銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

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第23話 隠し子疑惑

 

 

 銀河帝国皇帝フリードリヒ4世の居城新 無 憂 宮(ノイエ・サンスーシー)には、毎日千を超える貴族や官僚が出入りする。さらに彼等に仕える女官や使用人の数はその数十倍はいる。総数はおよそ五万人を超える。

 皇帝の住居と寵姫が住まう西苑は人の往来はあまり無いものの、それでも庭師や清掃担当の使用人、および警護兵は必ずどこかにいる。

 何が言いたいかというと、とてつもなく広い宮殿でも出入りする者は必ず誰かが目撃するという事だ。しかもそれが赤子を抱いた青年となれば、とんでもなく目立つ。

 青年が赤子と共に、寵姫のベーネミュンデ侯爵夫人の館を訪れたのを何人もの使用人と兵士が目撃していた。その情報は当日には噂になって新 無 憂 宮(ノイエ・サンスーシー)中を駆け巡った。

 噂好きの貴族はすぐに憶測を立てて口の端に乗せて囁き合った。青年が非常に目立つ存在であっても、これまで碌に醜聞の無い(と思われる)清廉潔白な貴族だったため、余計に興味を引く素材だったのが悪かった。暫くは彼の話題が社交界を席巻する事だろう。

 

 赤子を抱えた貴族の名はフェリクス・フォン・フレーゲルという。

 

 

 既に貴族の娯楽の贄にされている事など露知らず、フェリクスは共犯者の侯爵夫人と面会していた。

 彼女は感極まり、涙を流して赤子を至高の宝石の如く恭しく抱く。自ら腹を痛めて産んだ子ではなくとも、この子は紛れもなく自分と愛する男との結晶。

 

「私のフレイア。私と陛下のフレイア。黄金の姫フレイア。ああ、この日をどれだけ待ちわびた事でしょう。私と陛下の子…こんなにも元気な女の子。フレーゲル博士、この子はこれからも健やかに育ちますか?」

 

「無論です。ですが何分特殊な出自の為、定期的な診断は欠かせませんが」

 

「そうですね。これからもこの子をよろしくお願いします」

 

 実を言うと赤子のフレイアは受精卵の段階から遺伝子操作を行って、病気にかなり強い肉体に調整してある。毒でも盛られない限りは健康は保証するが今後もベーネミュンデ侯爵夫人を誘導するため、そのことは伏せてある。さらに公的には侯爵夫人の使用人のハンナが産んだ子になっているので、毒殺の心配は皆無だった。

 仮腹になったハンナは世間的には、生まれたばかりの赤子を残して家族纏めて事故死した事になっている。唯一生き残ったフレイアを不憫に思い、主人のベーネミュンデ侯爵夫人が引き取った。それが筋書である。

 実際は事故は偽装して、一家は既に侯爵夫人の所有する星系に隠匿済み。もちろん名前を変えて新しい身分の帝国騎士一家として、何不自由なく過ごせるようにフェリクスが手配した。こういう時に医者の資格があると死亡診断書等を偽装するのは容易い。

 生活費兼口止め料に1億帝国マルクを持たせてある。並の帝国騎士一家なら人生5回は養える額でも、皇帝お気に入りの寵姫にとっては端金だった。

 

 それら裏工作を全てフェリクスが担当したわけではない。大半は兄のヴィクトルが差配した。元々ベーネミュンデ侯爵夫人を制御下に置くのはブラウンシュヴァイク公爵家の方針だ。その実行役をフェリクスが担っていたが、フレイアの誕生は独断である。

 後から事実を聞かされた叔父のオットーと兄はやり過ぎ(・・・・)に天を仰いだものの、ある種人質を取ったようなものと解釈して、毒を食らわば皿までの精神で工作に全力を傾けた。おかげで隠蔽は完璧。ただし事前に相談しなかったのを咎められて、フェリクスはお叱りを受けた。

 それでも叱責と引き換えに疎ましく思っていた劣悪遺伝子排除法を葬ったのだから安いものだ。おまけに皇帝の遺伝子を直接解析して、真相を知る事が出来た。十分に見返りのある取引と思っている。

 さすがに生まれた子が男だったら叔父も処理(・・)を命じた可能性はあった。だから前もって女の子が生まれるように調整をしておいたので、誰も不幸にならずに済んだ。これぐらいはフェリクスも貴族的思考を読めるようになった。

 

 フレイアを引き渡したフェリクスは早々に館を辞した。あとは親子水入らずに過ごしてもらいたかった。

 以降、ベーネミュンデ侯爵夫人の館にフリードリヒ4世がマメに訪れるようになる。夫人は何も言わなかったが、それとなくフレイアを皇帝に抱かせることもあった。皇帝も何も言わず、何かを察して寵姫に付き合い、養育を任せた孫のエルウィンと共に、四人で穏やかな時間を過ごした。少々歪な風景に見えるが、それは家族の団欒のようだった。

