銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

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第2話 叔父一家

 

 

 数度のワープを駆使してフェリクスを乗せた艦とその護衛艦は予定通り、銀河帝国の首都星≪オーディン≫に着いた。

 オーディンの惑星上空には警護と監視目的で無数の人工惑星が周回している。その一つから航宙管制誘導を受けた。

 通常、惑星下に降りるのは許可を申請した順だが、特権階級にあたる門閥貴族の艦艇となると優先して許可を得られた。

 そういうわけで待たされる事なく、十三隻の船はオーディンのブラウンシュヴァイク公領の宇宙港に降り立った。

 フェリクスは執事のホルツを従えて船を降りると、既に出迎えの護衛が整然と列を作り待機していた。護衛の先頭には、黒髪をオールバックに整えた黒い軍服の偉丈夫が敬礼で出迎える。

 

「フェリクス様。長旅、お疲れ様でした。我が主、ブラウンシュヴァイク公爵閣下も首を長くしてお待ちです」

 

「出迎えご苦労様です、アンスバッハ大佐。叔父上やアマーリエ様はお変わりありませんか?エリザベートも」

 

「はい、お三方はご壮健にあらせられます。特にエリザベートお嬢様は、昨日から貴方様が来られるのが待ち遠しかったようです」

 

 フェリクスは四歳年下の従姉妹の顔を思い浮かべて苦笑する。待ち遠しいのは土産だろうに。そうした思考は表に出さず、笑みを貼り付けて地上車(ランドカー)に乗り込んだ。

 公爵家の邸宅は森一つをそのまま石の塀で囲む広大なものだった。実家のフレーゲル邸も無駄に広いと思っていたが、世の中上には上がいると呆れと感心を半分ずつ抱く。

 荘厳な屋敷に入れば、無数の使用人たちが頭を深々と下げて賓客を出迎える。メイドの一人に持ってきた土産を渡して、中身の説明もしておく。

 そしてそのままの足で邸宅の奥深く、決して外からの客人が入ることを許されない公爵家の人間の居住エリアへと通された。

 数ある中でも特に重厚で格式高い扉が使用人により開け放たれると、すぐに小さな人影がフェリクスの前に躍り出る。

 

「フェリクスにいさまっ!」

 

「しばらくぶりですね、エリザベート。二ヵ月ぶりぐらいですか」

 

 勢いよく亜麻色の髪の幼女に抱き着かれたが、何となく予想していたおかげで一歩後ろに下がる程度で踏みとどまった。

 幼女の名はエリザベート。フェリクスの従姉妹であり、叔父夫婦の一人娘だ。彼女を引き離す事はせず、そのままソファに腰かける二人の男女に向き直り、些か不格好ながら礼をした。

 

「御無沙汰しておりますオットー叔父上、アマーリエ様。ご機嫌麗しく存じます」

 

「うむ、よく来たなフェリクス。ゆっくりしていくがよい」

 

「エリザベート。大好きなフェリクスに会えるのは嬉しいですが、淑女たるもの易々と殿方に抱き着いてはなりませんよ」

 

 30歳を少し過ぎた壮年の気品ある男、オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵は親しげに声をかける。その隣に腰かける20代半ばの、伴侶よりもさらに気品に満ちた瀟洒な女性、アマーリエ夫人は娘の不作法を窘めた。

 オットーとて帝国貴族の中でも最上位に位置する公爵家の当主だが、現皇帝フリードリヒ四世の実娘である妻アマーリエには品格も一歩譲る。

 母に叱られた娘は渋々言う事を聞き、従兄弟から離れる。自由になったフェリクスは改めてエリザベートの手を引いて、一緒に叔父夫婦の対面のソファに腰かけた。

 すぐ後にメイドがポットと茶菓子を乗せたカートを押して部屋に入る。

 メイドがテキパキとティーパーティーの支度をするのを公爵夫妻は見て、普段使っているティーカップと違う事に気付く。

 藍色の花びらが入ったクリスタルガラス製のポットに湯が注がれれば、徐々に湯が鮮やかな青色に変化していく。

 ポットと同様の透明なカップにお茶が注がれれば、普段と異なる色の茶にエリザベートは目を輝かせる。

 

「お茶にレモンの果汁を少し淹れてください。きっと驚きますよ」

 

 フェリクスの勧めに従って、エリザベートはピッチャーに入ったレモン果汁をお茶に少し垂らした。すると藍色のお茶は見る見るうちに鮮やかな桃色に変化した。幼女は感嘆の声を漏らす。

 

「面白い茶だ。これはおぬしが持ってきたのか」

 

「ええ、マロウブルーというハーブティーです。茶自体がアルカリ性なので酸性のレモンを入れると色が変わります」

 

「香りもなかなか良いですね。素敵なお土産をありがとう」

 

「味と見る楽しさ以外にも、喉と内臓を労わる効能があります。夜会などでお酒を沢山召した後にお飲みください」

 

 三人とも個人差はあれど好意的な反応を示す。贅を凝らしたものではない。しかし気配りの利いた土産は何よりも喜ばれた。

 お茶自体は味が薄かったため、しっかりとした味のザッハートルテと共に楽しむ。美食は自然と会話が弾み、話題はここにはいないフェリクスの兄、ヴィクトルがオットーの舌に乗る。ただし、口調はチョコレートのようにほろ苦しい。

