売って金にするのも善し。
早速手に入れた名簿を使って片っ端から勧誘の手紙を送り付けた。
平民階級や帝国騎士の技師は、既に事業を立ち上げて経営者になった一部の者以外は、貴族が直々に高給厚遇を約束したおかげで二つ返事で釣れた。
対して貴族階級の技師には、ナノマシンを使用した貴族の遺伝子治療と寵姫の回診の日以外に直接家を訪ねて口説いた。
ただし断られる事が多かった。断る理由は様々だ。家がブラウンシュヴァイクと敵対するリッテンハイム閥だったり、子爵以上の家の出だから男爵のフレーゲルを主に認められない等。貴族のしがらみが関係していた。
それでも数名から色よい返事を貰えた。受けてくれた貴族士官は金銭より最新の研究設備に惹かれた者。別の者はある程度の仕事以外は好きに設備を使って自分の研究を許可した。
こうして元帝国軍技術官を20人近く確保して、纏めて資源衛星の工廠に放り込んだ。おかげで当面の人材不足は解消されて開発にも弾みが付くだろう。
当然というべきかフェリクスのスカウト行脚は貴族の社交界でも『百年に一人の天才が下野した技術者を貴賤問わず積極的に集めている』とちょっとした噂になった。
元々公爵の甥であり、何人もの不治の病に近い遺伝病を治療した実績を持った若き天才の一挙手一投足を、貴族なら目敏く見ている。あわよくば天才が生み出す新技術の巨大な利権に食い込んで、旨い汁を啜りたいと思っている貴族はごまんといる。もしくは自分達の飯の種を破壊しかねない疫病神への警戒もあった。
とはいえ社交界にはあまり出てこない出不精には直接会えず、門閥貴族を呼びつける非礼も出来ない。よって遠回しに各家がパーティーの招待状を送るか、兄のフレーゲル男爵ないし叔父のブラウンシュヴァイク公爵に探りを入れるのが精々だった。その探りとてそれなりの高位貴族でないと難しいため、結局は何をしているか不明なままになる。
貴族が貴族の常識に囚われて身動きが取れないのをよそに、平民の中には気にせずフェリクスに接触を試みる者もいる。
現在も軍に在籍している技術士官がスカウトを受けた元同僚に連絡を取って、自分も雇って欲しいと懇願したのだ。彼らは現在の技術総監部の非主流派ばかりで、中には左遷されて辺境基地の設備保安など明らかな閑職に回されて鬱屈していた。それでも生活のためにやむを得ず軍に留まりながら辛抱強くチャンスを伺い、一縷の望みを賭けて大博打に出た。
そんな野心ある技術者がフェリクスの元にゆっくりと、しかし確実に集っていくのを、後の帝国軍技術総監のボスになるシャフト中将は微かに危惧しつつも歓迎した。
中将にとっては自分に媚びない跳ね返りを貴族が引き取ってくれたようなものだ。その貴族が同じ帝国軍技術総監部にいたら心穏やかには過ごせそうもないが、任官する気を見せず、どちらかというと宮廷医としての噂を耳にしているため、自らの牙城を崩すライバルに成り得ないと判断していた。
帝国軍科学技術総監部こそ帝国最高の頭脳と疑わず、その頭脳のボスである己には、如何な天才貴族とて組織力と権威に敵わぬ。手出しするまでもなく、少々の人材などくれてやる。心の中で余裕を見せていた。
しかし彼はこの時の虚勢を数年後に狂おしいほど後悔するのを知る由もなかった。