 

 

 侯爵夫人が幸福を噛み締めている最中、一つの問題が発生しているのをフェリクスは知らない。

 ある日、宮廷医として新 無 憂 宮(ノイエ・サンスーシー)に出仕したフェリクスは、幅広い廊下で多くの貴族と侍従に囲まれた中年貴族と視線を交わす。ある程度近づいたところで先にフェリクスが頭を下げて、貴族式の挨拶をする。相手は侯爵だった。

 

「ご機嫌麗しくリッテンハイム侯爵閣下」

 

「うむ、フレーゲル君も宮廷医の職務ご苦労。噂は私の耳にも届いているよ」

 

 気さくに話しかけるリッテンハイム侯爵と違い、取り巻きの貴族は渋い顔をする。彼らリッテンハイム一門はフェリクスの属するブラウンシュヴァイク家と帝国を二分する大貴族。ライバル関係の若手とは折り合いが悪い。面と向かって罵倒をするような無礼はせずとも友好的とは言い難い。

 形式的な挨拶を交わすものの、大貴族相手となると言葉一つが命取りになるため、若輩のフェリクスは神経質なまでに下手に出て相手を立てる。毎度のことながら、それだけで疲れてしまう。

 

「仕事は忙しいがたまにはうちのパーティーに顔を出したまえ。サビーネも君が来れば喜ぶ」

 

「はい、いずれお伺い致します。ご令嬢はお元気ですか」

 

「元気があり余り過ぎて困っているよ。娘ももう10歳を超えた。そろそろ婚約者も見繕わなければならない年というのに、いつまでもお転婆では困るのだがな」

 

「それは心中お察しします。ですが医者からすれば健康は何物にも勝ります」

 

「うぅむ、そうなのだろう。時にフレーゲル君は遺伝子学の権威と聞いたが」

 

「ええ、現在の帝国では先端を歩んでいる自負がございます」

 

 単なる世間話と思ったがそれにしてはリッテンハイム侯爵は言葉に迷っている。どうしても話したいが余人の耳には入れたくない。そんな葛藤が透けて見えた。この時点でフェリクスは侯爵が何を迷っているか薄っすら気付く。

 数秒迷いを見せたリッテンハイム侯爵は結局遺伝子の話題は避けて、別の話題を振って誤魔化した。

 

「ところでフレーゲル君は人妻が好みなのかね?」

 

「は?あの…ご質問の意図が」

 

「隠さずとも良い。君ぐらいの年なら愛妾の一人二人居ても恥ではない。私も若い頃は―――おっと何でもない。さすがに子供まで作るのは行き過ぎていると思うがね」

 

 子供と言われて、やっと意図を理解した。ベーネミュンデ侯爵夫人に赤ん坊のフレイアを渡したのを見た宮殿の使用人から噂が広がったのだろう。仮腹を担ったハンナの診察を自宅で行い、秘匿のために出産の介助も担当した。これで愛人関係の憶測が立ったに違いない。

 

「ただ、相手が一家共々生まれたばかりの娘を残して事故死とは。気を落とさぬようにな」

 

「閣下、お気遣いありがたく。ですが私は侯爵夫人の使用人とは医師と患者の関係でしかありません。生き残った子も私が処置した以上、経過観察をする責任以外の感情は持ち得ません」

 

「―――本当かね?」

 

 フェリクスはじっと侯爵の目を見て頷く。下手な嘘なら百戦錬磨の大貴族は簡単に見破る。しかし必要最低限の事実だけを抜き取って語れば偽りは無い。

 

「そうか。やはり噂など当てにはならんな。ではパーティーの話、覚えておいてくれたまえ」

 

 品の良い笑いと共に侯爵は去って行く。一体何だったのか。単なる世間話の態でライバル一族の醜聞を探ったのか、遺伝子治療の可能性を確認したかったのか。あるいは公爵家とベーネミュンデ侯爵夫人との繋がりを疑ったのか。貴族として落第に近いフェリクスには、伏魔殿に住まう大貴族の思惑は計り知れない。

 

 その後リッテンハイム侯爵と同様に、フェリクスと赤ん坊の関係を探る貴族が何人も近づいたが、その都度冷淡にあしらった為、次第に不倫と隠し子の疑惑は消え失せた。

 一時とはいえフェリクスの私生児という噂のおかげで、フレイアが皇帝とベーネミュンデ侯爵夫人との子供と、帝国を揺るがす真相に誰も辿り着かなかったのは予期せぬ幸運だった。

 

 

 余談だがフェリクスがリッテンハイム侯爵家のパーティーに出席した折、令嬢のサビーネから妙に強く当たられて、隠し子の噂を執拗に問い質された。当然理路整然と否定したら、途端に上機嫌になって対応が柔らかくなった。

 年頃の女の子の扱いは面倒だと内心思った。

 

 

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