 

「あやつ、幼年学校で人脈を築くのは良いが、いま少し学業にも力を入れてもらわねば困るのだが」

 

 帝国貴族の子息の多くは10歳になると、オーディンにある帝国幼年軍学校へと入学して寄宿舎生活を送る。その例に漏れず、ヴィクトルも幼年学校で厳しい教練を受けている。もっとも、成績はお世辞にも優れているとは言えず、学年内では中ぐらいを行ったり来たりと目立たない。

 帝国有数の貴族にして皇帝の娘婿になる公爵の甥としては、首席を獲れとまでは言わないがもう少し成績優秀でないと些か体面が悪かった。

 ましてブラウンシュヴァイク公爵は幼年学校卒業を期にヴィクトルは男爵位を叙爵、正式にフレーゲル家を継げるように各方面に働きかけをしている。せめてもう少し期待には応えてほしい。

 

「おぬしもだぞフェリクス。10歳になれば軍学校に行き、栄誉ある帝国貴族の務めを果たさねばならぬ」

 

「存じています」

 

 公爵はもう一人の甥の泰然とした佇まいに満足する。

 宇宙船事故によって亡くなった兄夫婦の代わりとして、二人の甥の成長を見守ってきた。特に弟の方は二歳で両親を亡くしているため、顔すら覚えていない。不憫な甥に親の愛情を注ぎつつも、貴族として恥ずかしくない男に育ってほしいと願っている。

 フェリクス自身は今更幼年学校の教育など必要無いと思っているが、貴族としての義務と言われれば渋々ながら叔父に従う外ない。

 それに学校に通うと言っても空いた時間ぐらいはある。そうした時間に研究を行えばいい。今は未成年なら養父の不興を買うべきではない。

 

「そういえばフェリクスは来月八歳の誕生日でしたね。何か欲しい物はありますか?」

 

 もちろん沢山ある。研究設備や高性能コンピューター、特に遺伝子操作や生体工学は初代皇帝のルドルフ大帝が『劣悪遺伝子排除法』を発布して以降、研究がほぼ途絶えている。その後、中興の祖と呼ばれたマクシミリアン・ヨーゼフ2世の治世において劣悪遺伝子排除法は事実上、有名無実化したが、それ以降も率先して遺伝子研究等、人体の研究は遅々として進んでいない。公然と研究しようが罪に問われないと思っていても、研究者の誰もが二の足を踏む慣習と空気が残っていた。

 さすがに皇帝の娘婿の公爵と言えども、大帝ルドルフが制定した法を覆す力は無い。たとえ皇女のアマーリエが法の廃案を願っても、おそらく無理だろう。誕生日プレゼントにそんな事は頼めない。

 よってフェリクスはありきたりな願いを口にした。

 

「私は船が欲しいです」

 

「おおっ、船か。貴族の男子たる者、軍艦は欲しいだろう。戦艦の一隻ぐらい用立ててやろう」

 

「それは叛徒の船もでしょうか叔父上」

 

「なに、叛徒の船が欲しいのか。そんな物をどうするつもりだ?」

 

「帝国と叛徒の船。研究用に両方を解体して比較してみたいのです。ですから演習用の標的艦に使うような、壊しても構わないような船で構いません」

 

 公爵は腕を組んでしばし考え込む。

 二人が口にした叛徒とは、アルタイル星系より脱走した奴隷が落ち伸びた先で『自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)』を名乗り、畏れ多くも銀河帝国に反旗を翻した。これが約三百年前の出来事である。

 以降、銀河帝国と自由惑星同盟は和平を結ぶ事なく、今も戦い続けている。

 帝国人は自由惑星同盟とは呼ばない。帝国は自らを人類社会における唯一絶対の支配者であると認識している。よって他国は存在せず、自由惑星同盟も自称にすぎず、帝国は公式文書にも『叛乱勢力』としか記載しない。

 だから叔父と甥は自由惑星同盟を単に『叛徒』と呼ぶ。もっとも、両者の技術に大きな差異は無く、一部の電子製品は帝国製より同盟製の方が高性能と言われている。

 技術者志望のフェリクスにとって、設計思想の異なる兵器は十分に研究対象になる。

 

「ふうむ、そういう理由ならよかろう」

 

 優秀な甥の頼みだ。ブラウンシュヴァイク公爵は胸の内で、帝国の正規軍から鹵獲した叛徒の艦艇を調達する算段を付ける。

 

 

 一ヶ月後、フェリクスは約束通り叔父夫婦から軍艦を誕生日プレゼントに贈られた。しかも帝国と同盟、一隻ずつの巡航艦だった。

 予想以上の誕生日プレゼントに喜び、お礼の手紙を二人に送った。

 それ以降、フェリクスは時間の許す限り家の領地の工廠に入り浸って、自ら艦を解体したり設計図と睨み合い、この時代の軍艦の基礎設計を吸収した。

 特に艦の動力源の核融合炉やビーム砲には並々ならぬ興味を持ち、何度も解体と組み立てを行い、理論を完全に理解していた。

 工廠の作業員やフレーゲル領民は巡航艦を積み木のように扱う亡き領主の次男を、大人顔負けの頭脳を持つ天才と呼んで憚らなかった。

 

 

 

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